181 クマさん、三人娘とプリンを作る
三人娘を連れてキッチンに戻ってくると、ゼレフさんがメイドさんに指示をだしながら、料理の下ごしらえをしている。わたしが出した食材の箱も散らかっている。箱を開けないと何が入っているのか分からないから仕方ない。
そのゼレフさんが調理している場所から少し離れた位置に、ボッツさんが椅子に座りながら見ている。
腕以外は大丈夫なのかな?
さっきも、元気よく会話をしていたし。そう考えるとやっぱり集中的に腕を狙われたってことなのかな。
「その箱は冷蔵倉庫にお願いします。そちらの箱の中身は使いますのでこちらに……」
ゼレフさんはメイドさんに指示を出して、調理に集中している。ゼレフさんにキッチンの使用許可を貰おうとしたが声をかけるタイミングがない。
どうしようかと悩んで入口に立っているとボッツさんがわたしたちに気付く。
「クマとミサーナ様?」
ボッツさんが声を出すとゼレフさんがわたしのことに気付いてくれる。
「ユナ殿? どうしたのですか?」
「ゼレフさん。邪魔をしないから、キッチンの隅を使わせてもらっていいかな?」
「駄目だ」「いいですよ」
ボッツさんとゼレフさんが同時に返事をする。
ゼレフさんに尋ねたのに、どうしてボッツさんが答えるかな。
「ボッツ、いいんですよ。それでユナ殿は何を作るんですか?」
「この娘たちが暇そうにしていたから、一緒にプリンでも作ろうと思ったんだけどいい? もちろん、ゼレフさんの許可が貰えれば明日のパーティー分も作ろうと思っているけど」
「そんなの駄目に決まっているだろう」「おお、それはいいですね」
また、二人の言葉が重なり、答えが逆になる。
「ゼレフ、何を言っているんだ! 大事なパーティーの料理なんだぞ。そんなクマが作った料理など出せるわけがないだろう」
「ボッツ、大丈夫ですよ。ユナ殿の料理は国王様の誕生祭のパーティーのときにも出されていますから」
「……冗談だよな。こんなクマが作った料理を国王の誕生祭のパーティーに」
「しかも、わたしが作った料理よりも高評価で、パーティーは騒ぎになったほどです」
「ゼレフ、俺をからかっているのか?」
「いいえ、からかったりはしませんよ。本当のことですよ」
ゼレフさんの言葉でもボッツさんは信じられないみたいだ。
まあ、わたしもパーティーを見ていないから、信じられないけど。
「でも、さっき、このクマは冒険者だって言わなかったか?」
「ユナ殿は優秀な冒険者であり、優秀な商人でもあり、優秀な料理人でもあります」
そんなに優秀、優秀と連呼しないでほしい。それを信じてしまう娘たちがここにいるんだから。三人娘を見ると、目を輝かせながらわたしのことを見ている。
わたしはそんな凄い人じゃないからね。
どこにでもいる着ぐるみを着た普通の女の子だよ。
と心の中で言ってみるが、着ぐるみを着た女の子なんて、どこにもいないよね。
そう考えるとボッツさんがわたしを疑うのは仕方ない。
わたしの見た目はクマの着ぐるみを着た女の子。まず、料理人には見えない。まして、冒険者にも見えないし、商人にも見えない。
まあ、着ぐるみの格好は日本だろうが、異世界だろうが職業は存在はしない。
頭に職業クマの文字が浮かぶ。
わたしはギルドカードに書かれている職業だけは知られないようにしようと誓う。
でも、このまま疑いの目を向けられたままプリンを作るのも面倒そうだ。
これは一度食べてもらった方がいいかな?
