243 クマさん、エレローラさんを問い詰める
お店はすぐに見つかった。
サーニャさんに聞いた通りに中流地区の大通りを歩いていると、遠くからでも分かる大きな建物が見えてきた。そして、遠くからも分かる物が店の入口の前に置いてある。
本当にクマだよ。
お店に到着して、改めて店の入口に立っている置物を見る。
店の入口には左右に大きなクマが2体いた。
大きさはくまゆるぐらいある。そして、なによりも目を引くのが、クマが持っている物だ。
片方のクマは巨大なスプーンを持ち、もう片方のクマは巨大なフォークを持っている。
クマは本物のようなクマではなく、ちゃんとデフォルメされたクマで怖さは感じない。
愛くるしい顔をして、通行人の興味を引いている。
お店の前を通る人たちは微笑みながらクマを見ている。
気のせいか、その視線はわたしとお店のクマと交互に向けられているような気がする。
「あら、お店のクマさんかしら」「くまさんだ~」「なにか、やるのか?」
クマの置物とわたしの格好のせいで、お店に関係があると思われている。
大きな声で否定することもできないので、ここは我慢をする。
少し目線を上げるとサーニャさんの言う通り、看板には「くまさんの憩いのレストラン」と書かれている。お店の名前もわたしのお店と似ている。
しかも、名前の横にはクマさんの顔まで描かれている。
お店の名前に、デフォルメされたクマの置物。これだけの証拠があれば、犯人はエレローラさんで確定だよね。
お店の中に入ってエレローラさんを問い詰めたいけど、中にいるのかわからない。
流石に勝手に入るわけにもいかないし、お店の中にいるとも限らない。99%エレローラさんだと思うけど、赤の他人の可能性も否定はできない。
すぐにでも、お店の中に突入したいのを我慢をする。突入するにしても、確証を得てからだ。
エレローラさんがいる可能性が高いお城に向かうことにする。
そう決めて、お城がある方向に歩き出そうとしたとき、一番会いたい人物が歩いている姿があった。
「あら、ユナちゃん?」
エレローラさんが笑顔でわたしのところにやってくる。
タイミングが良い。相手の方からやってきた。
「どうしてここに?」
「どうして? じゃないです。エレローラさん、これはなんですか!」
わたしはお店に向けて指を差す。
「なにって、王都に出すユナちゃんのお店だけど?」
「わたしが言っているのはそういうことじゃなくて。どうして、クマの置物があるんですか!」
再度、バシっ と指を差す。
「それはユナちゃんのお店だからでしょう」
「いつ、わたしのお店になったんですか。わたしはレシピを教えただけですよね」
王都に出すお店がわたしの店とは聞いていない。
「あれ、たしかにそうよね。国王陛下が『ユナの店はどうなった?』とか、ゼレフが『ユナ殿のお店は順調です』とか、王妃様が『ユナちゃんのお店楽しみね』とか会話をしていたら、ユナちゃんのお店になっていたのね」
しみじみと答える。
お店の名前が決まっていないからって、人の名前で店の名前を呼ばないでほしい。
「その流れで、ユナちゃんのお店を見学しに行くことになったのよね」
どこから突っ込んだらいいの?
そんな理由でクリモニアのわたしのお店まで来たの?
それ以前に誰も否定したり、間違いだということに気付かなかったの?
みんな、頭おかしいよ。
「まあ、わたしの場合は里帰りも兼ねてだけどね。そしたら、ゼレフも行きたいと言い出してね。一緒に行くことになったの。国王陛下も行きたそうにしたけど、それはさすがにお断りしたわ」
あの国王はなにを考えているかな。
国王がわたしのお店に来たことを想像するだけで、恐ろしくなる。
いくら、身分を隠してやってきたとしても、顔を知っているフィナが見たら、倒れていたかもしれない。
しかも、フレンドリーにフィナに話しかける姿が容易に想像ができる。
これは国王を止めてくれたエレローラさんに感謝しないといけないのかな?
