179 クマさん、ゼレフさんを連れてくる
早朝、くまゆるたちに抱かれて気持ちよく寝ていると朝日が目に入ってくる。
もう、朝か。寝つきの良いわたしは朝は強い。
「おはよう。二人とも」
くまゆるとくまきゅうに挨拶をして立ち上がる。
くまゆるたちのベッドもいいけど、やっぱり布団でしっかりと寝たいね。
わたしがくまゆるたちに挨拶をした声で起きたのか、毛布にくるまっていたゼレフさんも起き出す。
「ユナ殿、おはようございます」
「おはよう。それじゃ、朝食を食べたら出発しますね」
「わかりました」
夕食同様、簡単に朝食を済ませると、すぐに出発をする。
クマの地図を見るともうすぐだ。
王都とシーリンの位置。ここまでの進んだ距離を見れば、何事も無ければ昼頃には到着する。
「ゼレフさん、大丈夫ですか? 疲れたりしてませんか?」
「大丈夫ですよ。前に馬に乗ったときは、腰やいろんなところが痛くなりましたが、くまゆる殿たちは乗り心地が良くて、疲れてません」
なら、このまま進んでも大丈夫かな。
陽が昇り出したぐらいから出発したから、時間的にも余裕がある。
一度、休憩を入れてからシーリンに向かう。順調に進み、シーリンの街の外壁が見えてくる。
う~ん、このまま進みたいけど、門兵に召喚獣のことを説明をするのが面倒だ。
「ゼレフさん、ここから歩いて行きたいんですが、いいですか?」
「えっ、ここから歩くのですか?」
「門兵に召喚獣のことを説明をするのが面倒なので、街近くに来たら降りることにしているんです」
「ああ、なるほど。分かりました。良い運動と思って歩きます」
ゼレフさんは自分のお腹を見る。
少し歩いただけじゃ、痩せないよ。しかも、たいした距離じゃない。毎日歩けば良い距離だけど。1日じゃ、焼け石に水だ。
まあ、わたしは運動に関しては人のことは言えない。着ぐるみを脱いで、運動をした記憶があまりない。
三日坊主ばかりだ。何度か、着ぐるみを脱いだ状態で運動をしたことがあるが、あまりにも体力がなく、運動は諦めたものだ。運動は継続的に行わないとダメだ。
くまゆるたちを送還すると、徒歩で街に向かう。
「おまえさんは先日のクマ?」
「はい、ギルドカード」
いろいろと聞かれると面倒なのでギルドカードを提示して、さっさと街の中に入る。
門兵はクリフに言われた言葉を覚えているのか、特になにも言ってこない。
なんだかんだで、貴族の影響力は凄いね。
「ここがシーリンの街ですか」
ゼレフさんは周りを見渡す。
「シーリンの街は王都から近いほうじゃない? 一度もないの?」
「自分は王都生まれで、ほとんど王都から出ずに、料理の勉強をしてましたからな」
やっぱり、そうなんだ。
そのぐらいしないと王宮料理長にはなれないかな。
1つのことに集中できないわたしには無理だね。あっちこっちに手を出しまくって、手が回らなくなるのがわたしだ。
やるのはいいけど。最後には面倒になって放り投げる。典型的なダメな人種だ。
その点、この世界の住人は1つのことをやり遂げる人が多い。
ゼレフさんは歩きながら食べ物屋を見付けると、お店に向かおうとする。
「ゼレフさん、それはパーティーが終わってからにしてください」
「ですが……」
「ですがじゃ、ないですよ。パーティーは明日なんですから、急ぎますよ」
「うぅ」
ゼレフさんを連れてグランさんのお屋敷を目指す。
もしかして、また、ランドルに出会う可能性も危惧したが、出会うことも無く無事にグランさんのお屋敷に到着する。
門番はわたしを見ると驚く。
「中に入っても大丈夫?」
「はい、グラン様から伺っています。お客様も一緒に通すように言われてます」
連絡が付いていたようで、ゼレフさんも怪しまれることもなく、お屋敷の中に入る。
中に入ると、メーシュンさんが駆け寄ってくる。
「ユナ様!」
「ただいま、グランさんとクリフに会えるかな?」
「はい、戻ってくるようだったら、すぐにお呼びするように言われてます」
「ゼレフさん、疲れていない?」
「心配しなくても、大丈夫ですよ」
「それじゃ、メーシュンさん、お願いします」
メーシュンさんの案内で前回と同じ部屋に案内される。
「グラン様、ユナ様がお戻りになられました」
メーシュンさんが中に入り、報告すると同時にわたしも部屋の中に入る。
「グランさん、クリフ。何もなかった?」
部屋の中にいるグランさんとクリフに声をかける。でも、知らない人物が一人いる。
「ユナ!?」
「戻ったのか!」
「今、戻ってきたところ。えっと、その人は?」
ゼレフさんのことを話してもいいのか分からなかったので尋ねる。
「息子のレオナルドだ。気が弱いがわしの息子じゃ」
「親父、気が弱いは余計だ。娘と親父がお世話になっているそうだね。え~と、クマさん?」
「ユナよ」
「そうだった。すまない。娘と親父からクマ、クマと話を聞くもんだから、そして、現れたのが本当にクマの格好していたから」
グランさんじゃないけど、細身の体で気が弱そうな人だ。本当に貴族なのか疑いたくなる。
「それでユナ。料理人は?」
クリフは思い出したように尋ねる。
グランさんの息子ならゼレフさんのことを紹介しても大丈夫かな?
