216 クマさん、家を手に入れる
レトベールさんの後ろに隠れるようにして、わたしを見ている小さな女の子がいる。
孤児院にいる子供と比べると5歳くらいかな?
先ほども言ったが、もう一度言おう。レトベールさんには似ていないと。
細かい顔の部分は分からないけど、髪の色が違う。
レトベールさんは黒いが、女の子は綺麗な銀色の髪をしている。
まさか、誘拐したんじゃないよね。と疑いたくなる。
「くまさん?」
女の子はわたしの方を見て、小さな口を開く。
「こんにちは、わたしはユナ。名前はなんて言うのかな?」
わたしはしゃがんで女の子の目の高さに合わせて尋ねる。
女の子は恥ずかしそうにして、レトベールさんの後ろに隠れてしまう。
「ほれ、ちゃんと挨拶をしなさい」
「……アルカ」
「アルカ。可愛い名前だね」
アルカは嬉しそうに微笑み、レトベールさんの後ろから出てくる。そして、歩いてくるとわたしに抱きついてくる。
「柔らかい」
まあ、着ぐるみだし。
「くまさんはどうしてここにいるの?」
自己紹介したのに、なぜにクマ?
だからと言って、そんなことで怒るわたしではない。
わたしも成長したものだ。
「アルカのお爺さんに呼ばれたんだよ」
「お爺ちゃんに?」
アルカはレトベールさんを見る。
「お爺ちゃん、くまさんと知り合いなの?」
「今日、会ってのう。アルカに会ってもらえるようにお願いしたんじゃよ」
アルカを見る顔が破綻している。
血縁関係を知らなかったら、危ないお爺ちゃんだ。血、繋がっているよね?
そんな危ないお爺ちゃんは無視して、アルカの方を見る。
「アルカにプレゼントを持ってきたんだよ」
わたしはクマボックスから絵本の第1巻を取り出す。
アルカは絵本の表紙を見た瞬間、笑顔になる。
「くまさんの絵本だ~」
わたしのクマさんパペットから嬉しそうに受け取る。
「くれるの?」
「うん、プレゼントだよ」
「ありがとう」
アルカの顔が満面の笑みになる。
これで、絵本は無料でプレゼントだね。
わたしはレトベールさんの方を見ると、勝ち誇った顔をしている。
そんなレトベールさんの心の声が聞こえてくるような気がする。
『どうじゃ、わしの孫娘可愛いじゃろ。勝負はわしの勝ちじゃ』
『この笑顔はわたしの絵本のおかげだけどね』
わたしは絵本に視線を向けながら、心の中で勝ち誇ってみせる。
いらないと言われずに、喜んでもらえたんだから、わたしの勝利だ。
『でも、アルカの笑顔は最高じゃろう』
そこだけは賛同しておく。
心の中の会話を終えると、手を引っ張られていることに気付く。
アルカの小さな手がわたしのクマさんパペットを握っていた。
「くまさん、よんで」
上目遣いで頼まれる。
もちろん、断れる訳がなく読んであげる。
「わしは少し下に行ってくる。アルカのことを少し頼む」
レトベールさんはわたしたちを置いて部屋から出ていってしまう。
そして、なぜか、アルカのポジションがわたしのお腹のところになっている。
自分で作った絵本を読む、羞恥プレイをすることになった。
続きの二巻も読んであげると、ドアが開く。
入ってきたのはレトベールさんでなく、銀色の髪をした女性だった。
「本当に、クマだわ」
「おかあさん」
アルカは立ち上がると銀色の髪の女性に抱きつく。
アルカの母親みたいだ。アルカは間違いなく母親似だ。
そう考えるとレトベールさんの子供はこの女性でなく息子さんで、この銀髪の女性と結婚したのかな?
