403 クマさん、家探しをする
昼食を終えたわたしたちは商業ギルドに向かう。
試しの門が終われば帰ることになる。その前にクマの転移門を設置する場所を確保したい。街の外も考えたけど、外だと設置場所を探すのが面倒なのでやめた。
放置して、知らないうちに気付かれて、騒ぎになっても困る。そんなわけでいつも通りに商業ギルドに行って、家を購入しようと思っている。クマハウスだと目立つので、普通の家にするつもりだ。
「フィナとルイミンは待っていても良かったんだよ」
わたしが商業ギルドに行くことを伝えたら、一緒についてくると言う。
「あのクマさんの門を置く家を探しに行くんですよね。ユナさんがどんな家を買うか見たいです。でも、ユナさん、お金は大丈夫なんですか? 家を買うってお金がかかるんですよね。わたしが持っているお金じゃ、絶対に買えないです」
ルイミンが少し心配そうに尋ねる。まあ、鍋やフライパンを買うお金じゃ買えない。
まあ、お金の心配はない。元の世界で蓄えたお金にこっちの世界に来てから稼いだお金がある。
あと、このことはフィナも知らないけど、トンネルの通行料とかもある。ノアが住んでいるような家を購入するようなら、お金がかかるが、小さな家ぐらいなら、それほどかからない。
わたしたちは大通りに出て、周囲を探す。宿屋で聞いた話だと、この辺りに商業ギルドがあるはず。
「ユナお姉ちゃん、あそこじゃないですか?」
フィナが指差す。その先には商業ギルドの看板がある。ここで間違いないようだ。フィナたちを連れて、建物の中に入る。中は思ったよりも人が少ない。わたしとしては人が少ないほうが助かる。
受付の方を見ると、普通の女性が座っている。ドワーフではないみたいだ。
受付に行くと、受付嬢がわたしの格好を見て驚く。
「……クマ?」
いつものことなので、スルーして用件を伝える。
「えっと、家を購入したいんだけど」
「お嬢ちゃんたちが?」
わたしを見てから、後ろにいるフィナとルイミンを見る。このメンバーで家を購入するとは普通は思わないよね。
「お金ならあるから、心配しないで」
わたしがそう言うと受付嬢は怪しむような目でわたしたちを見る。
「えっと、確認ですが、ご両親はいらっしゃいますか?」
「いないけど、必要なの? お金なら、ちゃんと払うよ」
「いえ、そんなことはないのですが……」
受付嬢はわたし、フィナ、ルイミンと見て、もう一度わたしを見る。そして、少し考えてから、市民カードをお願いされる。
「ギルドカードでもいいんだよね」
「はい。身分を証明できるものでしたら、構いません」
わたしはギルドカードを差し出す。ギルドカードを受け取った受付嬢がカードを確認すると表情が変わる。
「名前はユナさん、冒険者ランクC、商業ギルドランクE……」
どっちで驚いているかわからないけど。やっぱり、冒険者ランクの方かな。
「職業がクマってなんですか?」
そっちで驚いていたみたいだ。
「見ての通りだよ」
面倒なのでそう答える。
「……わかりました。それでは、購入する家の場所の指定、購入金額の上限とか、ありますか?」
「お金の上限はとくにないけど。できれば、街の中心から離れている場所で、人が出入りしても目立たない場所がいいかな。家も小さくてもいいよ」
わたしがクマの転移門を設置する条件に合う家を言うと、受付嬢はさらに怪しむようにわたしたちを見て、とんでもないことを口にする。
「目立たない場所って、もしかして、家出……」
「ち、違うよ。わたしの格好を見れば分かるでしょう。あまり、騒がれたくないだけ」
「本当ですか?」
クリモニアのときは初めは土地を借りるだけだったから、お金を払えば簡単に借りることができた。王都の場合はグランさんとエレローラさんの口添えがあった。ミリーラの町はクラーケンの討伐やアトラさんの許可があったから、クマハウスを建てることができた。ラルーズの街ではレトベールさんに家をもらった。エルフの里では魔物退治のお礼として、場所を提供してもらった。砂漠の街、デゼルトの街ではバーリマさんの紹介状があった。
そう考えると、今まで家を建てたり、購入するときは、いろいろな人の助けがあった。
なにもないと怪しまれるんだね。
今回は紹介状もなく、知り合いもいない。でも、似たようなものならある。
わたしが過去のことを思い出していると、フィナが声をかけてくる。
「ユナお姉ちゃん。エレローラ様から貰ったナイフを見せれば」
わたしも思った。たしかに有効的なアイテムだ。でも、この離れた街まで、フォシュローゼ家の名が知られているかが問題だ。
でも、せっかくもらったナイフだ。少しは活用させてもらうことにする。
わたしはクマボックスから、エレローラさんから貰った、紋章が入ったミスリルのナイフをギルド嬢に差し出す。
「これは……貴族様の紋章?」
「これで信用はしてもらえる?」
「す、少しお待ちください」
受付嬢は慌てて、席を立って離れる。
「ユナさん、そのナイフはなんですか?」
「簡単に言えば、知り合いの貴族からもらったナイフで、わたしがこの貴族の関係者だって証明になるナイフだね」
「ユナさん、貴族にお知り合いがいるんですか?」
「ちょっと、知り合うことがあってね。お世話になっているよ」
ルイミンにナイフについて話していると、奥から受付嬢と40歳ぐらいの男性がやってくる。
「お待たせしました」
「本当にクマの格好をしている」
「ギルマス!」
「おお、すまない。それでナイフの確認だったな」
男性はこの街のギルドマスターのようだ。
「わたしには確認できないので、お願いします」
「少し、ナイフを確認させてもらいますね」
受付嬢に頼まれたギルマスはナイフを手にすると、紋章を確認する。
「間違いなく、エルファニカ王国のフォシュローゼ家の紋章だな。嬢ちゃん、フォシュローゼ家の関係者か?」
「知り合いで、懇意にさせてもらっているよ。確認をとってもいいけど。できれば今日中に家が欲しいかな」
「すまないが、あとギルドカードを確認させてもらう」
ギルマスはそう言うと、ギルドカードを水晶板の上に乗せて、水晶板を操作する。そして、顔色が変わる。
「ファム、問題はないから、このクマのお嬢さんの望むままにしなさい。それから、失礼がないように」
「はい、わかりました」
ギルドマスターはナイフとギルドカードをわたしに返し、頭を下げて去っていく。
なんだったんだろう? また、ギルマス特権でしか見れないものを見たのかな。いったい、わたしが知らないところで、ギルドカードにはなにが記入されているの?
