362 クマさん、気付かれる (4日目)
子供たちは休憩を終えると、我先にウォータースライダーに向かって駆け出していく。ノアもミサを連れて駆け出した。それをマリナたちが追いかける。フィナもシュリと一緒に遊びに向かった。もちろん、わたしも誘われたりしたけど、「もう少し休む」と言って2人を遊びに行かせる。
騒がしかった海の家は静かになる。遊び道具も用意した。アイスも配ったし、休憩もさせた。子供たちの興味はわたしから消えたと言っても過言じゃない。クマの着ぐるみを着ていなければ、ただの人だ。
全てが計画通りだ。
わたしは自分の体を触って、水着が乾いているのを確認する。そして、クマボックスからクマの着ぐるみを取り出して装着する。あとは気付かれずに海の家を離れるだけだ。
「ユナさん、どこかにおでかけするのですか?」
海の家に残っている院長先生が声をかけてくる。
「ちょっと、行きたいところがあるので行ってきますね。子供たちのことはお願いします」
「ええ、気をつけて行ってくださいね」
クマ装備があれば、多少危険なことがあっても大丈夫だ。着ぐるみを着たわたしはクマ靴を履いて、クマさんパペットを装着する。完全武装だ。
相変わらずの安心感を与えてくれる。それにクマ装備があれば、いくら動いても大丈夫だ。準備を終えたわたしは海の家を出ようと入口を見ると、フィナとシュリの2人の姿があった。
「ど、どうして、フィナとシュリがここに? みんなと一緒に遊びに向かったんじゃ」
2人の登場にわたしは慌てる。ちゃんと、海の家を出ていったのを確認した。それがなんでいるの?
「シュリが、トイレに行きたいって言い出したから、戻ってきたんです」
トイレに駆け込んでいくシュリの姿がある。
漏らさないで良かったけど、タイミングが悪かった。
「もしかして、ユナお姉ちゃんはどこかに行くんですか?」
フィナなら本当のことを言っても大丈夫だと思う。でも、シュリが話を聞いたら、付いてきたいと言い出しそうだ。どうしようかと悩んでいると、別のところから声をかけられる。
「ユナさんは1人でどこかに行くみたいだよ」
声がした場所を見ると、冷蔵庫の前で飲み物を飲んでいるシアの姿があった。
「どうして、シアまで」
「遊びに行く前に水分と思って、飲みに来ただけですよ。そしたら、ユナさんがクマさんの格好に着替え始めました」
……気づかなかった。海の家には院長先生ぐらいしかいないと思っていた。つまり、シアには着替えシーンから、院長先生との会話まで聞かれていたことになる。
「うぅ……」
「ユナ姉ちゃん、どっかに行くの?」
今度はトイレから戻ってきたシュリが尋ねてくる。
ううぅ、これ以上の嘘は……。
すでにクマの格好はしているし、院長先生との会話も聞かれている。誤魔化す言葉が出てこない。
「ユナ姉ちゃん、一緒に遊ばないの?」
シュリが純粋無垢の目でわたしを見る。これがゲンツさんが喰らった目だ。この目には嘘を吐くことができない。わたしは耐えきれなくなって、シュリから視線を外す。でも、避けた先にはフィナがいた。
「もしかして、あの現れた島に行くんですか?」
「ど、どうして、そのことを!?」
フィナに言い当てられて、わたしは驚く。
「やっぱり」
わたしは口を塞ぐが、すでに遅しだ。
「だって、ユナお姉ちゃん。クロのお爺ちゃんに島のことを凄く興味深そうに話を聞いていました。それに船の上でも島の場所を聞いていました。あと、ノア様が島のことを話してきたら、誤魔化そうとしていました」
フィナが理由を次々と並べていく。フィナにはバレバレだったみたいだ。でも、そんなに顔に出ていたかな?
