394 クマさん、ロージナさんに会う
満足、満足。
ジェイドさんの剣は切れ味が良かった。やっぱり、良い剣はいいね。ただ、ナイフと違って剣身が長いと、動きが制限されるので使いにくい。
学園祭で使ったぐらいの剣がちょうどよいかもしれない。
トウヤのミスリルの剣の話は微妙な感じになってしまったが、用事は終わったので、鍛冶屋を後にすることになった。
チラチラ。
「クセロさん、トウヤができるようになったら、お願いしますね」
「ああ、約束は守る。そのときはちゃんと作ってやる」
チラチラ。
「期限は試練の門が閉まるまでと、ちゃんと伝えておけ」
チラチラ。
先ほどから、クセロさんがわたしのことを見ているような気がするけど、自意識過剰かな?
それとも、なにかクレームが言いたいとか? まぐれとか。偶然とか、卑怯な手を使って剣を斬ったと思われているのかもしれない。まあ、実際にクマさんチートの卑怯な能力を使っているから、反論のしようがない。わたしはクセロさんの視線が気になるので、フィナとルイミンを連れて、先に店を出ることにする。
「ジェイドさん、メルさん。外で待っていますね」
「わかった。俺たちもすぐに行く」
「あ~」
後ろでなにか聞こえた気がするけど。たぶん、気のせいだ。
わたしは店の外でジェイドさんとメルさんを待つことにする。
しばらくするとジェイドさんとメルさんが出てくる。これから、メルさんの案内でガザルさんの師匠のロージナさんの店に行くことになっている。
……なっていたけど。ダメになった。
「ごめんね。この埋め合わせはするから」
「本当はトウヤとセニアがジェイドと一緒に買出しするはずだったのに、あんなことがあったから。わたしがジェイドと一緒にいかないといけなくなっちゃったの」
「別に俺一人でも大丈夫だぞ」
「そんなわけにはいかないでしょう」
二人は王都の商人に頼まれている物を買いにいかないといけないらしい。でも、トウヤとセニアさんの二人がいなくなってしまったのでメルさんが穴埋めをすることになった。
でも、メルさんは一緒に行けなくなった代わりに、ロージナさんのお店までの地図を描いてくれた。
「ルイミン。場所わかる?」
「はい、大丈夫です。分かります」
道案内は一度、街に来たことがあるルイミンに任せることになった。
「それにしても、クセロさん。ユナちゃんのことを見ていたわね。それを無視するユナちゃんも凄いけど」
あれは、やっぱり見られていたんだ。自意識過剰ではなかったみたいだ。
「クマの格好が珍しかっただけじゃない?」
「そうかな。ユナちゃんが剣を斬ったあとからだと思うけど」
やっぱり、疑われていたみたいだ。危ない、危ない。
どこで剣の技術を覚えたかと聞かれても困るからね。
わたしはジェイドさんとメルさんと分かれ、フィナとルイミンを連れてロージナさんのところに向かう。地図を持ったルイミンが前を歩き、その斜め一歩後ろをわたしとフィナが歩く。
「えっと、こっちのほうで……」「ここを曲がって……」「まっすぐ進んで……」「二個先の曲がり角を曲がって……」ルイミンが地図を見ながら、迷うこともなく進んでいく。そして、立ち止まる。
「ここです」
ルイミンが腕を伸ばして、お店を指す。
「ここ?」
「はい、ここです」
ここです。って自信満々に言うけど。
「ここ、武器屋じゃないよね?」
看板には鍋やフライパンが飾られている。とてもじゃないが武器を作っている鍛冶屋とは思えない。
「ルイミン、迷子?」
「違います。地図だとここです。間違っていないです」
ルイミンは頬を膨らませながら、地図をわたしに見せる。
たしかに、ここがクセロさんの鍛冶屋で、こっちを通って、ここを曲がって、まっすぐ進んで、二個目の曲がり角を曲がって。
「合っているね」
「ですよね。わたし間違っていないですよね」
ルイミンは自分が正しいことを一生懸命に訴える。
考えられることはジェイドさんたちがこの街に来たのはかなり前みたいだから、その間に引越した可能性がある。もしくは地図が間違っている可能性も高い。
「とりあえず、お店の中に入って聞いてみようか」
戻るわけにもいかないので、この鍛冶屋で話を聞くことにする。もしかすると、元の持ち主のことや、ロージナさんのことを知っているかもしれない。
お店の中に入ると、いろいろな大きさの鍋などが積み上がっている。ここで、鍋を買うのもいいかもしれない。
「この鍋、ちょうど良い大きさです。こっちの鍋は使いやすそうです」
フィナが手前にある鍋を手に取って、品定めを始める。
「ここで、全部揃うかな?」
ルイミンもタリアさんから預かったメモを見ながらキョロキョロと店内を見始める。
なにか目的が変わってきてしまっている。わたしたちが店の中を見ていると、店の奥から人がやってくる気配がする。
「いらっしゃいませ。個人で購入ですか、大量購入ですか?」
わたしたちの前にやってきたのは年齢不詳のドワーフの女の子。背が低いため、年齢が分からない。わたしと同じくらいかもしれないし。わたしより年上かもしれない。判断に迷う。
「クマさん!?」
ドワーフの女の子はわたしを見て驚きの表情をする。すると、笑顔でわたしに近づいてくるとわたしの手を握る。
「かわいい……」
女の子はわたしの周りをぐるっと回る。
「あのう」
「ごめんなさい。その、可愛かったので。何をお買い求めですか? 言ってくだされば、お出ししますよ。作るとお時間を頂きます。あと料金も通常よりお高くなります」
ドワーフの女の子は改めて商売の話を始める。
フィナは鍋を持ちながらどうしようかと考えている。わたしとしては買い物はあとにしたい。
「欲しいものもあるけど、その前に聞きたいことがあるんだけど、いい?」
「あ、はい。なんでしょうか?」
「ここでロージナさんって人がお店をやっていたと思うんだけど。知らないかな。わたしたちロージナさんに会いに来たんだけど」
「お父さんにですか?」
「お父さん?」
「ロージナはわたしの父です」
「えっ、でも、ここ剣とか置いていないよね」
お店は剣1つ置いていない。お店の中を見ても鍋やフライパン、料理に使う道具。それから、ハンマーにノコギリなどの工具がある。刃物は包丁ぐらいなものだ。
「もしかして、お父さんの噂を聞いて、お店に来たんですか? ごめんなさい。もう、剣は作っていないんです」
ドワーフの女の子は頭を下げて謝罪をする。
でも、ロージナさんのお店で間違いないようだけど。でも、どういうこと?
