393 クマさん、挑戦する
わたしはジェイドさんが斬った地面に刺さっている剣に視線を向ける。そして、思った。わたしもやってみたい。鉄はアイアンゴーレムの腕をミスリルナイフの試し切りのときに斬ったことはあるけど剣はない。やりたい衝動にかられる。たぶん、ちゃんと斬らないと、トウヤのように剣が弾き飛ぶか、折れるかのどちらかになると思う。弾き飛ばしても、折っても失敗だ。
う~、やってみたいな。
でも、剣はトウヤが持って行っちゃったんだよね。ガザルさんのナイフでやらせてもらおうかな。
どうしようか考えていると、メルさんが声をかけてくる。
「ユナちゃん。どうしたの? もしかしてやってみたいとか?」
心を読まれた。
それとも顔に出ていた?
わたしは両手のクマさんパペットで頬をグリグリとほぐして、表情を読まれないようにする。
「やってみたいけど。トウヤの試験なのにわたしがやっていいのかと思って」
これはトウヤの試験であって、わたしが面白半分でやるのも気が引ける。
「そんなことを気にしていたの? でも、ユナちゃん。魔法やナイフを使っているところは見たことはあるけど、剣は扱えるの?」
「昔に使っていたから、たぶん……」
この世界に来たときに、安物の剣を使って試したりはした。ナイフもそうだけど。ゲーム時代と変わりなく扱うことができた。だから、扱えないことはない。ただ、どこまで技量があるか分からない。
「そうなんだ。それじゃ、ユナちゃんが剣を使うところを見てみたいわね」
メルさんはそういうとクセロさんに話しかける。
「クセロさん、ユナちゃんがやってみたいって言うんだけど、いい?」
「やってみたいって、なにをだ?」
「ジェイドとトウヤがやったことを」
メルさんは視線をジェイドさんが斬った剣に目を向ける。
「そこの剣も持てなそうなクマの嬢ちゃんが、トウヤができなかったことをか? ふふ、笑わせるな。やりたいと言って、簡単にできるようなことじゃない」
わたしのことを見て鼻で笑われた。
確かに、トウヤができなかったことをクマの格好をしたわたしができるとは普通は思わない。
でも、鼻で笑うことはないよね。
「クセロさん、彼女も立派な冒険者だ。やらせてくれないか」
「ジェイド……」
ジェイドさんまで言い出して、クセロさんは長い髭を触りながら考え込む。
「彼女は素人じゃないですよ。立派な冒険者で俺より強いですよ」
「ハァ? その変な格好した嬢ちゃんが冒険者? しかもジェイドより強い?」
クセロさんは目を細めながら、不思議な生き物を見るような目でわたしを見る。
「とてもじゃないが、そんな強い冒険者には見えないぞ。半歩譲って、強い冒険者だとしても、魔法使いとしてならわかる。魔力を大量に持った者もいるからな。だが、剣は違う。剣の技術は簡単に身に付くものじゃない。何度も剣を振って、戦い、身に付いていく」
ゲームの中だけど、何度も剣は振って、魔物から人まで、沢山戦ったよ。経験ならこの世界の冒険者より多いと思う。
「ジェイドだって分かるだろ。どんなに苦労して今の自分がいるか。嬢ちゃんにはそんな苦労したようには感じられない」
まあ、こっちの世界に来てからは、クマさんチートに頼って、練習らしい練習はしていない。クセロさんの言うとおり、苦労して身につけたものじゃない。
この世界に来て、新しく身につけたことは、恥ずかしさに耐えることや、視線をスルーする技術かな。
「それにやりたいと言われても、嬢ちゃんの小さな体じゃ、剣を振るうこともできないだろ。剣は子供が扱えるほど軽くない」
自分だって背が低いんだから、人のことは言えないでしょうと言いたくなる。クセロさんの身長はわたしと変わらない。
「ユナちゃんの力なら、大丈夫じゃない?」
「大丈夫だな」
でも、2人はわたしがゴーレムをワンパンチで倒すことを知っている。そのこともあってか、クセロさんの言葉をすぐに否定する。
ちなみに剣は重い。クマ装備無しのわたしでは、剣を持ち上げることはできても、思うとおりに扱うことはできないので、クセロさんが言っていることは間違いじゃない。クマ装備がなければ本当にわたしはひ弱だ。
「それにミスリルの剣はトウヤが持っていったから、やらせたくてもできない」
「ユナちゃんが剣を扱うところを見てみたかったのに」
メルさんは残念がるが、それはわたしもだよ。フィナもルイミンも見てみたそうにしている。そんな中、ジェイドさんが話しかけてくる。
「それじゃ、俺の剣を使うかい?」
ジェイドさんは腰にある剣に視線を移す。
「でも、ユナには大きいかもしれないな」
たしかにジェイドさんの剣は少し長い。でも、それぐらいなら大丈夫だ。ゲームでは、短い剣から長い剣も使ったことはある。
「貸してくれるなら、貸してほしい」
ジェイドさんは腰にある剣を差し出してくれる。それをわたしは受け取る。
大きい、たぶん重いのだろうけど。クマさんパペットをしているわたしにはそれほど重さは感じない。
わたしはゆっくりと鞘から剣を抜く。おお、綺麗だ。ちゃんと手入れをされている。当たり前だけど、刃こぼれも、曇りもない。こうやって手にすると剣が欲しくなる。
わたしは笑みを浮かべながら、クマさんパペットの口に剣を咥える。
「これって、魔力型?」
「いや、特化型だ」
