419 クマさん、エルフの村に戻って来る
翌日、朝早くにリッカさんが宿屋にやってくる。荷物はわたしのクマボックスに入っているので、小さなカバンを持っているだけで、身軽な格好をしている。
「リッカさん、早いですね」
「お父さんが、『フラれたら、戻ってこい』とか、『フラれたら、俺がいい男を見つけてやる』とか、うるさいんだもん」
「それだけ、リッカさんが心配なんだよ」
「昨日はカッコイイと思ったのに」
まあ、翌日になったら、寂しくなったんだろう。それだけ愛されているってことだ。どこかみたいに口を利かない親子もいる。それを考えれば、いいことなんだろう。
リッカさんが来たので、わたしたちも出発の準備をする。
「みんな、忘れ物はないね」
「はい」
「大丈夫です」
一週間ほどお世話になった部屋を後にして、一階に降りると、ジェイドさんたちの姿がある。
どうやら見送りみたいだ。
ジェイドさんたちはトウヤの剣のこともあるので、しばらくはこの街に残ることになっている。
「嬢ちゃんには世話になったな。クマたちにもよろしく言っておいてくれ」
「ハチミツ、美味しそうに食べていたよ」
「そうか」
トウヤは少し嬉しそうにする。
「うぅ、くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんに乗りたかった」
「ふふ、わたしは乗った。とても柔らかかった」
メルさんの言葉にセニアさんが勝ち誇った顔をする。
「でも、ロージナさんに、こんな可愛い娘さんがいたのね」
「しかも、ガザルさんの彼女」
リッカさんは彼女って言われて少し恥ずかしそうにするが、否定はしない。
「みなさんもガザルを知っているんですね」
「王都では結構有名な鍛冶職人だからね。冒険者なら、知っている者も多いよ」
ガザルさんが褒められているようで、リッカさんは嬉しそうにする。
「リッカさんが王都に行くなら、王都で会えますね」
「その、まあ。そのときはよろしくお願いします」
まあ、それはリッカさんが王都に住むことになったらの話だ。街に戻ってくる場合もある。
「うぅ、でも、ユナちゃん、先に帰っちゃうんだね」
「くまゆるとくまきゅうに乗りたかった」
メルさんとセニアさんが残念そうにする。
残念ながら、一緒に帰ったとしても、くまゆるとくまきゅうは定員オーバーだ。メルさんとセニアさんの乗るスペースはない。
「トウヤを置いて、ユナと帰る方法がある」
「それよ!」
「それよ! じゃねえよ」
セニアさんとメルさんの言葉にトウヤが怒る。
「メルもセニアもそこまでだ。ユナ、今回はトウヤがいろいろと世話になったな。今度、またクリモニアに行くよ」
「うん、そのときは食事ぐらい奢るよ」
わたしたちはジェイドさんたちと別れ、街を出る。
「えっと、本当にくまさんに乗って行くの?」
「そうだよ。馬車は遅いからね」
クマバスって方法もあるけど、魔力を使うし、なによりも運転をしないといけないから面倒だ。くまゆるとくまきゅうの上なら寝てても走ってくれる。
わたしは街から少し離れると、くまゆるとくまきゅうを召喚する。
「本当に召喚って不思議だね。なにもないところから、現れるなんて」
「えっと、それじゃ。初めはわたしとフィナがくまゆる。ルイミンとリッカさんがくまきゅうね」
「初めは?」
わたしの言葉にリッカさんが首を傾げる。
「途中でクマを乗り換えるよ。そうしないと、くまきゅうがイジケルからね」
「くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんはユナお姉ちゃんが大好きだから、片方だけに乗り続けるとイジケちゃうんです」
フィナがわたしの言葉を補足してくれる。
「クマがイジケル。……可愛いね」
リッカさんはくまきゅうに近づく。
「ユナちゃんじゃないけど、お願いね」
「くぅ~ん」
くまきゅうは返事をすると、腰を下ろし、リッカさんが乗りやすくしてくれる。
「ありがとう」
「あっ、わたしも」
リッカさんはくまきゅうに乗り、その後ろにルイミンが乗る。わたしとフィナもくまゆるに乗り、出発する。目指すはエルフの村、ルイミンの家だ。
わたしたちを乗せたくまゆるとくまきゅうは走り出す。