「あと、ユナちゃんの驚く顔を見たかったのよね」
エレローラさんは本音を洩らして、残念そうな表情をする。
先ほどの感謝の気持ちが消え去っていく。
「それで、ユナちゃんのお店の看板を見て、お店の名前が決まっていないことに気付いてね。ユナちゃんのお店の名前を参考にさせてもらったの」
「参考って、誰も止めなかったんですか? クマですよ」
「誰も否定もしなかったわね。ゼレフも『良い名前ですな』、国王陛下も『構わぬぞ』って普通に受け入れられたわよ」
「…………」
そこは誰か止めようよ。
お店の名前がクマだよ。
国が経営するお店だよ。
「国が経営するんだから、「国のレストラン」とか「王宮レストラン」とか「国王御用達のレストラン」とかあるでしょう」
「最後のやつはよくわからないけど、そんなに入り難いお店にするつもりはないから、そんな名前にはならないわよ」
「つまり、クマの名前は入り易いお店ってことですね」
「違うわよ。民衆受けの良い名前よ」
クマが民衆受けが良いなんて初めて聞いたよ。
クマは凶暴だよ。恐怖の対象だよ。本来は恐い生物だよ。人を襲うんだよ。わたしのくまゆるとくまきゅうとは違うんだよ。
「ユナちゃんのお店を見たときに思ったわ。普通のクマだと怖いけど。ユナちゃんのお店のクマや、絵本のクマを見ても怖くはないでしょう。逆に可愛らしいぐらいよ。ようは表現力よ」
確かにそうだけど。
怖いものでも、デフォルメにすると可愛く見える効果はある。
魔物でもデフォルメにすれば可愛くなる。あのゴブリンやオーク、ドラゴンもデフォルメにすれば可愛く見えるはずだ。
「でも、民衆受けが良いって、一般の人にも販売できるんですか?」
卵の関係で販売価格が高くなると言っていたけど。
「最終的にはユナちゃんのお店みたいに、普通の人にも食べてもらうわ。でも、それにはまだ時間が掛かりそうなのよ。だから、しばらくは価格は高くなるわね」
それは仕方ないことかな。
仕入れ価格やコストの問題がある。
わたしのお店みたいに、鳥がいて、卵が自由に使えるわけじゃない。
「卵が増えてくれば、徐々に下げることはできるわ」
「でも、価格を高くして、お客さんは来るんですか?」
来なかったら美味しい物でも意味が無くなる。
料理は食べてくれる人がいるから成り立つ。
「すでに、プリンを販売する情報は貴族中心に流してあるわ。そのおかげもあって、問い合わせも多くなっているから、その心配は無いと思うわ」
すでに宣伝はしていたらしい。
そこはさすがと言うべきか、情報はどこの世界でも大事だからね。
いくら、良いものがあっても、誰も知らなければ、無いと同じことだ。
「あと、ケーキのことも、それとなく情報を流してあるから、評判はいいわよ」
どうやら、お客さんの心配はないみたいだ。
お店を開いたら、閑古鳥が鳴くことはないみたいだね。
エレローラさんの話ではしばらくは貴族やお金持ちを中心に販売することになると言う。
「初めのうちはお金を持っている人からお金を巻き上げるつもりよ。そして、そのお金で卵を増やす環境を作る予定よ。まあ、善意の資金提供ってやつね」
善意って、エレローラさんが言うと、悪徳商人にしか見えない。
「でも、国が経営をするんだからお金ぐらいは」
「それはダメよ。お金は有限よ。この一等地の建物を購入するお金に卵の確保、料理人の修行、お金がかかることは多いわ」
それだけを聞くとどれだけのお金がかかっているか分からないが、かなりのお金が掛かっていることが分かる。
このクマの置物だってお金がかかっているはずだ。
「大変なんですね」
「そうなのよ。わかってくれる? だから、お金はむしり取れるところから取って、そのお金で環境を整えて徐々に価格は抑えていくつもりなのよ」
これが普通の考え方なのかな。
わたしの場合はお金の力でお店を購入。魔法の力を使って鳥集めや鳥小屋作り。そして、経営はティルミナさん任せ。
もし、お金はないわ、魔法は使えないわ状態だったらお店を開くことなんてできなかった。
クマの着ぐるみだけど神様に感謝?
