304 クマさん、手紙を渡す
「ラサ、それでお父様は寝室にいるの?」
「それが、執務室で仕事をしています」
「!?」
カリーナは驚きの表情を浮かべ、ラサを問い詰める。
「止めなかったのですか」
「お止めしたのですが。もう、大丈夫だとおっしゃいまして」
カリーナはラサの言葉を聞くと走り出す。
わたしは走るカリーナとラサさんを見て、カリーナを追いかけることにする。
カリーナは階段を駆け上がり、どんどん進み、1つの部屋にノックもせずにドアを開けて中に入る。
「お父様! 怪我をしているのに、なにをなさっているんですか!」
「カリーナ、部屋に入るときはノックをしなさい」
部屋の中には細身の男性が椅子に座って書類を見ている姿がある。
カリーナがお父様って呼ぶってことはこの男性がバーリマさんかな?
「ごめんなさい。でも、お父様が仕事をしているって聞いて」
「もう、大丈夫だ。こんな状況で寝ているわけにはいかないだろう」
「でも……」
カリーナは心配そうにバーリマさんのところに近寄る。
見た感じでは怪我をしているようには見えないけど、服の下で見えないのかもしれない。
「それで、後ろにいる可愛い格好したお嬢ちゃんは誰なのか、わたしに紹介してくれないかい」
バーリマさんがカリーナの頭を撫でながら、わたしの方に視線を向ける。
「冒険者のユナさんです。エルファニカ王国からお父様に会いに来たそうです」
「わたしにかい?」
カリーナの言葉に驚き、不思議なものを見るかのようにわたしのことを見る。
「冒険者のユナです。国王陛下の使いで来ました。確認ですがデゼルトの街の領主のバーリマさんでしょうか?」
慣れない言葉遣いで挨拶をする。
「ああ、わたしはこの街の領主、バーリマ・イシュリートだ」
わたしはトコトコ歩いて国王から預かった手紙を渡す。
「国王陛下からの手紙です」
言葉でわたしのことを説明するより、手紙を見てもらった方が早い。なにより、わたしがいくら国王に頼まれたと言っても信じてもらえない。それは過去の経験や、カリーナで実証済みだ。
「この手紙はエルファニカ王国の……、それじゃ本当に?」
手紙に押されている刻印とわたしを交互に見る。
言いたいことは分かるよ。クマの着ぐるみの格好した女の子がエルファニカ王国の使者と言っても信じられないよね。
「詳しいことは手紙に書かれていると思います」
書いてあるよね?
書いてなかったら、お城に怒鳴り込むよ。
白紙だとか、そんなギャグはいらないからね。
バーリマさんは封筒の封を切り、手紙を取り出す。
そして、手紙とわたしを交互に見る。表情が驚いているのが分かる。
ちゃんと、書かれているようだ。でも、なにが書かれているのか、ものすご~~~~~~く、気になるんだけど。
「お父様、何が書かれているのですか?」
わたしが聞きたいことをカリーナが尋ねてくれる。
「ああ、彼女がエルファニカ王国の国王陛下の使者であることは間違いはないみたいだ」
手紙があるのに信じられなさそうに見る。
まあ、クマだし。
「それと、破損した水の魔石の代わりを持ってきてくださったと書いてある」
「お父様、本当なんですか?」
「確認させてもらってもよろしいですか?」
わたしはクマボックスからクラーケンの魔石を取り出し、バーリマさんの机の上に置く。
「こちらです」
「大きい……」
「本当に」
バーリマさんはクラーケンの魔石を持ち上げる。
「壊れた魔石の代わりになると聞きましたが、大丈夫でしょうか?」
「本当にこの魔石を譲っていただけるのですか?」
目の前に置かれた魔石を信じられなさそうに見る。
「手紙に書いてあると思いますが」
書いてあるよね。
「いや、こんな大きな魔石が届くとは思わなかったので、なんてお礼を言ったら良いか」
「お礼は国王陛下にお願いいたします」
わたしの魔石だけど、わたしに言われても困る。
表向きは国王が用意したことになっている。
「ありがとう……」
クラーケンの魔石を渡したのに、表情は嬉しそうにしていない。
やっぱり、問題が起きているのかな?
「お父様……」
カリーナも俯いてしまう。そのカリーナの頭の上にバーリマさんは優しく手を置く。
バーリマさんは手紙とわたしを交互に見る。そして、決心した表情でわたしに声をかける。
「ユナさんでしたね」
「はい」
「国王陛下より、もし、困っていることがあるようなら、この封筒に入っている手紙を読むように書かれています」
バーリマさんは封筒の中から、もう1つ封筒を取り出す。
封筒が2つ?
国王から、もう1つ封筒があるとは聞いていない。
「もし、渡された魔石で問題がないようなら、この手紙をユナさんに渡し、国王陛下に届けるように書かれています。でも、もし困っているようなら、この手紙を読む許可をユナさんにもらうようにと」
「わたしの許可?」
意味がわからない。
国王からはなにも聞いてない。
「あなたのことを信用するためのものだと書かれています」
それって、つまりわたしのことが書かれているってことだよね。変なこと書いていないよね。断りたいけど、バーリマさんはクマの手を借りたいほど困っているみたいだ。
普通なら、困っていてもわたしみたいな変な格好をした女の子に助けを求めようとしないよね。
「つまり、困っているんですか?」
「素直に言えば困っています。国王陛下がどのような意味で書かれたかはわかりません」
まあ、普通はわからないよね。
「でも、わたしが知っている国王陛下は無意味なことはしない人です」
そうなの?