「リッカさん。速度を上げるけど、怖くなったら、言ってね」
「うん、大丈夫」
速度を上げるが、リッカさんはしっかりくまきゅうに掴まり、落ちないようにする。
「そんなに力を入れなくても大丈夫だよ。軽く乗っているだけでも落ちないから」
「うん」
リッカさんは力を抜いて、軽くくまきゅうに乗る。
わたしたちを乗せたくまゆるとくまきゅうは街道を走り、途中から、草原を横切り、森の中に入っていく。森の中も迷うこともなく進んでいく。
「ユナさん。なんで、迷うこともなく走れるんですか?」
「くまゆるとくまきゅうが道を覚えているからね」
くまゆるとくまきゅうは一度通った道なら覚えている。だから、指示を出さなくても、目的地まで連れていってくれる。
行きはルイミンの曖昧な記憶でゆっくりと進んだ道も、くまゆるとくまきゅうは迷わずに駆けていく。
わたしたちを乗せたくまゆるとくまきゅうは山奥の橋を渡る。わたしが行きのときに作った橋だ。
「もう、ここまで戻ってきてしまいました」
行きと帰りでは速度が違う。進む道が分かれば、早いものだ。
行きは一泊二日のところが、夜にはエルフの村の近くまでやってくる。このまま進めば、今日中に到着することができる。ただ、森の中は暗い。クマのライトを使えば進むこともできるが、無理に今日中にエルフの村に着くこともない。なにより夜中に村に着けば迷惑がかかる。
「それじゃ、今日はこの辺りで野宿して、明日の朝に村に行こうか」
「もうすぐですよ」
「夜中に帰っても迷惑になるよ。それなら、朝に村に行ったほうがいいでしょう」
「お父さんとお母さんなら、大丈夫ですよ」
「わたしが嫌なの。ルイミン、1人で行く?」
一人で歩いていけば、真っ暗な森の中を一人で歩くことになる。それにくまゆるとくまきゅうが居なければ迷う恐れもある。知っている道でも、暗闇なら道に迷うこともある。
「ユナさん、意地悪です」
そんなことを言われても、夜中に人様の家に行くほど、図太い性格はしてない。行けば、寝床も借りることになる。たとえ、部屋を借りなくても、クマハウスを使うことになれば、ここで野宿するのと変わらない。面倒なやり取りをするなら、ここで一泊したほうがいい。なにより、クマハウスのほうが落ち着いて寝ることができる。
「うぅ、わかりました」
「それじゃ、ここで野宿するんですか?」
リッカさんが周囲を見渡す。
森の中だ。薄暗く、獣が近寄ってくるかもしれない。
「危なくないですか?」
「家を出すから、大丈夫だよ」
「いえ?」
わたしは周囲を見て、少し広い場所に移動すると、クマボックスからクマハウスを出す。
リッカさんは驚くが、そんな驚くリッカさんを連れて家の中に入る。そして食事の準備をして、お風呂に入って、一晩休む。
翌日、エルフの村に向けて出発する。
村に近かったこともあって、すぐに到着する。
「先にムムルートさんのところに行きたいけどいい?」
「はい、わたしも帰ってきた報告をしますからいいですよ」
「ムムルートさんって?」
「わたしのお爺ちゃんで、村の長です」
「そうなんだ」
村の入口に到着すると、わたしはくまゆるとくまきゅうを送還する。くまゆるとくまきゅうを召喚したままだと、子供たちに囲まれてしまうためだ。
なのに。
「クマのお姉ちゃんだ~」
おかしい。くまゆるとくまきゅうがいないのに、わたしは子供たちに囲まれてしまった。
「みんな、ユナさんから離れて」
「え~」
「お爺ちゃんじゃなくて、長に言われているでしょう。ユナさんが来ても、迷惑をかけちゃ駄目だって」
「うぅ」
子供たちは悲しそうにする。
大人だったら、殴り飛ばすけど、子供相手にそんなことはできない。
「それじゃ、ムムルートさんの家まで一緒に行こうか」
短い距離だけど、わたしの言葉に子供たちは喜ぶ。
「うぅ、ユナさん。ごめんなさい」
「ユナさん、大人気ですね」
リッカさんが子供たちに囲まれるわたしを見る。
「まあ、こんな格好しているからね」
子供たちは約束通りにムムルートさんの家までくると離れてくれる。
「嬢ちゃん、ルイミンが世話をかけたな」
ムムルートさんが少し申し訳なさそうにする。
「お爺ちゃん、わたしのせいじゃないよ。お母さんのせいだよ」
「そうだったな」
