361 クマさん、アイスクリームを配る (4日目)
ウォータースライダーを見ると子供たちの叫び声が聞こえてくる。中には大きな人の叫び声も聞こえたりする。カリンさんにエレナにアンズやセーノさんも加わって遊んでいる。
大人を合わせても30人前後。スライダーも2つあるから、それほど並ばなくても順番が回ってくる。幼稚園ぐらいの子はクマのお腹から出る小さな滑り台で遊ばせ、小学生以上の年齢は上級者のウォータースライダーで遊んでいる。
子供たちは「きゃっきゃっ」と騒いでいる。こう見ると平和だね。とても、魔物がいる世界とは思えない。
みんながクマのウォータースライダーに気を取られている間に、わたしはくまゆるとくまきゅうを送還させる。みんな、ウォータースライダーに夢中になって気付いていない。
これで第一段階は成功だ。あとは様子を見て、抜け出すだけだ。そう考えていると横から誰かが、わたしの手を握る。横を見ればシュリとフィナの姿がある。
もしかして、気付かれた?
「ユナ姉ちゃんも遊ぼ」
気付かれたかは分からないが、別の理由で声をかけられた。
「えっと、わたしはいいよ」
遊んだら、謎の島に行けなくなる。
「今日は遊ぶ約束したよ」
「はい、ユナお姉ちゃん。一緒に遊びましょう」
二人はわたしの手を左右から引っ張る。
シュリとフィナに頼まれては断ることもできない。甘いと言えばそれまでだけど、二人の手を振りほどいてまで、謎の島に行こうとは思わない。だからと言って、島も捨てきれない。
だから、わたしは二人にはこう言う。
「少しだけだよ」
「うん!」
「はい!」
二人は嬉しそうに返事をする。
でも、その約束は別の理由で、少しだけになった。
そう、自分の体力のなさを考慮してなかった。
クマの靴が無ければ、螺旋階段を何回も往復をすることができない。感覚的に8階から10階ほどのビルほどの高さがあるクマのウォータースライダー。その高さをエレベーター無しで登っていくのだ。それを何度も何度も繰り返す。そんな苦行にわたしの足が耐え切れるわけがなかった。
「ユナ姉ちゃん、大丈夫?」
シュリに手を引っ張られるわたし。
もう、階段を登ることはできない。足の限界だ。足がピクピクとしている。回復魔法を使えば大丈夫かもしれないが、わたしは休むため、海の家に移動する。
そんなわたしの目の前では子供たちが階段を駆けるように上っていく。信じられない。わたしには無理だ。でも、階段を走るとルリーナさんに注意され、ゆっくりと上りだす。
転んで怪我をしたら大変だからね。
わたしはふらつきながら海の家に戻ってくる。そして、前回同様に海の家の中に倒れる。
「ユナ姉ちゃん、大丈夫?」
「ユナお姉ちゃん」
「ユナさん」
「ユナお姉様」
シュリとフィナ、ノアにミサが倒れているわたしを心配そうにする。
ノアたちも一緒になって遊んでいたが、心配をかけたみたいだ。
「ユナさん、わたしを護衛をしてくれたときに黒虎やウルフを倒したときの格好いいユナさんはどこに行ったんですか」
シアが寝込むわたしを見て、不思議そうに見ている。そうだよね。シアはわたしの戦いを見たことがある数少ない人物になる。黒虎の戦いを見たシアにしたら不思議に思うのは仕方ない。
だからと言って、「クマ装備があったからだよ」とは言えない。
「それにわたしのためにルトゥム様と試合をしてくれたユナさんはどこに」
シアが幻滅するかのような目でわたしを見る。
うぅ、そんな目で見ないで。クマさんが無ければ無力な存在だよ。
「うぅ、あのときは魔力で体を強化していたんだよ」
「そうだったんですか?」
「だから、遊ぶときぐらいは普通にと思ったんだけど」
この有様だ。
わたしはしばらく休むと言い、五人には遊びに行くように言う。
5人はお互いに顔を見て悩みだすが、わたしが「疲れているだけだから大丈夫だよ」と言うと5人はウォータースライダーに遊びに行く。
「ふふ、ユナさん、お疲れ様です」
院長先生が微笑みながら冷えた水が入ったコップを差し出してくれる。わたしはお礼を言って受け取る。院長先生の側には、遊び疲れた小さな子供が休んでいる
