206 クマさん、エルフの里に行くことになる
「えっ、ユナちゃん、エルフの里に来たいの?」
「もしかして、エルフ以外は入れなかったり、サーニャさんたちに迷惑がかかったりする?」
エルフの森に入るとエルフが襲ってくるシーンがよくある。定番だと木の上から弓を構えているエルフが「立ち去れ、これ以上進むなら攻撃をする」と言われるイメージがある。
もし二人に迷惑がかかるようだったら、残念だけど諦める。
「それは大丈夫。知らない人が来れば警戒するけど。わたしとルイミンが一緒なら大丈夫よ。でも、エルフの里は遠いし、山の奥にあるわよ。普通の人が行くには大変よ」
クマ装備があるわたしにはどんなに歩いても大丈夫だ。それに、くまゆるもくまきゅうもいる。くまゆるたちに任せれば寝てても目的地に着く。だから、なにも問題はない。
なんか、今更だけど全てクマ任せだね。
「それに依頼じゃないから、依頼料も無いし、ランクの達成にもならないわよ」
お金もランクも必要はない。わたしはファンタジーの定番、エルフの里を見たいだけだ。
わたしがお金もランクも必要無いと伝えると、呆れ顔になる。
「ユナちゃんがそう言うなら良いけど。本当に来てもなにも無いわよ」
それはエルフの考えであって、他の人から見ればいろんな物があるものだ。
秘宝とか、エルフの森で採取できる貴重な薬草とか、エルフの森は未知の領域だ。
それにエルフの里って言えばゲーム、小説、漫画の重要なところだよ。
せっかく異世界にいるんだから、一度は行ってみないと。
まあ、実際になにも無くても、この世界のエルフがどんなところで暮らしているか見るだけでもいい。
観光旅行だ。
とりあえず、サーニャさんの許可も降りたので、嬉しくしていると別のところから、少し否定的な言葉が飛んでくる。
「お姉ちゃん、本当にユナさんを連れていくつもりですか!?」
ルイミンが信じられないようにサーニャさんを見る。
あれ、ルイミンは反対なのかな。
できればルイミンからも賛成が欲しいんだけど。一緒に旅をするなら、険悪になるのだけは避けたい。
「遠いんですよ。ユナさんはまだ子供なんですよ」
子供って、わたしそこまで小さくないよ。それに身長ならルイミンも大きくはないよね。ある場所を含めて。
でも、ルイミンの反対理由はわたしの身の安全を気にしてのことだったみたい。
「小さいって、ルイミンと変わらないでしょう」
「わたしと変わらないぐらいと言っても、ユナさんは人でわたしたちと違ってエルフじゃないんですよ。危険です」
ルイミンがわたしのことを心配してくれるのはとっても嬉しいんだけど。
これが、ありがた迷惑っていうやつになるのかな。
「ユナちゃんが危険な目にね」
サーニャさんは奥歯に物が挟まったような言い方をして、わたしの方を見る。
その目はなんですか? 言いたいことは分かるけど。
とりあえず、自分でルイミンを説得するしかないかな。
「ルイミン、わたし冒険者だから、自分の身ぐらい守れるよ。だから、心配しないで」
「ユナさんが、冒険者?」
わたしの言葉が信じられないようで、疑いの目をわたしに向ける。
まあ、いつものことだけど、クマの着ぐるみを着ている女の子が冒険者と言っても信じないよね。
そんな疑うルイミンにサーニャさんが助け船を出してくれる。
「こんな変な格好しているけど、優秀な冒険者よ。ランクはCだから、旅の足手纏いになったりしないから大丈夫よ」
変な格好とか言われるけど、反論ができないのは少し悔しい。
助け船を出すなら、もう少し言い方はないかな。
「ランクC、……そんな嘘までついて」
「嘘じゃないんだけど」
ギルドカードを見せれば信じてくれるかな?
