281 クマさん、自分が居なくなった後の話を聞く
クマの着ぐるみに着替えたわたしはエレローラさんと別れると、一人でフローラ様のところに向かう。
ああ、クマの着ぐるみが落ち着く。普通の格好だと周囲に気を使わないといけないけど。この姿なら気を抜いても安心だ。奇襲されても怖くない。
「くまさん」
フローラ様の部屋に入ると、フローラ様が迷うこともなくやってくる。やっぱり、この格好で認識しているみたいだね。
今日はいろいろとあって疲れたので、フローラ様の相手はくまゆるとくまきゅうにしてもらう。子熊化したくまゆるとくまきゅうを召喚するとフローラ様は嬉しそうにする。わたしはアンジュさんから頂いたお茶を飲みながらフローラ様を眺める。
「あのう、ユナ様。1つよろしいでしょうか」
一緒にお茶を飲みながらフローラ様を見ていたアンジュさんが、少し言いにくそうに口を開く。
「なんですか?」
「あの、クマのぬいぐるみは、どのようにしたら手に入るのでしょうか?」
「ぬいぐるみ?」
「はい。くまゆる様とくまきゅう様のぬいぐるみです」
「アンジュさん、欲しいの?」
「娘にプレゼントしたいのですが」
「あれは知り合いに作ってもらったからね」
売っている物じゃない。
だから、普通には購入はできない。
「それじゃ、その方にお願いをすれば作ってもらえるのでしょうか? もちろん、代金はお支払い致します」
う~ん、代金はぬいぐるみを頼んだ金額でいいのかな?
でも、アンジュさんはお茶を用意してくれたり、わたしが来るたびにお世話をしてくれている。
「プレゼントしようか?」
「よろしいのですか?」
「いいよ。アンジュさんにはいつもお世話になっているからね」
それに娘さんはわたしのクマの絵本も気に入っている。クマ好きなら、ぬいぐるみも大事にしてくれるはず。
「片方でいい?」
「はい。娘はくまゆる様やくまきゅう様のことは知りませんから大丈夫です」
「それじゃ、どっちがいいですか?」
「できればくまゆる様でお願いします。くまきゅう様だと汚れが目立つので」
やっぱり、親としては汚れが気になるみたいだ。
くまきゅうぬいぐるみは白いからね。
わたしはくまゆるぬいぐるみを出してあげる。
「ありがとうございます。今度、お礼を致しますね」
「気にしないでいいですよ。あっ、お礼なら、新しいお茶を貰えますか」
「はい。すぐに用意致しますね」
アンジュさんは笑顔で新しいお茶を用意してくれる。
わたしは新しく入れてもらったお茶を飲みながらのんびりする。フローラ様も遊び疲れたのか寝てしまい、アンジュさんにベッドに運ばれていく。
「くまゆる、くまきゅう。お疲れ様」
フローラ様と遊んでくれたくまゆるたちを労ってあげる。
「くまゆる様とくまきゅう様は本当に大人しいですね」
「二人とも良い子ですからね」
我が子のように自慢をしてみる。
まあ、わたしが召喚したんだから、間違いでもない。
そんな我が子のくまゆるとくまきゅうの相手をしているとエレローラさんが迎えに来てくれる。
もう、そんな時間か。くまゆるとくまきゅうの相手をしていたら時間が過ぎていた。
「エレローラさん。なにか疲れていませんか?」
ぐったりって言うか、生気が無いって言うか、身体中から疲れているオーラが発している。
「あれから、国王陛下だけじゃなくて、ザングや他の者からも怒られたのよ。それもチクチクと嫌みたらしくね。何度も謝ったのに許してくれないのよ。酷いと思わない?」
それでそんなにやつれているんだね。
まあ、それは職を賭けたりすれば怒るよね。今後のことも考えれば、ちゃんと叱ってもらった方がエレローラさんのためだ。
その片棒を担いだわたしが言うことじゃないけど。
「みんながそれだけ、エレローラさんを心配してくれたってことですよ」
「そうかしら? 虐めて、楽しんでいるように見えたわよ」
それは日頃の行いのせいだと思うよ。
「でも、ひき止めたり、心配をしたり叱ってくれるのは、それだけエレローラさんが必要って思っているからだと思いますよ」
それだけ、注意をしてくれているなら、必要とされているんだと思う。
どうでもいい人なら無関心になるって話を聞いたことがある。注意もしなければ、行動にも気にしない。辞めようが、辞めまいが関係無いと思うらしい。元の世界のわたしのように。
だから、みんなが心配してくれるのは、少し羨ましくもある。
エレローラさんはわたしの言葉に微妙に納得はしていないようだった。この手のことは心配されている本人には分からないものなんだよね。無くなって気付くらしい。これは本の受け売りだ。
やつれたエレローラさんと一緒に家に戻ってくると、エレローラさんは疲れたから夕食まで自分の部屋で休むと言う。エレローラさんと別れたわたしは自分の部屋に戻ってくるとフィナたちがいる。
「ユナさん!」
「ユナお姉ちゃん」
「ユナ姉ちゃん」
わたしが部屋に入るとノアたちが駆け寄ってくる。
学園祭から戻ってきていたんだね。
「みんな、ただいま」
「ユナさん、大丈夫でしたか?」
「国王に少し叱られたけど。大丈夫だよ」
エレローラさんじゃないけど、気にかけてくれる人がいるってことは嬉しいね。
でも、わたしが国王に叱られたことを説明すると、みんな不安そうな顔になる。わたし的には国王に叱られるのは大したことじゃないけど。ノアたちにとっては違うようだ。普通に考えれば国で一番偉い人に叱られるって、恐怖ものになるのかな?
