427 クマさん、騎士と再会する
「それにしても、ユナさん。本当に気軽に王都に来ているんですね」
「まあ、くまゆるとくまきゅうがいるから、簡単に来ることができるからね」
はい、いつもの嘘です。
何度も嘘を吐いているから、流れるように言葉がでてくる。
まあ、わたしの存在が嘘のような存在だから仕方ない。
「わたしにもくまゆるちゃんとくまきゅうちゃんがいれば、簡単にクリモニアに行き来できるんだけどな。そうしたら、海に行くこともできるし」
「そこはぬいぐるみで我慢してね」
わたしは、シアが抱きかかえるぬいぐるみの頭を撫でる。
「我慢もなにも、乗れないじゃないですか」
シアは笑う。
「でも、海楽しかったです。また、行きたいです」
「また、行こうね」
「約束ですよ」
わたしとシアが楽しそうに話していると、マリクスが、少し羨ましそうにして、口を開く。
「俺も行きたかった」
「ふふ、楽しかったよ。ユナさんのクマのゴーレムに乗って、みんなで大移動。泊まった家は、クマさんのお家に、遊び場所にはクマの滑り台。船に乗って魚も釣ったよ」
シアは海の旅行を楽しそうに話す。
さらにタールグイの島があり、ちょっとした事件もあったことを思い出す。
「俺も誘えよ」
「実家に帰るのに、マリクスを誘えるわけないでしょう。お父様に勘違いされるよ」
たしかに、男を実家に連れて帰ったら、クリフに勘違いされるかもね。
「それなら、ティモルやカトレアも一緒なら、いいだろう」
学生友達ってことなら大丈夫なのかな?
その辺りの貴族の線引きはわたしにはわからない。
「でも、あのときは、すぐに出発しなくちゃいけなかったから、みんなに連絡をしている時間がなかったんだよ」
たしかにシアが来たのは海に出発する前日だった。一日でも遅れていたら、クマバスに乗り遅れていた。
二、三日遅れれば、半分終わり、さらに遅れれば帰ってくる頃だ。
「来年はみんなを誘えよ」
「忘れなかったらね」
わたしたちは海の旅行の話をしながら、室内訓練場の近くまでやってくる。
大きな建物だ。門も立派に大きい。城の中にこんな大きな室内訓練場があるんだね。
「ティリアが来るまで、待ちだね」
走っていったけど、フローラ様を連れてくるなら、遅くなるかもしれない。
「でも、ティリア様のおかげで、場所が借りられて良かった」
「ここなら、マリクスがボロボロに負けるところを他の人に見られないもんね」
「ユナさんの試合を見て、俺のことを笑う奴がいたら、そいつの目を疑う」
「まあ、そうだけど。ある程度頑張らないと、ユナさんの実力は引き出せないよ」
「頑張ってみるさ」
マリクスが何気なく扉に手をかけると、扉が開く。
「あれ、開いているぞ」
マリクスは扉を開けて中に入ろうとする。
「ちょっと、勝手に入っていいの!?」
「もしかして、ティリア様が先回りして、開けたかもしれないだろう」
鍵の場所は分からないけど、ティリアが走って、フローラ様はアンジュさんに任せれば、先に来ている可能性はある。
マリクスを先頭に訓練場の中に入ると、1人の騎士が剣を振っている姿があった。もちろん、ティリアの姿はない。
「ティリア様いないよ。どうするの?」
シアが訓練場を見て、尋ねる。
訓練場には一人の男性が何度も剣を振っている。
どこかで見たことがあるような?
わたしの記憶の片隅に朧げに引っ掛かるが、思い出せない。どこかですれ違った程度かもしれない。
「ユナさん、どうかしたんですか?」
「いや、あの人を見た記憶があったけど、思い出せないだけだよ。たぶん、城のどこかですれ違ったんだと思うよ」
「あの騎士って、フィーゴ副隊長のことか」
「マリクス、知ってるの?」
「ああ、あの人は部隊の副隊長だからな」
マリクスのお父さんは騎士だし、マリクス本人も騎士を目指している。それなら部隊の副隊長の顔ぐらい知っていてもおかしくはない。
「……フィーゴ。ああ、あの人は」
シアがマリクスの言葉に何かを思い出したようだ。
でも、わたしは思い出せない。
「ユナさんがルトゥム様と試合をする前に、試合をした騎士ですよ」
ここまで説明してくれたので、思い出す。
「ああ、あの時の」
そうだ。あの喧嘩を売ってきたおっさんの前に、騎士と試合をしたことを思い出す。
「そういえば、ユナさんはフィーゴさんとも試合をしたんだったんだよな」
マリクスも知っていたようだ。
まあ、あのときの話を聞けば誰と試合をしたかはわかるだろう。
わたしたちが話していると、マリクスがフィーゴと呼ぶ男性がこちらを見る。
「君たちはなんだ!?」
「すみません。俺たちも、ここで練習をさせてもらおうと思って」
「君たちは学生だろう。ここは学生が使える場所じゃない」
「いえ、ティリア様の許可はもらっています」
「ティリア様の?」
「はい。ちょっと、練習することになり、そうしたら、ティリア様がここの訓練場を使えばいいと。今、本人が来ますので、確認してもらえればわかります」
マリクスが緊張しながら、答える。
「そうか。俺も、今日は誰も使わないと思って、使わせてもらっていた。誰もいないと、静かだからな」
フィーゴは鞘に剣を納める。
わたしは隠れるようにマリクスとシアの後ろに移動する。
「そっちのクマの格好した女の子は……」
隠れたけど、見つかってしまった。
「たまにお城に現れる女の子か?」
「知っているんですか?」
「噂程度にはな」
フィーゴの言葉にシアは笑みを浮かべ、マリクスは興味深そうにする。
