310 クマさん、捕獲される
「ユナちゃん、発見!」
「メルさん?」
メルさんが抱き付いてくる。
その姿をセニアさんが呆れた表情をして見ている。見ているなら、止めてください。
「セニアさんたちも到着していたんですね」
「うん。さっき着いた。それでメルがユナを捜しに行こうって言い出して」
「だって、食事の約束をしたじゃない」
たしかに約束をしたけど、会話をしたのはジェイドさんとだ。でも、そのジェイドさんとトウヤの二人の姿がない。
「ジェイドさんとトウヤは?」
「二人は冒険者ギルドに報告に行っているよ。わたしたちは別行動して、ユナちゃんを捜していたの」
「門にいた人にユナのことを聞いたら、宿を教えたって聞いたから、行ってみたけど。クマの格好をした女の子は来ていないって言うから、街を歩いて捜していたの。ユナの格好は目立つからね」
「それで、適当に歩いていたら、クマって口にする人がいたから、話を聞けば、こっちにクマの格好をした女の子が歩いていたって聞いて、追いかけてきたわけ」
まあ、クマの格好した女の子が歩いていたと聞けば、この街なら100%の確率でわたしで間違いない。これがクリモニアなら、孤児院の子供たちがクマさんの制服を着ているから、グッと確率は下がる。
「あのう、ユナさん、こちらの方は?」
「知り合いの冒険者だよ」
わたしはメルさんとセニアさんを紹介して、カリーナのことも紹介する。
「領主の娘?」
「カリーナです」
「可愛い女の子ね」
メルさんに褒められてカリーナは頬を赤くして、恥ずかしそうにする。
「それじゃ、せっかく会えたし、みんなでお茶でもしようか? もちろん、カリーナちゃんも一緒ね」
わたしとカリーナは断ることもできず、カリーナと一緒にドナドナされていく。
メルさんに連れていかれたのは宿屋だった。たぶんだけど、ここはわたしが泊まる予定だった宿屋だと思う。宿屋の一階は食事や休憩ができるようになっている。
ここにした理由はメルさんたちが泊まっており、ジェイドさんにわたしを見つけたら、この宿屋に連れてこいと言われたらしい。
そして、メルさんが宿屋で働いている店員さんに適当に飲み物を注文してくれる。
「そういえば、ユナちゃんはどこの宿屋に泊まっているの? 初めはこの宿屋だと思ったんだけど」
わたしも初めはそのつもりだったよ。
「このカリーナの家に泊まらせてもらってます」
「カリーナちゃんのお家? つまり、領主様のお家ってこと?」
「荷物の届け先がカリーナの家だったんです」
「そういえば、ユナちゃんは届け物があるって言っていたっけ」
「はい。ユナさんは大事なものを届けてくれました。それで、滞在する間は家に泊まってもらっています」
カリーナが重要な部分は隠して、説明をしてくれる。
「それで、ユナちゃんはいつまでこの街にいるの?」
「ちょっと、領主様から仕事を受けたから、もうしばらくいますよ」
「仕事?」
わたしが仕事のことを口にすると、二人は興味深そうな表情をする。
「お金の匂いがする」
お金になるかどうかは分からないけど、大変な仕事であるのは間違いない。
「その仕事って、ユナちゃん一人なの?」
「そんなことはないですよ。たぶん、冒険者ギルドに依頼が出ていますよ」
今朝、バーリマさんが使用人の一人に冒険者ギルドに手紙を持っていかせていたと、ラサさんに話を聞いた。本当はラサさんが持っていくはずだったけど、プリン作りがあったため、バーリマさんが気を利かせて他の使用人に頼んだらしい。
「へえ、そうなんだ。それじゃ、わたしたちも受けようかな?」
「領主様の仕事。きっと、お金になる」
「本当ですか!?」
メルさんとセニアさんの言葉にカリーナが席を立つ。
「カリーナちゃん?」
