354 クマさん、挨拶回りに行く その1 (3日目)
朝、起きると体が悲鳴を上げた。
腕を上げると痛い、足を曲げると痛い。完全に筋肉痛だ。昨日はお風呂で足や腕を揉んだりしたけど、駄目だったみたいだ。おかしい、昨日は日焼けするほど遊んではいないはずなのに、体中が筋肉痛になっている。体を動かすといろいろな箇所が激痛が走る。このままでは歩くこともままならない。
わたしはくまゆるとくまきゅうに助けを求めると、心配そうに「くぅ~ん」と鳴いて寄り添ってくれる。でも、二人が来てくれても、筋肉痛が治るわけじゃない。わたしは枕の上に置いてあった、クマさんパペットを手に嵌めると、筋肉痛の箇所に治療魔法を使う。徐々に痛みが和らいでくる。腕を曲げたり、足を曲げても痛くない。
クマ魔法に感謝を!
そんな感じで3日目の朝を迎えた。
朝食を食べた子供たちは船に乗るため、港に向かった。わたしは手を振って、子供たちを見送る。ノアたちも含めて全員だ。院長先生はクマハウスに残っていると言ったけど、子供たちに連れていかれた。
クマハウスに残っているのはわたしとフィナ、シュリの3人だけになった。
「本当に2人は行かないでいいの?」
「はい、ユナお姉ちゃんと一緒に行きます」
「シュリは船に乗りたかったんじゃないの?」
「うん、乗りたかったけど。デーガおじちゃんにも会いたいから」
わたしは昨日のこともあるので、ミリーラの町に挨拶回りに行くことにした。もちろん、そこにはデーガさんも含まれる。その話を聞いたフィナとシュリが自分たちも行きたいと言い出した。
「それに船には前に来たときに乗せてもらいましたから」
そんなわけで、わたしはフィナたちを連れて、デーガさんの宿屋に向かう。アンズは挨拶の必要は無いと言うけど、そんなわけにもいかない。娘さんを預かっているからには挨拶は必要だ。
クマハウスからのんびりと散歩しながら歩く。くまゆるとくまきゅうは送還してあるのでいない。
宿屋に到着して、中に入ると筋肉が出迎えてくれる。
「いらっしゃい。うん? クマの嬢ちゃんじゃないか」
「デーガさん、久しぶり」
わたしが挨拶をするとフィナとシュリも頭を下げて挨拶する。
「おう、嬢ちゃんたちも元気そうだな。昨日、アンズがいきなり帰ってきたから驚いたぞ」
「手紙は無かったの?」
「手紙はあったが、戻ってくる話は書いてなかった。戻ってくると書くと心配かけると思ったんだろうな。アンズもこんなに早くに町に戻ってくるとは思っていなかったみたいだしな」
そういえば、そんなことを言っていたっけ。
「嬢ちゃんがいると聞いたときは、嬢ちゃんの家に顔を出しに行こうと思ったが、忙しくてな」
「やっぱり、お客さんが多いの?」
「ああ、だから、アンズに戻ってこいって言ったら、断られた。『わたしもお店があるから無理だよ』って言われたよ」
「駄目だよ。アンズに帰られたら困るよ」
「ダメ。アンズ姉ちゃんが帰ったら、美味しいごはんが食べられなくなる」
わたしに続きシュリも止める。フィナも小さく頷いている。
デーガさんはそんなシュリの頭の上に大きな手を乗せる。
「半分冗談で言っただけだ。連れ戻すつもりはないから安心してくれ」
「ほんとう?」
でも、半分は本気だったってことだよね。
「アンズが楽しそうにやっていることは聞いている。もし、苦労して、泣いているようなら連れ戻したけどな」
「そこは、一人前になるまで戻ってくるなって、言うところなんじゃない?」
「可愛い娘に、そんなことを言えるか! 息子なら尻を蹴って追い返すけどな」
どうやら、どこの世界の父親も娘には甘いらしい。
「でも、俺がそんなことを言ったなんて、言うなよ。恥ずかしいからな」
筋肉親父が恥ずかしそうにしても、萌えないから、そんな顔はしないで。
「だけど、アンズはちゃんとやっているようで、安心している」
なんでも、宿に泊まるお客さんから、アンズのお店のことを聞いているそうだ。『くまさん食堂』はそれなりに有名らしい。それにミリーラからクリモニアに行く者からも話を聞いていると言う。
どうやら、アンズに関しての情報はデーガさんには筒抜けになっているみたいだ。
「アンズには内緒だぞ」
でも、これってアンズにもデーガさんの情報が流れているってことにならないかな?
まあ、お互いに情報が流れるのは良いことだ。心配することもなくなるだろうしね。
それから、クリモニアでのアンズのことを話したわたしたちは、次の場所に向かう。
「次はアトラさんのところですか?」
「アトラ姉ちゃんのところ?」
「前回は、顔を出さなかったら怒られたからね」
そもそも、顔を出さなかっただけで、怒られる理由が分からない。
別に用事がなければ、会わなくてもいいんじゃないって思うのは、わたしがボッチ生活が長かったせいもあるかもしれない。
普通なら、挨拶ぐらいはするのかな?
そんなわけで、アトラさんに会うために冒険者ギルドにやってきた。
わたしが冒険者ギルドの中に入ると、久しぶりに視線を集める。
「どうして、クマがここに?」
「おまえ、知らないのか。クマの嬢ちゃんはお店の従業員と旅行に来ているんだよ」
「なんで、おまえはそんなことを知っているんだよ」
そうだよ。なんで知っているのよ。
「お店の休日のチラシを見たからな。確認済みだ。俺はあのパン屋と食堂のお得意様だからな」
自慢気に話す冒険者。
でも、チラシに休みの理由って、書いてあったっけ?
