296 クマさん、みんなでクマで和む
「ふふ、どうやら、ユナちゃんがブリッツの毒牙にかかったと思って、心配してくれたみたいね」
「酷い言いがかりだ」
たしかに酷い言いがかりだ。ブリッツがたくさんの女性を増やすのは自由だけど。その中にわたしを入れないでほしい。そんな目で見られるのはたまったものではない。
ブリッツはブリッツで小さい声でガキには興味がないとか言っているが、わたしの耳には聞こえている。
殴りたいが、わたしも大人だ。ここは我慢しよう。
それにランだって、わたしほどじゃないけど、小さいよね。
「ユナ、なに?」
わたしがランを見ていたら不審に思ったランが声をかけてくる。
「ランは若いなと思って」
「まあ、このパーティーメンバーの中じゃ一番若いからね」
「ランは18歳だっけ」
「そうよ」
うん、とても18歳には見えないよ。口に出さないけど。
あと三年あるから、わたしが18歳になるころにはランの身長は抜いて、ローザさんぐらいにはなっているはずだ。
「ラン、若さ自慢をするのもいいけど。あっという間に20代よ」
「あと、二年あるから大丈夫」
二人が小さな睨み合いをしていると、美味しそうな料理が運ばれてくる。
そういえば料理の代金は? と思ってローザさんに聞くと、「ご馳走するから気にしないで」と言われた。
「そうだ。気にするな。どうせ、その小さい体じゃ食べる量なんて、たかが知れている。ユナが俺たちの数倍食うなら請求するが、食わないだろう」
「食べないよ」
美味しい食べ物は好きだけど、胃袋は人並みだ。
「なら、食べて、大きくなれ」
なんだろう、この大人が子供に対して言うセリフは。
わたしは大人であり、好きで小さい訳じゃない。
「たくさん、食べて大きくならないと、ランみたいになるぞ」
「ちょ、わたし、小さくないよ」
ランは自分の名前を出されると否定するが、わたしから見ても、ランは小さいと思うよ。
わたしよりは身長は高いけど、わたしが追いつけない身長差じゃないはず?
わたしは15歳。まだ、成長の余地は残っている。それにひきかえ、ランは成長期はそろそろ終わりのはず。
ランは隣にいるブリッツに対して、立ち上がって殴ろうとする。それに対して、ブリッツはランの頭を押さえ込む。
「う~、離せ~」
「こんな風になりたくなかったら、食べて大きくなるんだな」
「もしかして、さっき、部屋でからかったこと。根に持っているんでしょう。ブリッツ、心が小さいよ」
「そんなんじゃない」
ブリッツは笑うランの頭をさらに強く押さえ込む。
「ちょ、痛いよ」
そんなランを見て全員が笑う。
そして、ランも大人しくなり、ブリッツから解放される。ランは頬を膨らませて怒っていたが、料理を食べ始めると、忘れたように会話をする。
「そんなわけで、ユナにはわたしがデゼルトの街の行き方を教えてあげていたのよ」
ランとローザさんが簡単にわたしとの経緯を説明する。
「それじゃ、ユナは明日の朝には出発するのか?」
「ちょっと急ぎだからね」
「本当はわたしたちもついていってあげたかったんだけど」
ローザさんはランに視線を向ける。
「ランがラガルートが苦手なのよ」
「なっ、ローザだって暑いの嫌がっていたでしょう」
「あの暑さはね……」
「ラガルートは……」
二人はお互いに顔を見合わすと苦笑いをする。
どうやら、ランはラガルートが苦手で、ローザさんは暑さが苦手らしい。
「ブリッツとグリモスは大丈夫なの?」
「いや、あの暑さは結構つらい。それにあの何もない砂の道を進むのはつらかった。延々と柱を目指して進むのは俺には合わないな」
「我慢すればなんとか」
グリモスも無表情で答えるが苦手そうだった。
まあ、わたしだって砂漠を見てみたい気持ちはあるけど、それはくまゆるやくまきゅうがいて、クマの装備があり、クマハウスがあるから言えることだ。
これがなにもない状態なら行きたいとは絶対に思わない。
わたしの貧弱な体では砂漠を渡ることなんてできないし、この町に辿り着けるかもわからない。見た目はあれだけど、本当にクマ装備や召喚獣のくまゆるたちには感謝だ。
「それじゃ、なんでこの町にいるの? 暑いのが嫌なら他の場所に行けば良いと思うけど」
「この町は護衛の仕事が多いが、周辺の魔物退治もある。それに、せっかくここまで来たんだから見物も兼ねて、仕事をしている」
「でも、わたしたちも数日後には町を出ることになっているの」
「さすがに、この町で仕事するのはわたしたちには合わないから、王都に戻る予定」
「それじゃ、今後は王都で仕事をするの?」
わたしの問いにローザさんは首を横に振る。
「特に拠点は決めていないわ。王都を中心にあちこちに行っている感じかしら」
「護衛で移動すれば、一石二鳥だからな」
「いろいろな町に行けて楽しいよ。たまに面倒な人もいるけど」
それは同意だ。国王とか、エレローラさんとか、国王とか、良い人なんだけど。たまに面倒になる。同じ人物が脳裏に浮かんだけど、きっと気のせいだ。
新しい場所に行くと楽しいかもしれないが、知らないことも多いから危険もある。道に迷うとか、その先に魔物がいるとか、新しいところに行けば、そんなことが起きる。
でも、ローザさんたちはわたしが知る漫画や小説に登場する理想な冒険者の暮らしをしている。それに初めて会ったときも、自ら盗賊退治をしようとするお人好しだし、漫画や小説ならブリッツが主人公の作品が作れるかもね。タイトルは『チート無いけどハーレムで冒険だ!』とか?
