417 クマさん、野次熊(馬)になる
翌日、トウヤが鍛冶屋のクセロさんのところに試験に挑戦しに行くと言うので、一緒についていくことにする。
「別にみんなで、ついてこなくてもいいんだぞ」
一番前を歩くトウヤが後ろを振り返る。
「暇だから」
「暇だしね」
「暇」
「ユナお姉ちゃんが行くから」
「ユナさんが行くなら」
「俺はパーティーリーダーとしてだな」
まあ、結局は暇潰しの野次馬だ。それに近日中には帰ることになっているから、気になることは確認しておきたい。
トウヤはわたしたちの言葉に小さくため息を吐いて、諦めたようで歩き出す。
わたしたちは早朝から、ぞろぞろとクセロさんの鍛冶屋にやってくる。
「来たか」
「おう、試験を受けに来たぜ」
試験のチャンスは三回。三回のうち一回でも、クセロさんの息子さんが作った鉄の剣をミスリルの剣で斬ることができれば合格になる。合格ラインとして、甘いのかキツイのかわからない。野球なら、一流バッターだけど、どうなんだろう。
「それで、できるようになったのか?」
「これを見てくれ」
トウヤは斬れた剣と、ビッグボアの赤い角を取り出す。
数回に一回は剣を斬ることに成功するらしいけど。そのできる確率がどれほど高くなっているかが問題だ。
「少し、ビッグボアの噂になっていたが、おまえさんだったのか」
「まあな」
「嘘、頑張ったのはユナ」
トウヤの言葉にすぐにセニアさんが否定する。
「いや、俺も頑張ったぞ。ちゃんと二体倒している」
「昨日、聞いた話だと、ユナに気を取られている間に後ろから攻撃したって言っていた」
「うっ、それは」
「もう一体はくまゆるに助けてもらった」
「うぅ」
「他のビッグボアはユナが倒した」
「……でも、ビッグボアの赤い角を斬ったのは事実だろう」
トウヤはセニアさんにビッグボアの赤い角を突き出す。
「ユナは三本」
「うぅ」
セニアさんの言葉にトウヤは肩を落とす。
「ほれ、俺も暇じゃないんだ。やるのか、やらないのか」
「やるに決まっているだろう」
トウヤは準備を始める。
……そして、試験の結果。
「ちょっと、待ってくれ。なにかの間違いだ」
試験は三回連続で失敗した。
「もう一回、もう一回だけ、やらせてくれ。ああ、きっと、刃こぼれがしていたんだ」
「綺麗なものだぞ」
「トウヤ。昨日、自分で手入れをしていただろう」
同室のジェイドさんが暴露する。
「クセロのおやっさん、頼む。もう一回チャンスを」
トウヤは手を合わせてクセロさんにお願いする。
「わかった。一回だけだぞ」
クセロさんは仕方なさそうに了承する。
そして、結果は四回目も失敗する。
それから、トウヤのもう一回が何度も続き、10回目で成功して、試験に受かることができた。
これって、受かったことになるの?
成功率、3割3分3厘と1割だとかなり違う。野球のゲームでも、1割バッターと3割バッターでは天と地の差がある。1割では一軍になれない。
「そのビッグボアの赤い角に免じて合格にしてやる。ジェイド、しっかりこいつの面倒を見るんだぞ」
「ああ、わかった」
どうやら、ビッグボアの赤い角とジェイドさんに免じて合格らしい。
そして、クセロさんはジェイドさんにあらためて声をかける。
「ジェイド、体のほうの準備は大丈夫か? 大丈夫なら、これから試練の門に行くぞ。こいつの剣を作らないといけないから早めに終わらせる。おまえたちも街には長くはいられないんだろう」
そういえば、王都の商人に頼まれて、買い出しに来ているんだっけ。
「一応、時間はもらっているから大丈夫です。剣ができるまで、ここの冒険者ギルドで仕事をするつもりですから」
「それでも早いほうがいいだろう」
このまま試しの門の試練に挑戦するようなので、わたしたちも一緒についていくことにする。まあ、ちゃんと試練が行われているか気になるからね。
そして、長い階段までやってくる。
「この長い階段だけは勘弁してほしいわね」
「うん、この上に試しの門を作った人、バカ」
メルさんとセニアさんは面倒くさそうに階段を見上げる。
まあ、そこは地形とかの問題もあっただろうし、仕方ないのかな。面倒なのは同意だけど。
「トウヤは宿で休んでいていいんだぞ。まだ、体は痛いんだろう」
「別にあのぐらい、怪我に入らないから大丈夫だ。なんなら、俺が代わってやろうか? 試験にも受かったんだし」
「あれはおまけのおまけのおまけだろう」
なんでも、トウヤがクセロさんの試験に受かったら、ジェイドさんがクセロさんに口添えして、試練を代わってあげると言ったらしい。
