176 クマさん、ゼレフさんを求めて王都に行く
ペチペチ。
人が気持ちよく寝ているのに、柔らかいものがわたしの頬を叩く。
それがすぐにくまきゅうの手だと気付く。
そうだ。今日は朝一で出発しないといけないんだ。
まだ、外は薄暗い。
「くまきゅう、ありがとう」
起こしてくれたくまきゅうの頭を撫でてお礼を言う。わたしは背を伸ばしてベッドから降りる。
それと同時に、隣のベッドに寝ていたフィナも動きだし、体が起き上がる。
「ユナお姉ちゃん。行くの?」
「もしかして、起こしちゃった? ゴメンね。フィナはもう少し寝ていていいよ」
「ううん。見送りをしたかったから、くまゆるにユナお姉ちゃんが起きたら、起こしてほしいってお願いをしたの」
嬉しいことを言ってくれるフィナ。
わたしはフィナの気持ちに感謝をしながら、いつもの黒クマに着替える。
「それじゃ、行ってくるね。なにかあったら、クマフォンですぐ呼ぶんだよ。すぐに駆け付けるから。それから、わたしが戻ってくるまで、危ないから、外にお出掛けはしちゃダメだからね」
わたしがいない間、不安だけど。お屋敷の中に居れば安全なはず。
でも、心配だから注意しておく。
「うん、わかった。なにかあったら、すぐに連絡するね。でも、ユナお姉ちゃんも気を付けてね」
フィナの頭を撫でて、くまゆるとくまきゅうを送還させる。そして、静まる早朝、窓を開けてベランダに出る。
フィナに見送られながらベランダを飛び出す。
向かう先はお屋敷の屋根。ジャンプをして屋根に向かう。
ここでいいかな?
死角になっている一角が屋根の中央にある。そこに寝かすようにクマの転移門を設置する。
屋根の下に扉があるようになる。これなら、どんな方向から見ても気付かれることはない。
わたしは下にあるドアを開け、王都にあるクマハウスに転移する。
ドアに入った瞬間、体が変な方向に向いて倒れてしまった。
向こうからは穴に入るような感じで入ったら、こっちでは違い、倒れることになってしまった。
痛くはないけど。恥ずかしい瞬間だ。誰にも見られなくて良かったよ。
わたしは王都にあるクマハウスで朝食を食べ、時間を少し潰すと、お城に向かう。
早朝、門の前に立つ兵士がわたしのことに気付く。
「おはよう。中に入ってもいい?」
「あっ、はい。どうぞお入りください」
許可を出すと、わたしのせいで朝から走りだそうとする門兵に気付く。
「ちょっと待って」
走り出そうとする門兵を呼び止める。
「今日はフローラ姫じゃなく、国王様かエレローラさんに用があるんだけど、会えるかな?」
「え~っと、お待ちください。エレローラ様は来ていますが、この時間は所在が分かりません。国王様は許可がないと……」
だよね。いきなり来て、国王様に会えないよね。
それ以前に、エレローラさんの所在が不明って、あの人はどこでなにしているのかな?
「それじゃ、ゼレフさんに会うのはいいかな?」
「それも、わたしの一存では」
もしかして、わたしはフローラ姫以外は許可が出ていないのかな?
