450 クマさん、国王に会う
「ユナ様、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「なに?」
「ユナ様には黒と白のクマがいて、人が乗れるほど大きいと報告を受けていたのですが、そのクマさんと違うクマさんがいるのでしょうか? 同じお名前のようですが」
サクラはわたしが抱えているくまきゅうに視線を向ける。
くまゆるとくまきゅうの報告は受けているみたいだけど、流石に街に入ったときに子熊化したことまでは報告はされていないらしい。
「ユナのクマは小さくしたり、大きくしたりできるみたいっす」
わたしが答える前にシノブが説明する。
口止めするのを忘れていたね。
「そうなのですか?」
サクラはくまきゅうのことをジッと見つめる。その目は年相応の子供のような目に変わる。
「大きくしていいなら、するけど」
「よろしいのですか!」
サクラは目を輝かせる。
わたしはくまきゅうを横に置いて、元の大きさに戻す。
「ほ、本当に大きくなりました。たしか、お名前はくまきゅう様でしたよね」
くまきゅう様って、わたしのこともユナ様って呼ぶし。
なにか、むずかゆい。わたしは様付けされるほど、大層な人間ではない。元引きこもりの、ゲーマーだ。
「ユナ様。その、ご迷惑でなければ、黒いクマのくまゆる様も見させていただくことは……」
サクラは少し遠慮がちにお願いする。
もう、すでに報告を受けて、くまゆるのことも知っているようなので、隠すこともないので召喚してあげる。
「くまゆるだよ」
「くぅ~ん」
くまゆるはサクラに向かって挨拶をする。
「くまゆる様、くまきゅう様。とても、神々しいです」
サクラは今にも手を合わせて拝みそうな雰囲気だ。
「くぅ~ん」
サクラの言葉にくまゆるとくまきゅうが「そう?」って感じに首を傾げる。
この緩んだ顔のくまゆるとくまきゅうが神々しく見えるの?
「シノブ、サクラを医者に見せたほうが」
「いや、別に病気じゃないっすよ。サクラ様にはそう見えるだけっす」
つまり、シノブには見えないってことだよね。
「シノブにはこの神々しいお顔が見えないのですか?」
くまゆるとくまきゅうがシノブのほうを見る。
シノブもくまゆるとくまきゅうを見る。
「えっと、その、なんとなく、見えるっす」
うん、絶対に見えていないよね。わたしも見えないもん。
この緩んだ顔だよ。可愛いけど、神々しくはないね。
それとも神様にもらったクマだから、サクラにはそう見えているとか?
「これが光の獣。ユナ様、触れさせていただいてもよろしいですか?」
「触るぐらい、いいけど」
サクラが変なことはしないと思うので、許可を出す。
サクラはくまきゅうの手を握る。
「ユナ様と同じ力を感じます。それに柔らかくて気持ちいいです」
それから、くまゆるの手を握り、同じ感想をもらす。
「ありがとうございました」
サクラは満足したようで座り直す。
そして、今度はわたしがサクラに尋ねることにする。
今回の依頼を引き受けるにしても、尋ねないといけないことがある。わたしにだって、できることと、できないことはある。タールグイみたいな化け物だったら、倒すのは無理だ。
「魔物について聞かせてもらえる? それとも国王か、誰かに聞いたほうがいい?」
「大丈夫です。わたしが知っている範囲でよろしければ、お話しします」
そう言って、サクラは説明してくれる。
魔物は100年以上前にリーネスの島に封印されたこと、その封印が弱まっていること。再封印するにはその魔物を弱らせないといけない。結界内は男性は入れない。女性でも限られた者しか入れない。男性を入らせるようにすると、封印された魔物が完全復活してしまう。
だから、結界の中でまだ弱まっている状態で戦いたいと。
一部知らなかったこともあるけど、ほとんどがシノブから聞いた話と同じだ。
「それで、その魔物ってどんな魔物なの?」
それを聞いていない。それが一番必要な情報だ。
「それは4つの首を持った大蛇と言われています」
「大蛇……」
「口から炎を吐き、人々を焼き尽くし。風を巻き起こして、人々を切り刻み。水を吐き、人を水没させ。土を使えば人々は押し潰される」
大蛇、日本で言えば八岐大蛇が有名だ。8つの首を持つ、大きな蛇のような妖怪。今回は魔物ってことになるのかな?
ブラックバイパーとは違うのかな? それともヒュドラに近いのかな?
