378 クマさん、お店の手伝いをする
作った押し花は自分たちの部屋に飾ったり、プレゼント用にしたりする。それでも余った押し花はモリンさんのお店とアンズのお店に飾られる。
翌日、ミサが数日後にはシーリンに帰るので、くまさんの憩いの店でパンやケーキ、プリンをご馳走することになった。
ミサたち三人だけでなく、フィナやシュリも一緒に連れていく。
開店前にお邪魔しようとお店にやってくると、すでに5人ほどのお客様が並んでいる。それだけ、うちのお店のパンやケーキを楽しみにしてくれていたと思うと嬉しくなる。
わたしはノアたちを連れてお店の裏口から、キッチンに顔を出す。キッチンの中は焼きたてのパンの匂いが漂う。わたしたちはモリンさんとエレナさんに挨拶をすると焼きたてのパンとプリン、ケーキをもらって店内の隅の席で食べることにする。
「やっぱり、美味しいです。いつでも食べることができる、ノアお姉様たちが羨ましいです」
「それはミサの言葉に同意ね」
「でも、シアは王都のお店でプリンやケーキは食べられるでしょう」
確かエレローラさんとゼレフさんが作ったお店が開店しているはずだ。わたしはクマの置物があるから、近寄っていないけど。
「あのお店は、ここのお店と比べて高いから、簡単に食べられないですよ。お母様、お小遣いそんなに多くくれないし」
貴族のお嬢様なのに、お小遣い制なんだ。
「分かります。お父様もお小遣いくれないから、毎日来ることができないんです」
ノアもお小遣いらしい。まあ、なんでもかんでも欲しいと言えば手に入る考えの子供よりはいい。もし、頼めばなんでも手に入ると思っている子供が大人になれば、周りに迷惑をかける大人になる。
そう考えると、クリフとエレローラさんの教育はしっかりしている。
「だから、ララにおやつはここのプリンやケーキを週に一回お願いしています」
「ノア、それはズルいよ」
「そうです。わたしなんて食べられないのに」
一瞬、ララさんは甘いかと思ったけど、週に一回なら許容範囲だ。さすがに毎日とかだったら、ダメだけど、そのぐらいなら可愛い我が儘だ。
わたしたちが会話をしているとお店が開く。
お店は開けると、大変なことになる。初めは5人ほどしかいなかったと思ったお客様はどんどん増え、来店するお客様が止まらない。店内の席はすぐに一杯になり、仕事をしている子供たちは忙しそうに店内を動き回る。
「ユナお姉ちゃん、わたし手伝ってきます」
「お姉ちゃん、わたしも」
フィナとシュリの2人は自ら手伝いに参加を申し出て、お店の手伝いに向かう。わたしも手伝わないわけにはいかないよね。
「3人とも悪いけど、わたしも手伝いに行くから、3人はゆっくり食事をしていて」
わたしも席を立つと、ノアが口を開く。
「ユナさん、わたしもお手伝いします」
「ノア?」
「それなら、わたしも」
「2人が手伝うなら、わたしもやらないわけにはいかないよね」
ノアが手伝いを申し出ると、ミサとシアもそんなことを言い出す。
貴族の3人がお店を手伝うの?
普通に考えれば、断りたい。3人の気持ちは嬉しいけど、忙しいときに仕事を教える時間は無い。言い方が悪ければ逆に手間が増える。面倒は見きれない。それに何より3人は貴族だ。仕事をやらせても良いのかなと思ってしまう。
「ミルもここのみんなも一緒に遊んだ友達です。毎日は無理だけど、今日ぐらいは手伝いたいです」
「ノアお姉様の言う通りです」
「皿洗いでも なんでもしますよ」
「本当に? それじゃ、本当に皿洗いをやってもらうからね」
結局、断ることもできず、3人にお店を手伝ってもらうことになった。
お店を手伝っている子供は6人、店内に3人、キッチンに3人いる。
ミサとシアの2人にはキッチンでお皿やコップなどの洗い物をしてもらう。普通なら貴族の2人に皿洗いってありえないけど、それぐらいしか頼むことがない。皿洗いでもするって言ったからにはやってもらう。
って言うか、それしか仕事がない。パン作りを手伝ってもらうわけもいかないし、お店のことに詳しくないと接客も難しい。そうなると雑用の皿洗いしかない。でも、2人は嫌がることもなく、皿洗いをしてくれている。それに皿洗いは雑用の中でも大切な仕事だ。二人が皿洗いをしてくれれば、お皿洗いをすることになっていた子供の手が空き、モリンさんのパン作りやエレナさんのケーキ作りの手伝いに回れる。
そのうちの一人がパン生地を用意している。
「モリンさん、パン生地持ってきたよ」
「ありがとう」
モリンさんはパン生地を受け取ると、新しいパンを作り出す。
そして、もう1人の貴族様のノアだが、ノアは一生懸命にくまパンを作っている。前にフィナからくまパンの作り方を教わって、たまに家でもララさんとくまパンを作ったりしているらしい。くまパンは顔を丁寧に作らないといけないので、結構手間がかかる。でも、ノアは手慣れた感じでくまパンを作っていく。
さすがに「くまパン作りは任せてください」って言うだけのことはある。