仕事をしている国王って見たことがないから、いまいちわからない。人が持ってきた食べ物を食べる国王ぐらいしかしらない。
あっ、でも、初めて会ったときは、国王っぽかったかもしれない。
「国王陛下のことです。きっと意味があります」
意味はわたしが解決しろじゃないかな?
とりあえず、バーリマさんは藁にもすがりたそうな表情をしている。とてもではないが断れそうもないので、許可を出す。
「それでは、読ませていただきます」
わたしが許可を出すと、バーリマさんはもう1つの封筒の封を開け、中から手紙を取り出す。
そして、手紙を読み始めると、驚きの表情に変わり、わたしのことを何度も見る。
「お父様、その手紙にはなにが書かれていたのですか?」
バーリマさんは手紙を伏せて、カリーナに見えないようにする。
「お父様?」
「ユナさん、この手紙に書かれていることは本当でしょうか? 国王陛下が嘘を吐くとは思えませんが」
「えっと、その手紙を見させてもらっても」
バーリマさんは手紙を差し出してくれる。受け取ったわたしは手紙に目を通す。
手紙の内容は、わたしの経歴みたいなものが書かれていた。水の魔石の入手先は、わたしがクラーケンを一人で討伐して手に入れたこと。さらにはブラックバイパーや黒虎を倒したこと。魔物一万とは書かれていなかったが、それに近いことが書かれていた。
それらは本当のことで、力を貸してほしいなら、力を貸してもらうように書かれていた。もし、それでも、信じられないようだったら、黙ってわたしを王都に帰すようにも書かれていた。
そして、依頼料はエルファニカ王国が支払うことも書かれている。
最後にはこの手紙の内容は身内にも口外しないようにと書かれていた。だから、カリーナが手紙を覗こうとしたとき、伏せたんだね。
でも、手紙を読んで気になったけど、多くない?
手紙にはあんな格好をしているとか、ふざけた格好をしているとか、見た目に騙されるなとか、酷いことが書かれている。でも、最後は実力がある冒険者だと書かれていた。
たぶんだけど、わたしのことを信じさせようと書いたんだろうけど、少し酷い。
それに人の許可ももらわないで、こんな手紙を勝手に書かないで欲しいものだ。文句の1つも言いたいが、考慮されているのはわかる。これはわたしのことを信じてもらうための国王の心遣いになるのかな。
もしかして、国王はこの街の現状を知っていて、わたしを寄越したとか? それは考えすぎかな?
「本当です。と言ったら信じてくれるのですか?」
「混乱していると言った方が正しいかもしれません。普通の手紙ならふざけていると言って、破り捨てるかもしれません。こんな可愛らしい格好をした女の子にこれほどの大きな魔石を一人で送り届けさせ、数々の経歴。なによりも国王陛下の信用を得ています」
本当に混乱をしているようだ。
まあ、クマの着ぐるみの格好をした女の子が国王の信頼を得て、さらに手紙に書かれていることをしたと言っても信じられないことなんだろう。でも、そのことは信頼している国王陛下からの手紙に書かれているから、脳が対処しきれていないみたいだ。
まあ、普通は信じられないよね。
「最後にギルドカードをよろしいでしょうか?」
「ギルドカード?」
「はい、よろしければ確認をさせていただきたいと思います」
話を聞かずに街を出るなら、見せる必要はないけど、カリーナが冒険者ギルドにいた理由も気になるし、泣いていた。それを黙って帰ることはできない。
バーリマさんがわたしに仕事を頼むか分からないけど、ギルドカードを渡す。バーリマさんはギルドカードを受けとると、引き出しから水晶板を取り出し、カードを載せる。
すると、わたしのギルドカードの情報が出てくる。わたしの方からは見えないけど。
バーリマさんはギルドカードの情報を見て、軽く目を通すとギルドカードを返してくれる。
「ありがとうございました。ユナさん、お願いします。手を貸していただけないでしょうか」
バーリマさんはクマの格好をしているわたしに頭を下げる。
つまり、わたしのことを信じたってことなのかな?
「お父様!?」
バーリマさんの言葉と行動にカリーナが驚く。
まあ、クマの格好をした女の子に父親が頭を下げれば驚くよね。
「えっと、わたしにできることなら」
「ありがとうございます」
引き受けたけど、カリーナが冒険者ギルドで頼んでいたことかな?
あのピラミッドの最下層に行くってやつ。あのピラミッドに行ってみたかったし、中にも入ってみたかったから問題はない。
「それではお話をしなければいけませんね。立たせたままで申し訳ありません。そちらの椅子に座ってください。カリーナ、ラサに言ってお茶を持ってくるように伝えておくれ」
バーリマさんがカリーナに頼むと、部屋に女性が入ってくる。
カリーナが冒険者ギルドにいた理由までいけなかった。
次回、説明回です。
申し訳ありません。
しばらく、忙しいため感想返しは控えさせてもらいます。