「それにしても、ユナさんは本当に凄いですね。簡単にあんな大きな物を作ってしまって」
「院長先生の方が凄いですよ。身寄りのない子供たちの面倒を見るなんて、簡単にできませんよ」
わたしの力は神様からの貰いものだ。でも院長先生の行いは自分の力で行っている。比べること自体が間違っている。凄さのベクトルが違う。院長先生は自分に力が無くても、子供に手を差し伸べる。もし、わたしに力が無ければ、孤児院に手を差し伸べることはしなかったはず。自分に余裕がなければ他人に気を使うことはない。そう考えるだけでも院長先生は凄い。わたしは貰い物の力で行ったに過ぎない。
「ふふ、そんなことはないですよ。ユナさんがいなかったら、あの子たちはあんな笑顔はしてませんでした。だから、ユナさんには感謝しています」
あらためて褒められると、恥ずかしくなってくる。わたしは院長先生が用意してくれた残りの水を一気に飲み干して、恥ずかしさを紛らわす。
それから院長先生から、あらためて鳥のお世話の仕事に、お店の仕事のお礼を言われたり、旅行に連れてきてくれたことのお礼を言われたりした。わたしはお礼を言われるたびに「もう、これ以上褒めないで」と叫びたくなった。
そんな感じで院長先生と話をしながら休んでいると、子供たちが水を飲みに来たり、休みに来たりする。
「暑いよ~」
「喉が渇いた」
「疲れた~」
子供たちは冷蔵庫に入っている水を飲む。日に焼けて真っ黒に焼けている。わたしと違って健康的な色をしている。子供は元気が一番だ。わたしは子供じゃないから、色白でも問題はないはず。
暑そうにする子供たちを見て、わたしはアイスのことを思い出す。
忘れていたわけじゃないけど。出すタイミングがなかった。初日は漁師のみんながやってくるし、二日目はそれぞれが分かれて行動した。今はちょうど良いタイミングかもしれない。
さらにタイミングよく、ノアとフィナが水を飲みにやってくる。
「喉が渇きました」
「はい。カラカラです」
「二人とも楽しんでいるみたいだね」
「はい。凄く楽しいです。ミサもお姉様も、休憩に誘ったのにもう一回って言って、登っていきました」
「シュリも同じです」
二人は冷蔵庫から水を出して、美味しそうに水を飲む。
「それでユナお姉ちゃんは大丈夫ですか?」
「うん、休んだから大丈夫だよ。それで、フィナ。みんなにアイスを配ろうと思うから、みんなを呼んで来てもらえる? それに休憩は必要だと思うし」
水分補給を忘れて、遊びまくる子もいるかもしれない。それなら、全員まとめて休憩をさせた方がいい。
「はい、わかりました。呼んできますね」
フィナは水を一気に飲み干すと、みんなを呼びに行ってくれる。
「ユナさん、あいすってなんですか?」
「冷たいお菓子かな? 海は暑いからフィナと一緒に作ってきたんだよ」
わたしは海の家に大きな冷凍庫をクマボックスから取り出す。冷凍庫を開けると、カップに入ったアイスクリームとスプーンをノアに渡す。
渡されたノアはわたしとアイスクリームが入ったカップを交互に見る。
「冷たくて美味しいよ」
わたしは自分の分のアイスを取り出すと、ノアの前で食べてみせる。
うん、舌の上でアイスクリームが溶けていく。ノアもわたしの真似をしてアイスをスプーンで掬うと、口に運ぶ。その瞬間、ノアの顔は笑顔に変わる。
「!!!!! な、なんですか。 口の中で溶けます。美味しいです」
ノアはアイスクリームを食べていく。
わたしは海の家の中にいる院長先生や休んでいた子供たちにもアイスクリームを配る。
「冷たくて美味しいですよ」
院長先生や子供たちはわたしとアイスを食べているノアを見て、受け取ると食べてくれる。
「本当に美味しい」
「つめたい」
「おいしい」
院長先生や子供にも好評のようだ。先にアイスクリームを食べているとフィナが海で遊んでいた子供たちや大人たちを連れてくる。
「ユナお姉ちゃん、連れてきたよ」
「みんな、遊ぶのもいいけど。休憩しよう。冷たいお菓子を用意したから食べて。フィナ、シュリ、配るの手伝って」
「はい」
「うん」