ポーカーフェイスは得意と思ったんだけど。わたしは左右のクマさんパペットで、頬の筋肉をほぐす。
「フィナの言う通りに、ちょっと島を見に行こうとしていたんだよ。でも、みんなが一緒に島に行きたいと言い出したら困るから、黙って行こうと思ったんだよ。島になにがあるか分からないからね」
もし、わたしが行くと言い出せば、ノアも「わたしも行きたいです」と言い出したと思う。
「だから、ちょっと島に行ってくるけど。みんなには内緒にしていてね」
とくにノアには。と心の中で付け足す。
「漁師の間で噂になっている島ですね。ユナさん、わたしも付いていっていいですか?」
「……!?」
「えっと、シア? わたしの話を聞いていた?」
「だって、面白そうだから、誰でも行ってみたいと思いますよ」
ここは姉妹と言うべきか、シアがそんなことを言い出した。そうなると必然的に「わたしも行きたい」とシュリが言い出す。
わたしは助けを求めるようにフィナを見る。
でも、フィナはわたしの顔色を伺いながら「わたしも付いていっていいですか?」と言い出した。
「このまま、シュリを置いて行くとノア様に知られると思いますよ」
「シュリちゃんが話さなくても、わたしが話すかもしれないけど」
味方が誰もいない。
でも、フィナがそんなことを言い出すのは珍しい。いつもならシュリを止める役なのに。
「ユナお姉ちゃんと一緒に遊びたいです」
そんなことを言われたら断れなくなる。
わたしは小さくため息を吐く。
「……みんなには内緒だよ」
「やった~」
「はい!」
「誰にも言わないですよ」
わたしはもう一度、ため息を吐く。
ウォータースライダーを作って、みんなの興味をそっちに向けさせて、出発する作戦は失敗に終わった。
「あと、わたしの指示には従ってもらうからね」
くまゆるもくまきゅうもいるし、探知スキルもある。それに危険なことがあればくまゆるとくまきゅうに乗せて、3人を逃がせばいい。
「でも、その格好じゃ、行けないから、着替えてから行くよ」
3人の水着姿を見る。さすがに水着姿で砂浜以外を歩くわけにはいかない。
わたしは私服に着替えさせたフィナたちを連れて、皆に気づかれないように海の家をあとにする。
さて、問題はどこから行くかだ。くまゆるとくまきゅうに乗っていくつもりだけど。ここから出発すれば、子供たちに気づかれる。
本当は港から行くのが一番だけど、漁師もいるだろうし、港の近くの砂浜にはわたしたち以外の地元民や旅行者が遊んでいる。そんな人の目があるところから、くまゆるとくまきゅうに乗って行くわけにもいかない。
一度、町の外に出た方がいいかもしれない。わたしはフィナたちを連れて町の外に向かう。
「あれ、ユナさん。港に行かないの?」
港に向かわずに町の外に向かうわたしにシアが尋ねる。
「行かないよ。誰にも気付かれずに行くからね。一度、町から出てから、くまゆるとくまきゅうに乗って島に向かうよ」
「くまゆるちゃんたちに乗って行くんですか? でも、それだと服が濡れますよ」
「それなら服を脱いで、水着になればいいんじゃない? みんな服の下は水着でしょう。服はアイテム袋に入れていけばいいし」
フィナの言葉にシアは自分のスカートの裾を掴む。服の下は水着になっている。急いでいたので、皆には水着の上に服を着てもらった。
泳ぐくまゆるとくまきゅうに乗れば濡れるかもしれないが、今回はスキルを使って海の上を走っていくつもりだ。海の上を走れば、服が濡れることはない。ただ、くまゆるとくまきゅうが海の上を走れることを教えてもいいのか悩むところだ。
だけど、くまゆるとくまきゅうが召喚獣だということを知っているし、子熊になれることも知っている。今さら、水の上を歩くことが増えたぐらい、なんとも思わないよね。
町の外に出るために門の近くにやってくると、いつもの門番の男性がいる。
「嬢ちゃんたち、外に行くのか?」
「ちょっとね」
「まあ、嬢ちゃんがいるから大丈夫だと思うが、気をつけるんだぞ」
わたしは3人を連れて町を出る。そして、くまゆるとくまきゅうを召喚する。
「それじゃ、3人とも乗って。フィナとシア。わたしとシュリだね」
体格的にそれがベストだ。着ぐるみ姿のわたしが一番幅を取るから、一番小さいシュリを乗せた方がいい。
くまゆるにはフィナとシアが乗り、くまきゅうにはわたしとシュリが乗る。わたしたちを乗せたくまゆるとくまきゅうは走り出し、町から離れていく。そして、しばらく進むとクラーケンを倒した崖が見えてくる。
「あれはなんですか?」
「クマ?」
「くまさんがたくさんいます」
ここにこれがあることを、すっかり忘れていた。
クラーケンを囲って逃がさないようにしたときに作ったクマの石像だ。クロのお爺ちゃんに頼まれて、そのまま残っている。3人は海の中にあるクマの石像を不思議そうに見ている。
「あのクマさんはユナさんが作ったんですか?」
「うん、まあ。ノアたちには内緒にしておいてね」
ノアに知られたら、絶対に見に行きたいと言い出す。他の子供たちまで見たいと言い出したら大変だ。
「あと、作った理由は秘密だから」
聞かれる前に先手を打っておく。
尋ねようとしていたシアは「残念です」と言う。
そして、崖の近くまでやってくる。3人は相変わらず海にあるクマを見ている。でも、出発するのは、この辺りが丁度良いかもしれない。遠くに町が見えるが、人が何をしているかなんて分からない。町から見ればゴマ粒ぐらいにしか見えないはずだ。
「それじゃ、ここから島に向かうよ」
「ユナお姉ちゃん、服を脱がないと服が濡れちゃうよ」
「大丈夫だよ。でも、今回のことは全部内緒だからね。くまゆる、くまきゅう、お願いね」
くまゆるとくまきゅうは「くぅ~ん」と鳴くと海に向かって飛び出す。
「服が!」
「…………!」
「…………!?」
くまゆるとくまきゅうは海に飛び込むことなく。海の上を走り出していく。
フィナとシュリとシアの3人が一緒に行くことになりました。
でも、これでやっと、謎の島に行くことが出来ます。