「ボッツさん、これがプリンです」
クマボックスからプリンを1つ取り出して、テーブルの上に置く。
ストックなら大量に持っている。
パーティー用も十分にある。でも、せっかくのパーティーだ。みんなで作った方が楽しい。
「これがプリン?」
ボッツさんは近寄って手を伸ばそうとするが、できないことに気付く。
わたしも忘れていたけど、腕を怪我をしているんだよね。
それを見ていたメイドさんの一人が近寄ってくる。
「ボッツ料理長。わたしでよろしければ」
「すまない。頼む」
今のやり取りを見ると怪我をしたボッツさんの食事の面倒を見ているのかな?
メイドさんはプリンをスプーンで掬い、ボッツさんの口に運ぶ。
「……なんだ。これは」
「ボッツ。美味しいだろう。国王様も王妃様もお気に入りの食べ物だ」
メイドさんがさらに一口運ぶ。
「美味い。これを本当にそこのクマが」
疑いの目から、奇妙な目で見る目に変わる。あれ、あまり変わっていない?
「ボッツ料理長、本当に美味しいのですか?」
メイドの一人が尋ねる。
それは美味しいと言われれば食べたくなるよね。
ボッツさんの食べ掛けを食べさせるのは可哀想だから、手伝いをしているメイドさんに出してあげる。
「よろしいのですか?」
「うん。だから、しっかりゼレフさんのお手伝いをしてね」
「もちろんでございます」
メイドさんの三人はプリンを食べる。
「ユナ様、とても美味しいです」
「ええ、こんな美味しい物、初めて食べました」
好評のようで良かった。
「ユナさんは凄いんです! プリン以外にも美味しい食べ物を作れるんです!」
なぜか、ノアが胸を張って自慢げに言っている。その言葉にフィナとミサが賛同している。
褒めてくれるのは嬉しいけど、あまりハードルを上げないでね。
「それで、食べてみてどう? グランさんのパーティーにダメでもミサのパーティー用に作ってあげたいんだけど」
まあ、グランさんのパーティーに出せなくても問題はない。あくまで、暇潰しであり、三人娘の気分の入れ替えのために作るだけだ。場所を提供さえしてくれればいい。
「わかった。ゼレフが許可を出すなら、俺は構わない。でも、ゼレフの邪魔だけはするなよ」
「分かっているよ。みんな、許可も出たから作ろうか」
「「「はい」」」
元気よく返事をする三人娘。
邪魔にならないように隅に移動する。
クマボックスから卵を100個ほど取り出す。多く作って困ることはない。余ったらクマボックスに保管してもいいし、グランさんのところで働く人たちに配ってもいい。余ることはない。
「それじゃ、フィナは卵を割って、二人はフィナが割った卵をかき混ぜて」
わたしは他の作業をする。
フィナは手慣れた感じで卵を割っていく。
「おい、ゼレフ。卵があんなにたくさんあるぞ」
「それはあるでしょう。ユナ殿は卵用のコケッコウを育てていて、卵が1日500個は手に入りますから」
「500個!?」
たしか、ティルミナさんの話ではもっと増えたはず。ゼレフさんの情報は古い。
プリン、ケーキ、他の料理にも使われている。お店だけでも1日数百の卵を消費している。
さらに価格が下がっているため、一般家庭でも買われるようになっている。卵は栄養もあるし、良いことだ。
ボッツさんは信じられないようにフィナの卵を割る姿を見ている。
「しかも、あんな子供が卵を……」
ボッツさんの中では卵は高級食材なんだろう。
ティルミナさんには卵が欲しければ家族で食べる分を持って帰ってもいいと伝えてある。孤児院でも食べるようになっているし、身近な食材になっている。
初めの頃は卵を割るのも緊張しながら割っていたフィナの姿が懐かしい。しかも、震える手でやるから、何度も失敗して、何度も謝っていたっけ。あの頃の姿を思い出すと笑みがこぼれる。
今では、コン、カシャ。コン、カシャ。と心地良い感じで割っていく。うん、成長したね、フィナ。
「ユナお姉ちゃん。なんですか。その笑みは」
「わたし笑っていた?」
「はい。なんか、お母さんとお父さんみたいな感じでした」
ティルミナさんやゲンツさんの気持ちは分かる。成長する娘を見る感じだね。
「ユナさん。わたしも卵を割ってみたいです!」
「わ、わたしも」
「いいよ。フィナ、教えてあげて。失敗した場合、殻は気をつけてね」
「はい」
嬉しそうに卵を割り始めるノアとミサ。
卵は100個ある。コツさえ掴めればすぐにできるようになるはず。
「ゼレフさん。もし、卵を使うようだったら、言ってください。在庫はあるので」
「それは助かります。王宮にもあったのですが、さすがに持ってくることはできなかったので」
「それじゃ、冷蔵庫に適当に仕舞っておきますから、使ってください」
わたしは大きな冷蔵庫に卵を詰め込んでおく。
「おいおい、本当かよ。高級食材だぞ」
ボッツさんの言葉は聞き流す。
これぐらいあればいいかな?