「なにを勝手なことを約束しているんだ」
「すみません。トウヤが試験に受かればと思って」
「まあ、トウヤが10本中、10本成功するなら、俺が頭を下げてお願いしたが」
それだけ優秀ならお願いするね。
「でも、一本だからな」
「一本って言うな。成功は成功だろう」
「でも、魔物と戦ったとき、チャンスは10回もないぞ。その前に俺が倒すからな」
「それにこっちにチャンスがあるってことは相手にも、それと同じだけの攻撃のチャンスがあるってことよ」
ターン制のゲームじゃないから、一概には言えないけど、力が同等なら自分だけチャンスがあるわけじゃない。格下なら、毎回自分のターンかもしれないが。力が同等、あるいは相手のほうが上手なら、攻撃チャンスは相手のほうが多い。多いってことは危険が増えるってことだ。
だから、自分に攻撃のチャンスがあったら、早めにそのチャンスをものにしないといけない。チャンスを早めにものに出来なければ、自分だけじゃなく、仲間も危険にさらすことになる。
わたしたちは長い階段を登って試練の門がある建物の前までやってくる。
冒険者や鍛冶職人の姿がある。無事に二日目を迎えているようだ。これでわたしの責任はなくなったはず。
でも、やはりと言うべきか。試練の様子を見ることができないから、参加者ぐらいしかいない。
まあ、好き好んで長い階段を登ってこないよね。わたしだって、クマ装備がなければ絶対に登りたくない。そもそも、クマ装備がなければ、わたしの体力では登ることはできない。エスカレーター、エレベーター、リフトを設置してほしいぐらいだ。
「それじゃ、行ってくる」
「すぐに戻ってくるんじゃないぞ」
トウヤの言葉にジェイドさんは「ああ」と返事をして、クセロさんと建物の中に入っていく。
「ああ、俺も挑戦したかったな」
「見習い鍛冶職人だったら、させてくれるんじゃない?」
まあ、一応トウヤもCランクだしね。
「そんなことできるわけないだろう」
「そんな見習い職人が作った武器は使えない?」
「俺が使ったら、能力以上に剣の力を発揮しちゃうだろう。それじゃ、見習い職人のためにならないからな」
「…………」
どこから、そんな強気な言葉が出てくるかな。
トウヤらしいと言えばトウヤらしいけど。このめげないところがトウヤの長所なのかもしれない。
そんなトウヤたちとバカな会話をしながら待っていると、ジェイドさんが戻ってくる。
「ジェイド、どうだった?」
「……ああ、その、なんだ。まあ、それなりに」
なにか歯切れが悪い。もしかして、上手くいかなかったのかな?
そして、ジェイドさんはわたしのところにやってくると、なぜかわたしの頭の上に手をおく。
なに?
「クセロのおやっさん、どうだったんだ?」
「う~ん、今回の試練はいつもと違った。ギルマスは相手がでるたびに、頭を抱えていた」
内容は話せないので、2人は曖昧に答える。
なんだろう。もの凄く気になるんだけど。
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俺とクセロさんはギルマスと一緒に試練の門をくぐり、階段を下っていく。前に試しの門は一回だけ挑戦したことがある。前となにも変わっていない。
階段を降りていくと、魔法陣があり、そこに武器を突き立てることによって試練が始まる。
俺はクセロさんの剣を魔法陣に突き立てると、魔法陣が光り、前方の土が盛り上がっていく。そして、現れたのは大きなクマの置物だった。クマが座っていて、無抵抗の姿だった。
「…………」
なんでクマなんだ?
クセロさんは無表情、ギルマスはため息を吐いている。
この無抵抗に座っているクマを斬らないといけないのか?
ただの土の塊で、魔力で硬化されているだけの置物だ。これは試練で、剣の切れ味と扱う者の技術を問うものだ。
俺はクマの置物に近付き、握り締める剣に力を込める。そして、魔力で硬化されているクマの置物に向かって剣を振り下ろす。クマの体は右肩から斜めに斬られる。
クマの置物は崩れ落ち、一回目の試練が終わる。
もの凄い罪悪感に襲われる。斬ってはいけないものを斬ってしまった感覚だ。自分にこれは試練だと言い聞かせる。
そして、次の試練が始まる。次の試練は小さなクマがたくさん現れる。動く対象物を正確に斬ることができるかどうかの試験なのはわかる。
俺の心は乱れる。斬れるはずのクマが斬れたり斬れなかったりする。前に受けたときはウルフだったぞ。なんで、クマなんだ!