いきなり立ち上がるカリーナに驚く二人。
わたしはカリーナを落ち着かせる。
「すみません」
謝罪をして席に座るカリーナ。
「その……本当に、手伝ってもらえるのでしょうか?」
カリーナは改めて二人に確認する。
「もちろん、仕事の内容と報酬によるけど。ユナちゃんが参加するなら、安くてもいいと思っているけど」
「メルさんは、この街の状況をどこまで知っていますか?」
「もしかして、湖の水が減っていること?」
二人はピラミッドに魔物が集まっていることを知らなかったようなので説明する。
「あのピラミッドに魔物が? もしかして、その魔物を討伐するのが仕事?」
「それもあるけど、ピラミッドの中で探し物を見つけることかな?」
「探し物?」
どこまで話してよいのか分からないので、それ以上は詳しく話すことができない。
「でも、魔物討伐なら手伝うよ。ねえ、セニアも良いでしょう」
「いいよ」
「そんなに簡単に決めていいの? ジェイドさんたちに相談もしないで」
「二人が断るなら、わたしたち二人で手伝うよ」
メルさんの言葉にセニアさんが頷く。
「本当によろしいんですか? 魔物の数は多いですよ。他の冒険者は誰も引き受けてくれないんですよ。危険な仕事になるんですよ」
カリーナが何度も何度も確認する。
「そんなに多いの?」
「確認はしていないけど、多いみたいですよ」
二人は軽く悩むがすぐに答えをだす。
「まあ、ユナちゃんがいれば大丈夫よね」
「わたしたちの出番がないかも」
そんなに人を当てにされても困るけど。この世には魔物を倒したあとの後始末って仕事もある。
できれば、ワームはお持ち帰りしたくない。
「あのう、やっぱりユナさんって凄いんですか?」
「う~ん、普通は信じないような噂ばかりだけど、どれも本当だからね」
「普通はこのクマさんの格好をした女の子が強いなんて信じない」
言いたい放題言われるが、事実だから仕方ない。
「おふたりはユナさんのことを信用しているのですね」
「まあね、一緒に仕事をしたこともあるしね」
「その、ユナさんのお話を聞いてもいいですか?」
いきなり、カリーナが変なことを言い出す。それに対して、二人は嫌な笑みを浮かべる。
「それじゃ、ユナちゃん伝説の話をしてあげようか?」
「ユナさんの伝説?」
メルさんの言葉にカリーナが目を輝かせる。
そもそも、何ですか? ユナちゃん伝説って。そんな伝説を作った覚えはないよ。
でも、嫌な予感しかしないのは確かだ。
「えっと、カリーナ。そろそろ帰ろうか? メルさんも、依頼を受けるなら、よろしくお願いしますね」
ここは逃げるが勝ちだ。
わたしは席を立ち上がるが、テーブルの上に乗せていたクマさんパペットを、メルさんとセニアさんが掴む。
「えっと、なんで掴んでいるのかな?」
「女の子がユナちゃんの話を聞きたいって言っているんだから」
「逃がさない」
二人がわたしを逃がさないようにする。
振りほどくことはできるけど。
「ユナさんが嫌がるなら、わたしは……ごめんなさい」
カリーナは申し訳なさそうな表情になる。それに謝る必要もない。
そんな顔をされたら、無理に連れていくことができない。
わたしは諦めて、椅子に腰を下ろす。
「でも、変なことを言ったら、出ていきますよ」
それから、メルさん、セニアさんによるわたしの伝説の話が始まる。
冒険者を殴り倒したことや、ゴブリン惨殺事件にゴブリンキング討伐、さすがにブラックバイパーの話はせず、一緒にゴーレム討伐した話をする。
「岩石ゴーレムをパンチ一発で倒すし」
「パンチ!?」
「それからね。…………」
メルさんとセニアさんの会話に一喜一憂するカリーナ。
「それから、わたしたちや他の冒険者が諦めたゴーレムをユナちゃん一人で倒しちゃったのよ」
