266 クマさん、シアに怒られる
新しい服に着替えたフィナは気恥ずかしそうにしている。何度も「似合っているから大丈夫だよ」って言っているのに効果はないみたいだ。
でも、これで解体で汚れた服ではなくなったので、気兼ねなく学園祭の続きを回ることができる。
ティリアが服を買ってあげたので、わたしも一緒に売っていたハンカチを三人に買ってあげることにした。
みんなには自由に選んでもらおうとしたが、「ユナさんが選んでください」とノアが言うと他の二人も頷く。センスが無いからあまり選びたくないけど、わたし的に三人に似合うハンカチをプレゼントする。
三人は喜んで受け取っていたが、先ほどの服選びを考えると、本当に喜んでいるか不安になってくる。でも、一番顔に出やすいシュリが喜んでいるところを見ると大丈夫かな。シュリだったら「ユナ姉ちゃん、ダサいよ」ってはっきり言うはずだ。なのに、わたしが選んだ物を嬉しそうに受け取ってくれた。
「ティリアはいいの?」
ティリアにも買ってあげようとしたが断られた。
「プレゼントなら、くまのぬいぐるみでいいですよ」
ってことなので、ハンカチのプレゼントはチビッコの三人だけとなった。
それから、出し物でシュリやノアが欲しがる賞品を手に入れたり、屋台で食べ物を食べたりして、学園祭1日目が終わりを告げる。どのお店も片付けに入り、一般の人たちは帰りだす。
わたしたちはシアたちのところに一度戻ろうとしたが、片付けの邪魔にもなり、帰る人の流れを逆行することにもなるのでやめることにした。
「わたしが伝えておきますよ」
学園に残るティリアにはシアへ先に帰ることを伝えてもらうことになった。
「ティリア、今日はありがとうね」
「わたしも楽しかったよ」
「ティリア様、服をありがとうございました」
「姫様、ありがとう」
「ティリア様、ありがとうございます」
「気にしないでいいよ。わたしのホンの気持ちだから」
三人の言葉に微笑むティリア。
「それじゃ、ティリアには約束の物をプレゼントするね」
わたしはクマボックスからくまゆるぬいぐるみと、くまきゅうぬいぐるみを取り出して、ティリアに渡す。
「うわぁ、本当に貰っていいの?」
「約束ですから。それに今日、1日案内してくれたお礼です」
「ありがとう」
「大事にしてくださいね。たまに王妃様から話を聞きますからね」
ナイフの的にでもしたら泣くよ。
「もちろん、大切にするよ。なんなら、王宮の宝物庫に保管でもしようか?」
「可哀想だから、やめてください」
「ふふ、冗談よ。大事に部屋に置かせてもらうね」
ティリアは両腕にぬいぐるみを抱き抱えてわたしたちと反対側に歩いていく。ティリアと別れたわたしたちはエレローラさんのお屋敷に帰ってくる。
お屋敷に戻ってくるとフィナはメイドのスリリナさんに学園祭で手に入れたウルフの肉を夕食にでもと言って渡す。それから、解体で汚れた服を洗濯しようとしたら、スリリナさんに服を奪い取られていた。
「洗濯なら、わたしが致します」
「でも……」
「これがわたしの仕事ですから、譲れません。このお屋敷にいる間はフィナ様はお客様です」
フィナは困った顔をする。
「フィナ、今日はお願いしたら? フィナだって自分の仕事を取られたら嫌でしょう」
わたしは代わりにやってくれる人がいたら嬉しいけど。フィナは真面目過ぎるから何でも自分でやろうとする。それがフィナの良いところでもあり、融通がきかないところでもある。
「ユナお姉ちゃん。……分かりました。スリリナさん、よろしくお願いします。血で汚れてますから、洗い方には……」
「フィナ様、大丈夫ですよ。しっかりと綺麗に洗いますから。お任せください」
洗濯はスリリナさんに任せてわたしたちは部屋に戻ってくる。なんだかんだで、ずっとエレローラさんのお屋敷にお世話になっている。本当なら王都にあるクマハウスに泊まるはずだったけど、この数日の間にエレローラさんはシュリを見事に味方に付けることに成功した。シュリが「ここに泊まる」って言えばフィナも無理やりにクマハウスに連れて行くことはできない。
わたしとしてもどちらでも良いので、フィナの判断に任せる。
そして、フィナはシュリに敗れ、エレローラさんのお屋敷に泊まることになり、現状に至る。
「ふふ、水の10です」
「それじゃ、火の4です」
「やった、火の3!」
三人は夕食の時間まで部屋で七並べをして遊んでいる。
わたしは参加はせずにベッドの上に倒れている。肉体的には疲れていないけど、人混みと、多くの視線のせいで精神的に疲れた。
部屋で休んでいると、シアが部屋に入ってきた。
「お帰り」
「お姉様、お帰りなさい」
「ただいま。……じゃなくて、ユナさん、いったい学園祭で何をしたんですか!」
なんか、分からないけど、シアが怒っている?
部屋に入るとわたしが倒れているベッドまでやってくる。
「みんなと普通に学園祭を楽しんでいたけど」
ベッドから起き上がって、みんなに同意を求める。
なにをしていたかと問われればそれしかない。
「ユナさんはわたしたちと一緒に学園祭を楽しんでいましたよ」
「ユナお姉ちゃんは一緒でした」
「うん」
みんなはわたしの言葉に同意してくれる。
なにに怒っているか分からないけど、これでわたしの無実は証明されたのかな?