「連れてきたよ」
わたしがそう言うと、出るタイミングを待っていたゼレフさんが部屋の中に入ってくる。
「この度はユナ殿に頼まれて、グラン殿のパーティー料理を作らせていただくことになりました、ゼレフと申します」
ゼレフさんは一礼をする。
「ゼレフ……、失礼じゃが、どこかでお会いしたことはあるかな。ゼレフ殿をどこかで、見掛けた記憶がある気がするのじゃが、年のせいで思い出せない」
「ユナ……、おまえ、知り合いって……」
グランさんはゼレフさんを見ると顎に手を置いて考える。
クリフはゼレフさんを見たあと、わたしの方を呆れたように見ている。
レオナルドさんは口が開いて、パクパクしている。
「クリフはゼレフ殿を知っているのか?」
「グラン爺さん。ボケるのが早いぞ。グラン爺さんも知っている人物だぞ。レオは気付いたらしいが」
「会っている? 確かに見覚えがあるが思い出せん。ゼレフ殿、もし会っているようでしたら申し訳ない」
グランさんは謝罪をする。
どうやら、クリフとレオナルドさんはゼレフさんのことを知っているらしい。
「いえ、気になさらず。たぶん面と向かって会うのは初めてです」
「そうなのか?」
「自分は王宮料理長を務めさせてもらっています。たぶん、国王様のパーティーで挨拶をさせてもらったときに顔を覚えていたのでしょう」
「王宮料理長!?」
グランさんは驚く。
クリフとレオナルドさんはやっぱりという顔をしている。
「ユナ。知り合いって、ゼレフ殿のことだったのか?」
「うん、一流の料理人ってゼレフさんしか知らないし」
「ユナ殿に一流って言われると光栄ですな」
ゼレフさんは照れたような仕草をする。
グランさんはゼレフさんの正体を知ると慌てて、椅子に座るようにお願いをする。
その言葉に甘え、わたしたちは席に座る。
「それで、本当に料理を作ってもらえるのでしょうか?」
「ユナ殿に頼まれました。それに国王様からもユナ殿の手伝いをしてあげろと仰せつかっています」
「国王様……」
国王の言葉が出た瞬間、部屋に沈黙が流れる。
グランさん親子は驚き、クリフは呆れ顔になっている。
「おまえ、どうやったら、王宮料理長を連れてこられるんだ」
「うん? 普通にお願いしただけだよ」
「普通は国王様に頼むこともできないし、王宮料理長が他の貴族のパーティー料理を作るなんて聞いたことがないぞ」
「そうなの?」
その割には簡単に引き受けてくれたけど。
「あのなあ」
クリフがため息を吐く。
「でも、今回はエレローラさんが頼んだことになっているみたいだから」
「エレローラが……」
「クリフがグランさんのパーティーに参加するから、ギリギリセーフみたいなことを言っていたよ」
「後日、国王様にお礼状とエレローラに手紙を出さないといけないな」
クリフは疲れたような顔をして、グランさんは困り顔、レオナルドさんは未だに驚いている。
「それで三人は集まって、どうしたの?」
「ユナ。おまえさんが間に合わなかったときの話をしていた」
「それで」
「なにも決まらなかったよ。代わりの料理人はいない。いたとしても、実力が伴なわない。お手上げ状態だ」
「相手の都合もあるから、延期はできない。最終手段はお酒だけのパーティーも考えた」
「子供も参加するんでしょう」
「子供は果汁だ」
想像するだけで、盛り上がらないパーティーだ。
料理を食べ終わったあとならいいけど。始めから最後まで飲み物だけって、さすがにダメだろう。
「でも、ゼレフ殿が来てくれたので重い荷が降ろせました」
「いえ、お礼ならユナ殿に。自分はユナ殿に恩があるので、少しでも返したいと思っただけです」
「そうですか。ユナ、ありがとう。おまえさんに救われるのは二度目じゃな」
グランさんがテーブルに手を突いて頭を下げる。
「いいよ。もし、パーティーができなかったら、ミサの誕生日パーティーもできなくなる恐れもあるでしょう。わたしがミサのためにしただけだから。それにわたし以上にミサのパーティーができないと悲しむ子がいるからね」
お礼は嬉しいが、なによりも、あの三人の娘たちが悲しむところは見たくないのが一番の理由だと思う。まあ、グランさんにはお世話になったこともあるけど、比重は多くない。
「それで、ゼレフ殿。パーティーは明日ですが間に合うでしょうか?」
「食材も王都で準備をしてきました。今日これから下準備をすれば間に合います」
「ありがとうございます。どうか、よろしくおねがいします」
わたしは食材って言葉で思い出す。
「ああ、そうだ。食材だけど。あとでグランさんに請求書送るね。国王からわたしに請求するようになっているから」
「国王様から請求……」
「うん、だからよろしくね」
「ユナ。わしが国王様に直にお礼をする。その前に国王様の予定をお聞きしないといけないな」
「いや、グラン爺さん。それはよした方がいい。表向きはエレローラが頼んだことになっている」
「そうなるとエレローラの嬢ちゃんに挨拶に行った方がいいか」
なんか、貴族の面倒なことになっている。
建前とか、表向きとか、裏とか、貴族関係は面倒だね。
わたしが独り言を言うと、クリフが聞いていたらしく。
「普通はな。国王様に会いに行って、すぐに会えることはまず無いんだぞ。数日前から手紙などを送って約束するもんだ。だから、おまえがおかしいんだからな。これが普通なんだからな」
って言われたけど。そんなの知らないよ。
フローラ様に会いに行けば勝手に部屋に来るし、今回だって、エレローラさんに頼んだら普通に会えたし。
そう考えると、やっぱり、変なのかな?