307 クマさん、イケメン主人公になる
わたしは水晶板の地図を探す依頼を受ける。
まあ、海に行くのは、まだ先の話だから、数日ぐらい帰るのが遅れても大丈夫なはずだ。でも、一度フィナに確認した方がいいかな?
「それではユナさん。冒険者を集めたいと思いますので、集まり次第でよろしいですか?」
数日なら、大丈夫だけど。海に遊びに行く予定があるから、あまり遅くなるのは困る。
「あまり遅くなるなら一人でもいいけど」
「2、3日ください。それまでに募りたいと思います」
2、3日ぐらいなら大丈夫かな。それじゃ、待っている間に街でも探索してようかな。
「それじゃ、とりあえず2日後にまた来ますね」
「ユナさん、どこかに行くのですか?」
「今日は泊まる宿を確保して、明日は街でも探索しようと思っているけど」
やっぱり新しい街に来たら、元ゲーマーとしては街探索は基本だからね。まあ、ゲームなら武器屋やアイテム屋に行くけど、わたしの場合は食材探しかな。もしくはピラミッドの様子を見に行くのもいいかもしれない。
「ユナさん、よかったら、この街に滞在する間はうちに泊まっていってください。それに王都から魔石を届けていただいたのに、お礼もしてません。滞在する間は我が家でゆっくりしてください」
「いいの?」
「もちろんです。カリーナ、ラサに言って、部屋の準備をさせるように」
「わかりました」
カリーナは返事をすると部屋を出ていく。
「それと、この水の魔石はユナさんがお持ちになってください」
テーブルにあるクラーケンの魔石をわたしの方に差し出してくる。
「わたしが?」
「はい、わたしもリスティルも動ける状態ではありませんので、水晶板の地図が見つかれば、ユナさんにカリーナに付き添って、水の魔石の交換をしてもらうことになると思います」
リスティルさんはお腹に赤ちゃんがいるし、バーリマさんは怪我をしている。それに、魔物がピラミッドに集まっているって話だ。そんなところに二人を行かせるわけにはいかない。
わたしは納得して、クラーケンの魔石をクマボックスに仕舞う。自分で持ってきたのに、自分に戻ってくるって変な感じだね。
「ユナちゃん。どうか、娘をよろしくお願いします。たまに暴走しますが、悪い子ではありませんから」
リスティルさんにカリーナのことを任される。カリーナが悪い子ではないことは見ていればわかる。ただ、責任感が強すぎると思う。
なんとなく、自分で背負いこんでしまうところが、出会った頃のフィナに似ているかもしれない。
「カリーナのことはお借りしますが、怪我をさせずにちゃんとお返ししますよ」
「ふふ、ありがとう。それじゃ、わたしは部屋に戻りますね」
リスティルさんは部屋から出ていくと、入れ違いにカリーナが戻ってくる。
「ユナさん、お部屋に案内します」
「それじゃ、バーリマさん。しばらくお世話になります」
「遠いところから来て、疲れているでしょう。ゆっくり休んでください」
わたしが歩き出すと、くまゆるたちも歩き出す。忘れていたわけじゃないけど、このままじゃ駄目だよね?
わたしはくまゆるとくまきゅうを送還させる。
「くまさんが消えた」
カリーナが目を大きく開いて、驚く。
まあ、召喚獣だから、送還すれば消える。
「ユナさん、くまさんは?」
「この中かな?」
わたしはクマさんパペットをパクパクさせる。
カリーナは不思議な表情をして、クマさんパペットを触ったりして調べる。
「あの大きなくまさんが」
まあ、わたしも不思議に思うから仕方ない。くまゆるたちは召喚される前にはどこにいるか謎だ。
部屋を出たわたしは、カリーナに引っ張られるように部屋から出ていく。
そして、カリーナの案内でわたしが泊まる部屋に連れていかれる。
「ユナさん、この部屋を使ってください」
部屋の中に入ると、先ほど会った褐色の肌をした女性がいる。たしか、ラサさんだったはず。ラサさんは部屋を整えている。
「お待ちしていました。この部屋を自由に使ってください」
部屋はかなり広い。もしかして、良い部屋を用意してくれたのかな?