見せたとしても偽物とか言われそうだけど。
「ユナさん、長い旅になるんですよ。数日で帰ってこれないんですよ。旅は危ないんですよ。魔物が襲ってきたりするんですよ。雨もいきなり降ってきて濡れたりするんですよ。危険なのは魔物だけじゃなくて、人も危険ですよ。こちらが何も知らないと思って近づいてきて、騙したりするんですよ」
ルイミンが王都まで来るのに苦労したのが目に浮かんでくる。
「頑張ったね」と言って頭を撫でたくなってくる。
でも、わたしの場合、雨が降ったらクマハウスで雨宿りすればいいし、普通の魔物なら倒せるし、人が危険なのは知っている。返り討ちにするだけだ。でも、最後の騙されたりするんですよ。の部分の言葉に力が入っていたのは気のせいかな。
「そんなに心配なら、ルイミンがユナちゃんを守ってあげれば? 少しは成長はしたんでしょう」
サーニャさんが悪い笑みを浮かべながら提案してくる。
ルイミンはわたしの方をじっと見る。
そして、少し悩んで、考えて、答えを出す。
「分かりました。ユナさんのことはわたしが守ります。でも、帰りはお姉ちゃんがしっかり守ってあげてくださいよ」
なんか、変な方向に流れたけど、ルイミンも承諾してくれたみたいだ。
でも、わたし的にはクマハウスの前に倒れていたルイミンの方が心配なんだけど。なにか、ドジっ子のような。一人で歩かせると危ないような雰囲気を持っている。
でも、ルイミンにとってはわたしの方が心配なんだろう。
「それじゃ、予定を決めましょう」
それから、サーニャさんの仕事量を吟味して、出発する予定日などを話し合う。
「お姉ちゃん、移動はどうするの? やっぱり、馬車?」
馬車は面倒だな。
なによりも遅いのが難点だ。
それなら馬の方がいい。
でも、ルイミンが馬車を提案したのはわたしのためかもしれない。
「ルイミン、あなたはここまでどうやって来たの?」
「乗り合い馬車を使ったり、歩いてきましたよ」
乗り合いの馬車は街と街を移動するための馬車だ。
まあ、元の世界で言えばバスや電車みたいなものだ。
お金を払って決まった目的地に向かう交通手段になる。
高い乗り合い馬車だと護衛付きになったりする。
たまに依頼でみかけるが、普通は冒険者と長期契約している場合が多いみたいだから、冒険者ギルドボードには貼られることは少ない。
「う~ん。そうね。ユナちゃん、頼める?」
サーニャさんが少し悩んでわたしに頼んでくる。
言葉を省略しているけど、くまゆるたちのことを言っているのだろう。
わたしは問題はないので、頷いておく。
馬車などで行くと時間がかかる。だからわたしとしても、くまゆるたちの移動の方が助かる。
日程も移動手段も決めると、出発当日に冒険者ギルドで会う約束をする。
冒険者ギルドを出たわたしは一度クリモニアに戻り、フィナとティルミナさんに遠出することを伝える。
「ユナお姉ちゃん、気をつけてね」
「なにかあれば、クマフォンで連絡するんだよ」
わたし的にはフィナたちの方が心配だ。だから、フィナにはなにかあればクマフォンで連絡するように言っておく。
クマの転移門があれば駆けつけることができる。
「ユナちゃんは強いし、くまゆるちゃんもくまきゅうちゃんもいるから大丈夫だと思うけど、なるべく早く帰ってきてあげてね。孤児院の子供たちも、長い間会えないと心配すると思うし、フィナもシュリも寂しがるから」
「はい、なるべく早く帰って来ます」
ティルミナさんと約束をする。
なにか、こうやって心配されるのは嬉しいものだ。元の世界じゃ、経験できなかった体験だ。
それにわたしだって長居をするつもりはない。
それに、いざとなればエルフの里にクマの転移門を設置すれば、片道の時間を短縮することができる。
ただ、問題はサーニャさんやルイミンにクマの転移門のことを話せないことぐらいだ。
そして、出発当日、冒険者ギルドに向かう。
時間は陽が昇り始めたばかりだ。
う~、眠い。
こんな早く出発しないでもいいと思うが、門の出入りが混む前に出発したいそうだ。
たしかに、王都の出入りは混む。
わたしは欠伸をしながら、冒険者ギルドに向かう。
でも、早朝は人が少ないから、逆に良かったかもしれない。人のことを指さす子供もいないし、ひそひそと話し声も聞こえてこない。
ときおり、わたしのことを見てビックリするものはいるけど。人が多い時間に比べれば無いに等しいぐらいだ。
冒険者ギルドの前に到着すると、サーニャさんとルイミンの二人は待っていた。
「お、おはよう~ございます」
欠伸をしながら挨拶をしてしまった。
「ユナちゃん、眠そうね」
「こんなに朝早く起きることはないので」
いつもなら、あと1,2時間は寝ている。
別に朝起きて仕事をするわけでもないし、遠くに行くにしてもくまゆるたちの速度なら十分に間に合うし、王都に行くにしてもクマの転移門もある。早起きをする理由がない。
フィナが解体する仕事をするときも、陽が上がってから家に来る。
「二人は大丈夫そうね」
「わたしたちはエルフだから、陽が昇ると同時に起きる習慣だからね」
サーニャさんはそんなことを言うが、ルイミンがすぐに否定する。
「お姉ちゃん! なにを言っているの。わたしが起こさなかったら、いつまでも寝ていたでしょう。いくら、起こしても起きないし。それに、さっきまでお姉ちゃんも欠伸をしていたでしょう」
ルイミンが暴露をする。
そうなんだ。それじゃ、欠伸がでても問題はないよね。
わたしは我慢しないで、もう一回、欠伸をする。
出発したら、くまゆるとくまきゅうの上で寝よう。
「今日は違うわよ。昨日の夜遅くまで仕事をしていたから、起きられなかっただけよ。決して、普段から起きられないわけじゃないわ」
サーニャさんの欠伸はわたしと違って理由があったみたいだ。
「それでユナさん、馬か馬車はどこにあるんですか?」
ルイミンがおかしなことを言い出す。
どうして、わたしが馬を用意しないといけないのかな。
わたしとサーニャさんが不思議そうにルイミンを見ると、慌てて説明をし始める。
「だって、先日、お姉ちゃんがユナさんに移動手段をお願いしていたから、ユナさんが馬車か馬を用意すると思っていたんです。もしかして違ったんですか? それとも、乗り合いの馬車を予約してあるんですか?」
サーニャさんの方を見ると小さく笑っている姿がある。
どうやら、くまゆるたちのことを黙っていたらしい。
妹を弄って楽しんでいるようだ。
「ルイミン、大丈夫よ。ユナちゃんはちゃんとエルフの里に向かう手段は用意してくれているから」
「そうなんですか?」
わたしの方を見るので、頷く。
嘘ではない。
「それじゃ、早く出発しましょう」
門に向けて歩き出す。
ルイミンは一人、納得してないようだった。
次回、出発です。