「ノアール様、上手ですね」
「でも、ミルみたいにいろいろなパンは作れないです」
「わたしは毎日、モリンさんのお手伝いしていますから、くまパンだけでも作れるノアール様は凄いです」
ノアとミルが楽しそうに会話をしている。
その様子を羨ましそうに見ているミサとシアがいるが、経験が無い2人に作らせるわけにはいかない。
そして、ノアとミルが作ったパンはモリンさんが確認して、OKが出ると、自分の作ったパンと一緒に石窯に入れる。三つの石窯で同時にパンが焼かれる。パンの焼け加減はモリンさんの目で確認する。焼くだけなら子供たちもできるが、微妙な焼き具合はモリンさんの腕には敵わない。
「ユナちゃん、パンが焼けたから、お店のほうにお願い」
わたしの仕事はパンを運ぶ仕事になる。本当はくまパンを作ろうと思ったけど、ノアが作っているので、わたしの仕事がなくなった。
わたしはモリンさんからパンを受け取り、店内に運ぶ。店内に行くとカリンさんの指示で子供たちが店内を動き回っている。
「戦うクマさんのテーブルが空いたから、片付けて!」「走るクマさんのテーブルもお願い」
「わたしは戦うクマさんに行く」
「僕は走るクマさんのところを片付けるよ」
返事をした2人は迷うこともなく、それぞれのテーブルに向かう。
店内ではテーブルの指示を出す場合。テーブルに置いてあるクマの置物で呼び合っている。カリンさんも子供たちも、どのテーブルにどのクマの置物があるか全て把握している。だから、クマの置物の名前を言えば、すぐに理解する。わたしはそれを見たとき、「テーブルに番号でも付ける?」と聞いたら、全て覚えたから大丈夫って言葉が返ってきた。ちなみにフィナもシュリも覚えているらしい。
「魚を咥えているクマさんもお願い」
カリンさんは店内を見て、子供たちに指示を出す。子供たちはカリンさんの指示に従って動き回る。フィナとシュリもクマさんの格好をしてお店の手伝いをしている。
「このパンとこのパンですね。こちらでお食べになりますか」「ありがとうございます」「少々お待ちください。そろそろ出来上がります」
フィナは手慣れた感じで接客をしている。
「フィナ、新しいパンを持ってきたよ」
「ユナお姉ちゃん、ありがとう」
フィナはわたしが持ってきたパンを棚に並べる。そして、お客さんから注文が入ると、接客を行なう。
シュリは空いたテーブルを拭いて、お客様の案内をしている。フィナとシュリが店内の手伝いに入ったので、店内も混乱は起きていない。キッチンのほうもノアたちのおかげで回っている。
わたしはお店が落ち着くのを確認するとアンズのお店に向かう。
アンズのお店はくまさんの憩いの店から近い。もしかすると、アンズのお店も大変なことになっているかもしれない。アンズのお店に着くと、こちらでも行列ができていた。お店の中に入るとアンズが悲鳴をあげていた。
「うぅ、ご飯が足らないよ。フォルネさん、ご飯は炊けていますか!」
「もうすぐで炊けるよ」
「アンズちゃん、焼き魚追加ね」
「はい、先ほどの焼き魚できました」
「あと、三種おにぎりセットと野菜炒めをお願い」
「フォルネさん、おにぎりお願いします」
「了解」
こっちのお店ではキッチンにアンズとフォルネさん、店内にセーノさんとベトルさんがいる。そして、こちらの雑用係として、ニーフさんがヘルプに入り、どうにか頑張っていた。
「アンズ、忙しそうだけど、大丈夫?」
「ユナさん? 大丈夫です。わたしの料理を楽しみに待っていてくれたと思うと嬉しいです」
アンズは嬉しそうに答える。アンズのお店は子供たちの手伝いはいない。通常なら4人で仕事が回る。今日のようなことは珍しい。それにアンズのお店は昼食の時間が過ぎれば、お客さんも落ち着く。こっちは大丈夫そうなので、アンズのお店を後にして、くまさんの憩いの店に戻ってくる。昼食時間も過ぎると、こちらも落ち着いてくる。パンやケーキの追加は抑える。
「ノア、シア、ミサ、ありがとうね。助かったよ」
「お皿しか、洗っていないけどね」
「それだけでも十分に助かったよ」
「ノアお姉様みたいにパンを作りたかったです」
「まあ、ノアはフィナに作り方を教わって、たまに家でも作っていたみたいだからね」
「わたしも家で練習します」
いや、練習してもお店で作ってもらうことがあるか、わからないよ。
それから、感謝の気持ちを含めて、ちょっとした食事会が行なわれた。ノアが作ったくまパンは美味しかった。
そして、楽しい時間は過ぎ、ミサとグランさんがシーリンの町に帰ることになった。見送りにクリフのお屋敷までやって来る。
「ユナさん、今回はありがとうございました。楽しかったです。今度、お礼をしますからシーリンの街に来てください。そのときはフィナちゃんもシュリちゃんも良かったら来てね」
「はい、そのときはお願いします」
「ミサ姉ちゃん、またね」
ミサはグランさんとシーリンの街に帰っていった。
ミサとはお別れです。
また、ミサの街に行きたいですね。