まあ、お婆ちゃん似って可能性はあるが、間違いなく、レトベールさんには似ていない。
「この子の面倒を見てくれてありがとうね。わたしはこの子の母親のセフルって言います」
「ユナです」
「この子が我侭言わなかった?」
「素直で可愛いですよ」
「なら、いいんだけど。これが絵本ね」
セフルさんは娘が持っている絵本を見る。
「くまさんにもらったの」
「良かったわね」
喜んでいる娘の頭を撫でる。
「義父さんから聞いたけど、絵本ありがとうね。この子、王都の知り合いに見せてもらったときに、すごく気にいっちゃって困っていたの。それで、義父さんが探してくれていたんだけど、なかなか手に入らなくて、諦めていたの」
「わたしもこんなに喜んでもらえて嬉しいですよ」
それじゃ、わたしの役目も終わったし帰ろうかな。
そう、思った瞬間、
「ごめんなさいね。お茶も出さないで」
セフルさんは慌てたように隣の部屋に行く。
「わたし、帰りますから」
「もう少しいてもらえる? 義父さんもお礼がしたいから、引き留めることをお願いされているの」
お礼はアルカの笑顔を貰っているから要らないし、その約束だ。
「すぐに来ると思うから、お茶でも飲んで待っていて」
「別にお礼は」
「くまさん、帰っちゃうの?」
アルカはわたしの服を掴みながら尋ねてくる。
この手の攻撃を振り払えないわたしがいる。
フローラ姫といい、反則攻撃だ。チート攻撃だ。
こんな攻撃にはわたしは逃げられないと知り、素直にお茶を頂くことにした。
すぐには帰らないことをアルカに伝え、服を離してもらう。
わたしが椅子に座ると、その隣にアルカがちょこんと座る。そして、小さな手でわたしの服を掴む。
どうやら、離してくれたのは一瞬だけみたいだった。
「ふふ、凄く娘に気にいられたみたいね」
セフルさんはわたしの前の椅子に座りお茶を飲みながら微笑んでいる。
「この格好のせいですよ」
「義父さんからクマの格好をした女の子がクマの絵本を持ってきてくれて、娘と一緒にいると言われたときは意味が分からなかったけど。来てみれば、本当にクマの格好をした女の子がいるから驚いたわ」
セフルさんはわたしの方を見てから微笑むと、アルカから絵本を借りて読み始める。
「それで、レトベールさんは?」
「義父さんは下で仕事をしているわ。すぐに来ると思うから、ごめんなさいね」
絵本をもう一度読み終わる頃、レトベールさんが戻ってきた。
「すまない。遅くなった」
「それじゃ、わたしはこれで」
帰るチャンスを伺っていたので、レトベールさんが来たから、お礼は必要無い旨を伝えて、帰ることにする。
「少し待て、まだ礼が済んでいない」
「お礼なら……もう、貰ったよ」
笑顔で絵本を見ているアルカから貰っている。
それが絵本をあげる条件だったはず。
でも、レトベールさんは首を横に振る。
「礼をさせてくれ」
そうは言っても困る。
お金を要求するつもりはない。
「いらないよ。それに約束だったでしょう。絵本の代金はアルカの笑顔だって。もう、十分に貰ったよ」
わたしは隣に座っているアルカの頭に優しく手を置く。するとアルカは嬉しそうにわたしを見て笑ってくれる。
「お主がお金はいらないことは分かっておる。だが、それではわしの気持ちが収まらん。この街ではある程度のことなら顔は利く。なにかお礼ができることはないか?」
そう言われても困るが、顔が利くって言葉で、お願いごとを思い付いた。
「1つ聞いてもいい?」
「ああ」
「この街で家って購入することはできる?」
この街にクマの転移門を設置する家が欲しい。
王都だと、購入場所によっては紹介状が必要だった。
もし、同様に必要だったら、紹介状を書いてほしい。それならお金は要求しないで済むし、わたしとしても助かる。
「この街に住むつもりなのか?」
「違うけど、ちょっと理由があって」
クマの転移門のことは話せない。
ここは少し遠い、できるならクマの転移門は設置したい。