あまり覚えていない。でも、普通にアンズや子供たちが話した可能性もある。別にお店を休む理由を話してはいけないとは言っていない。
そして、わたしがキョロキョロしていると、男性ギルド職員がわたしに気づいてやってくる。
えっと、たしか、この人は。
「ユナさん。久しぶりです」
「セ、セイさん、お久しぶりです」
危ない、危ない。一瞬、名前が出てこなかったよ。
でも、セイさんは気付いたのか、気付かないふりをしているのか、笑顔で対応してくれる。
「アトラさんはいる? ミリーラに来たから挨拶をと思ったんだけど」
「はい、いますよ。奥の部屋へどうぞ」
セイさんの案内で、奥のアトラさんがいる部屋に向かう。
他のギルド職員からは、お辞儀をされる。だから、そんなのはいらないって。わたしは急いで部屋の中に入る。
「なに? 仕事なら、午後に回して」
アトラさんは下を向いたまま、わたしたちに向かって言う。
「ギルマス、違いますよ。ユナさんが来てくださったんですよ」
「ユナが?」
セイさんが答えると、机にある書類仕事をしていたアトラさんが顔を上げる。
「ユナ! それにフィナにシュリも!」
「アトラさん、久しぶりです」
アトラさんは相変わらずの露出がある格好をしている。自分の体に自信があるから、できるんだよね。とてもじゃないが、わたしにはできない格好だ。
「町に来ていたの?」
どうやら、アトラさんはわたしが来たことは知らなかったみたいだ。
セイさんは「ゆっくりしていってください」と言うと部屋から出ていく。
「昨日ね。それで、前回、すぐに挨拶に来なかったら文句を言われたから、来たんですよ」
「別に文句なんて言っていないわよ。あれだけ、お世話をしたのに顔を出さなかったユナが悪いんでしょう」
だから、今回はこうやって顔を出している。
「それで、どうしたの? また、フィナとシュリを連れて遊びに来たの?」
わたしは簡単に来た理由を説明する。
「子供たちを連れて、従業員旅行ね。ユナは変なことをするわね」
やっぱり、変なのかな?
まあ、他人が変と思っても、わたしがしたいだけだ。他人に迷惑をかけるわけじゃない。そう、思った瞬間、ティルミナさんの顔が頭に浮かぶ。わたしは首を左右に振って、ティルミナさんを頭から振り払う。
ティルミナさんも今回の旅行を楽しんでいるはずだから、問題はないはずだ。
今日だって、子供たちと一緒に船に乗りに行っている。ティルミナさん曰く、魚介類をどうやって捕るかを聞いたりするためよ。と言っていた。絶対に楽しんでいるよね。
「それにしても忙しそうですね」
「まあね。町の警備の仕事もわたしに回されてね。少し、忙しいのよ」
「そんなことをしているんですか?」
「新しくなった町長が、そこまで手が回らないって言うのよ。前までは小さな警備隊はあったけど、今ほど大きな物は無かったしね。人が足りないときは冒険者を雇って回したりしているから、冒険者を管理しているわたしが警備の管理を引き受けると色々と手間が省けるのよ。それに、警備員じゃ処理できない案件を冒険者に頼んだり、町の周囲の魔物の情報の伝達も早くなるから、メリットも大きいの。ただ、デメリットとしてはわたしが忙しくなることだけどね」
アトラさんは笑いながら言うが、嫌そうには見えない。
「それに、今はどこも人手が足りないからできる範囲で手伝わないといけないしね」
人手は増えているが、その分仕事も増えているらしい。
「そういえば、アトラさんに聞こうと思っていたんだけど。どうして、わたしの家の周りは整地されていないの?」
わたしの家の周辺は木々は伐採されずに残っている。細い道に左右は森林に囲まれ、道は石畳が敷かれ、進んで行くとクマハウスがある。現状を表すなら、わたしのクマハウスはお寺や神社のようになっている。
「ああ、あれね」
アトラさんはわたしから視線をゆっくりと逸らす。
「あそこはあのままにしようって話になったのよ」
「なんで?」
「だって、あんな物を建てられたら、近くに建物なんて建てられないわよ。誰も建てたがらないし、建てることが許されない雰囲気になって、あのままになったのよ」
つまり、クマハウスが悪いと。
「それに周囲に木々があれば目立たないでしょう」
確かにすぐには気づかない。でも、逆にあそこだけ森林があるから目立つ。そして、あの綺麗に舗装された道。あの道の前を通れば、嫌でもクマの顔が見える。
壁を高くすれば見えなくなるかな?
「ユナがどうしても嫌だって言うなら、町の住民にはユナから言ってね」
この人、面倒だからって放り出したよ。
わたしだって面倒だ。住民を説得してまで、家の周りを整地してもらうつもりはない。
「みんな、ユナには感謝しているから、嫌がることはしない雰囲気になっているのよ。だから、決して嫌がらせとかじゃないから、そこはわかってね」
それは昨日の漁師たちを見れば分かる。わたしにお礼をしたい気持ちと迷惑にならないようにする行動が見えた。
本当にクラーケン討伐やトンネルのことは気にしなくていいのに。
クラーケン討伐はお米と醤油、味噌のため。トンネルは魚介類の流通を確保して、アンズを呼ぶためにしただけだ。だから、そこまで気にかけることはない。
でも、今さら本当のことを話せるわけもなく、現状を受け止めるしかなくなった。
ユナたちは別行動になりました。