276 クマさん、試合の準備をする
国王との話を終えて、シアのところに戻ってくると、シアが俯きながら近寄ってくる。
「ユナさん。その、ごめんなさい。わたしのせいで」
「シアは悪くないよ」
悪いのは子供の気持ちを考えない大人であり、ルトゥムだ。
シアと一緒にノアたちちびっ子たちも不安そうな顔をしている。
「でも……」
「その、……シアとわたしは友達だよね」
確認するように尋ねる。
もし、これで「違います」とか「クマの格好した恥ずかしい友達はいません」とか返答が来ないことを祈りながら待つ。
「ユナさんは尊敬する人です」
なんか、違う返答が返ってきた。
「強くて、料理も作れて、いろいろなことを知っていて、わたしを守ってくれる。でも、ユナさんが友達だって思ってくれると嬉しいです」
良かった。
一応、友達認定しても大丈夫らしい。
「なら、シアがリーネアって友達を守るのと同じように、わたしが友達のシアを守るのも当然でしょう」
「ユナさん……、ありがとうございます」
シアが満面の笑みで微笑む。
「お、お姉様、ズルいです。ユナさん、わたしも友達ですよね」
ノアが腕に抱き付きながら上目遣いで尋ねてくる。
そんな目で見られても、
「ノ、ノアは妹って感じかな?」
「妹ですか?」
「うん、ちょっと、我が儘で、可愛い妹かな?」
「我が儘って……わたし我が儘じゃありません。ユナさん、酷いです」
ノアは頬を膨らませながら抗議をするが、その顔は笑っているようにも見える。
そんなノアに対して、わたしに取られないようにシアが抱きしめる。
「ユナさん、ノアはわたしの妹ですよ。ユナさんが友達でもノアは渡しませんよ」
「お姉様、苦しいです」
抱きしめられて苦しそうにするノアを見て、わたしとシアはお互いに笑みをこぼす。
「ノアは取られたけど、こっちにも妹が二人いるよ」
フィナとシュリを抱きしめる。
「ユナお姉ちゃん!」
「ユナ姉ちゃん!」
わたしに抱きしめられた二人も苦しそうにする。
でも、みんなから不安そうな顔は消え、笑顔が浮かぶ。でも、これで試合に負けでもしたら、悲しい顔にさせることになるから、絶対に勝たないとね。
そして、試合をする広場に目を向ければ、ルトゥムが騎士団たちに一人を残して下がるように指示を出す。
いきなりのことで、周囲が騒ぎ出す。
賭け試合のことは伏せられ、見学者と学生たちには特別試合が行われることが告げられる。
そのせいもあって、去ろうとしていた人たちの足も止まる。
ルトゥムは残った騎士に、何か話している姿がある。
あの騎士がわたしの相手になるのかな?
「やっぱり、彼が相手なのね」
国王と話をしていたエレローラさんがルトゥムと話す騎士を見る。
「エレローラさん、あの人は強いんですか?」
「強いわよ。ルトゥムの騎士団の中で、一番強いかもしれないわね。手加減なんて、少しも考えていないわね」
見た目が小さいわたし相手でも、油断はしないってことかな?
それなら、こっちも手加減は必要はないよね。
「それで、国王とは何を話していたんですか?」
エレローラさんはルトゥムとの話が終わったあと、国王に目で残るように言われて、ルトゥムが消えるのを待ってから会話をしていた。
「勝手なことをするな。って怒られただけよ。貴様が仕事を辞めて、困る者のことを考えろ! ってね」
まあ、勝手に進退を賭けたりすれば怒るよね。
仕事をサボるエレローラさんでも、国王にとっては大事な部下ってことなんだね。
何だかんだで、仲が良い二人だ。
「わたし的には、クリフがいるクリモニアに帰ってもいいんだけどね。そしたら、ユナちゃんの料理も食べられるしね」
それがクリモニアに戻っても良い、本当の理由じゃないよね?
