440 クマさん、くまきゅうのご機嫌をとる
「この男に名前はあるの?」
「ジュウベイっす。頬に十字傷があるから、そう呼んでいるっす」
似顔絵を見ると、たしかに右頬に十字の傷がある。でも十字だから、ジュウベイって安易な。てっきり、眼帯しているから、ジュウベイかと思ったよ。
まあ、そんな理由で付けられていたら、それはそれで困るけど。同じ理由でマサムネでも反応に困ったかもしれない。
「それで、この男を見つける方法はあるの? 長い間は付き合えないよ」
シノブに付き合うとは言ったけど、長い間は付き合えない。わたしにだって都合がある。和の国の散策もしたい。他の場所にも行きたい。それにいつかはクリモニアに帰らないといけない。
「一応、それらしき人物がいた場所はわかっているっすから、そのあたりを捜そうと思っているっす。だから、ユナには3日だけ付き合ってほしいっす。それで見つからなかったら、今回は諦めるっす」
できれば3日以内に決着を付けたいところだ。今度、和の国に来たときにシノブが死んでいたことにはなってほしくない。
「ああ、そのときもお金は返してくださいっすね」
お金は返すつもりだけど、そう言われると、人って返したくなくなるよね。まあ、付きまとわれても困るから、ちゃんと返すけど。
「でも、3日分の付き合い料はもらうよ」
そのぐらいは貰ってもいいはずだ。
シノブとお金の話をしていると、ドアがノックされ、部屋の中にコノハが入ってくる。どうやら、夕食を運んできてくれたようだ。
でも、もうそんな時間なんだ。結構話し込んでいたみたいだ。
シノブはテーブルの上にある似顔絵の描かれた紙を折りたたむと、胸の中にしまう。
何もなくなったテーブルにコノハが料理を並べていく。
その様子を見ていると、おかしいことに気付く。
「どうして、2人分あるの?」
テーブルには二人分の料理が並べられている。
「それはユナと一緒に食事をするためっすよ」
「わたし聞いてないよ」
「だって、話がいつ終わるか分からなかったっすから、お願いしたっす」
それはそうだけど。
一言、あってもいいと思うんだけど。
「まさか、部屋も一緒とか言わないよね」
「もしかして、一緒がいいっすか? 残念っすが、部屋は別々っす。本当は同じ布団で寝たかったっす」
依頼は受けると言ったが、怪しい忍者と一緒の部屋では眠れない。
「もし、一緒とか言い出したら、追い出していたよ」
「それはそれで、寂しいっす」
そんな会話をする中、コノハは料理を並べていく。
その並べられる料理がおかしい。
シノブもそのことに気付いたみたいだ。
「なにか、差がないっすか?」
そう、わたしの前に並んでいる料理とシノブの前に並んでいる料理に、あきらかに差がある。わたしの前に並んでいる料理は豪華だ。カニやらエビ、高級料理って感じだ。でも、シノブの前の料理は焼き魚、野菜の煮付け、といった。一般的な料理だ。
「ユナさんがお泊りになっているお部屋は普通のお部屋よりお高くなっています。そのため料理も特別になっています」
シノブの疑問にコノハが答える。
なるほど、それで料理も豪華だったんだね。多少高くても、良い部屋に泊まって良かった。部屋に温泉もあるし、離れの部屋だから静かだし、料理も美味しい。
そして、部屋の話で思い出す。
「ああ、そうだ。もうしばらく、この部屋に泊まりたいんだけど、大丈夫?」
宿泊は明日には出ていかないと駄目だ。
シノブに付き合うことになったので、しばらくこの街にいることになった。
「はい、大丈夫です。それで、どれほどお泊りになられますか?」
「また、3日でお願い」
「ユナはお金持ちっすね。こんな広い部屋に泊まるなんて」
「さっき、臨時収入があったからね」
「それは、わたしのお金っすよ」
まあ、返すつもりだけど。今はわたしのところにある。
「そういえばシノブの宿代は?」
「大丈夫っす。すでに払い済みっす」
シノブのお金はわたしが持っている。さすがに全てを渡したとは思っていないけど、払い済みだったみたいだ。
そして、お金を払い、わたしたちは格差がついた料理を食べる。
シノブが食べたそうにしたが、分けてあげることはしない。
「それで、その男って、どのくらい強いの?」
わたしはシノブの視線はスルーし、カニを食べながら尋ねる。
やっぱり、カニは美味しいね。この炊き込みご飯も美味しい。天ぷらも美味しい。
「うぅ、そうっすね。剣術に関しては一流っす」
シノブは魚を食べながら話し始める。
まあ、あの風貌からして、そんな感じだよね。
武士って感じだ。
「そして、魔法を使ってくるっす。剣先から、風の刃を飛ばすっす。かまいたちより、危険っす」
魔法の話が出て、一気にファンタジーになった。
まあ、魔法がある世界だから、仕方ないけど。武士や侍が魔法って、違和感があるね。
でも、異世界の住民もクマの着ぐるみを着ているわたしには言われたくないだろうね。
「それにしても男について詳しいけど、戦ったことがあるの?」
「父が戦うところを見ていたっす」
「そうなんだ……」
それって、父親が殺されるところを見たってこと?
