177 クマさん、ゼレフさんにお願いをする
国王の許可を貰ったので、ゼレフさんのところに向かう。
そして、なぜかそこにはエレローラさんの代わりに国王の姿がある。
それは部屋を出る前に次のようなやり取りがあったためだ。
「エレローラ。俺が付き合うからお前は仕事に戻っていいぞ」
「ちょ、どうしてよ。わたしが付き添うわよ」
「駄目だ。おまえは仕事しろ。それに俺がゼレフに説明をした方が早いだろう」
「ちゃんと、仕事はしているわよ。説明なら、わたしでもできるわよ」
「それではエレローラ様。先日の案件はどうなっていますか?」
国王の隣にいた男性がエレローラさんに尋ねる。
「ザング? ああ、あれはまだよ」
目を逸らしながら答えるエレローラさん。
「早急にお願いします」
ザングと呼ばれた男性は優しく、強い口調でお願いをする。
「うぅ、分かったわよ。ユナちゃん、それじゃまたね。もし、この男が変なことを言い出したらわたしに言うのよ」
「ですが、父上もすぐに戻ってきてくださいよ。なにかあるとすぐに抜け出すんですから。エレローラ同様、父上も仕事は山積みなんですから」
息子の王子から言われる。
「わかっている。人をいつもサボっているみたいに言うな」
「そちらのクマが来ると毎回抜け出しますよね」
王子がわたしの方を見る。
なぜ、わたしを見るかな?
わたしのせいじゃないよね。わたしは一度たりとも国王を呼んだことはない。勝手に来るんだよ。そんな、わたしのせいみたいな目で見るのは止めてくれないかな。今回はわたしのせいかもしれないけど、いつもは違うよ。
知らないところで王子に嫌われているような気がする。
こうやって、人は身に覚えのないことで嫌われたり、恨みを買うんだね。
それが、塵も積もって山になって、後ろから刺されたりするんだ。わたしのせいじゃないのに。
そんなに国王に仕事をさせたかったら、椅子に縛り付けておけばいいのに。
そうすれば、国王は仕事をする。王子は仕事が増えない。わたしは邪魔をされない。一石三鳥だ。今度、会うことがあれば進言しておこう。一方的に嫌われるのは構わないが、後ろから刺されたら困る。
まして、フローラ姫の兄になるんだから、印象は良くしておかないと。今後、フローラ姫に会うのに支障が出るかもしれない。
嫌々仕事をするエレローラさんとは別れて、国王とキッチンに向かうと、多くの料理人が仕事をしていた。
「多いね」
「そりゃ、この城で働く者の食事を用意しているんだ。全員分ではないとは言え、かなりの量になるからな」
そして、入口に国王がいるから目立つことになる。この城で一番偉い国王がキッチンの入口に立っているんだ。だから、必然的にわたしたちの方に視線が集まる。
「クマだ」「なんでクマがここに?」「あのクマか?」「噂のクマか!」「でも、本当にクマなんだ」「なんだよ。おまえ見るの初めてかよ」「俺よりも年下か」「しかも、小さいぞ」「それにあの格好はなんだ」「おい、聞こえるぞ」「怒らせたら料理長に叱られるぞ」
いや、全員の会話は聴こえているから。
それ以前に国王よりもわたしの方が視線を集めている?
おかしくない?
普通、国で一番偉い人が来たらそっちを気にするもんじゃない?