フィナとシュリはそれぞれがアイスクリームが入ったカップとスプーンを用意して渡してあげる。受け取った子供は食べると、ノアと同じような顔になる。
「ユナお姉様、これは?」
「アイスクリームって言って、暑いときに食べるお菓子だよ。溶けるから、早く食べてね」
「プリンやケーキのときも思いましたけど、ユナお姉様が作る料理は不思議なものばかりです」
「そもそも、こんなに美味しいお菓子、王都でも食べたことがないんだけど」
ミサの言葉に貴族であるシアがアイスクリームを食べながら疑問を口にする。
「シアたち貴族が知らないってことは、やっぱりアイスクリームはないんだ」
「はい、知りません」
「食べたことないよ」
これはティルミナさんの言葉じゃないけど、売れば利益がでそうだね。
でも、お金には困っていないんだよね。いっそのこと、お金を集めてお城でも作る? 一瞬、そんなこと考えるが、いらないね。
子供たちが美味しそうに食べる中、料理人は別の視点で食べている。
「ユナちゃん、これはなに?」
「牛乳は使っているみたいだけど」
「卵も使っている?」
エレナとアンズ、それからカリンさんが尋ねてくる。
「簡単に言えば、牛乳と卵で作った食べ物かな? 出発する前にフィナと一緒に作ったんですよ」
「わたしも手伝ったよ~」
フィナだけの名前をだすとシュリが少し頬を膨らませる。
「そうだね。シュリも手伝ってくれたね」
わたしがシュリの頭を撫でながら褒めると、今度は別の方から抗議の言葉が飛んでくる。
「ど、どうして、作るときにわたしを誘ってくれなかったんですか!」
ノアが「わたしも誘ってほしかったです」と小さな声で訴える。
「作ろうと思ったときに、ちょうどフィナとシュリが家に来たから、手伝ってもらっただけだよ」
さらに母親のティルミナさんもゲットして、四人で作った。
「ユナちゃん。これはお店に出すの?」
「ティルミナさんにも聞かれたけど、その予定はないですよ」
ちなみにティルミナさんはゲンツさんとお出かけ中だ。モリンさんも一人で町を回るようなことを言って、この場所にはいない。
「そうなの。販売すれば売れると思うんだけど」
「でも、作るなら、エレナの仕事だよ」
「わたしですか!?」
エレナはいきなり名前を呼ばれて驚く。
「アイスはお菓子の部類だからね。クリームも使うし、アイスケーキもあるから、作るならエレナが作ることになると思う。作るなら、教えるけど」
わたしの言葉にエレナは悩みだす。
「いいんですか?」
「別に隠す必要はないし、販売するにしても夏限定になると思うしね。もし販売するなら、ケーキを作る量を減らせばいいと思うよ。それか、一度に大量に作って冷凍庫に入れておけば、長持ちするし」
「わたし、頑張ります。教えてください」
クリモニアに戻ったら、アイスクリームの作り方をエレナに教えることになった。
でも、お店で作るようなら、自分で作らなくてすむから良いかもしれない。
そんなことを考えているとアイスクリームが入っていたカップを持ったノアと目が合う。
「ユナさん。もう1つください!」
「まだあるけど。1日1個だよ」
わたしがノアに向けて言うと、いろいろなところから声が上がる。
「え~」
「もっと食べたい」
「食べたいよ」
「ユナお姉ちゃん。おかわり」
どうやら、みんなも1つじゃ足りないみたいだ。でも、ここは心を鬼とする。
「食べ過ぎはお腹を冷して、お腹が痛くなっても困るから、これ以上はダメだよ」
わたしの言葉に悲鳴のような声があがる。それを院長先生やリズさんが治める。
さすがと言うべきか、二人の言葉はわたしよりも効果があり、素直になる子供たち。
それから、アイスを食べ終えた子供たちはウォータースライダーに遊びに向かう。そんな、子供たちをわたしは見送る。
ふっふっふ、これで気兼ねなく、謎の島にいける。
計算通りだ。
やっと、アイスクリームが配れた。
※書籍6巻の表紙が公開されたようなでの張っておきます。6巻は護衛編になりますので、表紙はユナとシアになります。
※画像のサイズはミスです。近いうちに調整します。