435 クマさん、村に向かう
朝になって、目覚まし時計のくまゆるとくまきゅうが起こしてくれる。くまゆるとくまきゅうに起こされずに朝を迎えたってことは、誰も来なかったようだ。
わたしは起きると、くまゆるとくまきゅうにお礼を言って、朝食まで時間があるので温泉に入る。
そして、コノハが持ってきてくれた朝食を食べ、玄関に向かうとコノハとシノブの姿があった。
「おでかけですか?」
「戻ってくる予定だけど、夕刻まで帰ってこなかったら、食事はいらないからね」
代金は三日分支払っているので、明日まで大丈夫だ。
「はい、かしこまりました」
「それで、2人はなにを話していたの?」
「世間話っす。クマの格好した女の子が可愛いとか。そんな話っすよ」
つまり、わたしの話をしていたと。
「それじゃ、行きましょうか」
わたしとシノブは旅館を出る。
「それでシノブはどうやって、村まで行くつもりなの? 馬車でも用意してあるの?」
「それは町を出るまで、ないしょっす」
シノブは子供がイタズラを思い付いたような顔で言う。
何を隠しているのかな?
「それにしても、ユナの格好は可愛いけど、動きにくそうっすね。本当にその格好でかまいたち討伐に行くっすか?」
「もし、わたしのことが不安だったら、置いていってもいいよ」
「そんなことを言わずに一緒に行きましょうよ」
わたしに馴れ馴れしく抱きついてくるので、引き剥がす。
「それじゃ、今度、わたしの格好について尋ねたら、帰るから」
「わ、分かったっす。もう、言わないっす」
わたしたちは町の外までやってくる。
「助かったよ」
一応お礼を言っておく。
「いえいえ、役に立てて良かったっす」
街を出るときに、門番に怪しまれるように見られ、引き止められてしまった。だけど、シノブが話をしてくれたことで、無事に街の外に出ることができた。
他の場所だと怪しまれても、止められることはなかったのに。やっぱり、着ぐるみのせいなのかな?
「それで、街の外に来たけど、どうするの?」
「それは……」
シノブは指と指を合わせて、印を結ぶような仕草をすると、手に魔力が集まり、目の前に馬が現れる。
「……召喚?」
「ハヤテマルって言うっす。わたしの相棒っす」
そう言って、シノブは馬の首を撫でる。
サーニャさんの召喚鳥以外で召喚を見るのは初めてだ。
ただ、シノブに1つ言いたい。
「でも、カエルやヘビやナメクジじゃないんだ」
「なんすか、それは? そんな物を召喚して、どうするっすか? 移動なんてできないっすよ」
まあ、実際はそうだけど、忍者の召喚の有名どころだと、カエル、ヘビ、ナメクジだ。
乗ることを考えると、大きなカエルに大きなヘビ、大きなナメクジ。想像しただけで、気持ち悪い。
そう考えるとくまゆるとくまきゅうで良かった。
「それじゃ、さっそく乗りましょうか?」
シノブがわたしの格好を見てから、馬を見る。
「着替えないっすか? 改めてみると、その格好だと2人で乗れないっす」
「着替えないよ。それに大丈夫だよ」
面倒なので、わたしは右腕を伸ばして、くまゆるを召喚する。
「くまっす。クマが現れたっす。召喚っすか?」
「同じ召喚だよ」
シノブは少し驚いたけど、驚愕はしていない。
「なにか、強そうっていうより、可愛いクマっすね」
「くぅ~ん」
くまゆるはシノブの言葉に顔を引き締める。
どうやら、くまゆるは強く見せようとしているみたいだ。
でも、逆に可愛く見えるのは気のせいかな?
「名前はなんて言うっすか?」
「くまゆるだよ」
「くまゆるっすか。可愛い名前っすね。触ってもいいっすか?」
わたしが許可を出す前に、シノブはくまゆるを触りだす。
「うわぁ、なんすか、この柔らかさ。モコモコっす。乗っていいっすか? 乗りたいっす」
「ハヤテマルが悲しそうにしているけど、いいの?」
わたしが馬のほうを見ると、ハヤテマルが悲しそうに首を下げている。
「うわあああ、ハヤテマル、ごめんっす。ハヤテマルが一番っすよ」
シノブはハヤテマルの様子を見ると、くまゆるから離れてハヤテマルに謝罪する。
どこでも一緒なんだね。主人が他の馬に乗ったら、寂しそうにするみたいだ。
「くまゆるに乗れないのは残念っすが、行きましょうか」
シノブはハヤテマルに飛び乗り、わたしもくまゆるに乗る。
そして、かまいたちが現れた村に向かう。
シノブのハヤテマルとわたしのくまゆるは並走するように駆ける。
「それで、かまいたちって、風の魔法を使ってくる魔物でいいんだよね?」
「そうっすよ。威力によっては、腕を持っていかれますので、気を付けてくださいっす。だからと言って、鉄防具でガチガチに固めても、かまいたちの動きについていけなくなるっす」
鉄などは切れないらしい。でも、重い鉄で防御しても、動きが速いかまいたちにはついていけないので、倒すことができない。逆に魔法使いが魔法で倒すにはそれなりの実力が必要になる。
近づけば命中率が上がるが、かまいたちの攻撃を喰らう可能性が高くなる。動きやすい格好をしている魔法使いは防御が低い。だから、遠距離でも正確に魔法攻撃を与えられる魔法使いが必要になる。
そう考えると、初心者にはキツイかもしれない。