もし、そうだったら、クリフが可哀想だよ。
「それで、国王陛下から、ユナは勝てるんだよなって、聞かれたわよ」
「さあ、そればっかりはやってみないと分からないよ。あの騎士がワームやブラックバイパーよりも強かったら、勝てないかもしれないし」
戦ったことが無い騎士の強さなんて、知らないから答えようがない。
「ユナちゃん。比較対象がおかしいわ」
そんな、呆れたような目で見ないでください。だって、わたしこの世界の住人の強さって、いまいち、分からないんだもん。
そして、相手になる騎士を見て、武器のことに気付く。
「エレローラさん、剣は自分の剣を使うんですか? それとも練習用の剣でも使うんですか?」
自分の剣を使うなら、クリモニアのゴルドさんのところで買った鉄の剣がある。初めの頃に剣の練習するときに使っていたけど。魔法を覚えてからは、戦いは魔法中心になって、剣の出番がなくなってしまった。
どうやら、今回も出番はないらしい。
「一応、練習試合になるから、練習用の剣ね。シア、借りてきてもらえる?」
シアは頷くと、練習用の剣を取りに行ってくれる。
そして、友達のリーネアに頼んで剣を借りてきてくれた。
「ユナさん、練習用の剣です」
「ありがとう」
シアから剣を受け取り、鞘から剣を抜く。リーネアが持っていた剣のせいか、他の騎士に比べると小さいのかな。まあ、背が少し低いわたしには丁度良い。
わたしは剣の感触を確かめるため、軽く剣を振ってみる。右に振り、左振り、切り下ろし、突き、何度か、同じ動作を繰り返して、最後に剣をクルッと回して、鞘に戻す。
うん、大丈夫。体は覚えている。久しぶりだったけど、忘れないものだね。
「ユナさん、凄いです」
「ユナ姉ちゃん、格好いい」
ちびっ子たちから、尊敬の眼差しでみられる。このぐらいで誉められると、ちょっと、気恥ずかしいね。
「ユナちゃん。そろそろ、いいかしら。ルトゥムが待っているわ」
わたしは頷くと、ちびっ子たちの頭を、ポン、ポン、ポンと軽く叩く。
「それじゃ、行ってくるね」
準備も整い、騎士がいる広場の中央に向かって歩く。
そして、わたしの登場に周りが騒ぎ出す。しかも、わたしが学園の女性代表的な表現で告げられる。周りからいろいろな声があがる。
「誰だ?」「あんな女の子、見たことがないぞ」「あの小さな女の子が代表?」
どうやら、ルトゥムは女性の地位を落としたいようで、わたしのことを女性代表と告げている。
学園の女性代表であるわたしが無様に負ければ、周囲に対しても女性が弱いと宣伝になるとでも思っているのかな?
でも、わたしみたいな、小さい(世間一般的に)女の子を倒しても説得力がないと思うんだけど。
逆に負けても、当たり前と思われると思うんだけど。
まあ、負けるつもりはないから、ルトゥムがそう考えているなら無駄なことだ。
わたしが騎士の前に立つと、わたしの頭が騎士の胸辺りに来る。大きいね。見上げないと顔が見えない。
20代半ばかな?
騎士は鎧を纏い。左に盾を持っている。剣は鞘に収められている。
「おいおい、あんな小さい子が大丈夫なのか?」
「あんなに体格差があったら、勝負にならないぞ」
「しかも、防具も付けていないぞ」
見学をしている学生たちなどから、心配する声があがる。
相手が防具を着けているのに、わたしは制服姿。
わたしの防具って言えばクマの服だけど。着るわけにはいかないからね。
「嬢ちゃん、防具は」
騎士が尋ねてくる。
「当たらないから、必要ないよ。そっちこそ、そんな重たそうな防具を付けて大丈夫?」
盾を持ち、鉄の鎧を着け、重そうだ。でも、それだけ、防御が硬いってことになる。狙うなら、関節部分か、それとも足かな?
