175 クマさん、クリフの頼みを聞く
「グラン様、大変です!」
駆け込んできたメーシュンさんは青ざめていた。
「どうした!?」
「料理長のボッツさんが襲われて大怪我をしました」
「…………」
「…………」
メーシュンさんの言葉に黙り込む二人。
「容態は? ボッツは無事なのか?」
「現在、治療中です」
「どこにいる。案内しろ」
グランさんはわたしとクリフを置いて、部屋から出ていく。
「その手で来たか」
クリフが小さく呟く。
「どういうこと?」
「さっきも言っただろう。今回のパーティーはグラン爺さんの誕生会のパーティーと同時に有力者たちに挨拶をして、こちらの陣営に引き込む算段だった。その料理を作る料理長が怪我を負ったんだ。料理は作れないと思った方がいい。そうなればパーティーの料理を出すことができない。そんなことになればグラン爺さんの思惑が壊れたことになる。さらにパーティーが中止となればグラン爺さんの印象は悪くなる」
「他の料理人を呼ぶことは?」
「ボッツは王都の一流レストランで副料理長をしたことがある料理人だ。普通の料理人では駄目だ。有力者たちが納得する料理を出すことができなければ、ファーレングラム家の名誉が落ちるし、力を貸す者もいなくなる」
たかが料理でしょうって思うが、おもてなしをするなら料理は大切だ。
美味しい料理を食べながら交渉するのは、どこにでもある話だ。政治家が料亭で話をしたり、企業だって接待をしたりする。
話の場で高級料理を出されるかと思ったら、カップラーメンが出てきたら怒るだろう。まあ、そこまで差は酷くはないと思うがクリフが言いたいことは分かる。
料理は楽しくするだけでなく、心を開く効果もある。
それだけ、料理は大事だ。
それが、もし、美味しくない料理を出されれば、気分は害するし、話は盛り上がらないだろうし、交渉も難しくなる。
「これはサルバード家の仕業だと思うの?」
「間違いなくそうだろうな。そう考えると、この街で代理の料理人を捜すのは難しいかもしれない」
クリフは額を手で抑えながら、どうしようか悩んでいる。
「ユナに連れてきてもらうか。でも、誰を……、その前にこの街の料理人を当たる方が先か」
わたしが料理を作るわけにもいかないし。そもそも、パーティー料理なんて作れない。できたとしてもパーティーケーキぐらいだ。
あとは料理ができる人がいる場所にクマ門で転移して、料理を作ってもらい、クマボックスに入れて運んでくる方法がある。
他にはクマの転移門で料理人を連れてくる方法だけど、グランさんには悪いけど教えるわけにはいかない。
「ユナ、おまえのクマなら……、すまない。何でもない」
クリフはわたしに頼もうとしたが断る。
言いたいことは分かる。くまゆるたちを使って料理人を連れてくる方法だ。
この方法が一番良い方法だ。クマの転移門のことは知られないし。クリモニアなら召喚獣のクマのことはわりと知られている。
クリモニアに料理人がいれば、往復で2日。可能な時間だ。
ただ、料理を作るのに事前準備が数日かかるようなら間に合わないかもしれない。
考え事をしていると、部屋にグランさんが戻ってくる。
「グラン爺さん。どうだった?」
「命に別状はないが、腕を集中的に痛めつけられた」
「治療は?」
「終えたが料理をできる状態ではない」
「それじゃ、パーティーには」
「無理じゃな」
首を横に振るグランさん。
グランさんは椅子に座り込み。クリフは考え始める。二人には暗い雰囲気が漂う。
「いったい、どこで襲われたんだ?」
「パーティーで使う食材の下見に行っていたらしい。そこで人通りが無いところを歩いていたら襲われたみたいだ」
「犯人は?」
「分からん。今部下に、目撃者がいないか調べに行かせたが、話を聞く限り、人通りが少ない場所らしいからな。目撃者がいるかどうか。見た者がいたとしても、名乗り出てくれる可能性は低い」
「やはり、サルバード家だと思うか?」
クリフが先ほど考えた犯人の名前を出す。
「だろうな。それ以外で襲われる理由はない」
グランさんは否定もせずに肯定する。
「それでグラン爺さん、どうする?」
「ボッツほどの料理人は無理でも捜すしかないじゃろう。パーティーは中止にはできないし、料理無しだけは避けなければならん」
「あては?」
「二人ほどいるが引き受けてくれるか」
二人に再度沈黙が流れる。
クリフはわたしが持ってきたお茶を一気に飲み干すとわたしの方を見る。
「ユナ、ノアのことを頼めるか?」
「すまんがミサのことも頼む」
「サルバード家がなにをしてくるか分からない。側に居てくれ」