「それでユナは、どうやって討伐するつもりっすか? 倒す方法があるって言っていましたけど」
「普通に戦うだけだよ」
探知スキルで居場所を確認して、魔法を放つだけだ。
かまいたちの風魔法は避けたり、防いだりすればいい。クマ装備があれば、なんとでもなる。
「そう言うシノブはどうやって倒すの?」
「ユナと同じっす。普通に戦うだけっすよ」
ニコニコと微笑みながら、答える。本当に分からない女の子だ。
わたしたちは休むこともなく、村にやってくる。
「くまゆるは速いっすね」
「ハヤテマルも速かったよ」
街を出て一時間ほどで、村に到着する。
村の入口には昨日、冒険者ギルドに来ていた男性が立っていた。
「イツキさんっすね。どうやら、わたしたちを待ってくれていたみたいっすね」
わたしたちは男性のもとに行く。
「なんだ。そのクマは!?」
男性はくまゆるに乗るわたしに驚く。
「そのクマは彼女のクマっすから、安全っすよ」
わたしが説明する前に、シノブが説明してくれる。
「そうなのか?」
「攻撃を仕掛けてこなければ、なにもしないよ」
「本当なんだな」
男性はくまゆるをジッと見る。くまゆるはジッとしている。
男性はわたしとくまゆるを交互に見る。そして、なにかを納得するような感じをみせる。
「わかった。とりあえず、来てくれたことに感謝する」
男性は村の中に招き入れてくれる。わたしとシノブはクマと馬から降り、村の中に入る。
村は木で作られた家が多い。瓦屋根の家もある。村の服装も、昔の日本の映画で見たことがあるような服装だ。くまゆるを見て驚くが、男性が大丈夫だと村人に答える。
他の村人は遠目から見るが、近寄ってこない。もしかして、くまゆるが怖いのかな?
「それで状況は、どうなんすか?」
「昨日、戻ってきたときには、新たに三頭の牛がやられていた。せめてもの救いは村人に怪我がないことだ。本当に嬢ちゃんたちに、かまいたちを討伐することができるのか? これ以上の被害は出したくない」
男性はあらためて確認する。
新しい冒険者に頼むにしろ、日数がかかれば、それだけ被害が増える。
わたしたちが討伐できないと、それだけ被害が大きくなる。
「倒すことはできるけど、問題は数だけど。どのくらいいるかわからないの?」
「すまない。かまいたちが現れたら、逃げて、隠れている」
たしかに力がない者が戦うのは無謀だ。牛と同じように切られるだけだ。
わたしたちは男性の案内で、牧場らしき場所までやってくる。広大な牧場が広がる。その中に牛が牧草を食べている。
「それじゃ、ユナ。どうします? 適当に見張ります?」
「シノブの案は?」
「わたしっすか? 現れたら、倒すですね」
もしかして、脳筋?
「どの辺りから、現れるぐらいは分からないんですか?」
「それなら、たぶん。あの森からだと思う」
男性は牧場の先に見える森を指す。
「それなら、あそこにいる牛が危険なんじゃ」
森の近くに牛がいる。
わたしの言葉に男性は言い難そうにする。
「その、あの牛には犠牲になってもらっている。他の牛やわたしたちが逃げ出すための」
一か所に集めると、全ての牛などが殺されてしまう。だから、ばらけさせているそうだ。
10のうち、9を守るために1を犠牲にする。嫌な考え方だけど、仕方ないかもしれない。
「それなら、あの森の中に行けば、かまいたちはいるんだね」
なら襲われる前に討伐すればいい。
「もしかして、森の中で戦うつもりっすか?」
「そんなの死にに行くようなものだ」
シノブと男性がわたしの言葉に驚く。
なんでも、死角が多い森の中では、どこからともなく風の刃が飛んでくるから危険らしい。
たしかに、それは怖い。
でも、魔物が来るのを待つのは性に合わない。
それにわたしには探知スキルがある。
「大丈夫だよ。魔物が近くにいれば、この子が教えてくれるから。サクッと倒して戻ってくるよ」
わたしは横にいるくまゆるの頭を撫でる。
「それに早く旅館に戻って、温泉に浸かりたいしね。シノブはここに残っていていいよ。わたしとくまゆるが森の中に入って、かまいたちを討伐してくるから」
「自分も行くっす」
「無理しないでいいよ」
「自分はユナの補佐だから、手伝いぐらいはしますよ」
あまり、戦うところは見せたくないんだけど。でも、シノブの戦い方も気になる。
そのとき、くまゆるが反応して、森の方を見る。
わたしはくまゆるの反応ですぐに理解する。探知スキルを使うと、かまいたちの反応がある。それも一体じゃない。かまいたちの反応はもの凄い速さで移動している。
「かまいたちが来ているよ!」
「本当か!?」
「どこっすか?」
「くまゆるは、ここでイツキさんを守って」
わたしはくまゆるに指示を出すと、かまいたちに向けて走り出す。
わたしが向かう先にいる牛が暴れだし、何かから逃げる。そして、牛が倒れる。
遅かった。
シノブが馬を召喚しました。
カエルではなかったですw
※皆さまにご報告があります。
この度、くまクマ熊ベアーのコミカライズ化が決定しました。
まだ、詳しいことがご報告できませんが、活動報告に出版社様の告知のリンクを貼らせていただきました。楽しみにしていただければと思います。