456 クマさん、過去の話を聞く
「それにしてもムムルート。老けたな」
「あれから、時が過ぎたからな。人なら何代も世代が変わっている。それだけ時間が過ぎればエルフとはいえ、年を取る。それに引き換え、お主は変わっていないな」
「妾は若いからのう」
プルンと大きな胸が揺れる。
「あのう、カガリさんはエルフじゃないんですよね?」
ルイミンが尋ねる。
「妾は狐じゃ」
そう言って、カガリさんは耳と尻尾を動かす。それをルイミンは不思議そうに見ている。
「触ってもいいですか?」
「本当は簡単には触らせぬが、ムムルートの孫娘じゃ、特別に触ってもいいぞ」
「ありがとうございます」
ルイミンは嬉しそうにするが、サクラとシノブは驚いた表情をする。
そんな2人の表情に気づかないルイミンはカガリさんの狐の耳と尻尾を触る。
「凄く柔らかくて、ふわふわで気持ちいいです」
「ちゃんと手入れをしているからのう」
わたしも触ってみたい。そんなわたしの気持ちに気付いたのか、くまゆるとくまきゅうがわたしの左右から擦り寄ってくる。
どうやら、触るなら自分たちを触ってほしいみたいだ。
わたしはくまさんパペットを外して、二人の体を触る。柔らかくて、モコモコで気持ちいい。
「ありがとうございました」
ルイミンは満足したのかカガリさんから離れる。
「ルイミンは凄いっすね。カガリ様にそんなことを頼むなんて」
「もしかして、ダメだったんですか?」
「そうではないのですが、恐れ多くて、カガリ様にそんなことを頼む者はいないので」
「昔はサクラもせがんで触っていたじゃろう」
「それはカガリ様のこともろくに知らなかった小さいときの話です」
今も子供と思うのはわたしだけかな?
「そうだったんですね。何も知らずにごめんなさい」
「ふふ、構わぬよ」
カガリさんは優しく微笑む。
「それはそうとムムルート。顔を前に出せ」
「なんだ?」
ムムルートさんはカガリさんに言われるままに顔を前に出す。
カガリさんは出された顔を優しく触るように撫でる。
なにか、エロい。
でも、そう思った瞬間、部屋に叩く音が響く。カガリさんがムムルートさんの頬をひっぱたいたのだ。
ムムルートさんは一瞬、何が起きたか分からないような表情をする。
「よくも、お主たちは妾を置いて国を出ていったな。あのあと、妾がどれほど大変だったか分かるか! 大蛇を封印した英雄に祭り上げられ、大変じゃったんだぞ」
「ちゃんと別れは言ったじゃろう」
「言ったが、国王からの礼の言葉をもらう前日の夜に、逃げることはないじゃろう。妾、1人で行くことになったんじゃぞ」
「わしたちは流れの冒険者。みんなと相談して、逃げることにした。わしだけのせいじゃない」
「だからって、なんで、妾を連れていってくれなかったのじゃ」
「カガリはこの地に住む者じゃろう。それに、お主にはここで守るものがあった。だから、皆と相談して、わしたちだけで行くことになった。もし、わしたちが誘っても、おまえさんは断った」
「……そうだが、誘ってほしかった」
「すまない」
ムムルートさんは下を向いて呟くカガリさんの頭に手を置く。
「でも、来てくれたから、許してやる」
「わしも、お主には会いたいと思っていた」
2人はお互いの顔を見て、笑顔になる。
わたしはムムルートさんがカガリさんのことをすっかり忘れていたことは、心の奥に仕舞っておく。そんなことを言えば、カガリさんの雷が落ちるためだ。わたしは空気を読める女だ。でも、そんな空気を読めない女もいる。
「あれ、お爺ちゃん。さっきまで、忘れていたよね」
ルイミン、悪気はないのは分かるけど、空気は読もうね。
わたしはフォローはできず、ムムルートさんはカガリさんに殴られることになった。
「それで、カガリ。嬢ちゃんに大蛇が復活すると聞いたが、本当なのか」
ムムルートさんは赤くなった頬をさすりながら尋ねる。