それなら、いつも通りにフローラ姫のところに行って、国王とエレローラさんが来るのを待った方が早いかな。
そう思って、フローラ姫のところに向かおうとしたら、会いたいと思っていた人がこちらにやってきた。
「遠くからクマが見えたから来てみれば。やっぱり、ユナちゃんだったね。でも、こんな朝早くなんて珍しいわね?」
所在が不明だったエレローラさんが声をかけてきた。
いつも、いきなり現れて面倒だけど、今日は助かる。
「エレローラさん、ちょっと頼みがあるんだけど、いいかな?」
「なにかしら? とりあえず、歩きながら話を聞いても良いかしら。朝は散歩をしながら、見回りをするのが日課だから」
わたしは了承して、エレローラさんと歩き出す。
「それで、なに? ユナちゃんがわたしに頼みごとって珍しいわね」
「エレローラさんっていうか、国王様にですけど」
「あら、そうなの?」
「料理長のゼレフさんを数日お借りすることはできるかな?」
「ゼレフを? 理由を聞いてもいいかしら?」
わたしはシーリンの街のことを説明する。
「そういえば、クリフの手紙にもそんなことが書いてあったわね。でも、サルバード家ね。最近、あまり良い噂は聴かないわね」
やっぱり、そうなんだ。
「さすがに、わたしの一存では、ゼレフの貸し出しの許可は出せないわね」
まあ、王族の料理長だ。国王の許可なしでは無理だろう。
「それじゃ、国王のところに行きましょうか」
「いいの?」
「いいわよ。どっちにしろ、ユナちゃんが来たことを報告しないといけないんだから」
なに、そのルール。
まあ、国王に会えるならいいんだけど。エレローラさんの案内でお城の奥深くに入っていく。
その間にすれ違う者はみんな頭を下げて挨拶をしてくる。それに対してエレローラさんも気軽に挨拶を返す。エレローラさんは人気があるね。
そして、廊下を歩み進むとドアの前に2名の警備兵が立っている姿が見える。
「これはエレローラ様。それとそちらのクマの格好をした女の子は、噂の?」
噂ってなに? って聞きたかったが、想像ができたのでスルーすることにする。
どうせ、聞いても変な噂しか流れていないと思うし。
「そういうこと、国王に用だけど、通してもらえる?」
「はい、少々お待ちください」
警備兵はドアをノックして、中に確認をとる。
すると、中に入っても良い許可の声が聴こえてくる。
「どうぞ。お入りください」
部屋に入る許可が降りたのでエレローラさんと一緒に中に入る。そこには広い部屋で三人が仕事をしていた。
一人は国王。そして、国王の側に立っている国王と同年代の男性。左の机がある場所に20歳前後のイケメン男性が座っている。
なんか、国王に似ているような気がする。
「どうしたんだ? こんなに朝早く。しかも、俺のところに」
「ちょっと、お願いがあってね。ゼレフさんを数日借りたいんだけど」
面倒なので、単刀直入にお願いをする。
「ゼレフをか? なんでだ」
二度手間になったけど、エレローラさんに話したことをもう一度説明する。
「サルバード家とファーレングラム家ですか」
国王の隣に立っていた男が声を出す。
誰なのかな? 初めて見るから分からないけど。ここにいるってことは偉い人なんだよね?
「あの領地か……爺さんも余計なことをしたよな」
国王は椅子の背もたれに寄り掛かりながら、面倒くさそうに言う。
「まあ、当時は、あれが最善の方法だと思われたのですから、仕方ありません」
「でも、今の状況を生んでいるんだ。いい迷惑だ」
2つの貴族に領地を与えた昔の国王のことを言っているのかな?
その意見には賛同だ。あんな与え方をしなければ、こんなことは起きなかったのに。
「今の状況は知っているの?」
「報告が上がってくる程度には把握している。サルバード家がいろいろと嫌がらせをしているぐらいはな。さすがに地方の街の細かい情報までは王都には上がってこない」
「最近の税収がサルバード家が上がり、ファーレングラム家が下がっていたので、ファーレングラム家に報告書を書かせましたが、理由は明記されていませんでした」
まあ、簡単にいえば、お客様の取り合いで負けただけのことだ。
サルバード家が頑張ったことに過ぎない。
逆にファーレングラム家が何をしていたかの話になる。
「貴族同士の縄張り争いはどこでも行われていることです。酷い言い方をすれば、ファーレングラム家には力が無かったことになります」
わたしもそう思う。
もう少し何とかならなかったのかと思う。
話を聞いている感じだと、後手に回っている感じだ。
「ただ、サルバード家に悪い噂が流れているのも事実だ」
「横領、脅迫、暴力、噂が絶えないが、下からの報告では証拠は見付からない。それだと、我々は口を出すことはできません」
うん、お役所仕事だ。
国王でも正義の味方みたいに悪人を裁くことは簡単にはできないみたいだね。
「たしか、サルバード家はボルナルド商会と繋がっている噂もありますね」
今まで黙っていたイケメン金髪が横から口を挟む。
やっぱり、誰かに似ている。
わたしが見ていると、国王がそのことに気付く。
「そういえば、ユナはエルナートのことは初めてか?」
「エルナート?」
聞き覚えがない名前だ。
わたしが首を傾げると、イケメンが笑う。
「まさか、自分のことを知らない人物が、このお城を出入りしているとは思いませんでした。初めまして、フォルオート王の嫡子のエルナートです。クマのユナさん」
ああ、国王に似ていたんだね。つまり、王子様ってこと。
「わたしのこと知っているんだ」
「父、母、フローラからも聞いてますからね。さらに、あなたが来ると、父が仕事をわたしに押し付けて行ってしまうのも、いつものことです」
なんか、笑っているのに、笑顔が怖い。
でも、それって、わたしのせいなの?