そんなことを言われると、話が聞きにくくなる。
「でも、魔法を使ってくるのは厄介だね」
「接近戦に持ち込んで使わせないっす」
それから、シノブが知っていることを聞き、食事を終える。
「食べたっす。結局、ユナは分けてくれなかったっす」
「だって、わたしのだもん」
美味しかった。今度はフィナも連れてきてあげたいね。食事と温泉だけでも泊まる価値がある。
「それじゃ、わたしは戻るっすね」
てっきり、「温泉も入るっす」とか言い出すかと思っていた。
「本当はユナと一緒に温泉に入りたかったっすけど、今日は休むっすよ」
シノブは素直に部屋から出ていく。
そして、シノブと入れ替わりに、コノハが食器を片付けに来て、布団を敷いてくれる。
誰もいなくなった部屋で、わたしは子熊化したくまゆるとくまきゅうを召喚する。
くまきゅうのご機嫌を早く取らないと、いじけてしまう。
だけど。……遅かった。
くまきゅうが背中を向けてる。その背中から哀愁が漂っている。
これは非常にマズイ。完全にくまきゅうがいじけている。
「くまきゅう? くまきゅうちゃん?」
「くぅ~ん」
後ろを向いたまま鳴く。
うわぁぁぁ、これは完全にマズイ状況だ。
「くまきゅう、ごめんね。別にないがしろにしたわけじゃないからね」
わたしは後ろからくまきゅうを抱きかかえる。
今日はくまゆるメインで召喚してしまった。さらに食事はくまゆるだけ食べて、くまきゅうは召喚しなかった。一応、くまきゅうのために肉は買ってきてある。
「ああ、でも肉はあるけど、部屋で焼いていいのかな? 駄目だよね」
わたしの言葉でさらにくまきゅうは悲しそうに鳴く。
一応、旅館だ。勝手に炭火で焼くわけにはいかない。
うわああぁ、どうする、わたし。考えろ、わたし。
「お風呂に一緒に入ってあげるから、一緒に寝てあげるからね?」
それでも、くまきゅうはこっちを向いてくれない。
「そんなにお肉が食べたかったの?」
くまきゅうが首を小さく振る。
それじゃ、どうして?
わたしが悩んでいると、くまゆるがくまきゅうの前にやってきて、「くぅ~ん」「くぅん」「くぅ~ん」「くぅん」と会話っぽいことを始める。
そして、会話が終わると、くまゆるは歩き出し、部屋の隅っこで丸くなる。
えっと、どういうこと?
わたしが分からずにいると、くまきゅうがこっちを向いてくれる。そして、甘えるように擦り寄ってくる。
もしかして、くまゆるがくまきゅうに譲った?
「くまゆる?」
部屋の隅っこにいるくまゆるに声をかけるが反応がない。どうやら、間違いないみたいだ。
自分はいいから、くまきゅうと一緒にいてほしいって意味みたいだ。
そのくまゆるの厚意に甘えることにする。
「それじゃ、くまきゅう。2人でお風呂に入ろうか?」
「くぅ~ん」
くまきゅうは嬉しそうに鳴く。
これはくまゆるに感謝しないといけないね。
わたしはくまきゅうを連れてお風呂に入り、綺麗な白い体を洗ってあげ、一緒に湯に浸かった。
そして、お昼に食べた肉をくまきゅうと一緒に食べるため、クマの転移門を部屋に設置する。ここで食べることができないなら、他の場所で食べればいい。
「くまきゅう。それじゃ、2人で肉を食べようか?」
タールグイの島に向けて、扉を開けるとくまきゅうがくまゆるのほうに向かって「くぅ~ん」と鳴く。すると、ジッとして丸くなっていたくまゆるが動く。
そして、また謎の会話が始まると、くまゆるとくまきゅうが一緒に歩き出し、クマの転移門のところにやってくる。
どうやら、今度はくまきゅうがくまゆるを誘ったみたいだ。
本当に仲がいい2人だ。
そして、タールグイのクマハウスに移動したわたしは、夕食を食べたあとだけど、くまきゅうとくまゆると一緒に和牛の肉を食べることになった。
だって、くまきゅうが一緒に食べたそうにするんだもん。
でも、一緒に食べることで、くまきゅうのご機嫌はなおったが、その代わりにわたしのお腹が犠牲になった。わたしはぽっくりと膨らんだお腹をさする。
もう、食べられない。
そして、お腹いっぱいになったわたしは旅館に戻ってくると、そのまま布団の上に倒れる。
「もう、動けない」
そして、くまきゅうを抱きながら、眠りに就いた。
メリークリスマスです。
440話のプレゼントですw
くまゆるとくまきゅうの話が書きたかったので、くまきゅうが少しだけ、不幸になりました。
でも、無事にくまきゅうのご機嫌もなおってよかったです。
今年もわずかになりました。
あと、今年は一回投稿したら、お休みを頂きます。ご了承ください。
再開は書籍作業次第ですが、なるべく早くに再開します。
そして、無事に8巻が発売しました。
本屋さんで見かけましたら、手に取って頂けると嬉しいです。