336 クマさん、孤児院とノアの家に行く
わたしはアンズのお店を後にすると、孤児院に向けて歩き出す。
まだ、砂漠から戻ってきてから孤児院には顔を出していない。お土産の大きな卵もあるけど、卵は後日にしようと思っている。今日だと、お店で働いている子供たちが見ることができないし、料理を作ることもできない。だから、お土産の大きな卵は海に行っている間か、お店が休みのときに、見せてあげようと思っている。今日は純粋に戻ってきたことの報告だ。
孤児院の近くまでやってくると、外で元気よく走り回っている数人の子供たちの姿がある。鬼ごっこかな? 追いかけっこしている姿が見える。そのうちの一人がわたしに気付くと、走るのを止めてわたしのところにやってくる。
「ユナお姉ちゃん!」
「しばらく来ていなかったけど、元気にしていた?」
「うん」
一人が来ると他の子供たちも集まってくる。みんな、嬉しそうだ。
「院長先生はいる?」
「いるよ」
子供の一人がわたしのクマさんパペットを握る。すると、他の子供たちも反対の手を掴んだり、クマの着ぐるみを掴んだりする。嬉しそうに掴んでいるので、振り払うことはできない。少し歩き難いが、我慢して孤児院に向かう。
孤児院の中に入ると、子供たちは院長先生のところに案内してくれる。まあ、院長先生がいる場所は決まっているが、子供たちに案内されるように連れていかれる。
やってきたのは子供たちの遊び場の部屋だ。院長先生は子供たちとよくこの部屋にいる。部屋に入ると院長先生が子供たちと一緒にいる姿がある。
「ユナさん?」
部屋に入ってきたわたしたちに院長先生が気付く。そして、わたしと一緒にいた子供たちはわたしから離れて、院長先生のところに向かってしまう。そんな子供たちを見て院長先生は嬉しそうにする。
やっぱり、わたしより、院長先生の方が上のようだ。クマの着ぐるみでも、勝てない存在はある。そもそも院長先生やリズさんの存在と比べるのが間違っている。二人は長年、苦労して子供たちの面倒を見てきた。親であり、姉だ。いくらクマの格好したわたしでも二人には勝てない。
わたしは床に座っている院長先生のところに向かう。
「ユナさん、お帰りなさい。昨日、ティルミナさんから戻ってきたことは聞いていたけど、怪我はない?」
「ないですよ」
クマさん防具に包まれているわたしが怪我をすることはほぼない。たぶん、わたしに怪我を負わせたかったら、ドラゴンぐらい現れないと駄目だろう。もっとも、現れたら逃げるけど。もちろん、戦ってみたい気持ちはあるけど、命は大事にだからね。
「ユナさん。冒険者なのはわかるけど、あまり無理はしないようにね。ユナさんになにかあれば、この子たちが悲しみますから」
院長先生は膝の上に乗っている子供の頭を撫でながら言う。
わたしの強さを知らない院長先生は心から心配してくれる。優しい人だ。そんな院長先生の隣にわたしは座る。
「わたしがいなかった間、なにもありませんでしたか?」
「それは子供たちの顔を見れば、分かりますよ」
院長先生は微笑みながら、部屋にいる子供たちに視線を向ける。部屋には絵本を読んだり、くまゆるぬいぐるみやくまきゅうぬいぐるみを抱いたりして、楽しそうにしている子供たちの姿がある。中にはうるさい部屋なのに、くまゆるぬいぐるみを抱きながら、気持ち良さそうに寝ている子もいる。
「でも、院長先生は子供たちに心配させないようにするから」
院長先生は子供たちの見えないところでは辛そうな顔をして、子供たちの前では笑顔でいるタイプの人間だ。だから、院長先生の言葉は信用はできない。
「そんなことはないわ。今はこうやって子供たちと一緒にいられて、幸せですよ」
本当に院長先生が幸せそうなら問題はない。
「なにか、問題があったら言ってくださいね」
多少の問題ならどうにでもなる。力もあるし、お金もある。権力なら力を貸してくれそうなクリフもいるし、国王もいる。商業ギルドや冒険者ギルドも貸してくれそうだ。そう考えると、今のわたしには敵なし?
「ふふ、そのときはお願いします」
わたしと院長先生はお互いに微笑む。
「それでリズさんとニーフさんはいないんですか?」
この時間なら鳥のお世話は終わっている。リズさんがいてもいいはずだ。それにニーフさんも、院長先生とこの部屋にいることが多い。
「二人はティルミナさんから、海に行くときに必要な物を用意するように言われたので、子供たちを連れて買い物に行っていますよ」
二人は買い物か。たしかに旅行には必要な物があるかもしれない。衣食住の食と住は用意はできるけど、衣は各自で用意してもらわないと駄目だ。他にもわたしが知らないだけで、必要な物があるかもしれない。
わたしの場合、ほとんどの物がクマボックスに入っているから、いきなり必要になる物ってないんだよね。
「でも、本当に子供たち全員を連れていくんですか?」
「いつも、真面目に仕事をしているお礼ですよ」
「わたしたちはユナさんに仕事を戴いているだけで、感謝していますよ」
それは前にフィナからも聞いた。やっぱり、そう思うんだよね。
「まあ、価値観は人それぞれですよ。院長先生も楽しんでください」
「ユナさん、ありがとうね」
わたしと院長先生が海の話をしていると、くまきゅうのぬいぐるみを持った女の子がわたしのところにやってくる。
「ユナお姉ちゃん。くまさん持っていってもいい?」
女の子はくまきゅうぬいぐるみを抱き締めながら尋ねてくる。それに対して、「いいよ」って許可を出そうとした瞬間、院長先生が口を開く。
「駄目ですよ。荷物は少なくするのが約束でしょう」
院長先生が女の子に注意する。
「でも、くまさんと一緒に」
「先生。わたしも持っていきたい」
「僕も」
子供たちはくまゆるぬいぐるみやくまきゅうぬいぐるみを持って、院長先生にお願いする。
院長先生は子供たちに囲まれて、困った表情を浮かべる。
「荷物は少なくしないといけません。それにすぐに戻ってくるのですから、少しの間だけ、我慢をしなさい」
「うぅ」
子供たちが持っているぬいぐるみを悲しそうに強く抱きしめる。
うわぁ、くまゆるとくまきゅうの顔が潰れる。
「その、院長先生。ぬいぐるみぐらいいいんじゃ」
「ですが、他にも持って行く荷物がありますから。あまり、多くなってもユナさんに迷惑がかかります」
ぬいぐるみはかなりの数が孤児院にある。一人1個とは言わないけど、女の子はもちろん、小さな男の子も持っている。全員がぬいぐるみを持っていこうとしたら、かなりの数になり、荷物になる。
「それじゃ、これを使ってください。ぬいぐるみぐらいなら入りますよ」
わたしはアイテム袋を院長先生に渡す。
「いいのですか?」
「使ってください。それにプレゼントしたぬいぐるみを好いてくれるのは嬉しいですから」
わたしが許可を出すと子供たちは嬉しそうにする。プレゼントしたものは使われないよりは使われた方が嬉しい。でも、ボロボロにはしないでほしいと願うけど、子供たちを見ると難しいかな?