俺は息を切らせながら、子熊を全て斬った。
自分が悪人になったような感覚だ。無理やりに悪いことをしているような、悪いと分かってもやらないといけない罪悪感。そんな気持ちが俺の心を揺さぶる。
もしかして、これも試練の一つなら、最悪の試練だ。できれば二度としたくない。
三回目の試練は大きなクマだ。ユナのクマと対峙しているような感覚だ。俺は心を落ち着かせる。どうして、こんな試練になる。もしかして、俺の心を読み取って、クマにしているのかもしれない。
もし、狂暴な熊が現れたとき、本当に斬ることができるのか。俺は心を鬼にして、クマと戦う。
俺は精神的に疲労し、剣先が鈍るが、どうにか三回目の試練もクリアする。
俺は願う。どうか、クマだけはやめてくれ。
俺の願いは届いたが、そうじゃない。
4戦目はクマの格好をした女の子だった。間違いなくユナの格好だ。どうして、ユナが現れる。
俺の心の中にあるユナに対しての嫉妬が生み出したのかもしれない。俺は剣を下ろして、クセロさんに試練の放棄を宣言する。クセロさんは「わかった」と一言返事してくれる。俺は魔法陣に剣を刺す。これで試練は終了だ。
「クセロの冒険者。おまえさん、クマの格好をした女の子を知っているのか?」
俺が剣を鞘に納めるとギルマスが話しかけてくる。
「知っていますよ」
ギルマスの口ぶりからして、ギルマスはユナのことを知っているみたいだ。
「だから、やめたのか?」
「それもありますが、偽物とはいえ、彼女と戦うのが怖かったのかもしれません。彼女は強い。本気で戦って負けでもしたら、落ち込みますからね」
「おまえさん、ランクCだったな。そんなおまえさんから見ても嬢ちゃんはそんなに強いか?」
「強いですよ。武器の扱いをハッキリ見たわけじゃないけど、手慣れているのはわかります。さらに魔法の技術も高い。なにより、心が強い。大の男でも魔物と戦うのは怖いものなんですよ。それを平然と戦う。場慣れした猛者のようですよ」
1人で、ブラックバイパーと戦いに行くのもわからないし、ワームと平然と戦う。巨大なスコルピオンを倒す。もし、俺が一人なら逃げだしている。戦おうとは思わない。今の俺は仲間がいるから戦えている。俺が戦っていても、援護をしてくれる仲間。危険なときは声をかけてくれる仲間。そんな信頼できる仲間がいるから、強い魔物と戦える。だから、1人で戦えるユナは強い。
でも、あのクマの格好から、強いとは想像もできないんだけどな。
そして、試練の賞品である鉄がでてくる。それは小さなクマの置物だった。
ギルマスがユナのことを知っているということは、今回の試練は絶対にユナが関わっている。でも、ユナがどう関わっているか聞くのが怖いので黙っておく。
俺は鉄のクマを手にする。すると部屋が薄暗くなる。
「今年の試練はこれで終了だな」
ギルマスはなにか安堵するような表情を浮かべている。
「なにか、今年は早くないか?」
「過去には一日のときもあったんだ。たまにはそんな年もある。ほれ、上に戻るぞ」
ギルマスは俺たちの背中を叩く。
戻ってきたギルマスが終了したことを報告すると、次に待っていた鍛冶職人が、悔しそうにする。
誰も二日目で終わるとは思っていなかったんだろう。最近は3日から、4日間らしい。
俺とクセロさんは建物の外にでる。そして、みんなが待っている場所に移動すると、ユナが俺のことを見ている。俺はなんとなく、ユナの頭の上に手を置いた。
トウヤの試験も無事に終了しました。
試しの門に挑戦したのはジェイドさんでした。トウヤも考えたのですが、あまり弄り過ぎるのも可哀想なので、ジェイドさんに頑張ってもらいました。それでも、クマと戦うことになって苦悩するジェイドさんです。
これであとは帰るだけですね。
※次回、1~2日、投稿が遅れるかもしれません。書籍作業の時間にさせて頂きます。