207 クマさん、エルフの里に向けて出発する
ミスった。
商人や乗り合いの馬車が出発する中、わたしたちも門の外にやってくる。
歩いて出発する者はほとんどいない。
「えっと、まさか、歩いていくんじゃないですよね」
不安そうにルイミンが尋ねてくる。
まあ、なにも説明をされないまま、門の外に出てくれば、不安にもなるよね。
わたしたちは人通りの少ない場所に移動する。
「この辺りでいいかな?」
わたしは両腕を伸ばすとくまゆるとくまきゅうを召喚する。
「な、な、なんですか!」
ルイミンが叫び声をあげる。
「ユナちゃんの召喚獣よ」
なぜか、サーニャさんが自慢げに説明をする。
わたしの召喚獣ですよ。
「くまゆるとくまきゅうだよ。ルイミンには紹介したよね」
「くまゆるちゃんとくまきゅうちゃん? でも、もっと小さくて」
ルイミンは手で小熊のくまゆるたちの大きさを作る。
「ルイミンが見たのは小熊化した状態だからね」
わたしはくまゆるとくまきゅうを小熊化する。
すると、今度は別の方向から驚きの声があがる。
「ユナちゃん! この小さなクマはなんなの!?」
サーニャさんが目を大きくして驚いている。
そういえばサーニャさんは小熊のことは知らなかったんだね。
「えっと、さっきサーニャさんが言ったけど、くまゆるとくまきゅうは召喚獣なの。それでさっきの通常の大きさから、この小さい小熊の大きさに変えたりすることができるの」
「そうなんですか」
「知らなかったわ」
2人は小熊化したくまゆるとくまきゅうをそれぞれ抱きかかえる。
姉妹揃って同じ行動をする。
わたしはくまゆるとくまきゅうを離してもらうと、元の大きさに戻す。
「不思議ね」
「不思議です」
「それじゃ、2人はくまゆるに乗って」
「もしかして、くまゆるちゃんたちに乗って行くんですか?」
「馬よりも速いし、乗り心地もいいよ」
サーニャさんとルイミンはくまゆるに近寄る。
「クマに乗るなんて初めての経験ね」
「普通はクマに乗ることはないからね」
くまゆるは背中を向けると、ルイミンが先に乗り、その後にサーニャさんが乗る。
「えっと、くまゆるちゃん、よろしくね」
わたしもくまきゅうに乗り、優しく撫でてあげる。
「今日もお願いね」
くまきゅうは小さく鳴いて返事をしてくれる。
「落ちないと思うけど。くまゆるの上で暴れたりしないでくださいね。それじゃ行きますよ」
わたしたちはエルフの里に向けて出発する。
「速いです」
「速いわね」
「こんなに速く走って、くまゆるちゃんは大丈夫なんですか?」
ルイミンは心配そうにする。
速いと言っても、馬が普通に走るよりも少し速いぐらいだ。
もっと速度を上げることもできるが、長い道のりだから、くまゆるたちに負担を掛けたくないため、速度は落としている。
それにどこまでくまゆるたちの力の情報を開示したら良いか分からない。
だから、馬よりも少し速く、持久力があることにしている。
持久力があれば馬よりも長時間走る理由になる。
「一応、休憩は入れるから大丈夫だよ。それで、サーニャさん。まずはラルーズの街に向かうんだっけ?」
先日、話し合ったときに向かう先の街の名前は聞いた。
だけど、場所と距離は把握していない。
道案内してくれる、サーニャさんとルイミンがいるからいいかな、と思ったりしたからだ。
だから、どのような道でエルフの里に向かうかは二人にお任せだ。
わたしは、移動手段を提供して付いて行くだけだ。
「ええ、その街が隣の国に隣接している街だからね。そこから隣の国、ソルゾナーク国に入るわ」
サーニャさんの話ではラルーズの街に行く間には町や村があるそうだけど。立ち寄るかどうかはそのときの状況次第で決めるそうだ。
地図は作りたいけど、街に寄りたいかは別の話だ。
クマの格好じゃなければ、街の中を見物をするのもいいんだけど。わたしにとっては難しい問題だ。
一人旅ならともかく、今回はサーニャさんとルイミンがいる。二人には迷惑をかけたくない。
とりあえず、今は朝が早かったから眠い。
空を見れば晴れ渡っている。陽射しが気持ちいいから寝るには丁度いい。このまま、くまきゅうに体を預けて眠りたい気分だ。
でも、横に並走する二人が話しかけてくるので眠ることができない。
「それにしても召喚獣のクマが小さくなるなんて聞いてなかったわ」
「わたしは大きくなるなんて聞いてなかったです」
二人は別の理由でわたしを責める。
そんなことを言われても困る。
言いふらすことでも無いし、今回の件は言うタイミングが無かっただけだ。
「でも、可愛いですね」
ルイミンはくまゆるの頭を撫でる。
その姿には恐怖心は見えない。