とりあえず、変な疑い(家出)をかけられずに家を購入することができそうだ。
「それでは、希望にあった家をお探ししますので、少々お待ちください」
受付嬢は資料を探し出す。
「そういえばユナさん。職業クマってなんですか?」
「冒険者ギルドで登録する職業のことだよ。剣を扱うなら剣士、魔法を使うなら、魔法使いって感じだよ。だけど、当時のわたしは剣は持っていなかったし、魔法使いって名乗っていいかわからなかったんだよ」
それで冗談で職業のところを『クマ』と書いたら、ヘレンさんがそのままギルドカードに『クマ』と登録してしまった。そして、職業はクマのまま、今に至る。
「でも、クマって書く人はいないと思いますよ」
それは異世界に来たばかりのわたしに言ってほしい。
「お待たせしました。希望に合う家はいくつかありました。確認をお願いします」
受付嬢は資料を手にして、わたしの前にこの街のだと思われる地図を広げる。
「えっと、それではまずは街の地図で候補を指定しますので、確認をお願いします」
そして、受付嬢は資料を見ながら、家の大きさ、金額、場所を示しながら、丁寧に説明してくれる。
う~ん、街は入口が普通の街と同様に東西南北に4つある。そのうち2つは左右の山や畑などがある。もう1つはわたしたちが入ってきた入口、もう1つは、別の街に行くと思われる道、この2本を結ぶ道が一番建物が多く、人通りが多い。山に行く道や畑に行く道も人が通る。そうなると、必然的に大きな道から離れた場所が人通りが少ないってことになる。
「ここは住んでいる人も少なく、人目もありませんが、女の子が住むには」
「治安が悪いの?」
「そんなことはありませんが、どこの街も0ではありません」
「住むわけじゃないから、問題はないよ」
「そうなのですか?」
「たまに来るだけだからね」
「それで、家を購入するのですか?」
怪しむようにわたしを見た瞬間、後ろの方から、「ファム!」と名を呼ぶ声がする。
受付嬢の後ろを見るとギルドマスターがわたしたちのほうを見ている。
「なんでも、ありません。こちらにしますか?」
「他の場所の説明もお願い」
「わかりました」
ファムは候補を全て説明してくれる。
そして、わたしは候補を絞り込んで、2つほど決めて見に行くことになった。
一つ目は人が多くいる中心から離れ、家が建ち並ぶが周囲の家は少ない。でも、探知スキルを使うと人の反応がまばらだけど、意外とある。
そして、次の家に案内される。
二つ目はクリモニアの孤児院みたいな壁際の近くに建てられている。周囲に家が数軒建っているが、見る感じ人通りも少ない。探知スキルを使っても、先ほどよりも人の反応は少ない。
それにさっき見た家より、新しい。庭もある。いい感じだ。
「それじゃ、家の中に入りますね」
ファムがドアを開けて家の中に入る。
「中も綺麗だね」
「はい、お建てになって、すぐに家庭の事情で引越しをなさいました。それほど長い間、使っていませんから、綺麗です。でも、中央の商店や露店まで遠いので」
そんなのは歩けばいいだけだ。
でも、綺麗と言っても、家が新しいだけで、数ヶ月使われていなかったようで、埃などが積もっている。でも、掃除をすればいいだけだ。
「うん、ここにするわ」
「ありがとうございます。それでは手続きをしますので、一度商業ギルドにお願いします」
歩きだすわたしをフィナが呼び止める。
「ユナお姉ちゃん。わたし、お掃除してもいいですか?」
「はい。わたしもします!」
フィナの言葉にルイミンも手を上げて、掃除を申し出てくれる。
今度、暇なときでも掃除をしようと思っていた。でも、手伝ってくれるなら、お願いすることにする。
「それじゃ、お願いできる?」
「はい」
「まかせてください」
わたしはクマボックスから、掃除道具を出して、家の掃除をお願いする。
クマさん家を購入しました。
エレローラさんのナイフを使いましたが、本当は商人のレトベールさんの名前も使いたかったですね。
※活動報告にて、書籍8巻の店舗特典のSSのリクエスト募集中です。よろしくお願いします。
※前回のあとがきに書いた通り、一週間ほど夏休みを頂きます。ご了承ください。