446 クマさん、シノブの話を聞く。 その2
大体の話は分かった。
サクラ様という人が予知夢で獣に乗った希望の光を見た。それがわたしってことだ。それで、希望の光であるわたしに接触した。
「芝居ってことは分かったけど。もしかして、出会うタイミングから全て」
「ユナに出会う前から決めてあったっす。だから、ユナがこんなに可愛い女の子だから、初めは戸惑ったっす」
まあ、可愛いかどうか別にして、クマの着ぐるみだから、戸惑うよね。
「あと、どうしてシノブは師匠と戦ったの? 初めからわたしに頼めばよかったんじゃない?」
それなら、シノブが怪我をすることもなかった。
「それは駄目だったんっす。たぶん、信用させるには、わたしが本気で敵討ちって思わせる必要があったんだと思うっす」
う~ん、断ったのかな?
わたしはシノブに敵討ちをしてほしいと言われたときのことを想像してみる。
「…………」
うん、胡散臭いから、断ったと思う。
出会ったシノブは怪しかった。
でも、2人の真剣な戦いを見て、本気だと思った。シノブには死んでほしくないと思った。だから、わたしが代わりに戦おうと思った。
「本当にユナにはすまないと思っているっす」
それに、わたしが素直に手伝うって選択肢はあったのか疑問になる。
国を救ってほしい。王に会ってほしい。希望の光だから、サクラ様に会ってほしい。
どれも、断った。もしくは関わらないように逃げた可能性が高い。
考えてみるが、わたしの攻略ルートは簡単には見つかりそうもない。
そもそも、実力を確めようと考えた時点で、間違いだったんだと思う。
でも、実力が分からない者には頼めないことは理解はできる。御前試合は不可。だから、こんな手の込んだことをした。
理由は分かるけど、相手からすると気分は良いものじゃないね。
「それで、そのサクラ様って、誰なの?」
「この国の巫女様っす」
「もしかして、巫女って、みんな特別な力を持っているの?」
「特別な力を持っているのはサクラ様だけっす」
予知夢か。そんな能力を持った人がいるんだね。
そのサクラ様が可哀想と思えなくはない。
夢とは言え、人が何度も死ぬのを見るのは辛い。もしかして、知り合いや大切な人が死ぬ姿を何度も見ているのかもしれない。それが未来の光景なら、悪夢だったはずだ。精神がおかしくなってもおかしくはない。
もし、夢でもくまゆるやくまきゅう、フィナが死ぬような光景を何度も見たら、気が狂うかもしれない。それを一月近く見ている。少しは同情する。
その中に希望の光があればすがりたい気持ちも分からなくはない。
でも、もう少しなんとかならなかったものなのかな。
「それで、サクラ様と国王様に会ってくれるっすか?」
「シノブは本当にわたしがその魔物と戦えると思っているの?」
「サクラ様が希望の光だと言っていたっす。たとえ無理でも、師匠の攻撃をナイフだけで防ぎ、強力な魔法を使う。誰も文句は言わないっす。言わせないっす!」
シノブは真剣な目でわたしを見る。
「シノブたちがいくら言っても、わたしみたいなクマの格好をしている女の子が強いなんて信じないと思うよ」
「それなら、大丈夫っす。わたしたちの戦いを見ていた者がいたっす。その者から報告が上がれば、誰一人文句を言わないっす。それが、今回の約束っす」
「戦いを見ていたの?」
「三人はいたっす」
見られていたんだ。
本当なら断りたい。
でも、国の運命が掛かっていると言われると、断りにくい。
それに傷ついているシノブを見る。
体中がボロボロだ。顔は汚れ、服は切られ、擦り傷もある。見えない部分も傷ついているはずだ。命を賭けた芝居。そう思うと無下にできない。
「はぁ」
ため息しかでない。
「分かったよ。そのサクラ様って人に会うけど、受けるかは分からないよ」
全ては話を聞いてからだ。
詳しい話を聞かないことには話が進まないし、モヤモヤした気持ちも解消されない。
全てはサクラ様って人物に会ってからだ。
「ありがとうっす」
シノブは立ち上がるとわたしに抱きついてくる。
「分かったから離れて。それと傷の手当てをしないと」
「ごめんっす」
シノブは素直に離れてくれる。
わたしは濡れタオルを用意すると、シノブの顔を拭いてあげる。
「傷は大丈夫なの?」
「大丈夫っす。さっきも言ったっすが、ミスリルの鎖かたびらをしていたっすから、致命傷にはなっていないっす」
それでも、防具をしていない場所は傷がある。
「かまいたちのときはしていなかったよね」
「あのときは、準備をしていなかったっす。師匠と命をかけた戦いをするなら、必要っすから」
シノブが男のほうに視線を向けると、男は申し訳なさそうに口を開く。
