341 クマさん、1人水着ファッションショーを行う
シェリーのところから戻ってきたわたしはベッドに倒れる。
「疲れた~」
精神的に疲れた。白スクにも驚いたし、クマの尻尾にも驚いた。せめてもの救いはクマの水着を着るのは幼年組だってことぐらいだ。
本音を言えば止めてほしい。でも、嬉しそうにしているシュリの顔を見れば、そんなことを言うこともできない。わたしは、小熊化したくまゆるとくまきゅうを召喚して、抱き締める。モフモフで柔らかい。精神的ダメージを回復させる。くまゆるとくまきゅうと遊ぶことで、精神ダメージが回復したわたしはベッドの上にシェリーが作ってくれた水着を並べる。わたしはその中にあるスク水をゆっくりと端にどける。大人のわたしが着る水着ではない。わたしは残った水着を見る。ビキニからワンピースとわたしがイラストで描いた水着が並ぶ。
う~ん、どれが良いか分からない。
「くまゆる、くまきゅう。どれが良いと思う?」
くまゆるとくまきゅうに尋ねる。でも、くまゆるとくまきゅうはベッドの上の水着を興味なさそうに見る。そして、「くぅ~ん」と鳴くとベッドの上で丸くなってしまう。
そんなにわたしの水着姿には興味がないと。まあ、あったらあったで困るけど。無関心も悲しいものがある。
つまり、くまゆるとくまきゅうは当てにならないから、自分で決めないといけない。
わたしは水着を見て黒と白のビキニを手に取る。そして、クマの着ぐるみを脱いでビキニの水着を装着する。
なんだろう。このピッタリとサイズが合っている感は。わたしは鏡の前に立つ。似合っている? ある部分が気になるが無視することにする。ポーズをしてみるが、似合っているか分からない。
わたしは無言で次の水着を手にする。セパレート水着から、ワンピース水着を着たりするが、どの水着も足が落ち着かない。パレオを付けてみる。若干マシになる。今度は肩が寒い気がする。羽織が欲しい。大きなタオルを肩からかける。落ち着く。さらに大きなタオルで体を覆うと安心する。
もう、無理だ。引き篭もりで、学校のプール以外で泳いだことがないわたしが水着選びなんてできるわけが無かった。水着選びなんて、わたしにはレベルが高すぎる作業だ。普通に好きな水着を選べば良いと思うかもしれないけど、その普通ができない。経験がないわたしには難しい。
これが、フィナやノアの服装なら、可愛いとか、似合っているとか判断はできるけど。自分のとなると、どれも似合っているように見えない。
これは素直に白旗を揚げて、ティルミナさんに選んでもらった方がいいかもしれない。フィナに頼むと「全部似合ってますよ」と言いそうだ。
ちなみにシュリとノアに頼むと、とんでもない水着になりそうだから、二人には頼むつもりはない。
くまゆるもくまきゅうも寝ているし。わたしは一人水着ファッションショーは止め、クマの着ぐるみ姿に戻る。クマの着ぐるみを着た瞬間、安心する自分がいる。もう、水着一つ選ぶことができずクマの着ぐるみを着て安心するなんて、女として終わっているかもしれない。
わたしは無言で水着をクマボックスに仕舞い、くまゆるとくまきゅうの横に倒れる。当日まで、まだ時間はある。ゆっくりと考えればいい。
人生、嫌なことは後回しにするのも一つの方法だ。時が解決してくれることもある。
解決するかな? したらいいな~ 数日後の未来のわたしに託すことにする。
その日の夜。ゲンツさんがスコルピオンの肉を持ってきてくれた。
うん、すっかり、忘れていたよ。今日は精神ダメージを食らい過ぎて、スコルピオンのことをすっかり忘れていた。とりあえず、お礼を言って受け取る。見た感じ、エビに近いのかな?
でも、味見をする気力も無かったので、クマボックス行きとなった。そして、ゲンツさんには悪いけど、アンズやモリンさんのところにも持っていってもらった。今日のわたしは動く気力はない。
翌日、水着のことは忘れ(考えないことにしている)、家の中でだらけている。
ミリーラに行くのに必要な物って、なにかあるかな?
