323 クマさん、ちいさくな~れと呪文を唱える
取引も無事に終わり、部屋に戻ってくる。ジェイドさんたちはウラガンたちとスコルピオンについて話をしている。カリーナは疲れたから自分の部屋で休むと言うので、わたしも自分の部屋で休ませてもらうことにする。
ちょっと予定外のことになったけど、あとはクラーケンの魔石を交換すれば、依頼も終わる。カレー粉のスパイスも手に入ったし、この街まで来たかいがあった。あとは大きな卵をお土産で持って帰りたいところだ。きっと、子供たちも驚くはずだ。
それか、大きな鳥を飼うのも良いかもしれない。でも、子供たちが世話をするから危険かな?
子供たちにもしものことがあったら大変だから、駄目かな。
あとはクマの転移門をどこに設置するかも考えないといけない。街の中だと家や土地を購入しないといけなくなる。お金はあるから問題はないけど、住む訳じゃないのに買うのは変だ。王都のときは勢いで買ってしまった。でも、王都にはフィナと行くこともあるから、問題はない。この街には買い物する以外に来ることもない。
う~ん、どうしようかな?
家を買うべきか、どこかに目立たないところにクマの転移門を設置するべきか。
今後の予定を考えていると、ラサさんが食事の用意ができたことを知らせに来てくれる。考えるのは後にして、食堂に向かう。
食堂に来るとすでに全員が揃っており、わたしが最後みたいだ。
「ユナさん、こちらに座ってください」
カリーナが空いている席を教えてくれる。場所はカリーナの隣になる。
「どれも美味しそうだね」
テーブルの上にはいろいろな料理が並んでいる。どれも美味しそうだ。
「はい、お腹が空いているので早く食べたいです」
カリーナが笑みを浮かべながらお腹を触る。可愛い仕草だ。わたしが同じことをすると、大きなお腹を触っているようにしか見えない。
そして、わたしが席に着くとバーリマさんからあらためて感謝の言葉が伝えられる。
「みなさん、今回は大変な依頼を受けてもらい、ありがとうございました。無事に見つけられたことに感謝いたします」
「それが仕事だから、気にしないでいい。俺たちは金さえ貰えれば問題はない」
「ほとんどがユナちゃんのおかげだけどね」
ウラガンはメルさんの言葉を聞き流して、言葉を続ける。
「それで、俺たちの仕事は終わりでいいんだな?」
「はい。冒険者ギルドに追加報酬と合わせて渡しておきますので、受け取ってください」
追加報酬の話はすでに聞いているが、皆嬉しそうにする。
水晶板のことや水の魔石のことは話せないので、ジェイドさんたちの仕事はここまでとなる。
なんでも、ジェイドさんたちはカルスの町までの護衛の仕事を見つけ次第、デゼルトの街を出ていくそうだ。そして、王都でウラガンと一緒にスコルピオンの防具を作ると言う。
お揃いの防具を作るのかな?
そう考えると少し、面白いかもしれない。
メルさんに「一緒に行く?」と誘われたが、わたしにはこの街でやることが残っている。
だから、今回はメルさんのお誘いは丁重にお断りした。
「それじゃ、次は王都かクリモニアで会いましょう」
王都で会うなら、冒険者ギルドになるのかな?
でも、王都の冒険者ギルドはあまり顔を出したくないんだよね。クリモニアと違って、未だに視線を向けられる。
クリモニアなら、軽く視線を向けられただけで、ジッと見られることはない。できればクリモニアで会いたいものだ。
わたしがメルさんと話しているとカリーナが寂しそうな表情をしている。カリーナはわたしが見ていることに気付くと、笑みを浮かべる。
どうかしたのかな?
わたしが尋ねても「なんでもないですよ」と答える。明日のことで不安でもあるのかな?
