303 クマさん、怪しくないことを証明する
わたしは女の子を追いかけるようにギルドを出ると、女の子の俯いたまま歩いている姿がある。背中からは哀愁が漂っている。小さい体がよけいに小さく見えてくる。
とりあえず、どうしたら良いか分からないので、後を付けることにする。女の子はときおり、手を目にやる仕草をする。もしかして、泣いているかもしれない。
あいにく、泣いている女の子に声をかけるスキルは持ち合わせていない。
フィナみたいに泣きながらでも話してくれるなら、力になってあげることもできるけど、拒否されては対処のしようがない。
どう声をかけたらいいか悩んでいると、女の子がいきなり後ろを振り向く。
「どうして、ついてくるんですか?」
気付かれた!
このクマ靴は足音がしないから、気付かれないはずなんだけど。
もしかして、気配を感じ取ったとか?
女の子の目は、少しだけ赤くなっているように見える。やっぱり、泣いていたみたいだ。
「よく、わたしが後ろにいるって、気づいたね」
「バカにしているんですか。周りで、くまが、クマが、クマさんがって言っていれば誰でも気付きます」
わたしはあらためて周りを見る。
確かに擦れ違う人たちはわたしを見るたびに「くま」って単語を呟いている。女の子に気を取られて周りの声が入っていなかった。たしかに、これじゃ気づかれて当たり前だ。
「それで、なんですか? どうしてわたしの後を付いてくるんですか?」
「えっと、……そう。あなたのお父さんに会いに来たのよ」
とっさに、頭に浮かんだのがそれだった。
でも、間違いではない。この領主であるバーリマさんに会うことになっている。つまり、女の子の父親だ。
「お父様にですか?」
「仕事の依頼でバーリマさんに渡す物があってね」
嘘は言っていない。
「本当ですか?」
女の子は疑うような目でわたしを見る。
クマの着ぐるみの格好をした女の子が父親に会いに来たって言えば怪しむよね。
本当に見た目は大切だね。
「それを証明するものはありますか?」
国王陛下の手紙を見せてもいいのかな?
紋章を見せて知らないと言われたら、それで終わりだけど。とりあえず、証明として、国王から預かった封筒を女の子に見せる。
封筒には漫画で出てくる貴族が使う、蝋を垂らした上に封印の封蝋がされている。封蝋にはエルファニカ王国の紋章の刻印が押されている。
「その紋章は……」
女の子は封筒に押されているエルファニカ王国の紋章の刻印を見て驚く。
どうやら、紋章のことを知っていたみたいで良かった。
「王家の紋章の偽造は重罪ですよ」
「本物よ!」
「それが本物だとしても、王族があなたのような、クマさんの格好した女性に仕事を頼むとは思えません」
うぅ、否定ができない。
普通に考えて、クマの着ぐるみを着ている女の子が国の遣いだって言っても、信憑性は低い。
女の子にさらに警戒心を持たれてしまった。おかしい、クマの格好に警戒する要素はないはずなのに。
わたしが会ってきた子供の中で、一番しっかりしているかもしれない。
「どうやったら、信じてもらえるかな?」
「それならギルドカードを見せてください。高ランク冒険者だったら、信じます」
「えっと、ちなみに高ランクって、いくつから?」
Aランクは無理だよ。
「B以上と言いたいですが、Cランク以上でしたら信じます」
良かった。
わたしはクマボックスからギルドカードを取り出して、見せてあげる。
「職業クマ……」
どうして、そこを見るかな。
「見る場所が違うから」
女の子はあらためてギルドカードを見る。
「冒険者ランクC!?」
そう、そこを見ないと駄目だ。
「ギルドカードの偽造は……」
「していないよ」