うん、書いても売れないね。せめて、チートは欲しいかな。
でも、ローザさんたちは王都に帰るのか。
「気を付けて帰ってくださいね」
「ふふ、ありがとう。でも、ブリッツやラン、グリモスがいるから大丈夫よ」
「さすがに、クラーケンが出てきても倒せないが、パーティーメンバーぐらい、守ってみせる」
ブリッツが格好良いセリフを吐く。
「信用しているわ」
なんか、ノロケ話に変わってくる。
なんとなくだが、一緒にいる理由も少しだけ分かった気がする。ちゃんと、ブリッツはみんなのことを思っているんだね。
それから、ノロケ話に突入するところで食事を終え、部屋に戻ってくることができた。もう少し食事が続いていたら、ノロケ話を聞かされるところだった。危なかった。
ちなみに、部屋にはブリッツはいない。ブリッツは寂しく一人部屋に向かった。
部屋に戻ってきたわたしたちは水で濡れたタオルで汗を拭き取る。
この町にもお風呂もあるけど、宿屋には無く、銭湯みたいな場所があるらしい。でも、ローザさんたちは今日はタオルで拭くだけにするらしい。
まあ、わたしもクマの着ぐるみのおかげで、汗もあまり掻いていないので、皆と同じことにした。
そして、さっぱりしたわたしは寝ることにする。
「それじゃ、明日は早いから寝るね」
わたしは一番奥のベッドに移動する。
寝る格好は白クマでなく、黒クマのままの状態だ。クマハウスでもなく、クリモニアでもなく、知らない土地だ。なにかあったときは黒クマ姿の方が良い。
「ちょっと、くまゆるは」
ランが寝ようとするわたしのところに来て抗議する。
残念、どうやら覚えていたみたいだ。
「早く、早く。約束でしょう」
まあ、護衛として呼び出すつもりでいたからいいんだけど。
大きなくまゆるを召喚するスペースはあるけど、やっぱり大きい状態で召喚すると部屋が狭くなってしまう。なので、子熊化したくまゆるを召喚する。
ベッドの上にくまゆるが現れる。その瞬間、ランが目を大きく広げて、くまゆるを驚きの目で見る。
「な、なに、この可愛いクマは? くまゆるの子供?」
「違うよ。くまゆるだよ」
「えっ、だって小さいよ」
ランはくまゆるを持ち上げる。
「なに、この可愛いクマ」
「くぅーん」
「鳴いたよ」
そりゃ、生きているんだから鳴くよ。
ランはくまゆるを抱きしめるとベッドに倒れこむ。
「モフモフだ。柔らかい。やっぱり、ラガルートより、クマだよね」
いや、野生のクマは危険だからね。
なんか、つい先日も同じことを言ったような。
だんだんとこの世界のクマの常識を変えてしまっているような気がする。
いつか、野生のクマを撫でようとして、襲われる人が出そうで怖い。そうならないように願おう。
「ラン、わたしもくまゆるちゃんを貸して」
「まだ、モフモフが足らないから駄目」
ローザさんが羨ましそうにランを見ている。
仕方ない。
わたしは白クマパペットから、くまきゅうを召喚させる。
ベッドの上に召喚されたくまきゅうはわたしのところにやってくる。
「な、なに? その白いクマは!?」
ランがくまゆるを抱きしめながら、くまきゅうを見る。
「そういえば、クリモニアにいたときに噂で聞いたことがあるわ。ユナちゃんには二頭のクマの召喚獣がいるって」
「そうなの?」
「うん、冒険者が話しているところを聞いただけだけど」
ローザさんがわたしのところにやってくる。
「えっと、抱いてもいいかな?」
「いいですよ」
そのために召喚したんだし。
ローザさんも嬉しそうにくまきゅうを抱きかかえる。
「ふふ、なにか。ランじゃないけど、可愛いわね」
「わたしにはくまゆるがいるからいいもん。ねえ、くまゆる」
ランは強くくまゆるを抱きしめる。
くまゆるは苦しそうにするけど、それぐらいじゃ、大丈夫だよね?
