312 クマさん、カリーナを泣かす
砂地に向けて風魔法を撃ち込む。ワームが砂の中から出て空中を舞う。ワームが陸に打ち上げられた魚のように落ちる。そこにメルさんが魔法で致命傷を与える。止めをジェイドさんたちが刺す。その繰り返しが何度も行われる。
「メルさん、落ちないでくださいね」
メルさんはくまゆるの背中に膝を突いて、片手をわたしの肩に置いて、魔法攻撃を行っている。メルさんはわたしのクマさんパペットの向く位置を見て、それに合わせるように的確にワームに致命傷を与えていく。あとはジェイドさんたちが止めを刺す簡単な連携が行われる。
メルさんの攻撃のおかげで、ジェイドさんたちの体力の消耗を抑えられている。
「ユナ! まだ、いるのか!」
後方から息を切らしながら、ジェイドさんが尋ねてくる。メルさんのおかげで体力の消耗が抑えられていると言っても0ではない。徐々に体力は減っていく。
クマの探知スキルで確認すれば、初めの数よりは半分ほど減っている。結構倒したけど。まだまだ残っている。本当にかなりの数のワームがピラミッドの周辺に集まっていたみたいだ。
「まだ、あっちに行っていないから、まだだよ」
ワームの死骸を見れば通っていない場所は明白だ。
多少、わたしたちを餌と認識して集まってきているが、ワームはまだいる。
「ウラガン! まだ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫に決まっているだろう。誰に言っているんだ」
ジェイドさんがウラガンに確認すると、意地を張るように答える。虚勢を張っているのがバレバレだ。
でも、弱音を吐くよりはいい。
それじゃ、お言葉に甘えて、残りのワームを掘りに行きますか。
「わたしがフォローするから」
後ろに乗るメルさんがみんなに言う。
わたしはワームをどんどん掘り出していく。それにしてもつまらない作業だ。これが魚とか食べられるものだったら、嬉しいけど。ワームじゃ嬉しくもない。
同じ作業が続く。
「おい、クマ!」
後ろでウラガンが叫ぶけど、聞き流す。
「そこの黒いの!」
わたしの名前は黒いのじゃない。
「まだ、なのか……」
後ろの声が小さくなってくる。
「ユナちゃん、後ろが……」
「もう少しだから」
「頼む。止まってくれ……」
「これで終わりだよ」
最後の空気弾を打ち込んで、この辺りのワームはこれで最後になる。
後ろを見ると、全員が息を切らして倒れている。でも、最後は弱音をこぼしていたが、剣を振り続けたウラガンは結構根性はあったみたいだ。
ウラガン以外のパーティーメンバーは所々で、止まっている。
「くそ、こんなに動いたのは久しぶりだぞ」
「動けない」
ウラガンパーティーは息を切らして、ラガルートの背中で倒れている。でも、何だかんだで付いてきたのは凄いね。
でも、本当に無理なら、わたし一人でやるつもりでいた。
ウラガンパーティーと違って、ジェイドさんたちは大丈夫そうと思ったら。
「もう、うごきたくねぇ」
トウヤが愚痴をこぼして、倒れている姿があった。
「でも、まさか本当にこれだけのワームを倒してしまうとは思わなかったな」
ジェイドさんが周辺の倒れているワームを見ながら言う。
ざっと、500匹ぐらい倒している。
確かにちょっと多かったね。でも王都のときに比べれば少ない。これでピラミッドの周辺にいたワームはほぼ討伐することができた。クマの探知スキルで確認しても、まばらに少しいるぐらいだ。このぐらいなら放置してもいいと思う。そもそも、一匹を倒すために移動するのが面倒だ。
「これでピラミッドの中に入れるな。解体は頼むぞ」
ジェイドさんが疲れているウラガンに容赦なく言う。
「ふ、ふざけるな! この数を俺たちだけにやらせるのか!」
「約束をしただろう。ユナの取り分と俺たちの取り分の半分をやるから、おまえさんが解体を引き受けるって」
ジェイドさんはウラガンを見つめる。
もしかして、ジェイドさん、ワームの数を把握していたのかな?
だから、あんな取引をしたとか?
ジェイドさんはどっちにしろ、わたしとカリーナと一緒にピラミッドの中に行かないといけない。でも、ワームの処理は必須だ。自分の取り分の半分を渡すことによって、自分たちは解体に参加せずに、報酬を得ることができる、って考えすぎかな?
「たしかに言ったが……」
ウラガンは砂漠に広がる砂地に無数に倒れているワームを見る。
今日、1日で終わるかな?