騎士はわたしの格好を見て、少し考えて、口を開く。
「そうだな。鎧を着ていたから負けたなど、言われても困るから、同じ条件で戦おう」
騎士の予想外の言葉に驚く。
「フィーゴ!」
ルトゥムが騎士の勝手な発言に叫ぶ。
「貴様、この試合がどれだけ重要なのか、分かっているのか!」
「ルトゥム卿、分かっています。だから、言っているんですよ。あのエレローラ殿が、出してくる女の子です。弱いはずがありません。あの小柄の体からして、動きが速いと思われます。なら、こっちも身軽になった方がいいと思います。鎧を着ていては、対処ができないかもしれません」
騎士に言われて、ルトゥムはわたしのことを見る。
「たしかにそうだな。あのエレローラが、娘よりも信用して試合に出すんだから、そう考えた方が良いかも知れないな。だが、油断はするなよ」
騎士はルトゥムから許可をもらうと、仲間の騎士を呼び、盾を渡し、脱いだ鎧も渡す。
ラフな服装になり、鍛え上げられた筋肉があらわになる。これを見ると、女性が騎士に向かないと言われても納得してしまうかもしれない。
でも、戦いは筋力だけで勝ち負けが決まるわけじゃない。
「わたしの動きが遅いとは思わない方がいいぞ」
「忠告、ありがとう。でも、鎧を脱いだからといって、わたしの動きについてこられるとは思わないでね」
わたしも、相手の騎士と同じ忠告をする。騎士はそれに対して、「わかった」と一言だけ返してきた。
なんだか、この騎士はルトゥムと違って、言動や行動が本物の騎士っぽく見える。でも、手加減はしてくれそうもない。だからこそ、同じ状態で戦うと言い出したのかもしれない。
もう少し、わたしのことを小馬鹿にする態度や暴言をしてくれれば、ストレスを発散するように戦えたんだけどな。だからと言ってわたしだって、手加減をするつもりはない。
ただ、やり難いのはたしかだ。
「嬢ちゃん、悪いが手加減をするなと、ルトゥム卿に言われている。怪我する前に早めに負けることを勧める」
「ありがとう。でも、忠告だけ、もらっておくことにするよ」
「そうか、それじゃ早く負けを認めさせてあげることにしよう」
「楽しみにしているよ」
ゲーム時代が懐かしく、エレローラさんには悪いけど。楽しくなってきたかも。
「おかしな嬢ちゃんだ。普通は怖がったり、震えたりするものだぞ」
どうやら、わたしは笑っていたらしい。
「負けるわけにはいかないからね」
「それは俺もだ」
お互いに負けるわけにはいかない試合。
わたしはエレローラさんやシアのために。
騎士は名誉のためにも、わたしみたいな女の子に負けるわけにはいかない。
「それじゃ、試合を始めるわよ。顔などへの危険攻撃は禁止よ」
わたしには無いけど金的もアウトなのかな?
金的は男性の急所らしく、痛いらしい。その痛みは女のわたしには分からないけど、狙ってもいいのかな?
「あとは、わたしたちが止めたら、試合は終了よ」
「それじゃ、始めるとしようか」
わたしたちは返事をすると、お互いに距離をとる。
そして、審判役にルトゥムとエレローラさんが離れる。どうやら、公正にするため、二人が審判をすることになったみたいだ。
確かに、ルトゥムにでも審判役をさせたら、不正だらけの試合になるのが目に見えているから、エレローラさんが承諾させたみたいだ。
「小娘が怪我をしないうちに早く止めるんだな」
「それはこっちの台詞よ。今なら、女の子に花を持たせるために、わざと負けたことにしてあげてもいいわよ」
審判の二人がお互いに言い争う。
騎士との試合の前に、すでに場外乱闘が始まっている。
「でも、ユーナちゃん。無理はしちゃ駄目だからね。別に負けてもクリモニアに戻るだけだから、責任とか考えないでいいからね。あなたが怪我でもしたら、心配する娘たちがいるんだからね」
「フィーゴ、手加減は必要はない。騎士は男がなるものと証明してやれ」
そして、わたしと騎士は剣を構える。
試合まで行けなかったw 次回こそ試合です。
※ 申し訳ありません。書籍作業の締め切りが迫り、感想の返信が出来てません。来週には時間が出来ると思います。たぶん……。