ゴルドさんとガザルさんの師匠で、武器を作るのを教わった人だよね?
「えっと、ゴルドさんとガザルさんの知り合いなんだけど。ロージナさんに会える?」
状況がよくわからないので、2人の名前を出すことにする。2人の師匠であるロージナさんが、女の子が言うロージナさんなら2人のことを知っているはずだ。
「ゴルドにガザルですか! 二人を知っているんですか!?」
女の子は驚きの表情を浮かべる。反応があったってことは、わたしが捜しているロージナさんで合っているみたいだ。でも、状況が分からなくなってくる。
「うん、ゴルドさんは同じ街に住んでいるし、ガザルさんとも会うよ。それで、二人からロージナさんに手紙を預かってきているんだけど」
わたしはクマボックスから手紙を取り出す。
「ちょっと、待ってくださいね。お母さんは出かけているから、お父さん!」
手紙を見た女の子は父親を呼びながら、店の奥に行ってしまう。
「どうやら、ロージナさんのお店であっていたみたいだね」
「わたしは間違っていなかったです。なのに、ユナさん、間違ったとか酷いです」
「ごめん。だって、武器を作っている鍛冶屋の師匠が、鍋を作っているとは思わないでしょう」
「でも、ゴルドさんとガザルさんの師匠なんでしょうか?」
フィナもわたしと同じことを思ったみたいだ。まあ、それは思うよね。店の中を見ても剣が一本もない。どういうことなのかな?
ただ、女の子が、「もう、今は作っていないんです」と言っていた。ということは、昔は作っていたということになる。なにかしらの理由で辞めた可能性が一番高い。怪我なら鍋も作れない。でも、ゴルドさんもガザルさんもそんなことは一度も言っていなかった。
考えていると、ドワーフの女の子と男性の声が奥から聞こえてくる。
「クマの女の子ってなんだ? 意味がわからないぞ」
「だから、クマの女の子がゴルドとガザルの知り合いで、手紙を持ってきたの!」
「そのクマの女の子ってなんだ? クマが店に来たのか?」
「だから、女の子だって」
「だからメスのクマだろう」
「違うよ」
声が徐々に大きくなってくる。
女の子が男性ドワーフの腕を掴んで戻ってくる。このドワーフがロージナさんかな?
ロージナさんと思われる男の人がわたしの格好に驚いたようにわたしを凝視する。
フィナとルイミンのことは軽く見るだけなのに、わたしのことは下から上へ、上から下へと何度も見る。クマの格好だから仕方ないけど。
「クマ?」
「ほら、クマさんでしょう」
「クマだな」
「女の子でしょう」
「女の子だな」
さっきまで口論していたのに、わたしを見た瞬間、仲良くなってしまった。
「ロージナさんですか?」
「そうだが、クマの格好した嬢ちゃんがゴルドとガザルの知り合いというのは本当か?」
「はい、2人にはお世話になっています。それで、この街に来ることを話したら、手紙を預かってきました」
わたしは丁寧に答え、持っていた手紙をロージナさんに差し出した。
「ゴルドとガザルは元気にしているか?」
「ゴルドさんはネルトさんと仲良くしていますし、ガザルさんは王都では有名な鍛冶屋になっています」
ガザルさんのことはジェイドさんの受け売りの言葉だけど。実際はわからない。
「そうか。2人は元気にやっているか」
「えっと、良かったら、2人の……ネルト、3人の話を聞かせてください」
女の子がわたしのクマさんパペットを掴む。
「いいけど。わたしもロージナさんに聞きたいことがあるので」
ここに来た理由の1つにクマモナイトのことがある。
わたしたちはお茶を頂きながら、話すことになった。
ロージナさんが鍋を作っていました。
そろそろ400話が見えてきました。先日300話を越えたと思ったに早いものです。