「それで、この子の名前はなんて言うの?」
「くまきゅうですよ」
「くまきゅう。可愛い名前ね」
ローザさんもくまきゅうを抱きかかえる。
本当は早く寝たかったけど、約束だから仕方ない。
「ねえ、ユナ。小さくできるなら、大きくすることもできるんだよね」
「できるけど」
「それじゃ、大きくして」
まあ、いいかな。
「ベッドの上じゃ狭いから、床に降ろしてくれる?」
わたしがお願いすると、ランは床にくまゆるを降ろす。
わたしはくまゆるを通常サイズに戻す。
「凄い。本当に大きくなった」
ランはくまゆるに飛びつく。
部屋がそれほど広くないのに、くまゆるの背中に乗る。子供じゃないんだから。
「ユナちゃん、くまきゅうちゃんもいいかな?」
ローザさん、あなたもですか。
仕方ないので、くまきゅうも大きくする。
ローザさんも嬉しそうにくまきゅうに抱きつく。
一気に部屋の密度が上がる。
「ランじゃないけど、ラガルートよりいいわね」
「でしょう」
わたしのくまゆるたちをトカゲと比べないでほしい。
それから、2人が満足するまで、モフモフ時間は続く。そして、途中で子熊に戻り、2人はベッドの上で抱いている。
「うう、暑い」
ランはそう言いながらも、くまゆるを抱いている。
大きいと暑さが倍増するから小さくしたけど、それでも暑いらしい。
でも、ランは冷たい水を補給をしながらも抱いている。
くまきゅうはローザさんやグリモスに交互に抱かれている。
「えっと、そろそろ寝たいから、二人ともいいかな?」
明日も早いから早く寝たい。だから、二人にお願いしてみる。
「え~~~、まだ、足らないよ」
いや、もう十分でしょう。
いったい、いつまでモフモフするつもりなの?
「ほら、そんなことを言わずにくまゆるちゃんをユナちゃんに返してあげて」
嫌がるランだけど、ローザさんはくまきゅうを返してくれる。くまきゅうは嬉しそうにわたしのところにやってくると、膝の上に乗る。
その姿を見ているくまゆるが羨ましそうに見ている。
「ほら、くまゆるちゃんもユナちゃんのところに行きたがっているわよ」
これはチャンスかも。わたしはくまゆるに『くまゆる、寂しそうに鳴いて』とアイコンタクトする。
すると、くまゆるは「くぅ~ん」とわたしのところに戻りたそうに鳴く。
「うぅ」
ランがくまゆるとわたしを交互に見る。
『くまゆる、もう、一押しだよ』
くまゆるはもう一度わたしの方を見て「くぅ~ん」と寂しそうに鳴く。
「うう、可愛い……。わかった。でも、今度クリモニアに行ったら、もう一度モフモフさせてね」
くまゆるの演技に騙されて、ランは名残惜しそうにくまゆるを差し出してくる。
わたしはくまゆるを受け取ると、くまゆるはわたしに抱きついてくる。
立派な役者になれるね。わたしはくまゆるの頭を撫でる。
「それじゃ、光を消す」
今まで黙っていたグリモスが壁にある魔石に触れると部屋の光が消える。
「ユナ、約束だからね」
隣のベッドから、ランの声がしてくる。
まあ、クリモニアに来るようだったらいいかな。
わたしが横になると左右にいるくまゆるとくまきゅうがやってきて、抱きつくように眠りに就く。
なにか危険なことが、起きそうだったら起こしてね。
わたしは左右に寝るくまゆるとくまきゅうを抱き寄せる。
「うぅ、羨ましい」
隣から声が聞こえてくるが無視をして眠ることにする。
一緒に仕事をしたいですが、ローザさんたちとはお別れです。
次回、出発です。