「でも、名前の理由は分かりましたけど。このクマの置物は?」
デフォルメされたクマがスプーンとフォークを持っている。
別に名前をクマにしたからと言って、置物まで作らなくてもいいと思うんだけど。
「名前を「くまの憩いのレストラン」にするならクマは必要でしょう」
なにを言っているの? ってバカの子を見るような顔で見られた。
わたし、間違ったことを言った?
看板だけで良くない?
「このくまさん、中々の出来でしょう」
確かに出来は良い。
上手にできている。
スプーンやフォークが食べ物屋を表している感じが、個人的には良い。
「でも、職人に説明するのは大変だったのよ。なかなか、わたしが言っていることが伝わらなくてね。あのとき、職人の頭を殴ってクリモニアまで連れていこうかと思ったぐらいね」
「よく、説明ができましたね」
こんなデフォルメされたクマを作ったことなんて無いだろうし。エレローラさんの説明だけで、よく作れたものだ。
「最終的には絵本を見せたからね」
「絵本を見せたんですか!」
「参考程度よ。表紙のクマさんを見せただけよ。だってユナちゃんのクマって説明が難しいんだもん」
だもんって、そんな年齢じゃないでしょう。
「ユナちゃん、なにか言いたそうね」
わたしは首を横に振る。
絵本のクマを参考にしたから、デフォルメされたクマが作れたわけか。
じっとクマの置物を見る。
絵本のクマとは違うが、ちゃんと押さえるポイントは押さえてある。
「まあ、いつまでもここにいても仕方ないから、中に入りましょう」
クマの置物を見ているとお店の中に誘われる。
「いいんですか?」
わたしとしてもいつまでも、ここには居たくない。
先ほどから、置物クマとわたしの格好のせいで、視線を集めていたところだ。
「もう外観と内装は終わっているから、中に入っても大丈夫よ」
近日開店予定の看板の横を通り抜けて、お店の中に入る。
中に入ると高級レストランの雰囲気が出ている。建物が立派だから中も高級感の雰囲気がでている。
一部を除いて。
ここにもデフォルメされたクマがいる。
わたしのお店と違ってテーブルに小さいクマではなく、大きなデフォルメされたクマが中央に陣取っていた。これはお店に入った瞬間、かなりのインパクトになる。
お店の中のクマは1つしかないためか、左右の手にはフォークとスプーンを持っている。
外にいるクマを合わせたような感じだ。
「これも、ユナちゃんのお店のクマを参考にしたのよ」
たしかにわたしのお店にもクマは飾ってある。
でも、大きさが違うよ。
「小さいクマにすると、お持ち帰りするお客様や、欲しがる人がいるって聞いてね。大きくしてみたの」
お店中にいろんなクマの置物を作ってしまったのは、ミレーヌさんに担がれて作った恥ずかしい歴史だ。
今じゃ、お店の象徴にもなってるから、撤去することもできない。
「そういえばエレローラさんは、なにしにお店に来たんですか?」
お店の中に入ったけど、ここで仕事があるとは思えない。
「最終確認ね。それと、ゼレフに料理の味見をお願いされているの。よかったら、ユナちゃんも味見をしてくれないかしら?」
「いいんですか?」
「もちろん、いいわよ。最終確認するには料理を作り出したユナちゃんは最適よ」
どうやら、調理場でゼレフさんが料理を作っているらしい。
その味見をしにエレローラさんは来たと言う。
最終確認っていうことは、お店の開店も近いのかな?
そうなると、クマの撤去も難しい。
そもそも撤去をお願いして応じてくれる人には思えないし、職人が一生懸命に作ったクマの置物を撤去してほしいとは言えない。
ジレンマが起きる。
なにも言えずに奥の調理場に向かう。
開店まで、もうすぐですね。
金持ちからお金をゲットして、そのお金で鳥を増やして、庶民が食べられる価格まで下げたいですね。