大きさがいまいちピンとこない。ブラックバイパーぐらいの大きさで、4つの頭があるぐらいなら倒すのは可能だ。
「当時の人は皆で力を合わせて、大蛇を弱らせ、あの地に封印しました。大蛇は人の邪気を吸い取るため、一般の人の出入りを禁じたと言われています。でも、あの地に生える植物に珍しいものがあり、盗採をするものが後を絶ちませんでした。そのときに人の邪気を吸いとって、封印が解かれそうになったそうです。それでリーネスの島には男性は禁じ、女性の一部だけの人しか入れなくなりました」
そんな都合のよい結界を作れるなんてファンタジーだね。
まあ、すでに魔法がある時点で、なんでもありなファンタジーだけど。
盗採か。貴重な花とか植物を盗む人はいる。
でも、わたしも珍しいものがあれば欲しい。でも、薬草辺りだったら、いらないかな。
「それで、今回、封印が完全に解かれる前に弱体化させ、再封印します。その手助けをお願いします」
「もしかして、戦うのはわたしだけ?」
「いえ、ユナ様以外にも集められています。ただ、力不足だと思います。なにより、闇に包まれる夢は消えませんでした」
「ちなみに、わたしも参加する一人っすよ」
話を聞いていたシノブが口を挟む。
「シノブも? ジュウベイさんに勝てないのに?」
「これでも自分は強いほうなんすよ。師匠に勝てるユナがおかしいんっすよ。なんすか、あの武器の扱いは。師匠の刀をあんなに簡単に防ぐ人なんて、見たことがないっすよ。それに、大きなクマの壁はなんすか」
クマ魔法はわたしの奥儀であり、必殺技、究極魔法だ。
その分、魔力を消耗する。
クラーケンのときみたいに一方的に攻撃できれば白クマがいいんだけど、そうはいかないよね。
「ユナ様。どうか、わたしたちに手を貸していただけないでしょうか?」
サクラは深々と頭を下げる。
4本の首を持った大蛇。倒せるかわからない。でも、先ほどのわたしの手を摑んで泣いたサクラの顔も忘れられない。何度も知り合いや大切な人、そして自分が死ぬ夢。この小さな女の子が体験している。夢でも辛いはずだ。そして、わたしが手伝わなければ、それが事実になるかもしれない。
「倒せないかもしれないよ」
「わたしは自分の夢を信じています。だから、ユナ様を信じています」
わたしのことを真っ直ぐな目で見つめる。
「無理だったら、逃げるよ」
「はい、それで構いません」
サクラは悩むことをせず、即答する。
サクラって見た目通りの年齢だよね。
見た目は子供、頭脳は大人じゃないよね?
「サクラって何歳?」
「えっと、10歳ですが」
見た目通りだった。
「分かったよ。どこまでできるか分からないけど、手伝うよ」
「あ、ありがとうございます」
サクラの表情は真剣な表情から、年相応の可愛らしい女の子の笑顔に変わった。
「あまり、期待はしないでね」
「信じています」
重いよ。サクラの信頼が重い。
純粋な少女の気持ちは裏切りたくないけど、どうなるかは本当に分からない。
「話は終わったっすね。それじゃ、先ほどから、部屋の外で待っている人をお呼びするっすね」
シノブは立ち上がると、わたしたちが入ってきた襖を開ける。
そこには袴を履いた男性と、ジュウベイさんがいた。
「やっと、話が終わったか」
男性はそう言うと、部屋の中に入ってくる。
年は40歳ぐらい。顎髭を生やし、体格は大きい。
「本当に、クマの格好をしておるな。それに黒と白のクマ、報告どおりだな」
男性はわたしを見てから、くまゆるとくまきゅうに目を向ける。
怖がった様子はない。
「サクラ、この娘で間違いないのか?」
「はい、間違いありません。希望の光です」
「そうか。それでどうなった?」
「手を貸していただけることになりました」
「分かった。全員、後ろを向いて、耳をふさげ!」
男性がそう言うと、シノブ、ジュウベイ、サクラの3人は後ろを向き、耳を塞ぐ。
何事?
男性はわたしの前に来ると、大きい動作で正座をする。
「俺はこの国の王、スオウ。このたびはこのように無礼を働いたことを謝罪する。そして、力添えしてくれることに感謝する」
男性は深々と頭を下げる。
「……国王?」
男性は頭を上げる。
「国王って立場もあり、臣下の前で謝罪できないので、この場でさせてもらった」
臣下の前って、後ろを向いて耳を塞いでいるとはいえ、ジュウベイさんもシノブ、それからサクラもいるよ。国王がクマの着ぐるみを着た女の子に頭を下げていいの?
「皆、こっちを向いていいぞ」
国王がそう言うと、何事もなかったように、後ろを向いて耳を塞いでいた3人はわたしたちのほうに振り返る。
誰も突っ込まないの?
耳、塞いでたよね?
聞こえていたよね?
聞こえたから振り返ったんだよね?
それでいいの?
わたしは突っ込まないよ。
国王登場。名前、もの凄く悩みました。
人の名前を付けるのはいつも悩みます。