わたしが否定すると女の子は初めて笑顔を見せてくれる。
「すみません。冗談です。クマさんが冒険者なのは信じます。あのとき、わたしを助けてくれました。相手の冒険者が力を込めようとしていたのも知っています。それで後ろにいたわたしを守ってくれたことも。ただ、クマの格好をしている人が、エルファニカ王国の使者ってことが信じられなくて」
「そこは、お父さんにこの手紙の中身を読んでもらえれば、信じてもらえるはずだよ。……たぶん」
わたしは中身にどんな内容が書かれているか知らされていない。でも、国王はわたしが相手に会えるように書いたと言っていた。だから、大丈夫なはず。
「うん、わかった。クマさんを信じるよ」
「ありがとう。でも、そのクマさんはやめてね。ユナって呼んでもらえるかな」
「はい、ユナさん」
よかった、素直な女の子で。たまにお願いしているのに、くまさんって呼ぶ人はいるからね。
それから、女の子はあらためて自己紹介をしてくれる。
「知っているかもしれませんが、この街の領主の娘のカリーナです。先ほどは助けてくれてありがとうございました」
礼儀正しく名乗ってくれる。ノア同様にしっかり、教育を受けているみたいだ。
孤児院の子供もそうだけど、この世界の子供はしっかりしているね。
でも、どうにか怪しまれたり、逃げられたりはしないで済みそうだ。
カリーナに信じてもらえたわたしはカリーナの父親である領主にあわせてもらうことになった。
予定が狂ったけど、宿屋は大丈夫だよね。
「えっと、それでユナさんは、どうしてそんな格好をしているんですか?」
「職業がクマだからね」
ギルドカードに書かれていることを冗談を交えて答えると、カリーナは笑顔を見せてくれる。
「ふふ、そんな職業が本当にあるんですか?」
「あるんじゃない?」
と言ってみるが、あるわけがない。冒険者ギルドに登録したときに冗談で記入したら、ヘレンさんが本当にギルドカードに登録してしまったのだ。あのときに脳裏に浮かんだままに記入したわたしの頭を叩いてやりたい。
でも、これも笑いのネタにされるし、修正してもらおうかな。でも、わたしの職業と言われると、相変わらず、答えられない。剣士でもないし、魔法使いでもない。強いて言うならクマ使い。今とあまり変わらないような気がする。う~ん、しばらくはこのままになりそうだ。
「それじゃ、ユナさんは王都から来たんですか?」
「一応そうだけど。暮らしているのはクリモニアって街かな。王都から離れた街だね」
「そうなんですか?」
「クリモニアにいたら、国王にいきなり呼ばれてね。そしたら、仕事を押し付けられたわけ」
まあ、わたしも砂漠に来てみたかったから、無理やりじゃないけど。
「それじゃ、国王陛下に直に頼まれたってことですか?」
「そうなるのかな?」
わたしの言葉にカリーナは信じられなさそうにするが、先ほどの見せた手紙の刻印とギルドカードで信じこもうとしている。
「ユナさんはそんな遠くから、こんな遠くまで来たんですね。わたしとそれほど年齢が変わらないのに凄いです」
変わらない年齢?
気になる言葉だがスルーする。
「そんなことはないよ」
クマの転移門で王都まで一瞬で、そのあとはくまゆるとくまきゅうに乗って来ただけだ。
「ユナさんは何歳なんですか?」
「15歳だけど」
「…………!?」
そんなに驚くってことは、大人っぽく見えたってことかな?
「もう少し下かと思っていました」
ですよね~。
「カリーナは?」
「わたしは10歳です」
やっぱり、フィナとノアと同い年だ。
学園に通うことがあれば、ノアと同じクラスになるかもしれないね。
でも、国に属していないから、通えないのかな?