「すまないが、そろそろこのクマを外してもらえないか?」
あっ、男のことをすっかり忘れていた。
わたしはシノブの師匠である男に引っ付いているチビクマを外す。
身軽になった男は立ち上がる。
「改めて礼を言う。シノブを救ってくれてありがとう。シノブを刺さずにすんだ」
「演技でも、もっとやりようがあったと思うよ」
「すまない。さっきシノブが言った通りに道を間違えるわけにはいかなかったのだ。他にも道があったかもしれない。その道をわたしたちは見つけることはできなかった。嬢ちゃんには不愉快な思いをさせてしまったことを、深く謝罪をする」
男はそう言うと深く頭を下げる。
たぶん、国の未来とシノブの命を天秤にかけたのだろう。普通に考えれば、弟子でもある女の子を殺したいと思う人はいないはずだ。
「そして、嬢ちゃんの大切なクマを攻撃してしまったことも謝罪する。殴り足りないなら、殴ってくれてもいい。腕を斬り落としたいなら、落としてもいい。命が欲しいなら、差し出してもいい。だから……」
男は真剣な表情で言っている。冗談でなく本気だ。
「そんなものはいらないよ。さっきも言ったけど、そのサクラ様って人には会うけど、引き受けるかどうかは別の話だよ」
そのサクラ様には同情するが、人を人とも思わない人だったら、シノブの頼みでも引き受けるつもりはない。逃げるだけなら、クマの転移門を設置すれば逃げることはできる。
なにより、海の上に逃げれば、簡単に逃げることはできる。
「師匠、手当てをするっす」
「すまない」
男も体に鎖かたびらを付けていたらしく、クマパンチを耐えたみたいだ。
「もしかしてだけど、籠手をミスリル製って、わざわざ教えてくれたのも」
「ああ、本気で攻撃を仕掛けてもらうために言った」
シノブが男の手当をし始めたので、わたしはその間にクマの石像や魔法で破壊した後始末をしておく。さすがにこのままにしておくわけにはいかないからね。
それから、後片付けを終え、男とシノブの身分を証明するため、冒険者ギルドに向かうことになった。
男の名前はジュウベイ。本名だったらしい。
「あら、ジュウベイさん、シノブさん。冒険者ギルドにどうかしたんですか? それにクマのお嬢さんも一緒に」
ギルド嬢は普通に男性に話しかける。
先日と同じギルド嬢だ。
「でも、ジュウベイさんとシノブさん、汚れていませんか? それに傷も」
ちなみにクマさん装備は汚れないので、わたしは綺麗なものだ。
「ちょっと、仕事をした後っす」
シノブは誤魔化すように笑いながら答える。
まあ、嘘はついていない。
ジュウベイさんと戦うのが仕事だった。
「でも、ジュウベイさんが、こちらに来るのは珍しいですね。もしかして、シノブさん。なにか悪いことをしたんですか?」
「酷いっす。そんなことはしていないっす。だから仕事っすよ」
「そうなんですか? あまりジュウベイさんに迷惑をかけたら駄目ですよ」
受付嬢はフレンドリーに会話をしている。
今思い返すと、ジュウベイさんのことは知られているから、似顔絵は誰にも見せなかったのかもしれない。
もし、わたしが知っていたら、どうするつもりだったのかな?
「それでどうしたんですか?」
「いや、俺とシノブについて、このクマのお嬢さんに説明をしてもらおうと思って」
「説明ですか? あっ、やっぱり、シノブさん、なにかしたんですね。それでジュウベイさんに怒られて、保護者として」
「ち、違うっすよ」
「本当ですか?」
「本当っすよ」
受付嬢は疑いの眼差しでシノブを見る。
「それで、わたしがお二人の説明をすればいいのですか?」
「頼みます」
ジュウベイさんは受付嬢に頭を下げる。
「ジュウベイさんはこの国の武将様ですよ」
武将。かなり、位が高かった人だったみたいだ。
「シノブさんは冒険者でありますが、ジュウベイさんのお弟子さん? 部下?」
受付嬢は少し首を傾げる。
「どっちも、正しいっすけど」
「本当にシノブの師匠だったんだね」
でも、弟子よりは部下のほうがしっくりくる。
「信じていなかったっすか?」
「だって、戦い方が全然違うでしょう」
シノブは忍者のように短刀で戦い、ジュウベイさんは武将で、扱う武器も違う。
「基本はお父さんに教わったっすが、戦い方などは師匠に教わったっす」
「すでに、基本の型が固まっていたから、無理に変える必要はなかったからな」
ジュウベイさんは答える。
それじゃ、父親が忍者?
それから、ギルドカードの確認などをして、ジュウベイさんは自分の証明を行なった。
その日の夜、話を終え。翌日、サクラ様がいる首都? 王都? 都? に向かうことになった。
次回、サクラ様に会いに行きます。