カリーナが信じられないような表情でわたしを見る。
「絶対にこんな可愛いくまさんの格好をした女の子が倒したなんて、信じられないでしょう」
「はい」
はいって……まあ、仕方ないけど。初見でわたしのことを強いって見抜ける人がいない。いたらいたで怖いけど。
「しかも、その手柄を放棄して、わたしたちに譲っちゃうし」
「そうなんですか?」
「目立ちたくないだけだよ」
「そんな、格好しているのに説得力はない」
セニアさんに一刀両断される。
そんなの分かっているよ。だから、少しでも目立つ要素は無くしたい。
「それにクラーケンを倒した噂まで出てくるし」
「さすがにそれはない」
メルさんとセニアさんが笑う。
「それって、本当……」
カリーナが何かを言いそうになった瞬間、わたしは隣に座るカリーナの口を塞ぐ。
「どうしたの?」
「なんでもないよ。ねぇ、カリーナ」
わたしはカリーナの目を見る。わたしの言いたいことが分かったのか、カリーナは小さく頷く。
危なかった。もう少しで、クラーケンのことまで広まるところだった。
わたし以外が楽しく会話をしていると、入口からジェイドさんとトウヤが入ってくるのが見えた。ジェイドさんもわたしたちに気付いたようで、こちらにやってくる。
「見つけることができたのか?」
「歩いているところを捕獲してきたよ」
いくら、クマの格好をしているからと言って、人を動物みたいに言わないでほしい。
「そうだ。ジェイド、わたしとセニアはユナちゃんの仕事を手伝うことにしたから」
「仕事?」
メルさんは仕事の内容を説明をする。
「ああ、その依頼なら、冒険者ギルドで見た。ギルドからもお願いされた」
「そうなの?」
「ただ、メルが言うとおり、魔物の数が半端な数じゃないらしい。それで、受ける前にラガルートに乗って先ほど見てきた」
見てきたんだ。まあ、簡単には引き受けられないよね。
でも、わたしも一度、様子を見に行った方がいいかな?
「それで、さすがに無理だから、断ってきた」
「そんなに数が多いの?」
「ああ、遠くから見ただけだけど、かなりの砂が動くのが見えた」
「ウルフなら、問題はなかったんだが、ワームは砂の中にいるからな。でも、ユナが参加するなら、受けるか?」
「ユナちゃんが居れば、この前と同じように倒すことができるもんね」
「ただ、数が多いから、同じことができるかどうかだ」
「ユナちゃん、大丈夫?」
「どのくらい多いか分からないけど。砂から出すだけなら簡単だよ」
「普通はそれが面倒なんだけどな」
「ってことでトウヤ。ギルドまで、ひとっ走りして受けてきて」
「俺、一人でか? いや、みんなで行こうぜ」
「面倒」
「頑張って」
二人から否定的な言葉が出る。
トウヤは悲しそうな顔をする。そんなトウヤの肩をジェイドさんが叩く。
「俺が付き合ってやるから」
「ジェイド……」
「まあ、リーダーの役目だからな」
「みなさん、ユナさんを信用しているんですね」
最初は渋っていたジェイドさんがわたしが参加すると聞くと、受けても良い方向に流れているのが、不思議でならないみたいだ。
「まあ、普通はこんな、クマの格好をした女の子なんて信じないよな」
トウヤが人の頭をポンポンと叩く。
「もっとも、信じるのはクリモニアの街にいる冒険者ぐらいだろう」
「それにわたしたちは一緒に仕事をしているし、砂漠に来るときも一緒にワームを倒しているからね」
「ユナの強さは認めている」
その強さもクマ装備のおかげなんだけどね。
「みなさん、ありがとうございます」
カリーナの目は少し涙目になっていた。それを見たメルさんたちは驚いたが、すぐにカリーナは笑顔でお礼を言う。
そんなわけで、想像通りにジェイドさんたちが合流です。
そろそろ、出発かな?