食事も中盤に入る。食事は豪華に作られ、どれもスパイスや香辛料が多く使われた料理が並ぶ。味についてはなにも問題はなかった。ただ、ラサさんは食事の量を間違えた。ジェイドさんやウラガンたちが、食べる、食べる。遠慮無しに食べるから、料理の減る量が早い。作ってはどんどん、男どもの胃袋の中に消えていく。
追加料理も出されたが、ウラガンたちは物足りなさそうにしている。
そんな男たちをメルさんとセニアさんは呆れた様子で見ている。もちろん、わたしもカリーナもだ。
決して食事の量が少ないことはなかった。男たちが食べ過ぎた。
そこはもう少し遠慮して食べようよ。相手は領主様だよ。その領主や国王の前でも着ぐるみ姿や口調を気にしてないわたしが言う台詞じゃないけど。普通に考えたら不敬罪になってもおかしくない。もっとも、そんな国王なら、お城なんかに行くこともないけどね。
そして、食事も終わり、ジェイドさんたちは宿屋に帰ることになる。わたしはバーリマさんに部屋を借りているので、今日もこのお屋敷に泊まる。
「ユナちゃん、くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんにもよろしくね」
「ユナ、今度試合しようね」
メルさんとセニアさんと別れの挨拶をする。そして、少し離れたところでは男どもが集まっている。
「それじゃ、続きは店で飲もうぜ」
「割り勘だからな」
「ランクCのジェイド様ともあろう方がランクDの俺たちに払わせるつもりなのか?」
「新人冒険者ならともかく、おまえたちに払う金はないな」
どうやら、ジェイドさんたちはウラガンたちと一緒に酒場で酒を飲むらしい。信じられない胃袋をしている。どこにそんな入るのかな。わたしはお腹が一杯で苦しい。大食いの人を見ているだけで、お腹が一杯になるのはなんでだろう。食事は大食いの人たちと食べるものじゃないね。見ていると、食べられなくなってくる。
でも、新人冒険者の定義って、なんだろう。冒険者になって一年以内とすれば、わたしも新人冒険者扱いだ。
わたしはみんなと別れ、借りている部屋に戻ってくる。ベッドに座ると子熊化したくまゆるとくまきゅうを召喚する。そして、寝るために白クマの服に着替える。
「くまきゅう、おいで」
今日は約束通りにくまきゅうと一緒に寝るためにくまきゅうを呼ぶ。名前を呼ばれたくまきゅうは嬉しそうに近づいてくる。寝るときはくまきゅうとお揃いになる。
「今日は構ってあげられなくてごめんね。それとカリーナを守ってくれてありがとうね」
くまきゅうに感謝の気持ちを伝える。そして、くまきゅうを胸に抱いたまま、布団の中に入る。くまゆるはくまきゅうと争うこともなく、わたしの横で丸くなる。
「くまゆる、お休み」
丸くなるくまゆるに手を伸ばして撫でる。そして、胸に抱くくまきゅうの温もりを感じながら眠りに就く。
翌朝、胸の中でくまきゅうが気持ち良さそうに寝ている姿がある。どうやら、寝ている間、ずっとわたしの腕の中にいたらしい。それとも、わたしが離さなかったのかな?
寝ている間のことは分からないからね。放り出していたら可哀想だったから良かった。
「それではユナさん、よろしくお願いします」
朝食を食べ終わったわたしはバーリマさんに魔石の交換を頼まれる。
わたしとカリーナは水の魔石を交換するためにピラミッドに再度向かう。雨が降らないから、今日も良い天気だ。カリーナは昨日と同じように暑さをやわらげてくれるコートを被り、くまゆるにのっている。
今日はなるべく、くまきゅうといるつもりだ。夜だけじゃ可哀想だからね。そのことをくまゆるにも伝えてある。
砂漠は静かなものだ。昨日、あれだけいたワームの姿は見えない。
う~ん、やっぱり、大きなワームが原因だったみたいだね。でも、なんで大きなワームが現れたのかな?
偶然なのか、それともピラミッドの魔石が何かしら影響していたとか?