「そうじゃのう、まあ、お金と身分を証明する物があれば購入はできる」
「紹介状とか必要はないの?」
「とくに必要はない。ただ、場所によって価格が変わるだけじゃ」
つまり、お金さえあれば大丈夫なのかな。
「それじゃ、商業ギルドに行けば購入できるんだね」
「お主、本当にこの街に家を購入するつもりか?」
「そのつもりだけど」
「小さい家でも、お主みたいな子供が買えるほど安くはないぞ」
「大丈夫だよ」
お金なら元世界から持って来たお金もあるし、最近ではお店やトンネルの通行料も入ってきている。どのくらいの金額が入っているか、確認はしていないけど、それなりにあるはず。
「義父さん、それなら、あの家を安くお譲りしたらどうですか?」
「……ああ、あの家か。だが、少し、離れた場所にあるぞ」
話によると、少し外れのところに小さな家があるそうだ。
その家は数年前に引き取ったそうだけど、使い道も、買い手もなく、放置されているとのことだ。
わたしとしてはクマの転移門を設置できれば問題はない。
土地を購入して、クマハウスを出す必要もないので、騒がれることもない。
それに商業ギルドに行って、購入の手続きをするのも面倒だし、商業ギルドに行くと騒がれることを考えれば、譲ってくれるなら、譲ってほしい。
商業ギルドで購入すれば、サーニャさんたちに気付かれて、説明する羽目になると、さらに面倒なことになる。
「本当に譲ってくれるなら、助かるけど」
「それじゃ、今から案内しよう。金額の方は見てから決めてもらった方がいいじゃろう」
レトベールさんが席を立ち、わたしも立とうとしたら、アルカの小さな手が服を離してくれない。
「アルカ、ごめんね。もう帰るから」
「クマさん……」
寂しそうにする。
「また、来るよ」
「ほんとう?」
「ユナちゃん、相当気に入られたみたいね。アルカは人見知りだから、珍しいのよ」
嬉しいけど困る。
でも、この手の子供を宥める方法は最近入手した。
わたしはクマボックスからくまゆるぬいぐるみを取り出す。
「くまさん!」
アルカはくまゆるぬいぐるみを見ると叫ぶ。
そして、わたしを掴む手が緩む。
「あら、可愛いくまさんのぬいぐるみね」
「お主、絵本だけじゃなく、ぬいぐるみまで作ったのか」
「真似して、作ったりしないでくださいね」
「そんなことはせぬ」
「これわたしの代わりね」
「くれるの?」
「うん、大事にしてね」
手はわたしから離れ、くまゆるぬいぐるみを抱きしめる。
「また、来るよ」
「うん」
家を譲ってもらい、クマの転移門を設置できれば、いつでも来ることができる。
悲しげなアルカと別れ、レトベールさんの案内で家がある場所に向かう。
歩いていくかと思ったけど、レトベールさんが馬車を出してくれた。
運転はロディスさんがしてくれる。文句を言われるかと思ったけど、なにも言ってこなかった。
馬車はトコトコと進み、中央通りから離れていく。
そして、小さな可愛らしい赤い屋根の家の前に馬車が止まる。
「ここだが、どうじゃ」
中央から離れているため、人通りも少ない。
わたしとしては良い立地条件だ。
「うん、問題はないよ。それで、いくらで譲ってもらえるの?」
レトベールさんはロディスさんに指示を出すと、一枚の紙を受け取る。
「金はいらん。この家はお主に譲る」
「旦那様!?」
レトベールさんはロディスさんに黙るように言う。
「孫娘のために絵本をもらい、さらにぬいぐるみまでくれた。その礼じゃ」
「値段の釣り合いがとれないと思うんだけど」
「それはお主の決めることではない。あの絵本はわしにとってはどうしても手に入れたかった物じゃ。気にしないでいい。わしからの感謝の気持ちじゃ」
レトベールさんはロディスさんから受け取った一枚の紙をわたしに差し出す。
その紙はこの家の権利書みたいだ。
「受け取ってくれ」
「ありがとう」
わたしは少し悩んだが、お礼を言って権利書を受け取った。
家をゲット!