まあ、ワームはウルフと違って、必要な素材がほとんどないから、魔石を取ったら、他の魔物が餌として近寄らないように処理をするだけだ。だから、一匹に掛かる時間はそれほどかからないはず。でも、数は多い。砂漠のど真ん中。解体するには長時間いたくない場所だ。
「数回分の仕事をしたと思えばいいだろう」
「くそ、やればいいんだろう。だが、取り分はしっかりもらうからな」
確かに今回の討伐で数回分以上の報酬を手に入れた感じになるらしい。それがわかっているウラガンは渋々とジェイドさんの言葉を受け入れる。リーダーであるウラガンが納得したので仲間も文句は言わない。
まあ、頑張って処理をしてもらわないと、餌として他の魔物が来ても困る。
とりあえずわたしたちは一度、カリーナがいるところまで戻ることにする。
本来の目的はカリーナを連れてピラミッドに入ることだ。でも、ワームはほぼ討伐したので安心してピラミッドに向かうことができる。
カリーナのいる場所に向けて移動したとき、くまゆるが右を向く。
「どうしたの?」
砂が動く。ワーム?
探知スキルを見ると、離れた位置にワームが一匹いる。
くまゆるが警戒心がこもったように鳴く。
「くまゆる、大丈夫だよ」
こちらに来たら倒せばいい。放置してもいいだろう。
そう、思っていたら、小さな砂山が段々と近づいてくる。その砂の動きが徐々に大きくなっていく。そのことにみんなも気付く。
「なんだ?」
小さな砂の波が起きたと思った瞬間、砂が大きく盛り上がり、巨大なサンドワームが砂の中から現れた。
「なんだ!」
「こんな、でかいのがいたのか!」
前に倒したワームほどの大きさのサンドワームが現れた。
くまゆるが警戒したのはこれが原因だったみたいだね。
普通のサンドワームかと思ったら現れたのは大きなサンドワームだった。探知スキルにもサンドワームとしか表示されていない。こないだの蜂のときもそうだったけど、普通のワームと大きなワームは区別してほしいものだ。この辺りが探知スキルの融通が利かないところだ。
わたしはワームと対峙する。
もしかして、親とかなのかな? 親がここにいるから、普通のワームが集まってきたとか?
それとも、ここで生んだとか?
それにしてもワームは大きくなるにつれて気持ち悪くなるね。あのネバネバした涎が一番気持ち悪い。
「ユナちゃん!」
「くそ、逃げるぞ」
「ユナ! どうする!?」
後ろにいるメルさんが叫び。ウラガンパーティーは逃げ出す。ジェイドさんはわたしとウラガンを交互に見る。戦うか逃げるか、考えているように見える。
今後のことを考えるなら、討伐した方が良いに決まっている。わたしは即断する。
「わたしが倒してくるよ。みんなはカリーナのところに向かって」
ここは複数で戦うより、一人で戦った方が戦いやすい。
わたしはくまゆるから降りる。面倒だから、サクッと終わらせることにする。大きなワームの討伐方法は経験済みだ。
「ユナちゃん、わたしも」
「メルさんはくまゆると待っていてもらえますか」
倒し終わったときくまゆるがいないと、カリーナのところまで戻るのが面倒になる。
「ユナ、本当に大丈夫なんだな?」
「大丈夫だよ」
ジェイドさんに答えると、わたしは一人でワームに向かって駆け出す。ワームはわたしを餌と認識し、大きな口から涎を流しながら、体を這いずりながら迫ってくる。
もしかして、わたしのことを熊と勘違いしたのかな?
クマVSサンドワームの一方的な戦いが始まる。
わたしは炎の子熊部隊を作り上げる。無数の炎の子熊がわたしの前に現れる。
「クマたち、Go!」
秘技、体内破壊。
わたしが腕を前に向けて振ると、炎の子熊部隊は飛び出し、大きなサンドワームの口にめがけて飛んでいく。そして、涎を流しながら迫ってくるサンドワームの口の中に突入していく。見えないけど、炎の子熊部隊はワームの体内を動き回り、体内を焼いていく。それと合わせるようにワームは苦しみ、体をぐにゃぐにゃと曲げる。体を砂地に何度も叩きつける。普通の魔法じゃ無理だけど、わたしの熊たちは簡単には消えない。命じれば動いてくれるから、奥まで進んでくれる。
口が大きな魔物は体内から破壊するのが一番早い。体内に重要な素材があったら、この奥義は使えないけど。今は必要な素材はないし、問題はない。
ワームもバカだ。クマを食べようとするから、こんなことになる。素直に砂の中で寝ていたら、こんなことにならなかったのに。
巨大なサンドワームは苦しむように砂地に体を叩きつける。これで終わりと思った瞬間、ワームの後ろの部分がぐにゃっと曲がって、わたしに襲い掛かってくる。討伐できると思っていたわたしは反応が少し遅れる。わたしはクマさんパペットでとっさにガードするが、後ろに吹っ飛ばされる。
わたしは砂漠の上をコロコロコロコロコロコロコロコロと転がる。
痛くないけど、少し目が回った。
立ち上がると、少しふらつく。体には怪我はない。さすが、クマさん装備。
でも、油断大敵とは言ったものだ。あのまま見ていれば倒すことができると思って油断をしてしまった。
「ユナちゃん!」
メルさんがくまゆるに乗って駆けつけてくれる。
「ユナちゃん、大丈夫なの?」
「ガードしたから、大丈夫ですよ。ちょっと、目が回ったけど」
「ちょっと、目が回ったって……。かなり、吹き飛んだと思うんだけど」
信じられなさそうにわたしを見る。
まあ、クマさん装備が無かったら、危なかったけどね。
ワームを見ると、先ほどの力が最後だったのか、次第に弱まり、力尽きるように静かに地面に倒れる。そして、最終的に動かなくなる。
油断をして攻撃を一発受けてしまったけど、無事に討伐することができた。
大きなサンドワームに近づいて、死んでいる証拠を見せるためにクマさんパペットでワームを叩き、動かないのを確認する。
そこにジェイドさんとウラガンまでが戻ってくる。
「本当に倒したのか?」
ウラガンは何度も大きなサンドワームとわたしのことを、交互に見る。
そして、大きなワームはウラガンたちに任せるのもあれなので、クマボックスに仕舞う。
今度、クラーケンを釣るときに使えるかもしれない。でも、サンドワームは通常のワームと違うから、味ってどうなんだろう。まあ、試してみて、釣れなかったら、海に捨てればいいかな?