わたしはフローラ姫に会いに来ただけで、国王は呼んでいない。
人のせいにするのは止めてほしい。
わたしがジト目で国王を見ると、咳払いをして、口を開く。
「でも、ボルナルド商会か」
あっ、話を変えた。
わたしの得意技、秘技、話逸らしを使った。
でも、ボルナルド商会が気になったんで、エレローラさんに尋ねる。
「ユナちゃんは知らないんだ? ボルナルド商会はこの王都で一番大きな商会よ。多くの商人を抱え込み、全土で商売をしている。貴族でも下手に逆らうことはできないほど、影響力がある商会よ」
「良い噂もあれば悪い噂もある」
「もしかして、今回の商人の行動も?」
「後ろで糸を引いているかもしれないし、なにも関係がないかもしれない」
「でも、ボルナルド商会にグランさんの領地が狙われているようだったら面倒ね」
確かに、多くの商人を操作することができれば街は追い込まれる。後手に回れば経済が悪化する。
この世界にも、裏社会みたいなものでもあるのかな?
でも、そのボルナルド商会がサルバード家と繋がっていたら、グランさんが考えている商人や有力者たちをこちらに引き込むのは難しいような。
パーティーに関係なく、無理ゲーだ。初めから決まっているエンディングになる。
でも、パーティーが成功しなかったら、エンディングが早まる。それに繋がっている可能性があるだけで繋がっていない可能性だってある。どちらにしてもパーティーを成功させるためにも料理人は必要になる。
「それで、ゼレフさんは貸してくれるの?」
現状でそのボルナルド商会が関わっているとしても、わたしにできることはなにもない。
料理人のゼレフさんを連れていくだけだ。
「そうだな。料理人が襲われたことに対して、俺が口を挟むことはできない。でも、ファーレングラム家の爺さんの誕生日パーティーだ。ゼレフの貸し出しの許可を出す」
そもそも、料理人一人が襲われたからといって、国王が出てくるようなことでもない。王宮料理人のゼレフさんが襲われたならまだしも、地方貴族の料理人が襲われただけだ。しかも、犯人は分からない。
あくまでサルバード家が怪しいだけで、犯人ではない。
それに地方の小さな犯罪を国王のところに持ってきていたら国王の仕事ができなくなる。
日本でいえば、地方で殴られて怪我を負った人物が、怪しい人物がいるから調べてほしいと、総理大臣にお願いをしているようなものだ。
犯人を見つけるのも領主であるグランさんの仕事だ。それが、普通の者なら裁けばいいし。相手がサルバード家なら、そのときに証拠と一緒に国王に言えばいい。
「ただし、ゼレフの件はエレローラからの頼みってことで処理をしておく。いいな」
国王がエレローラさんを見る。
「いいわよ。クリフも参加しているし、他の貴族が文句を言ってきても、言い訳にはなるでしょう」
時間がもったいないし、許可も出たことなので、ゼレフさんのところに向かう。
やっと王子が出てきました。(ちょい役ですがw)
ちなみに王子は結婚はしています。(変な感想が流れそうなので)