どんな噂か気になるところだけど、話しかけて、試合をしたのがわたしだと気付かれたくないので口は開かない。それに自分の噂を聞くと、経験上ダメージを受けるのはわかっている。
フィーゴはわたしを見てから、シアのほうを見る。
「ここでお会いできたシア嬢に、お尋ねしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「わたしですか?」
まさか、声をかけられるとは思っていなかったシアは、小さい声で「わたしのこと覚えていた」と呟く。
「学園祭のときに自分と試合をした女の子はどなたなんでしょうか? 学園の知り合いに尋ねたのですが、誰もわたしと試合をしたユーナって女の子のことは知らないと言われました。国王陛下やエレローラ様にお尋ねすることもできなかったので」
「えっと」
シアが目を泳がせながら、チラッとわたしのことを見るが、わたしは小さく首を横に振る。
どうやら、試合をした、わたしのことは気づいていないみたいだ。
でも、一瞬、ユーナって誰? と思ったが、偽名を使っていたことを思い出す。
「その、どうして、お尋ねするかお聞きしても?」
「もう一度、手合わせをさせていただこうと思ったんです。彼女は本当に強かったですから。まあ、負けた悔しさが大きいですが。今度はちゃんと試合をしたかったです」
シアが返答に困り、一瞬だけわたしのことを見る。
「ごめんなさい。彼女はクリモニアに住んでいる友達なんです。あのときは、学園祭に来ていただけなんです」
「学園の生徒ではなかったのですね。それは残念です」
本当に残念そうにする。そんなにわたしと試合がしたかったの?
だからと言って、自分ですと名乗り出るつもりはない。
少し罪悪感に襲われていると、扉が開く。
「本当に扉が開いている」
「くまさんいるの?」
訓練場に入ってきたのはティリアとフローラ様の2人だった。
フローラ様はわたしを見つけると、駆け出してくる。
わたしはお腹でフローラ様を受け止める。
「ティリア様、申し訳ありません。わたしが訓練場をお借りしていました」
「あなたはフィーゴ?」
別に悪いことをしていたわけじゃないのに、フィーゴはティリアに謝罪をする。
「もしかして、練習の邪魔をしちゃった?」
「いえ、練習は、そろそろ切り上げようと思っていましたから、大丈夫です」
「本当? 気を使わせていない? 別に練習を続けていても」
「いえ、自分はこれから、仕事がありますので」
フィーゴは扉の鍵をティリアに渡し、頭を下げると訓練場から出ていく。
「シア、黙っててくれてありがとうね」
わたしのことを話さないでくれたシアにお礼を言う。あのまま、わたしのことを話していたら、面倒臭いことになっていた。
「ユナさん、いつも、目立ちたくないって、言っているから」
「そんな目立つクマの格好しているのにな」
「でも、練習の邪魔をしちゃったかな?」
「う~ん、違うんじゃないかしら。フィーゴは堅物だからね。お父様の話を聞いたんだけど、ルトゥムの代わりにフィーゴが隊長になるはずだったんだけど。自分は弱いと言って、断ったみたい。ユナに負けたことで、それなりに考えることがあったみたい。ルトゥムの指示があったとしても、ユナと試合したことも悔やんでいるみたいだったし。まあ、部隊長の命令だったら、下は従うしかないんだけどね」
「そうなのか? 嫌なら断ればいいだろう」
マリクスが子供らしい意見を言う。
「それだと、部隊として成り立たなくなる。マリクス、騎士になれば部隊長の命令は絶対よ。キツイ言い方だけど、指示に従えない騎士は命令違反になる」
ティリアが少し真面目に答える。
「それが、間違ったことでもですか?」
「そうよ」
「…………」
ティリアの言っていることは軍隊の中では正しい。
でも、マリクスの気持ちもわからないこともない。
だけど、ティリアが言ったことは軍隊だけでなく、どの社会でも言えることだ。
平社員は課長、部長、社長の命令を聞かないといけない。教師は学年主任、校長には逆らえない。もちろん、逆らうことはできるが、社会から弾かれる。
そう考えると社会人にはなりたくないね。まあ、元の世界にいても、社会人になるつもりはなかった。株があれば十分に生きていける。
そんな人生を送るなら、異世界に飛ばされたことは感謝しないといけない。
なんだかんだで、異世界を満喫している。
「マリクス。もし、それが嫌なら、自分が部隊長になることよ。もっとも、部隊長になってもその上の国王の命令は絶対よ」
さすがに国王に逆らったら、終わりだ。
「でも、お父様やお兄様が変な命令を出すとは思わないから、安心してもいいわよ。もっとも、ルトゥムの場合は貴族ってこともあって、余計に逆らうことはできなかったんでしょうね」
元はルトゥムが悪いはずだけど、少しだけ罪悪感がでてくるね。
でも、あの試合はシアの未来のために、負けるわけにはいかなかった。それがフィーゴの人生を狂わせてもだ。でも、上司が馬鹿でなくなったんなら、救ったとも言えるかもしれない。
ルトゥムの話を書いていたら、もう一人の騎士の話を書きたくなりましたので、少しだけ登場しました。
ユナと再戦してもよかったんですが、それだと、どんどん、話が他の方へ行くので、再戦はまた今度です。再戦あるかな? あったとしても当分先になりそうです。
※次回の投稿ですが、三日後に投稿がなかったら、一週間ほどお休みと思ってください。