235 クマさん、契約を結ぶ
ムムルートさんの家に到着すると、玄関の前にルイミンが立っていた。
「ユナさん、お爺ちゃんとお姉ちゃんが家の中で待っていますよ」
「ルイミンはどうしてここに?」
「ユナさんと大事な話があるから、誰も家の中に入れないように頼まれたんです。お婆ちゃんも追い出されたんだよ」
ようするに契約するにあたって、人払いをしてくれたみたいだ。
わたしは家の中に入るといつもの部屋に向かう。
部屋の中に入るとムムルートさんとサーニャさんがわたしを待っている。
「ユナちゃん、待っていたわ」
「準備はできておる」
ムムルートさんの前には宝石? 魔石なのかな? 大きな緑色の魔石がある。わたしが持っているクラーケンの魔石ぐらいの大きさがある。
どのくらいの大きさの魔物を倒せば手に入るのかな?
やっぱり、クラーケンぐらい大きな魔物を倒さないとダメかな?
そんなことを考えながら、ムムルートさんの前に座る。
「この魔石に魔術式が組み込んである。あとは嬢ちゃんが魔力を注ぎ込みながら、契約内容を口にするだけでよい」
意外と簡単にできるみたいだ。
この術式が組み込まれている魔石が欲しい。
同じ魔石を用意すれば作ってくれるかな?
それとも、やっぱりエルフの秘術だったりするのかな。
「えっと、それでユナちゃんの願いは?」
初めはクマの転移門のことを話そうと思っていた。
でも、一晩考えた結果。
「わたしの秘密を黙っててほしい」
「ユナちゃんの秘密?」
「うん」
「なにか、曖昧ね」
「これって、秘密が増えた場合も含まれますか?」
「大丈夫だ。それが嬢ちゃんの秘密に関することなら」
異世界のファンタジーはなんでもありだね。
まあ、ファンタジーの塊のわたしは人のことを言えないけど。
「わたしが知っているユナちゃんの秘密ってくまさんぱんつってことだけよね」
「ちなみに、それも含まれますからね」
サーニャさんを睨み付けながら言う。
「でも、ユナちゃんの秘密を話すことが願いごとなの? 秘密なら話さない方がいいんじゃない?」
「そうなんだけど、話さないと、後々面倒なことになりそうなの」
「まあいいけど。他人に口外しなければいいんでしょう?」
まあ、話そうとすれば笑い地獄が待っているだけだ。
「それなら、始めよう」
「えっと、このままで大丈夫?」
クマさんパペットをパクパクさせる。
「やったことはないが、魔力さえ注入できれば問題はない」
なら、わたしはクマさんパペットのまま緑色の魔石の上に手を置く。
すると、ムムルートさんとサーニャさんがわたしの手に重なるように手を乗せる。
「魔力を込めて契約内容を言ってくれ」
わたしは魔力を込めて、契約内容を口にする。
「わたしの秘密を他人に口外しないこと」
すると魔石は輝きはじめ、部屋が目を開けてられないほどの緑色の光に包まれる。
眩しくて目を閉じるが、魔石からは手を離さない。
そして、徐々に光は収まり、消えていく。
もう少しで驚いて手を離すところだった。こんなに光るなら始めに言ってほしかった。
でも、これで契約完了なのかな?
「凄い光だったわ」
「こんなこと初めてだ。契約の重みは光の強さで比例すると言われておる。わしが今までおこなってきた、どの契約の光よりも強かった。それだけ、嬢ちゃんの秘密が重いってことになる」
どうやら、あの眩しいほどの光はムムルートさんたちにとっても予想外だったみたいだ。
でも、契約内容の重みによって光の輝く強さが違うって、わたしの契約内容がそれだけ重いってことになる。
たしかに、わたしの秘密って言葉の中には、異世界人や神様のことや着ぐるみのこと。話す予定のないことも含まれる。
たぶん、その辺りの影響もあるかもしれない。
「だが、これで無事に契約は完了した。あとは確認だけだな」
「確認?」
「嬢ちゃんも、確認をしないと信じることはできないだろう。それにわしらも契約の笑うってところが気になる」
「どうやって調べるの? 2人が話し合うの?」
「お互いに知っている内容なら、秘密にならんから駄目だ」
ムムルートさんが首を横に振ると、家の中を走る足音が聞こえてくる。
「お爺ちゃん! お姉ちゃん! 今の光はなに!?」
ルイミンが部屋の中に駆け込んできた。
「窓から凄い光が洩れていたんだけど」
部屋の中をキョロキョロと見ながら話しかけてくる。
どうやら、さきほどの光が家の外に洩れていたらしい。
「大丈夫だ、嬢ちゃんと契約魔法をおこなっただけだ」
「ユナさんと契約魔法?」
「ええ、ユナちゃんがわたしたちにお願いしたいことがあるけど、他人には口止めをしてほしいみたいなの」
「ユナさんの秘密……」
なにか、聞きたそうに目をわたしに向ける。
実は昨日、考えたんだけど、ルイミンにもわたしの一部の秘密を話した方が今後のために良いかと思ったりしている。
「ルイミン、こっちに来て」
サーニャさんが呼ぶとルイミンはわたしたちのところにやってくる。
「えっと、なに?」
「ユナちゃんの秘密を話すから聞いてくれればいいわ。そのために一緒に来てもらったんだから」
「それはユナさんと大事な話をするから、誰も入れないようにって」
「それもあるけど、契約が結ばれているかの確認も必要だったからね」
どうやら、ルイミンで契約ができているか確認するみたいだ。
そして、サーニャさんはルイミンに向かってわたしの秘密を口に出す。
「ユナちゃんの秘密は、パ、パパパ、パンンンが……」
たぶん、サーニャさんはわたしのパンツの話をしようとしているみたいだ。
でも、パンツとは言えずに口元がにやけて、言葉が出てこなくなる。
そして、大きな声で笑い出し、それでも話そうとすると、笑い過ぎで咳き込んだり、涙が出たり、床に転げたりしている。
なんだろう、先ほどから「パ」で止まり、笑い出すから、わたしがくまさんパンツ履いていることを思い出し笑いされている気分になる。
もし、契約のせいで笑っていることを知らなかったら、「ユナちゃん、クマさんパンツを履いているのよ」と笑われていると心の中で思ったかもしれない。
それにしても、サーニャさんはかなり苦しそうに笑っている。
もしかして、普通に苦しむより酷い状態?