魔物の心が分からないわたしには、答えを出すこともできない。
魔物に襲われることもなく、ピラミッドに到着する。そして、そのまま休むこともなく、ピラミッドの中に突入する。くまゆるとくまきゅうは疲れた様子もなく、ピラミッドの迷宮の入口までやってくる。
上を見上げると、円のようになっている壁には無数の入口がある。
「それでどの穴から入ればいいの?」
上に上がり、無数にある入口を見ながらカリーナに尋ねる。
中を覗けば、隣と繋がっている物もあれば、奥まで続く道もあり、曲がっている道もある。見ただけでは、どれが正解かわからない。
「少し、待ってください」
カリーナは水晶板を取り出す。そして、入口がある穴の前を歩き出す。そして、1つの入口の前で止まる。
「ここです」
迷うこともなく、答える。
「その水晶板って、わたしも見ることはできるの?」
「はい、わたしの魔力に反応して、地図が表示されますから、わたしが持っていれば、誰でも見ることはできます。でも、わたしが手を離すと地図が消えてしまいます。持ってみますか?」
カリーナが水晶板を差し出してくる。
触って確かめたい気持ちはあるけど、脳裏にエルフの里の神聖樹の結界に入ってしまったことを思い出す。
もし、わたしが手に持って地図が表示でもされることになったら、大変なことになる。
カリーナに言い訳することもできないし、カリーナに「お姉ちゃんですか?」とか言われても困る。リスティルさんの隠し子事件に発展するかもしれない。だから、わたしが触るわけにはいかない。
「ううん、大丈夫。水晶板はカリーナが持っていて」
わたしの魔力が反応するか確かめたいけど、ここは我慢する。
あらためて入口を見る。入口は大人が1人通れるぐらいの大きさだ。
「ここで、くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんとお別れですね」
カリーナが寂しそうにする。
大きなくまゆるとくまきゅうは通れる幅はない。
「大丈夫だよ。わたしは魔法が使えるから」
くまゆるとくまきゅうの方を見る。そして、呪文を唱える。
「ちいさくな~れ、ちいさくな~れ」
別に呪文は必要はないけど。小さいときに見た魔法少女のアニメを思い出して、遊び半分でやってみる。
くまゆるとくまきゅうはわたしの言葉通りに小さくなって、子熊になる。
「くぅ~ん」
「これで一緒に行くことができるよ」
「ユ、ユナさん、凄いです。こんなこともできるんですか!?」
「みんなには内緒だよ」
カリーナは小さくなったくまゆるとくまきゅうを抱きしめる。
「くまゆるちゃん、くまきゅうちゃん。とても可愛いです。ユナさん、わたしも小さくできますか?」
「…………」
カリーナの言葉に一瞬、思考が固まってしまった。
「小さくなって、小さなくまゆるちゃんとくまきゅうちゃんに乗れますか?」
どうやら、カリーナは本当に魔法で小さくしたと思っているみたいだ。
ちょっとした冗談だったのに。このまま、わたしが小さくできる魔法があると思われても困るので、慌てて訂正する。
「ごめん、わたしの魔法で小さくなったわけじゃないの。くまゆるとくまきゅうが小さくなれるだけで、他は小さくできないの。この子たちが特別なの」
「そうなんですか」
わたしの言葉に残念そうにするカリーナ。
そんなに小さくなりたかったのかな?
別に小さくならなくても、くまゆるとくまきゅうなら普通に乗っているよね。
「それにカリーナが小さくなったら、水晶板が持てないでしょう」
「うぅ、そうですね」
「でも、なんで小さくなって乗ろうと思ったの?」
「家の中や庭でも乗れるかと思ったんです。小さければ、走ったりできますから」
確かに大きいままじゃ、家の中は走れないからね。
神様「ちいさくな~れ、ちいさくな~れ」
ユナ「わたしの体が……」
ちびくま「僕と同じ大きさだね」
次回、迷宮突入です。