「卵もそうだが、この食べ物も聞いたことが無い」
「ボッツ。ユナ殿のことでいちいち驚いていたら、料理ができなくなりますよ。料理人が未知の料理を否定したら、進化はなくなります」
「あのクマ、何者だよ」
「ユナ殿にあれこれ聞くのは国王様より、禁止されていますから、聞く場合は命を賭けてください。わたしは助けたりはしませんから」
「なんだそりゃ」
「ユナ殿が国王様にボッツのことを報告すれば、首が飛びます」
ゼレフさんは笑いながら首をトントンと叩く。
そんなことしないよ。鬱陶しかったら、殴るけど。
「…………」
「ボッツ、冗談です。でも、国王様はユナ殿のためなら、力を貸すのは本当ですよ」
ボッツさんは驚いたようにわたしを見る。
「それはわたしがここにいるのが証拠です。一般人の冒険者が国王様に直談判して、王宮料理長を貸してくださいって言って、即決断して、送り出したりすると思いますか? 今回はユナ殿のお願いだから、わたしがここにいるんです」
ゼレフさんの言葉に唾を飲み込むボッツさん。
えっ、わたしの立場ってそんな凄い位置にいるの!?
確かに、国王には貸しがいくつかあるけど。魔物一万匹とか、食べ物とか、絵本とか。微々たる貸しだと思うんだけど。
今回の頼みで貸しがいくつか減ったかな?
まあ、フローラ様に会えなくなることが無ければいい。あの笑顔を見れなくなるのは悲しいからね。
「だから、わたしからの忠告です。ユナ殿が嫌がることはしないことをお勧めします」
「分かった。何も聞かない。まだ、死にたくないからな」
その言葉通り、ボッツさんは聞きたそうにしているが、聞いてくることは無かった。面倒ごとが回避されてゼレフさん? 国王? に感謝する。
プリン作りも順調に進み、後は冷蔵庫に入れて終了だ。
でも、空いている冷蔵庫が無かった。
仕方ないので、予備のクマの形をした冷蔵庫をだして、プリンを仕舞っていく。
「ユナさん。これで完成ですか?」
「うん、明日の朝にはできているよ」
「楽しみです」
「一応、パーティー用だからね」
「分かってます」
「フィナはみんながパーティーをしているときに一緒に食べようね」
「はい!」
「ユナさん。本当に参加しないんですか?」
「しないよ。わたしが来たのはミサのパーティーに参加するためだもん」
「フィナは?」
ノアの質問にフィナは首を横に振る。
ミサのパーティーに参加するのも、あれだけ嫌がったんだから、それがいろんな貴族やお金持ちが集まるパーティーには参加はしたくないだろう。参加しても楽しめないし、フィナの胃に穴が空いてしまう可能性もある。
それにフィナが参加でもしたら、わたしまで参加することになりそうだから、フィナを参加させるわけにはいかない。
ノアとミサは残念そうにするが、今回は我慢してもらう。
そして、その日の皆が寝静まった夜、クマが屋敷の上に登ったことを誰も知らない。
クマの転移門を外しただけだよ。
やっと、次回パーティーだ!