「そういえばルイミンは初めてくまゆるを見たときも驚いてなかったね」
怖がられるよりはいい。くまゆるたちが怖がられると悲しくなるからね。
「エルフの森にも可愛いクマの親子がいます。そのおかげで怖くないかもしれません」
「襲ってきたりしないの?」
「人懐っこいクマだから、大丈夫ですよ。それに襲われたとしてもクマに後れをとったりしません」
話を聞いて安心する。
別のクマとは言え、怖いとか言われないで良かった。
まあ、実際は怖い生物なんだけど。
くまゆるとくまきゅうと一緒にいると、その辺りの感覚が麻痺してくる。
移動は順調に進み、人がいるのが見えた場合は驚かせないように少し離れて移動するようにしている。
馬などを驚かせて、暴れたら大変だからね。
途中で何度か休憩を入れ、その度にくまゆるとくまきゅうの交換を行う。
「嫉妬ですか。そう考えると可愛いですね」
「笑い事じゃないよ。いじけると、こっちを見てくれなくなるんだから、機嫌を取り戻すのは大変なんだからね」
と言っても一晩一緒にいれば大概は機嫌は直してくれる。
だからと言って、機嫌が悪くなるようなことをわざわざすることじゃない。
何度目かの休憩のとき、サーニャさんが今日の予定を切り出してくる。
そろそろ日が暮れてくる時間だ。
「このまま、くまゆるちゃんたちが走れば町に着くと思うんだけど」
「今日はそこに泊まるんですか?」
ルイミンが尋ねる。
町か、別にいいんだけど。微妙なところだ。
「でも、まだ距離があるのよね。だから、わたしは無理はしないで、今日はこの辺りで野宿をしようと思うんだけど、どうかしら」
たぶん、くまゆるたちなら大丈夫だ。
走れば、間違いなく町に到着することができる。
でも、サーニャさんはくまゆるたちを気遣ってくれている。
召喚獣だからと言って無理に走らせたりしない、サーニャさんの気持ちが嬉しい。
「わたしも野宿でいいですよ。くまゆるちゃんたちに無理をさせたくありませんから。それに一日で凄く進みましたよ。くまゆるちゃんとくまきゅうちゃん、凄いです」
「本当よね。わたしもまさかここまで来られるとは思わなかったわ。この子たちは疲れを知らないのかしら」
サーニャさんは優しい目でくまゆるたちを見ながら尋ねてくる。
わたしだって詳しいことは分からない。それに、くまゆるたちの限界を知ろうとは思わない。
限界を知るってことはくまゆるたちに無理をさせることになる。
そんなことをさせたくないし、させるつもりもない。
だから、疲れた様子が無くても休憩は入れるし、最高速度で長時間走らせることはしない。
「ユナちゃんも野宿でいいかしら」
「別にいいですけど。あの、少し木がある場所でいいですか?」
わたしが指す先にはクマハウスを出しても街道からは死角になりそうな木が数本ある。
近寄って見なければ気付かれないはず。
エルフの里まで、どのくらいかかるか分からないけど、今後も野宿をすることになる。
それなら、早めにクマハウスのことを話しておいた方がいい。
「少し街道から離れるけど、今日はあの木の下で野宿をしましょう」
疑うこともせずに、わたしの案を呑んでくれる。
「サーニャさん、ルイミン、ちょっといいかな」
「なに?」
「今から出す物があるんだけど、他の人には黙っていてほしい」
「なにを出すの?」
「よく分かりませんが、黙っていてほしいなら、誰にも話しませんよ」
ルイミンは即答で承諾してくれる。
わたしはサーニャさんの方を見る。
「分かったわ。わたしも誰にも言わないわ」
一応、2人から口約束だけど、約束を貰ったので旅用のクマハウスを取り出す。
「…………クマ!?」
「…………家!?」
2人が口にしていることは違うけれど、驚いていることには変わらない。
「ユナちゃん、これはなにかしら?」
サーニャさんはクマハウスを指さしながら、わたしの方を見る。
「家ですけど」
それしか答えようがない。
「お姉ちゃん、王都じゃ、家は持ち運びができるの?」
「普通はできないわね。でも、ユナちゃんのアイテム袋は古代の遺物のアイテム袋だから、可能なのかしら?」
そんなわたしが忘れているような設定が出てくる。
「古代の遺物のアイテム袋ですか」
ルイミンがくまゆる、くまきゅう、クマハウス、クマさんパペット、最後にわたしを見る。
「ユナさんって何者なんですか?」
なんとも答えづらい質問を。
「クマの格好をした冒険者だよ」
と誤魔化して二人をクマハウスに入るように促す。
ルイミンは納得してないようだったけど、それ以上は追及してこなかった。
どうやら、すでに2巻が販売しているお店があるみたいですね。
どうぞ、よろしくお願いします。