それから、笑いが収まるまで数分が過ぎた。
「はぁ、はぁ、お、お爺ちゃん! 普通の契約よりも辛いんだけど」
サーニャさんが息を切らせながら、ムムルートさんに向かって訴える。
「そんなことを言われても知らん」
ムムルートさんもサーニャさんの状態を見て顔が引き攣っている。ムムルートさんもここまで酷い状態とは思っていなかったらしい。
「それじゃ、今度はお爺ちゃんだね」
サーニャさんは悪い笑みを浮かべながら、紙とペンをムムルートさんに差し出す。
「祖父にやらせるつもりか」
「関係ないわ。お爺ちゃんもちゃんと契約ができているか確認が必要でしょう」
サーニャさんは紙とペンを目の前まで付き出す。
そう、言われてはムムルートさんも断れない。サーニャさんから紙とペンを受け取り、文字を書き始める。たぶん、ムムルートさんもわたしのクマさんパンツのことを書こうとしているんだろう。
ムムルートさんが文字を書き出し、数文字書くと、手が震えて、文字を書くどころではなくなり、ペンを放りだし、紙を握り締め、さきほどのサーニャさんと同様なことが起こる。
サーニャさんは笑みをこぼし、ルイミンは困った顔をしている。
うーん、これは酷い。
思いつきでお願いをするもんじゃないね。
そして、数分後、ムムルートさんがなにも無かったように無言のまま座り直す。
「ゴホン、契約魔法は無事にできたようだな」
ひとつ、咳払いをして、わたしたちの方を見る。
「わたし、絶対にユナちゃんの秘密を話したりしないわ」
ムムルートさんの姿を見て、自分がどんな姿をしたのか理解したサーニャさんは力強く誓う。
まあ、あんな笑う姿は他人には見られたくないよね。
わたしだって嫌だ。
「ルイミン助かった。もう、帰っていいぞ」
ムムルートさんがルイミンを帰らせようとする。
「ちょっと待って、できればルイミンにも契約をしてほしいんだけど」
わたしのことばにルイミンが驚く。
「わたしもですか?」
2人の様子を見ていたルイミンは嫌そうな顔をする。
まあ、先ほどの2人の姿を見ていれば嫌だよね。
「それはどうして? わたしたちだけじゃ駄目なの?」
「うーん、ムムルートさんでもいいんだけど。個人的にはルイミンの方がいいかと思って」
「それはどういうことだ?」
「今回は神聖樹が大変なことになったでしょう。それでルイミンが王都にいるサーニャさんのところまで苦労して連絡しに行った」
涙も出る悲しい事件とかもあったし。
会ったときなんて、腹ペコで倒れていた。
「そうだけど、それと関係があるの?」
「もし、今後エルフの里に大変なことがあったら、すぐにわたしに連絡する方法があるの」
ルイミンにはクマフォンを渡そうと思っている。
クマフォンがあればいつでも連絡ができるようになる。
それに欲しい食材とか頼んでおいて、集まったら取りに行くことができる。
もし転移門で村に入って、お願いして、その数日後にまた現れたら住人に変に思われる可能性が高い。
クマフォンで話が出来れば、村に行くのは一回で済む。
そうなれば他のエルフに怪しまれることはない。
「そんな方法が……」
「わたしに伝えてくれれば、サーニャさんに伝えることも簡単だよ」
「そんなことをわしらに教えてくれるのか?」
「うん、ルイミンが王都に来るまでの苦労を知っているとね」
「ルイミン、どうする?」
全員の視線がルイミンに集まる。
「それを教えてもらえれば、お姉ちゃんに連絡が簡単にできるんですか?」
「うん、まあ、一度わたし経由になるけどね」
ルイミンは考えて頷く。
「はい、わたしも契約をします」
「いいの? 話したりするとさっきのわたしたちのようになるのよ」
「お姉ちゃん。意味が無いことです。ユナさんは村のために、秘密を話そうとしてくれているんだよ。そんな、ユナさんの気持ちを踏みにじるようなことはわたしは絶対にしないよ。だから、笑い苦しむことはないよ」
ルイミンが真剣な目で姉であるサーニャに告げる。
「なら、いいけど」
ルイミン、ゴメンね。
そんな格好いい理由じゃないんだよ。
普通に食材や必要な物が欲しいときに連絡するつもりだったんだよ。
そのことは心の中に押し込み。ルイミンからは尊敬な眼差しで見られる。
純粋な目が痛い。
そして、わたしの本心を知らないルイミンもサーニャさんと同じように契約魔法を行う。
部屋中に光が満ちて契約が完了する。
「それで、ユナちゃん。お願いごとってなに?」
「これを置きたいから、クマハウスをエルフの里の目立たない場所に建てさせてほしいんだけど」
わたしはクマ門を出す。
「ユナちゃん! これはなに!?」
「転移門だよ。これを開ければ王都にあるわたしの家に移動ができるよ」
「そんなことができるわけないでしょう」
わたしは証明するためにクマの転移門のドアを開ける。
契約の魔石が欲しいw