ここに置いておいても処理はできないだろうし。
そして、大きなサンドワームが消えたことにウラガンは目を大きくして驚く。わたしに何か言いたそうにしているけど、尋ねられないので無視する。
そんな様子を見たジェイドさんが、ウラガンに何か説明らしきものをする。
「いきなり、ワームが……あのクマが手に……」
「……諦めろ」
諦めろって聞こえたけど、なにを諦めるのかな?
少しジェイドさんに問いただしたい。
とりあえず納得はいかないけど、一度カリーナのところまで戻ってくる。戻ってくるとカリーナが涙目になっていた。
「どうしたの?」
泣くようなことあった?
カリーナは目をゴシゴシと擦ると、くまきゅうから飛び降りて、わたしのところに駆け出してくる。
「ユナさん!」
わたしはくまゆるから降りて、カリーナを抱きしめる。
カリーナは小さな手でわたしのクマの服を掴む。
「もしかして、セニアさんになにかされたの?」
くまきゅうに乗るセニアさんを見ながら尋ねるが、カリーナは首を横に振る。
「わたしはなにもしていない。泣かしたのはユナ」
セニアさんが意味不明のことを言う。いつ、わたしがカリーナを泣かした?
さっきまで、ワーム討伐をしてただけだ。カリーナを泣かすようなことはしてない。泣かすとしたら、側にいたセニアさんだ。
「ユ、ユナさん……」
カリーナはわたしの胸で泣く。
わたしはセニアさんに目で「どうして?」と尋ねる。理由が分からなければ、慰めようがない。
「ユナが大きなワームに一人で向かっていったからだよ。それでカリーナが騒ぎ出して、止めるの大変だった。ユナさんが死んじゃう、ユナさんが死んじゃうって叫んで」
ああ、つまり、心配してくれたってことか。
「しかも、ワームにユナが吹っ飛ばされたときは泣いて大変だった。カリーナが自分の責任だって言って」
ああ、外から見るとそう見えるのか。大きなワームが現れて、逃げ出すウラガンたち。単独で大きなワームに向かうわたし。さらに大きなワームに吹き飛ばされるわたし。
死亡フラグが立ちまくっているね。戦っているわたしからしたら、なんともないんだけど。
「心配かけてごめんね。でも、わたしが強いことは聞いているでしょう。あのぐらい大丈夫だよ」
クラーケンのことを知っているカリーナだ。大きなワームが出たぐらいで、慌てなくてもいいのに。
「知っているのと、見るのでは違います。あんなに大きな魔物に一人で向かっていくなんて……」
顔を上げて、わたしを見る。その目は真っ赤になっている。
「わ、わたし、ユナさんが食べられるかと思いました」
涙目で訴えてくる。
「ふっ、吹っ飛ばされたときは。もう、もう、駄目かと」
カリーナの涙が止まらない。
わたしはクマボックスからハンカチを取り出すと、涙を拭いてあげる。本当に心配をかけたみたいだ。
「心配してくれて、ありがとう」
わたしはカリーナが落ち着くまで頭を撫でてあげる。
何だかんだで、責任を感じて付いてきているけど、カリーナは普通の10歳の女の子なんだよね。
カリーナにとっては大きなワームは恐怖の対象。
遠くから見れば、そんな大きなワームにユナが1人で立ち向かい、吹き飛ばされば、カリーナが心配するのも仕方ないですね。
次回、やっとピラミッドに突入です。