「必要な物がありましたら、申し付けください」
「ありがとう。寝る場所があれば大丈夫だよ」
ベッドも大きいし、子熊化したくまゆるとくまきゅうと一緒に寝ても大丈夫な広さがある。
ラサさんは頭を下げると部屋から出ていく。部屋にはわたしとカリーナが残る。カリーナはラサさんが出ていくと、表情を変える。
「ユナさんは、こんな依頼を受けて怖くないんですか。どの冒険者も引き受けてくれなかったんですよ。ピラミッドの地下もどうなっているかわからないし、無事に戻ってこられるかも分からないのに」
カリーナが不安そうな表情で尋ねてくる。
まあ、冒険者が依頼を引き受けないのは比較的安全な護衛の仕事を目的にする冒険者がこの街に集まっているせいだと思う。だから、自ら危険なことをしようと思う冒険者はいないかもしれない。クリモニアの冒険者だって、人のためではなく、自分の生計のために仕事をしている者も多くいる。だから、断る冒険者を責めることはできない。
「みんな、怖がって、受けてくれないんですよ」
「う~ん、わたしは怖くはないかな」
もちろん、クマさん装備が無ければ怖いし、こんな依頼を受けたりはしない。そもそも、クマさん装備がなければ、今ごろこの世界で生きているかもわからない。でも、クマさん装備はチートだし、クマのスキルもあるし、召喚獣のくまゆるたちもいる。本当に危なければ、クマの転移門で逃げることだってできる。
対処方法はいくらでもある。
「ユナさんは強いんですね。わたしはお父様に、ああは言いましたが、怖くて仕方ありません。本当は逃げ出したい。代わってくれる人がいれば、代わってほしいと思っています。でも、こんなことになったのもわたしの責任で、わたしにしかできないから……」
カリーナは小さな手を握り締める。少し、震えているのがわかる。
10歳の女の子じゃ仕方ないことだ。大人だって魔物は怖い。でも、カリーナは自分の責任と役目をわかっているから、逃げようとはしない。
本当なら、女の子を慰めるのはイケメン主人公の役目だけど、カリーナにはクマさんで我慢してもらう。わたしはしゃがむと、カリーナの小さな手をクマさんパペットで握り締める。
「ユナさん?」
「カリーナは弱くないよ。とっても強い子だよ」
チートも持っていない、普通の女の子だ。そんな女の子が魔物がいるところに行こうとしている。それは勇気がある行動だ。そして、その行動がどんなに怖いことかちゃんと理解している。なにも知らないで我がままを言って、付いてこようとしているわけじゃない。状況を理解し、怖さをわかっても付いてこようとしている。
そんな心が弱いわけがない。
「でも、わたしのせいで、こんなことになって」
「誰でも失敗はあるよ。人は失敗をして成長するものだよ」
「ユナさん……」
「それに失敗ができない人生なんて、つまらないでしょう」
ゲームだって、何度も失敗して、ゲームオーバーをしてクリアを目指す。一回でも失敗したら終了のゲームなんてクソゲーだ。何度も挑戦して、クリアするのが楽しい。
もし、RPGで一回でも死んだら、レベル1から始まるようだったら、絶対につまらない。緊張感はあるかもしれないが、楽しめない。
もちろん、ゲームと現実は違う。一度の失敗で人生が狂うことだってあるし、死ぬこともある。でも、それを10歳の女の子に求めるのは早い。それに今回は誰も死んでいないし、やり直しもできる。水晶板を見つけて、破損した水の魔石をクラーケンの魔石と交換すればいいことだ。
子供は失敗をして、成長していくものだ。失敗から学べばいい。もっとも学ばないようなら、困るけどね。
ゲームでも、何度も何度も同じミスをする者がいる。あれには困った。つくづく、パーティーを組むものじゃないと、あのときは思った。
「でも、わたしのせいで水晶板が、お父様が怪我をして」
「水晶板はカリーナが見つけるんでしょう。それにバーリマさんも死んでいないでしょう」
「でも、お父様は痛そうにしています」
「怪我は娘を守った勲章だよ。もし、カリーナが怪我でもしてたら、バーリマさんは自分を責めていたと思うよ」
バーリマさんがカリーナを大切に思っているのは先ほどの会話でよくわかる。それが娘のカリーナが怪我でもするようなら、自分を責めていたはずだ。それを考えると、お互いを心配するところはバーリマさんとカリーナの二人は似ている。
「だから、そのバーリマさんのために一緒に水晶板を見つけて、水の魔石を設置しに行こう」
「はい」
下を向いていたカリーナの顔が上がる。
「それに、そんなに不安にならないでいいよ。バーリマさんとも約束をしたけど。カリーナはわたしが守るから。それに、この子たちも守ってくれるから、安心して」
わたしはカリーナの手を離すと、くまゆるとくまきゅうを、もう一度召喚する。
「くまさん……」
カリーナはゆっくりとくまゆるとくまきゅうに近づく。
「ユナさん、くまさんに名前はあるんですか?」
「黒い方がくまゆる。白い方がくまきゅうだよ」
「くまゆるちゃんにくまきゅうちゃんですか? ふふ」
カリーナが笑い出す。
「なんで、笑うの?」
「いえ、ごめんなさい。可愛らしい名前だったので。くまゆるちゃん、くまきゅうちゃん、よろしくお願いね」
カリーナは優しく、くまゆるとくまきゅうを触る。
くまゆるとくまきゅうは「くぅ~ん」と鳴いて、カリーナに擦り寄る。
それから、カリーナはラサさんが夕食に呼びに来るまで、くまゆるとくまきゅうと遊び、笑顔がでてくるようになった。
くまさんが男だったら、落ちていましたねw