シアはわたしではなく、今度はフィナたちを見るとため息を吐く。
「みんな、その服や髪飾りやアクセサリーはどうしたの? 凄く綺麗だけど」
「洋服はティリア様に買ってもらいました」
その言葉だけで驚くシア。でも、さらにみんなの言葉は続く。
「この髪飾りはユナ姉ちゃんに貰ったの」
「このブローチはユナさんにゲームで取ってもらったんですよ」
「わたしはユナお姉ちゃんにブレスレットをもらいました」
シュリは本日の学園祭で手に入れた戦利品を並べる。その真似をしてノアもフィナも手に入れた戦利品を並べていく。
「でも、これは自分で取ったんだよ。これはユナ姉ちゃんが取ってくれたの」
「あと、花もプレゼントしてくれました」
さらに三人は自分で取った物や、わたしが取ってあげた物をシアに自慢するように見せる。最後に思い出したかのようにわたしが買ってあげたハンカチを取り出す。こうやって見るとかなりの数がある。みんな、頑張ったね。
シアは嬉しそうに戦利品を並べているシュリたちを見ると、再度ため息を吐く。
「お姉様、どうかしたんですか?」
「どうかしたのじゃないわよ。ちょっと考えてみて、これだけの目玉賞品をクマの格好をしたユナさんが手に入れたら、どうなると思う?」
「そういえばかなり騒いでいましたね」
「でも、ユナお姉ちゃんと一緒に歩くとみんな見ますよ」
「みんな見ていたよ」
うん、いつも通りだ。
こればかりは、クマの着ぐるみを着ているんだから仕方ない。クマだと騒がれるのはいつものことだ。それが学園祭なら、目立っても仕方ない。中には学園祭の一部だと思っている人もいたから、そんなにトラブルになるようなことはなっていないはずだ。
「もちろん、ユナさんの格好もそうだけど。ユナさんが手に入れた賞品は、どれも物凄く手に入れるのが難しい出し物だったはずよ。それをクマの格好をしたユナさんが簡単にクリアしちゃうから」
うん、そっち?
クマの格好じゃなくて、賞品を取ったことで目立っているの?
でも、あれはちゃんとしたルールに基づいて手に入れたものだ。クマの装備を使ってはいけないとはどこにも書かれていなかった。クマの装備不可と書かれていたら、やっていないよ。
「ナイフを投げれば遠くの的の中心に、ボールを投げれば綺麗な軌道で障害物をかわして的に当て。ボールを転がせば、生きているようにボールが転がっていく。他にも、いろいろとありますよ」
「なんで、そんなに詳しいの?」
まるで見ていたかのようだ。
「ユナさんたちを見ていたクラスの子がいたんですよ。それで話題になり始めて、他の子も見たって子が現れて、段々と話が大きくなったところに、ユナさんと一緒にいたティリア様まで会話に入ってきて、話が大きくなりました」
それって、燃えている火にティリアがガソリンを入れたってことじゃない?
でも、初めての学園祭に少し調子にのって騒ぎ過ぎたわたしも悪いかな。どうもシュリに「ユナ姉ちゃん」ノアに「ユナさん」って上目遣いでお願いされると断れずに頑張ってしまう自分がいる。
それにフィナも欲しいとは言わないけど、プレゼントすると嬉しそうな表情をしてくれる。三人の喜ぶ顔を見ていたら。つい、頑張ってプレゼントしてあげたくなってしまった。でも、明日は自重しないといけないかな。
明日は目立つことをしないことを約束する。
「それで、お店の方はどうだったの?」
結局、あれから一度もシアの店には顔を出さなかった。だから、少しお店のことが気になる。
「ユナさんが作ってくれたクマの置物のおかげで人が集まって、予定よりも売れました」
ちゃんとクマの置物は客引きになってくれたみたいだ。作った甲斐があった。
「そのクマの置物で集まった人が綿菓子に興味を持って、さらに歩きながら食べることもできるから、それも宣伝になったみたいで、どんどん人が集まってきました」
「良かったね」
「はい、でも、問題が1つあって」
「なに?」
「みんな、クマのお店ってことで広がって、『くまのお菓子下さい』って注文されるんですよ。看板にちゃんと綿菓子って書いてあるのに」
なんともコメントしにくい。
「でも、そのおかげで、お客様が増えたから文句も言えないんですけど」
「邪魔だったら、壊していいからね」
「いえ、助かってますから、壊したりしませんよ。ただ、午後になると人が集まり始めて大変でしたよ。行列もできるし、順番を抜かしたとかでトラブルになりそうになったりもするし、休憩もなかなかできないし、マリクスは腕が疲れたって言うし、ティモルにわたしにカトレアも、交代して作ったりしたんですが、休憩もまともに取れずに大変でした」
「そんなに売れたんだ」
「綿菓子を作る機械が1つしかないから、どうしても遅くなって、行列ができちゃって」
「なら、もう1つか、2つ貸そうか? せっかく、みんな作れるんだから」
二、三人で作れば行列も減るだろう。
「本当ですか? ありがとうございます」
わたしは孤児院のときに使った綿菓子の機械を渡してあげる。
これで、負担が減ればいいけど。
それから夕飯までわたしとシアもトランプに参加することになり、1日を終えた。
そんなわけで、次回は2日目です。