基本、忘れたとしてもクマの転移門があるし、ミリーラの町で買ってもいい。ほとんどのことはティルミナさんがやってくれているので、わたしがすることはない。
アイスも作ったし、水着もある。食料はティルミナさんが手配しているし、本当にやることがない。そういえば、ルリーナさんとギルはどうなったのかな。
ヘレンさんはルリーナさんたちが戻ってきたら、連絡してくれると言っていたけど、未だに連絡がない。もしかすると、間に合わないかもしれない。そうなったら、子供たちの面倒をみる人がいなくなるけど大丈夫かな?
あとで、冒険者ギルドに行って、聞いてみるかな。
そんなことを考えながら、今日は家から出ずにだらけていると、わたしを呼び、ドアを叩く音がする。
「ユナさ~~~~ん。いますか~~~~~」
声で誰が来たのか分かる。わたしがドアを開けると、予想通りにノアが立っている。でも、その後ろにいる人物は予想はしなかった。
「ユナお姉様、お久しぶりです」
「ミサ、来たんだね」
ノアの後ろにはミサがいて、そのさらに後ろにはマリナたちの姿もある。
「今回はお招きいただきありがとうございます」
「そんな、丁寧な挨拶はいらないよ。楽しんでくれればいいから」
ミサの丁寧な挨拶を遮る。わたしにそんな丁寧な挨拶はいらない。
「でも、よく来られたね。両親は許してくれたの?」
「はい。ユナお姉様が一緒なら、安心ってことで許してくれました」
信用してくれるのは嬉しいけど。責任が増すね。
「でも、孤児院の子供たちやフィナちゃんたちと一緒にいくんですよね。わたしも一緒に行ってもよろしいんですか?」
「ノアはもちろん。フィナやシュリも喜ぶからね。あとで会ってあげて」
「はい。フィナちゃんやシュリちゃんに会うのが楽しみです」
ミサがフィナたちに会うのは王都の学園祭以来だ。
「それで1人で来たの? グランさんは?」
両親の姿もグランさんの姿もない。領主の仕事をミサの両親に託したグランさんは暇だから、付いてくると思ったんだけど。この場にはマリナたちの姿しかない。そのマリナたちは先程から、クマハウスを眺めている。
「お爺様と来ました。お爺様はクリフ様と話があるので、ノアお姉様のお屋敷に残っています。あとで、ユナお姉様に挨拶に来ると言っていました」
それなら、わたしの方から挨拶に行った方がいいかな? 一応、孫娘を預かるんだし。
マリナたちは一緒に海まで来るのかな?
わたしはクマハウスを眺めているマリナたちの方を見る。
「マリナたちも久しぶり」
わたしはマリナ、巨乳魔法使いエル、剣士のマスリカ、イティアに声をかける。
「ああ、久しぶりだな。その、なんだ。ユナの家なのか?」
「そうだけど」
マリナはクマの形をしたクマハウスとわたしを交互に見ている。言いたいことは分かる。同じような反応は何度もされている。
「ノアお姉様からお話は聞いていましたが、とっても可愛らしいお家です」
「可愛いけど。なんでクマなんだ?」
「そこには深い事情があるから聞かないで」
ただ、安全面を重視しただけだ。クマハウスほど安全な家はない。女性の1人ぐらしには必要だ。
「その、ユナお姉様、中に入ってもいいですか?」
ミサが目を輝かせながら、近寄ってくる。顔が中に入りたいと言っている。
「べ、別にいいけど。中は普通だよ」
「構いません」
嬉しそうにするミサたちを連れて、クマハウスの中に入る。部屋の中に入るとソファーの上で丸くなっていたくまゆるとくまきゅうが顔を上げる。
「くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんです」
ミサはソファーに座っていたくまゆるとくまきゅうを抱きしめる。
「うわぁ、やっぱり、可愛いです。くまゆるちゃん、くまきゅうちゃん、元気にしていましたか?」
「くぅ~ん」
「いつも、会えるノアお姉様が羨ましいです」
「別にいつも会いに来ているわけじゃないよ。たまにだよ」
「それでも、羨ましいです」
ノアは勉強の合間や、時間があるときに、たまに会いに来る。そして、ララさんが迎えに来るパターンが多い。
「とりあえず、お茶でも出すから、みんなは適当に座って、待ってて」
わたしは茶菓子を用意して、テーブルの上に置く。くまゆるはノアの腕の中に、くまきゅうはミサの腕の中にいる。
「……ユナ、あのクマは?」
そうか。マリナは子熊化したくまゆるとくまきゅうは初めてか。
わたしは簡単にくまゆるとくまきゅうのことを説明をする。
「不思議なクマと思っていたけど、そんなこともできるんだな」
「てっきり、あのクマの子供かと思いました」
たしかに、知らない人にはそれで通した方が、説明が簡単かな?