「カリーナはしっかりしているね。10歳とは思えないね」
「よく言われます」
なんだろう、この胸に突き刺さる敗北感は。同じ見た目と違うって会話のはずなのに、負けた気がする。
とりあえず、ガラスの心臓が割れないように立ち直らせ、大人の対応で笑ってみせる。
そして、わたしは街並みを眺めながらカリーナと一緒に屋敷が近くにある湖にやってくる。湖は遠くから見たときに思ったけど、やっぱり水が少ない。
「水が少ないですよね」
わたしが湖を見ていたのに気付いたようでカリーナが話しかけてくる。
「20日ほど前までは、もっと、水が溢れるぐらいに大きな湖だったんですよ。とても、水は綺麗で子供たちの遊び場でもありました。わたしも、よく友達と遊んでいました。でも、今では湖の中に入ることは禁止されています」
「どうして、こんなことに?」
水の魔石が割れた原因だと思うんだけど、尋ねてみる。
でも、カリーナは口を開かずに、静かに湖を見ている。
そして、ゆっくりと口を開く。
「わたしのせいだから」
「どういうこと?」
思っていた返答とは違うものが返ってきた。
「…………」
わたしの問いにカリーナは口を開こうとはしない。
ただ、このような湖になったのはカリーナに原因があるみたいだ。だから、あんなに冒険者に頼んでいたのかな?
でも、カリーナのせいって、どういうことなんだろう?
魔石が割れたって聞いたけど、子供の力で魔石が割れるとは思えないし、落としたとしても魔石は割れない。だからカリーナの責任になるとは思えない。
でも、魔石が原因なら、冒険者を雇えば解決するとも思えない。
う~ん、ちょっと分からないね。
今のカリーナに理由を尋ねても答えてくれそうもない。父親のバーリマさんに聞けば教えてくれるかな。
「ユナさん、家に早く行きましょう」
それから無言のまま、カリーナと一緒に領主のお屋敷に向かう。
湖のほとりを歩いていると、一軒だけ大きなお屋敷が見えてくる。
「あそこはわたしの家です。お父様もいます」
お屋敷の形は王都にあるものとそれほど違わないようだ。
お屋敷の前までやってくると、20歳前後の褐色の肌をした女性がキョロキョロと辺りを見ている。そして、こちらを見ると駆け出してくる。
「カリーナ様!」
女性はカリーナの名を呼ぶと抱きつく。
「ラサ」
「どこに行っていたのですか! 心配したのですよ」
「ごめんなさい」
さらに女性は強くカリーナを抱きしめる。
「良かった。1人で砂漠に出たかと思って心配しました」
「そんな無茶なことはしないよ」
「カリーナ様なら、ありえるから言っているんです」
「冒険者ギルドに行っていただけだよ」
「それでも、1人で行くなんて。行くのでしたら、わたしが代わりに行きます」
「これはわたしの責任だから」
本当に女性はカリーナのことを心配していたみたいだ。
女性は涙を拭き取ると、わたしに視線を向ける。
「それで、この可愛らしい格好をした女の子は誰ですか?」
「お父様のお客様で、冒険者ギルドで会いました」
「冒険者のユナです」
わたしは怪しまれないように、丁寧に名乗り、手を差し出す。
差し出す手はクマさんパペット。
「えっと、ラサと申します。カリーナお嬢様のお世話係をしています」
ラサさんはクマさんパペットを握る。
「ユナさんは冒険者なんですか?」
「本当ですよ。ギルドカードを見せてもらいましたから」
わたしの代わりにカリーナが説明をしてくれる。そして、わたしがここにいる理由などもカリーナが説明してくれる。ギルドで会ったこと、わたしがバーリマさんに会いに来たことも話す。
「旦那様のお客様ですか?」
疑いの眼差しで見られる。
「ラサ、本当よ。お父様宛の手紙も持っていたし」
「お嬢様が、そうおっしゃるのであれば」
どうやら、信じてもらえたようだ。
国王の手紙がなかったら、簡単には会えなかったかもしれないね。
「それではここではなんですから、中にお入りください」
わたしはお屋敷の中に案内される。
見た目は大切ですね。
次回、カリーナが冒険者に頼み込んでいた理由がわかるはず?