それから、しばらく孤児院で時間を潰したが、リズさんとニーフさんは戻ってこなかったので、おいとますることにする。
わたしは孤児院を後にするとノアの家に向かう。ティルミナさんとの約束もあるけど、会いに行かないと、「戻って来たなら教えてください」とか「くまさん成分が~~」とか言われそうだ。
「ユナさん。くまさん成分を下さい!」
会う早々言われた。
「ノア、ちゃんと勉強はしている?」
「していますよ。これも海に行くためです。たまにユナさんのお家にくまさん成分を補充しに行ったのに、ユナさんいないし」
「いや、ノアも知っていたでしょう。わたしが王都に行っていたことは」
「クマさんなら、すぐに戻ってこられると思ったんです」
まあ、くまゆるとくまきゅうなら、馬車よりも馬よりも早く行き来できる。クマの転移門なら一瞬だ。
とりあえずはくま成分を補充させるために、小熊化したくまゆるとくまきゅうを召喚する。ノアは嬉しそうにくまゆるとくまきゅうを抱きしめる。
「うぅ、幸せです」
貴族様にしては、なんとも安上がりの幸せだ。でも、その気持ちは分からなくはない。くまゆるとくまきゅうを抱いていると幸せな気持ちになる。
「それで、今日はどうしたんですか? もちろん、用がなくてもユナさんならいつでも大歓迎ですよ」
「今日は海に行く日が決まったから、その報告かな?」
「決まったんですか?」
わたしは予定の日を伝える。
「日の出と共に出発するけど、遅れないでね」
「寝坊しないように頑張ります」
ノアは小さな手をぎゅっと握る。
まあ、ノアの場合、しっかりしたメイドさんのララさんがいるから大丈夫だろう。
「でも、クマさんを貸してくれれば、遅刻はしませんよ」
「貸さないよ」
「残念です」
ノアと話していると、クリフが部屋にやってくる。
「少し失礼するぞ」
「お父様、どうかしたのですか?」
「一応、娘を預けるから、そのクマに挨拶だ」
クリフがわたしの方を見る。
「娘が我が儘言ったら、叱っていいからな。おまえさんの言うことなら、聞くだろう」
「わたし、我が儘なんて言いません」
「それなら、そのクマを他の子供たちに取られても、文句は言うなよ」
クリフはノアが抱いているくまゆるを取り上げる。ノアが手を伸ばすがクリフが遠ざける。くまゆるは「くぅ~ん」と鳴く。
「お父様! 返してください」
「他の子供たちが、同じようなことをしても、同じことを言うのか?」
「それは……」
「お前は自分の立場と、言葉に気を付けないといけない。それだけは忘れないようにしろ」
クリフはくまゆるをノアに返してあげる。
「街の住民は領主である俺たちにとって財産だ。嫌われることだけはするな。嫌われれば、それは自分に返ってくる。住民に好かれてこその領主だ」
「分かっています」
「ならいい。おまえが人を馬鹿にしたりしないのは分かっている。でも、おまえはクマのことになると、我が儘になるからな」
クリフはノアが抱くくまゆるの頭を撫でる。
「うぅ」
ノアも心当たりがあるのか、黙ってしまう。
「あのフィナって女の子に嫌われたくないなら、クマに関しても我慢を覚えろ」
「わ、わかりました」
ノアは基本は良い子だ。でも、クマのことになると我が儘になる。
それにしても、クリフはノアのことをよく見ているね。初めてノアがフィナに出会ったときのことが脳裏に思い浮かぶ。
「くまさんは譲りませんよ」とか「前は譲りませんよ」とかフィナに宣言していた。懐かしい思い出だ。
「ユナもノアが我が儘言ったら叱っていいからな」
「ノアなら大丈夫ですよ。優しい子だから」
「クマが関わらなければ俺も信用はしている」
ですよね~。
でも、ノアのクマ好きってわたしのせいなのかな?
くまゆるとくまきゅうを嬉しそうに撫でるノアの姿を見ると、絶対にわたしのせいだよね。
いつかはクマ離れができることを祈ろう。
これで、全ての挨拶は終わったはず?
ミレーヌさん? 知らない子ですw
※年末年始の投稿はお休みにさせてもらいます。ちょっと、いろいろと時間が足らなくなりそうなので。申し訳ありません。