「ああ、本当じゃ、お主が封印した魔法陣が弱まっている。近いうちに封印は解かれ、大蛇は復活する。本来は国の者で解決しないといけないのに、関係ないお主に二度も手を借りることになった。また、お主に迷惑をかける」
カガリさんは頭を下げる。
「そんなことは言うな。共に戦った仲間だろう。手を差し伸べることができない場所にいるなら仕方ない。でも、嬢ちゃんのおかげで、こうやって手を差し伸べることができる」
ムムルートさんはカガリさんの手を取る。
「そうじゃな。妾を助けてくれ」
「それに嬢ちゃんがいれば、なんとかなるだろう」
ムムルートさんはわたしを見る。
「そのクマの格好した娘は何者なのじゃ? この扉といい、サクラは希望の光だと言う。もう会えぬと思っていたお主を連れてきた」
「嬢ちゃんにはわしの故郷であるエルフの村を救ってもらった。扉については知らないし、聞いてもいない。それが嬢ちゃんとの約束だ」
「そうか、なら妾も詳しいことは聞かないことにしよう。奇跡と思うことにしよう」
「奇跡、確かにそうだな。お主に再び会えるとは思っていなかった」
2人がわたしを見る。
「大蛇の件は後にして、まずは嬢ちゃんの約束から始めよう。それでムムルート、お主が契約魔法をしてくれるのか?」
「嬢ちゃんとの契約魔法じゃな」
ムムルートさんはアイテム袋から、絨毯を広げる。魔法陣が描かれている。
本当に魔法陣絨毯は便利だ。
「えっと、本当にユナのことを話したら死ぬっすか?」
「もの凄く苦しくて、笑い死にますよ」
シノブが準備をするムムルートさんに尋ねたが、横にいたルイミンが答える。
「笑い死ぬ?」
「はい、笑い死にします。ユナさんの秘密を他人に話そうとすると、笑い苦しくなって、それでも話そうとすると死にます」
ルイミンはクマフォンのときと同じように死ぬって言葉を明るい声で説明する。
「それは嫌な死に方っすね」
「もしかして、話すつもり?」
わたしは疑うようにシノブを見る。
「死にたくないっすから、話さないっすよ。でも、笑いって、そんなに苦しいっすか?」
あれは経験した者や見たものしかわからない。
「えっと、ルイミン。試しにわたしの秘密を話そうとしてみて」
「嫌です」
わたしが頼むと、考えることもなく断ってきた。
「えっと、ルイミン」
「絶対に嫌です。あんな苦しそうなお姉ちゃんを見て、試しにやろうとは思わないです」
確かにサーニャさんが実験で話そうとしたら、苦しそうにしていたよね。
「えっと、そんなに苦しいんっすか?」
「お姉ちゃんが、試しに話そうとして、もの凄く苦しんでいました。あれを見て、話そうとする人はいないです」
「そんなにっすか?」
「そんなにっすです」
ルイミンがシノブの口調を真似をする。
「怖いっす」
「シノブ。誰にも話さなければ、いいだけですよ」
「そうじゃ、話さなければ問題はない」
「もちろん、誰にも話さないっすよ」
サクラとカガリさんに言われて、シノブも約束する。
「なら、問題はないね」
「……そうっすね」
「ちなみに、紙に書いても、どんな方法で伝えようとしても駄目だからね」
わたしは忠告しておく。
そして、ムムルートさんによって、3人の契約がされた。
「それじゃ、ムムルート。封印を見てもらったほうが早いから、歩きながら説明する。ついてきてくれ」
わたしたちは建物から外に出る。
「ここは森の中か?」
建物を出ると、周辺は整地されているが、基本木々が生え、森のようになっている。
「お主が大蛇を封印した島じゃよ」
「そうか、それなら、ここを起点にして大人数で戦えば被害は最小限に抑えられそうだな」
「すまぬ。それがそうもいかなくなった」
カガリさんは男性が入れないように結界を張ったことを説明する。
「まあ、そんなわけでお主が作った封印の上に新たに妾の結界を張ったせいで、結界を解くと、一緒にお主が張った封印も解かれてしまう」
「でも、どっちにしろ戦うなら、両方の結界を解けばいいんじゃない?」