ミスリルの武器には魔力を流し込む魔力型と、ミスリルの性能を最大に引き出した特化型がある。わたしの持っているミスリルナイフは魔力型になる。
わたしは数回、剣を振る。ビュン、ビュンと風を切る音がする。ナイフも格好いいけど、剣もいいね。でも、やっぱりわたしには少し長いかな。大剣でもクマボックスにしまっておけば、持ち運びはできる。でも、剣を使うなら、もう少し短い方が扱いやすそうだ。
「ユナお姉ちゃん、格好いいです」
「お父さんより、動きが速いです」
わたしの剣を振るう姿を見て、フィナとルイミンが褒めてくれる。
「たしかに凄いとは思うが、格好いいか?」
「そこはジェイドに賛同ね。クマの可愛い格好をしている女の子が剣を振っても、格好いいってよりは、凄い? 可愛い? 表現に困るわね」
想像してみる。クマの着ぐるみ姿の女の子が剣を振っている。コントにしか思えない。もしくはサーカスのピエロのようだ。わたしはすぐに頭に浮かべた想像を消し去る。
「ほれ、やるんだろう」
クセロさんが地面に剣を刺してくれる。息子さんのなまくらの剣だけど、作った本人としてはこんなところを見たら、悲しむかもね。
わたしは地面に刺さっている剣の前に立つ。ゲーム時代の感覚を思い出すように剣を握り締め、右斜めから、下に向けて一閃する。
地面に刺さった剣にはなにも起きていない。
「ユナお姉ちゃん、失敗したの?」
「届かなかった?」
「いや、届いている」
「でも、斬れていないよ」
みんなが不安そうにする。
わたしはジェイドさんの剣を地面に刺さっている剣に向け、ちょこんとつっつく。すると、地面に刺さっている剣の真ん中部分辺りから上が地面に落ちる。
「やっぱり、斬れていたのか」
ジェイドさんは分かっていたみたいだ。
「ジェイドさん、良い剣だったよ」
「ああ、クセロさんが作ってくれた剣だからな」
わたしは剣を鞘に納め、ジェイドさんに返す。
「ユナお姉ちゃん、凄いです」
「わたし斬れていないかと思いました」
「ジェイドさんの剣が良かっただけだよ。クセロさんが言っていたでしょう。トウヤやジェイドさんが使った剣はジェイドさんの剣より劣るって。だから、わたしと比べることはできないよ」
もし、トウヤが使った剣なら、斬れても、こんな状況にはならなかったはず。こんな芸当ができたのは、ジェイドさんが持つ剣が良かったからだ。
「ジェイド、本当にあのクマの嬢ちゃんは何者なんだ? こんなこと、簡単にできないぞ」
クセロさんはわたしが切ったなまくらの剣を拾って見ている。
「彼女はユナ。冒険者ですよ。魔法やナイフが使えることは知っていましたけど。まさか、剣もここまで扱えるとは俺も思っていませんでした」
ジェイドさんはわたしのことを説明する。その話を聞いて、信じられなさそうな顔をするクセロさん。
クセロさん視点─────────
ジェイドと一緒にいたクマの格好した嬢ちゃんがとんでもないことを言い出した。
俺がトウヤに試したことをやりたいと言い出した。
これは簡単にできない。地面に突き刺さった剣を斬る場合。剣を剣で斬ろうとすれば、技術がなければ、衝撃で剣が吹っ飛ぶだけになる。力だけで斬ろうとすれば、なまくらの剣は折れる。簡単にできることじゃない。角度、速度、力、いろいろが重なってできることだ。それをクマの嬢ちゃんがやってみたいと言う。
おかしくなって笑いが出てしまった。
だが、ジェイドたちは笑うこともせずに、クマの嬢ちゃんができるみたいなことを言い出す。俺がミスリルの剣がないことを話すと、驚いたことにジェイドが自分の剣を貸す。
仲間に貸すことはあっても、こんな子供に貸すとは思わなかった。それだけ、クマの嬢ちゃんの実力を認めていることにもなる。
クマの嬢ちゃんはジェイドから剣を借りると、重みを感じさせないように剣を振るう。
どこに、あんなに簡単に剣を振るう力があるんだ。ジェイドの剣は大きいし、重い。それを簡単に振っている。もしかして、服で分からないが、筋肉があるのか?
そして、クマの嬢ちゃんは地面に刺さった剣の前に立つと、剣を振り下ろした。
速い。振り下ろしたのが分からなかった。この一瞬でクマの嬢ちゃんの凄さが分かる。剣を上から振り下ろし、下段で止める力がないと難しい。初心者は剣の重さに振り回されることが多い。あんなに思いっきり振れば、途中で止めることが出来ずに地面にぶつかっていてもおかしくはない。でも、クマの嬢ちゃんは重い剣を速い速度で振り下ろし、ちゃんと止めている。
ただ、剣を振り下ろしたが、地面に刺さっている剣は弾き飛ぶことも、斬れることもなかった。
からぶったか?
いや、距離的にからぶることはないはず。嬢ちゃんは持っている剣を地面に刺さっている剣に向けて、剣先で突っつく。すると、ポロッと剣の半分から上が地面に落ちる。
俺は目を疑った。斬れていた。しかも、反応もなく。こんな芸当、まぐれや偶然ではできないぞ。
なんなんだ。このクマの嬢ちゃんは。
クマの嬢ちゃんは自慢することもなく「ジェイドさんの剣が良かっただけだよ」と言う。作った俺からすると嬉しくなる言葉だ。もし、嬢ちゃんから剣を作ってほしいと言われたら、俺は断らないだろう。
格好はともかく、実力は本物だ。
ユナが剣を欲しがりそうにしています。
次回、ガザルさんの師匠のところに行きます。
投稿はたぶん、3日後で大丈夫なはず?