会社で言えば社長、学校では校長先生になるのかな。でも、この場合は総理大臣? 大統領になるのかな?
そう考えると、怖いかも。
「そんなに怒られなかったから、大丈夫だよ。怒られたのはエレローラさんだから」
「お母様が!?」
あっ、ミスった。
不安を取り除こうとしたら、別の不安事を作ってしまった。自分の母親が国王に叱られたって聞けば不安になるのは当たり前だ。
「エレローラさんもそんなに叱られていなかったから大丈夫……だよ?」
「本当ですか?」
わたしと離れたあと、さらに叱られたみたいだから、本当のところは分からない。
エレローラさんの話を聞けば、みんながエレローラさんのために叱っているのが分かるから、大丈夫なはずだ。不安そうにするノアの頭を撫でて落ち着かせ、話を変えることにする。
「そういえば、シアはいないの?」
部屋にはちびっ子三人しかいない。シアの姿が見えない。自分の部屋にでもいるのかな?
「お姉様はお店でやることが残っているそうなので、学園に残っています」
3日目が最終日なら片付けでもあるのかな?
「それじゃ、帰りは三人で帰ってきたの?」
「いえ、帰りはティリア様が付き添いの人を付けてくれました。わたしは断ろうとしたんですが、ユナさんからわたしたちを預かったんだから、しっかり送り届けるって言われて」
ティリアはちゃんと付き添いまで付けて、フィナたちを家まで送ってくれたんだね。今度、お礼を言わないと駄目だね。
でも、会えるかな?
今までにティリアとは一度もお城で会ったことがない。それはティリアが学園に通っていたためだ。シアに学園の休みを聞いた方がいいかな。
「それで、みんなの方は大丈夫だった?」
わたしが尋ねると、ノアたちの顔は微妙な表情となった。
もしかして、ルトゥムが何かしたとか?
「ユナさんがお母様と国王陛下と一緒に消えたあと、大変だったんですよ」
ノアとフィナ、それとシュリが顔を見合わすとわたしが居なくなったあとのことを話してくれる。
なんでも、わたしが国王と消えると周囲はわたしの話題で盛り上がったという。
「すげええ」「あの、女の子は誰?」「あの美少女は誰だ?」「どこのクラスだ?」「学年は?」「あんな可愛い子いたか?」「格好良い」「誰だ。弱いなんて言った奴は」「最後の魔法も凄かったぞ」「国王陛下とも会話をしていたぞ」「あの剣の動き凄かった」「パンツは白か」「あの剣捌きも凄かった」「騎士が手加減したんだろう」「どこに目をつけている。今の試合を見て、そんなわけがないだろう」「俺、あの一撃を受け止められる自信はない」
ノアたちがわたしが居なくなった後の話を再現してくれるけど、変な会話が入っていなかった?
パンツって聴こえたけど、聞き間違いだよね。
でも、本当にそんな騒ぎになったの?
「美少女が騎士を全て倒したとか」「美少女がルトゥム様を殺したとか」「美少女の綺麗な指先から魔法を出したとか」「その美少女は王族の関係者みたいだぞ」「美少女と一緒にいた少女たちも可愛かったらしいぞ」
さらに他の場所を歩けば、このような会話も聴こえてきたらしい。
でも、美少女とか可愛いとか、本当にわたしのことを話しているの? 別の人の話じゃない? もしくは三人で話を作っていない?