「それが、封印が解かれたあと数日は男性避けの効果が残るようになっておる。その間に大蛇が移動すれば、この地で戦うことができぬ。もし、街に向かうことになったら、予想もつかぬほどの被害がでる」
「だが、どうして、そんな結界を……」
「ムムルート様、それはこの地に泥棒が来るためですよ」
「泥棒? そのためだけにか?」
ムムルートさんは確認するようにカガリさんを見る。
「……シノブ、サクラの耳を塞いで、少し離れよ」
「はいっす」
「えっ、カガリ様? シノブ、何をするんですか?」
シノブはカガリさんに言われた通り、サクラの手を引っ張り、わたしたちから少し離れ、サクラの耳を塞ぐ。それを確認したカガリさんは口を開く。
「当時、妾がこの島にいることは多くの者が知っていた。そして、妾は絶世の美人じゃろう」
カガリさんは色っぽいポーズをする。
確かに、カガリさんは美人だ。出るところは出て、プロポーションもいい。数年後のわたしだ。
「深夜、島にやってきて、妾の寝床に来るものが絶えなかった」
「護衛を付ければよかろう」
「もちろん、護衛は付けられた。でも、その護衛までが襲ってきたら、なにを信じたらいいか、わからないじゃろう」
わたしはカガリさんに出会った服装を思い出す。あの乱れた格好で、男の前に出ていたら、男を誘惑しているように見られても仕方ないような気がする。
「だが、それだけの理由で男性を入らせないようにすることは当時は許されなかった」
まあ、もしものことを考えたら、男性は必要だもんね。
「でも、あることが切っ掛けで、結界を張る許可がでた」
「それは?」
「過去に国王の弟が反逆を起こしたことがあった。人望もないどうしようもない男だったが、野望だけは強く持っていた。兄を殺そうとしたり、いろいろと画策をしたが失敗に終わった」
ああ、やっぱり、歴史があればそのようなこともあるんだね。
「それで、そのバカな弟は反逆罪になって、殺されることになった。だが、なにを考えたのか、バカな弟は大蛇の封印を解いて、国もろとも兄を殺そうと企んだ。それに賛同した男たちが島にやってきて、あのときは大変じゃった」
思い出に浸るように話してくれる。
自暴自棄ってやつかな? 一番、厄介だね。
死ぬなら、自分一人で死ねって、言いたくなる。
「そんなこともあって、当時の国王から許可をもらい、島に男が入れない結界を張った。そのときにもしも結界が壊れたりしたことを考えて、再び結界を作るまでの間、効果が残るようにした」
「でも、男性だけってそんなことができるの?」
「魔力が男性と女性は違うから、それで判断じゃな。たまに男性に近い魔力を持っている女性もいるが、別にこの島に入れなくても問題はないじゃろう」
確かに島に入れなくても、生活に困ることはない。
そもそも、この島にはカガリさんとその世話をする人がたまに来るだけと言っていた。
「それじゃ、清らかな女性しか入れないってやつは?」
「あれは適当じゃ、大人は入れないようにしただけじゃ。だから、年齢もまちまちじゃ、だいたい、20歳ぐらいで入れなくなる」
と結界と封印について説明してくれる。
「もう、耳を塞がないでいいっすか?」
「ああ、いいぞ。流石に子供に話せる内容じゃなかったからな」
カガリさんの許可をもらって、シノブはサクラの耳から手を話す。
「うぅ、なんだったんですか? どうして、わたしだけ除け者にするんですか?」
まあ、夜這いとか子供には話せないよね。
もし「夜這いってなんですか?」と尋ねられても説明はできない。
「お主が大人になったら、話してやるから、今は許しておくれ」
「大人って、ユナ様たちはいいのですか?」
「まあ、3人はギリギリ大人ってことじゃな」
カガリさんは少し目を逸らしながら言った。
「うぅ、ずるいです」
サクラは口を尖らせて、納得がいかないような表情をする。
今度はサクラの耳はちゃんと塞がれて、話は聞こえませんでした。
当時のムムルートさんは逃げたことで、英雄になることがありませんでした。
その辺りはユナに似ているかもしれませんね。