「それで、そちらのお嬢さんは?」
ムムルートさんがリッカさんのほうを見る。
「リッカです。王都に行くので、一緒に付いてきました」
リッカさんは挨拶をする。
さて、ここからが本題だ。
「ムムルートさん、少しお願いがあるんだけど」
「なんだい」
「わたしたちを王都に移動させてくれないかな」
「ユナちゃん?」
わたしの言葉にリッカさんは頭を傾げる。
実は昨日の夜にクマの転移門を使って、こっそりとムムルートさんの家にやってきた。そのときに、少し頼みごとをした。クマの転移門を使って王都に行きたいが、リッカさんにはクマの転移門のことを知られたくない。だから、エルフの長であるムムルートさんの力で王都に移動したように見せかけてほしいと頼んだ。
そんなわたしのお願いをムムルートさんはこころよく引き受けてくれた。
ちなみにフィナとルイミンには説明済みで口裏を合わせることになっている。
「実は長であるムムルートさんには不思議な力があって、簡単に王都に行けるんだよ」
「えっ、そんなことができるの?」
リッカさんは驚きの表情をする。まあ、簡単に王都に行けるって言えば驚くよね。
「ムムルートさん、お願いできますか?」
「村を救ってくれた嬢ちゃんの頼みなら、断ることはできない。ただ。我々、エルフの秘密でもある。クマの嬢ちゃんたちはすでに知っているが、そちらの嬢ちゃんに見られるわけにはいかない。悪いが目を塞がせてもらうが構わないな」
ムムルートさんが予定通りの話の流れに持っていってくれる。クマの転移門を見られたくないので、目隠しして、クマの転移門を使うことになっている。
「えっと、つまり、すぐにガザルに会えるってこと? まだ、心の準備ができていないんだけど」
いきなりのことでリッカさんが混乱している。王都まで、まだ時間があると思っていたみたいだから、考えが混乱しているようだ。
普通なら、疑うところだけど、疑いもしない。
「それじゃ、こっちの部屋に来てくれ」
わたしは混乱するリッカさんを連れて、部屋を移動する。
「ここは?」
部屋に入ると、ムムルートさんがあらかじめ用意していたと思われる魔法陣が床に描かれている。
まさか、ムムルートさんがここまで準備しているとは思わなかった。
「それでは目隠しをよろしいですか」
わたしは布を出し、リッカさんに差し出す。
「ちょっと、待って」
「それじゃ、10数えるね。1、2、3、……」
「短い。短いよ!」
「準備なら、すでに街をでるときにできているでしょう。5、6、7」
「フィナちゃんは?」
「フィナも知っているよ。9、10」
「はい、目隠しして」
わたしは再度、布を差し出す。
リッカさんは布をジッと見たあと、深呼吸すると布を受け取る。そして、ムムルートさんのほうを見る。
「本当に王都まで行けるんですね」
「ああ、それは約束しよう」
「それじゃ、よろしくお願いします」
リッカさんは覚悟を決め、ムムルートさんに頭を下げる。
「リッカさん、頑張ってくださいね。リッカさんは可愛いから、大丈夫ですよ」
「ルイミンちゃん、ありがとうね」
リッカさんは目を布で隠す。
わたしは目の前で、手を振ったりしてみるが反応はない。ちゃんと見えないみたいだ。見えないことを確認したわたしはクマの転移門を取り出す。
「それじゃ、行くぞ」
ムムルートさんが呪文っぽいことを口に出す。
わたしはクマの転移門の扉を開ける。
「少し歩くから、わたしの手をしっかり握ってね」
「うん」
リッカさんがわたしの手を握り、クマの転移門の中にゆっくりと入る。
ムムルートさんに演技をしてもらって、無事に王都まで戻って来れました。
次回、再会ですね。
※来週の10月13日で、クマが三周年だと言うことに二日前に気づきました(笑)
書籍作業とかで、忙しくて全然気づいていませんでした。
こないだ、二周年だと思ったばかりなのに、早いものです。
まさか、三年も続き、400話を超えるとは思ってもいませんでした。
これもブックマークや評価を入れて頂き、感想を書いてもらい、PV・ユニークアクセスがあったからです。読まれていなかったら、ここまでモチベーションは続かなかったと思います。ありがとうございます。これからも「クマ」をよろしくお願いします。