「おい、誰かクマに話しかけろよ」「おまえが行けよ」
押し付けあいが始まりだした。
いや、そこはわたしよりも、この国で一番偉い国王様に挨拶でしょう。
あなたたちおかしいよ。
誰も近寄ってこないのでわたしの方から声をかけようとしたら、一人の料理人がやってきた。
「国王様にユナ殿も、このようなところにどうしたんですか?」
一番に声をかけてきたのはゼレフさんだった。
しかも、ちゃんと挨拶の順番が分かっている。最初に国王、次にわたしの名を呼ぶ。さすが、王宮料理長だ。
「もしかして、新しい料理を持ってきてくださったんですか!?」
嬉しそうに、子供が目を輝かせるように聞いてくる。
「今日はゼレフさんにお願いがあって来たの」
「わたしにお願いですか?」
「ゼレフ、おまえにはユナと一緒にシーリンの街に行ってほしい」
いきなりの国王の言葉に驚くゼレフさん。
「シーリンの街ですか。でも、どうしてですか?」
「そこで、ファーレングラム家のパーティーが行われるんだが、料理人が怪我をして料理ができない。そこで、ユナがおまえさんに頼みに来たんだ」
「ユナ殿が」
ゼレフさんが国王からわたしに視線を移す。
「お願いできるかな? パーティー用の料理を作れる知り合いはゼレフさんしか頼める人がいなくて」
「国王様の許可があればもちろん、お手伝いさせていただきますが、よろしいのですか?」
ゼレフさんが国王を見る。
「俺もおまえもユナには世話になっているだろう。しっかり、ユナの頼みを聞いてやれ」
「はい。ユナ殿、それでは自分がパーティー料理を作らせてもらいます」
「ありがとう、ゼレフさん」
「いえ、いつも美味しい料理を食べさせてもらい、レシピも教えてもらっているのです。いつもお返しをしたいと思っていましたから、お気になさらずに」
「ありがとう」
お礼を言っておく。
このまま、ここで会話を続けると他の料理人に迷惑がかかるので、ゼレフさん専用のキッチンに向かう。そのときにゼレフさんは副料理長らしき人物にいろいろと指示をだしていた。
「それで、パーティーとはどのようなパーティーで? 人数は? どのようなお客様が来るのでしょうか? パーティーはいつあるのですか?」
知っている範囲内で説明する。
「それだと間に合わないのでは?」
「ゼレフさんには召喚獣に乗ってもらうよ」
「あのクマに乗せてもらえるのですか!?」
「馬じゃ、間に合わないからね。たぶん、2日も掛からないと思うよ」
走ったことが無いから分からないけど、間に合うはずだ。
「分かりました。でも、それでもギリギリですね。食材を買っている時間は無さそうですね」
「シーリンにゼレフさんが欲しがる食材があるとは限らないし、出発前に王都で買っていく?」
話を聞く限り、食材が集まらない可能性もあるし、妨害される可能性もある。それなら王都で買っていった方がいい。
「その時間も勿体ないですな。国王様、王宮の食材の持ち出し許可をもらえませんか?」
「ああ、構わない。但し、数は報告しろよ」
「はい」
「食材の請求はわたしにしておいて。あとでグランさんに請求するから」
ただよりも高い物はないと言ったものだ。
「そのぐらい、気にしなくてもいいぞ」
「ダメだよ。そこはしっかり、しないと」
まあ、支払いはグランさんだけど。
「分かった。あとでユナに請求書は渡す」
「あと、国王様、アイテム袋の使用許可を貰えますか? さすがに量が多いのでわたしが持っているアイテム袋では持ち運ぶことはできませんので」
「大丈夫だよ。わたしのアイテム袋なら入るから」
「本当ですか!?」
「うん、大丈夫だよ。それぐらい入るから」
「それでは、今すぐに倉庫の方に行って、食材を集めに行きましょう」
「それじゃ、俺はそろそろ戻らないと怒られるから戻る。あとのことは頼んだぞ。ゼレフ」
「はい、かしこまりました」
国王は去って行き、わたしたちは倉庫に向かう。
倉庫の位置はキッチンの側にある。まあ、近くにないと不便だからね。
倉庫の中に入ると冷えている。
「それでは箱に詰めていきますので、お願いをしてもよろしいですか?」
「いいよ。好きなだけ詰めちゃって。足りないといけないから多めでお願いね」
わたしがそう言うと、ゼレフさんは箱に食材を詰めていく。一杯になるとわたしがクマボックスに仕舞う。
その繰り返しを行う。
「ユナ殿、今回はありがとうございます」
「……なに?」
お礼を言われる理由が分からなかった。
お礼を言うならわたしの方だろう。
「王宮の料理長になってから、遠出をしたことが無かったので嬉しいんです。別に今の立場が嫌ではないですよ。楽しいし、国王様に信頼を受けているのは光栄であり、嬉しいですから。それに今の立場があるから、ユナさんの作る料理にも出会えましたし、感謝しています」
「迷惑になっていなければいいんだけど」
「いえ、そんなことは思っていませんよ。それに、今作っているお店も楽しいです。忙しいですが、貴重な体験になっています」
「そうだ。お店はどうなっているの?」
「お店の方はエレローラ様がしているので分かりませんが、料理人の方はそれなりに育ってます。ただ、メニューが決まらなくて困っているところでしょうか」
「そうなんだ」
「はい。でも、それを考えるのも楽しいです」
楽しそうで良かった。
でも、忙しい中、迷惑をかけてしまったようだ。ゼレフさんは感謝をしているみたいだけど。今度、お礼として新しい料理を考えて持っていかないとダメだね。
ゼレフさんにお礼をするなら、新しい料理がいいよね。