クマの着ぐるみ姿なら、百歩譲って可愛いかもしれないけど。今回は制服の格好だ。どこにも可愛い要素は入っていない。制服の格好をした女の子なんて、学園祭にはたくさんいる。別に特別な服装ってわけじゃない。わたしより可愛い女の子はたくさんいる。
だから、ノアたちの話は話半分として聞いておくことにする。
一応、シアやティリアに確認した方がいいかな。
さらに話を聞けば、シア囲まれ事件などがあったらしいけど、ティリアが助けてくれたらしい。
「ティリア様、格好良かったです。ティリア様が睨むと、みんな近寄らなくなりました」
普通に考えて、お姫様であるティリアに睨まれたら逃げ出すよね。
でも、ティリアは余計なことを言ったみたいだ。わたしのことを「大切な友人」宣言をしたらしく、さらに騒ぎになったと言う。
あの、お姫様は何をしてくれるかな。
これで、お姫様の友人認定が広まることになる。
「それじゃ、学園祭は楽しめなかった?」
「いえ、昨日見た合奏や劇を、もう一度見たりして、楽しみましたよ」
周囲が騒がしかったので、ティリアの案で、あの王族専用の部屋で、もう一度合奏や劇を見たらしい。
わたしも合奏と歌姫の歌なら、もう一度聴いてみたかった。録音でもできるようなら、録音をしたいぐらいだ。そうすればいつでも聴くことができる。
そんな魔道具ってないのかな?
あれば欲しいものだ。
ノアたちから学園祭の話を聞いていると、部屋のドアが開き、今日のエレローラさんのように疲れた顔をしたシアが入ってきた。
「お姉様!?」
「ノア、ただいま」
シアは部屋に入ると、倒れるようにソファーに座る。
「お姉様、どうしたのですか?」
ノアはテーブルの上に乗っている水が入ったコップをシアに渡す。受け取ったシアは水を飲んで落ち着く。
「ありがとう」
「それでお姉様、どうかしたのですか?」
「いろいろな人にユナさんのことを聞かれて、ちょっと疲れただけだよ」
わたしのこと?
シアの話によるとティリアのおかげで一時は静かになったそうだけど。しばらくすると、騎士の人がお店に訪れたり、噂を聞いたクラスメイトが顔を出しに来たらしい。
まさかの騎士まで来るって、お礼参りじゃないよね。
「なにか、されたりした?」
もし、されたなら、完全フル装備で殴り込みに行かないといけない。
「なにもされてませんよ。普通にユナさんのことを聞かれただけです」
シアは詳しいことはエレローラさんとティリアさんに聞いてくださいって言って、逃げたらしい。
なにか、迷惑をかけたみたいだ。
そのことで軽く謝罪をするとシアは首を横に振った。
「ユナさんはわたしや女性騎士のために戦ってくれたんです。感謝することはあっても、迷惑なんて思っていませんよ。リーネアもユナさんに感謝してましたよ」
さっきのティリアの友人宣言はここで出たらしい。
なら、仕方ないかな?
「でも、そんなにわたしのことが広まっているの?」
わたしはシアにノアたちから聞いた話を簡単に話してみる。
「ノアたちも、大袈裟だよね」
「事実ですよ」
わたしが求めていた返答は返ってこなかった。
「全部本当のことですよ。たぶん、今はそれに輪をかけて広がっているかと」
「ふふ、冗談だよね。ちょっと、試合をしただけだよ」
わたしは騎士二人と試合をしただけだ。
でも、シアは首を横に振る。
「学園の一部では謎の美少女の噂で持ち切りです」
「美少女って?」
「もちろん、ユナさんのことです」
どこにも美少女なんていないのに、勝手にイメージが独り歩きしているよ。もし、噂の騎士と戦ったのがわたしだと知ったら、笑われるよ。「美少女(笑)」「美少女? どこが?」「美少女じゃなくて、微少女だろう」とか言われるのが想像できる。
クマの姿を笑われるよりも、悲しい気がする。
「ユナさん。あと、言い難いのですが、ユナさんのパンツが見えていたらしいです」
「うわあああああああああああ!! 嘘よね!?」
ノアたちも言っていたけど。聞き間違いじゃなかったの?
「大丈夫です。話によると、飛び跳ねるときや、激しく動き回ったときに、チラチラと見えただけですから、ハッキリと見た人はいませんから」
それは慰めになっていないよ。
うう、恥ずかしい。
もう、学園に近寄れない。
もう、顔を出して外を歩けない。
美少女は存在しないし。もう、クマの着ぐるみを着て隠れて生きていくしかない。
4人が慰めてくれるが、パンツを見られたんだよ。
みんなが美少女が倒したって、思っているんだよ。
わたしはクマさんフードを深く被って、現実逃避をする。
学園際編はユナが制服姿で暴れて、制服姿で居られなくなるのが、初めから決まっていた結末でした。
クマの呪いです。
ユナはクマを着る運命にありますw