「それにしても、家の中は普通だな」
「そうね」
マリナがしみじみと言う。
だから、わたし始めにそう言ったよね。
マリナたちが不思議そうに部屋を見渡している。クマハウスの中は普通の家と変わらない。別にクマの置物があったり、クマの形をした物が置いているわけじゃない。召喚獣のクマがいたり、自分の部屋にクマのぬいぐるみが飾ってあったり、風呂場がクマだったりするぐらいだ。この部屋にクマが無いだけとも言う。
「それにしても、ユナは相変わらずの格好をしているんだな」
「暑くないの?」
「見ているだけで、暑くなる」
マリナたちは冷たいお茶を飲みながら、わたしのことを見る。
「特殊な素材で、できているから、暑くないよ」
「ユナが大丈夫でも、見ている方が暑くなる」
その気持ちは分かるけど、脱ぐわけにはいかない。でも、リア充の暑さに比べればマシのはずだ。
でも、神様も夏用のクマ服とか用意してくれればいいのに。そもそも、チート能力をクマ装備に付けているのが間違っている。そこはクマ型のペンダントとか指輪とか、アクセサリーにしてくれればいいのに。
「それじゃ、ミサの水着も作らないといけないね」
「はい。そのことをユナさんにお願いしようと思って来たんです。今から作って間に合うでしょうか?」
そこはシェリーに聞いてみないと分からない。
でも、テモカさんが手伝ってくれれば大丈夫だと思う。
「それに、マリナたちの水着も用意しないといけないね」
「わたしたちはいいよ。ミサーナ様の護衛だから」
わたしは想像してみる。砂浜で楽しむ子供たちを、剣や防具に包まれた冒険者が見守る構図はアウトの気がする。そもそも、そんな人が近くにいたら、遊んでいても落ち着かない。
「わたしから、シェリーにお願いするから、マリナたちも水着を作って。砂浜で遊ぶ子供たちの前で、そんな格好をされたら、遊ぶ子供たちも落ち着かないから却下。ミサの護衛をするなら、水着の着用は義務だからね。着なかったら、クリモニアに残るか、ミリーラの町の家に残ってもらうよ」
「本当に着ないと駄目か?」
「ダメ」
「それじゃ、ユナちゃんも着るの?」
「…………着るよ」
着たくないけど。
「ほう、それは貴重だな」
「そうね。ユナちゃんのクマさん以外の格好を見ることができるのね」
「それなら、着てもいいかも」
マリナたちは興味津々にわたしのことを見る。そこはミサの護衛のために水着を着るって言おうよ。
「そう言うマリナも、いつもミサの護衛をしているね」
「ミサーナ様は優先的にわたしたちを指名してくれるからね。だから、ミサーナ様の依頼は断らないようにしている」
その言葉に他のエルたちも頷いている。
「マリナたちはわたしを守ってくれるから、お父様もお爺様も信頼しているんです。だから、お願いをするんです。もちろん、わたしもマリナたちのことは信頼していますよ」
「ミサーナ様……」
マリナたちはミサの言葉に嬉しそうにしている。
オークに襲われているときも、ミサたちを見捨てずに命を懸けて戦っていた。見捨てて逃げていてもおかしくはなかった。でも、それをせずにミサとグランさんの乗る馬車を守っていた。
たぶん、それだけじゃないんだと思う。わたしが知らないだけで、ミサとマリナたちには長年の関係があるんだと思う。
「本当にマリナたちはミサが大切なんだね」
「当たり前だ。ミサーナ様はわたしたちの大切な主人だ」
でも、マリナたちも来るとなると、クマバスのことも考えないといけないかな。ギルやルリーナさんも参加することになれば、定員オーバーになる。少し、クマバスの改造が必要かな?
「でも、ユナさん、かなりの人数になるんですよね。馬車の用意は大丈夫なんですか? わたしたちが乗ってきた馬車を使いますか?」
ミサが心配そうに尋ねてくる。でも、ミサが乗っていた馬車でも、そんなに多くは乗れない。
「ちゃんと用意してあるから、少しぐらい人数が増えても大丈夫だよ」
クマバスが長くなるだけだ。でも、長くなると、変な形になる。ここは二階建てにするべきかな?
無事にミサも合流。
そろそろ、出発が近づいてきました。
あとはルリーナさんたちがどうなるかですね。