「まさか、ここまで露骨に攻撃をしてくるとは思わなかった。これも、わしの甘さだ。孫のミサやノアールの嬢ちゃん、それにフィナの嬢ちゃんになにかあったら、悔やみ切れない。三人を守ってくれ」
二人に頭を下げられる。
そんなことを頼まれなくても守るつもりでいる。
大事な妹のような友達だ。
「もし、今日みたいに、相手が近寄ってきたらどうしたらいい?」
「悪いがしばらくは外に出ないでくれ、何があるか分からない。もちろん、おまえさんがいれば安全だと思うが、もしものこともある。だから、パーティーが終わるまで屋敷の中にいてくれ」
「屋敷の中は安全だと思うが、三人の側にいてくれ」
引きこもりを甘く見ないでほしい。
数年間引きこもってきたわたしが、たったの数日ぐらいの引きこもりぐらいなんともない。
パソコンやテレビがなくても、その気になれば遊ぶことはできる。まして、引きこもるのは一人じゃない。
4人もいれば室内で遊ぶ方法はたくさんある。
二人は今後のことを相談するために部屋に残り、わたしは三人娘の側に行くために自分の部屋に戻ることにする。
部屋に戻ってくるとフィナたち三人は一ヶ所に固まっていた。
「どうしたの?」
「その、ボッツさんが襲われたって」
「もう、聞いたんだ」
「うん、メイドさんが話しているのを聞いて。それにみんな騒いでいたから……」
確かに、部屋に戻ってくるまでにお屋敷の中は騒がしかった。
あれじゃ、気付かれない方がおかしいか。
「ユナさん。何か知っているんですか?」
「わたしも、襲われて怪我を負ったことぐらいしか分からないよ。あとは命に別状はないことぐらいかな」
「良かった」
わたしの話を聞いて安堵の顔を浮かべるミサ。
「でも、しばらくは料理はできないみたいだよ」
隠せることではないので教えておく。
「それじゃ、パーティーは?」
「無理みたい。それで、グランさんとクリフが代理の料理人を捜しているよ」
新しい料理人が見つかればいいんだけど。
クリフやグランさんの話を聞く限りだと難しそうだけど。
夕食の時間になると、食事は部屋で頂く。食事は料理長が怪我で作れないため、簡素だったが、みんな文句1つ言わずに食べる。
今日のこともあり、ミサが一人で寝るのは寂しそうにしていたため、ノアがミサの部屋で寝ることになった。
そして、部屋にはフィナと二人っきりになる。
防犯のため、子熊化したくまゆるとくまきゅうを召喚しておく。
フィナは不安そうにベッドの上でくまゆるを抱き締めている。わたしはくまきゅうを抱いている。
「ユナお姉ちゃん。大丈夫かな?」
「クリフとグランさんがなんとかしてくれるんじゃない?」
状況は悪いみたいだけど、安心させるために言う。
「うん、そうだよね。クリフ様なら、きっとなんとかしてくれるよね」
「グランさんの誕生日パーティーが成功したら、ミサの誕生日パーティーがあるから、祝ってあげないとね」
「うん。早くプレゼントを渡したいです。ミサ様、喜んでくれるかな?」
「頑張って作ったんだから、大丈夫だよ。ミサも喜んでくれるよ」
フィナが小さくアクビをして眠そうにする。そろそろ、ライトを消して寝ようとしたらドアがノックされた。
廊下からクリフの声がする。
こんな夜遅くに女の子の部屋になにかと思ったら、相談したいことがあると言うので渋々部屋の中に入れる。
「遅くにすまない」
「それで、相談って?」
「貴族同士の争いにおまえさんを巻き込みたくなかったんだが、このままだとファーレングラム家が潰されてしまうかもしれない。そんなことはさせたくない。グラン爺さんには若い頃に何度もお世話になっている。助けたい。だから、おまえさんの力を貸してほしい」
クリフが小さくだが頭を下げた。
貴族のクリフがだ。
たぶん、料理人は全てダメだったんだろう。
「いいけど、なにをすればいいいの?」
「まず、パーティーは必ず成功させないといけない。貴族や富豪、商人たちが満足できる料理を作れる料理人が欲しい」
めちゃくちゃな注文だね。
「クリフ、自分がなにを言っているか分かってる?」
「もちろんだ。無茶を言っているのは分かっている。この街にはパーティー用の料理を作ってくれる者はいない。脅迫された者、買収された者、今回の騒ぎを知って断る者。引き受ける者がいない。他の場所から連れてくるしかない。そう考えると馬では間に合わない。おまえさんの召喚獣のクマに頼るしかない」
わたしが抱いているくまきゅうを見る。
普通に考えて、それしかないよね。
ミサの暗い顔を思い出す。せっかくの誕生日。楽しくお祝いをしてあげたい。
「わかったよ。料理人を連れてくればいいんだね」
「引き受けてくれるのか?」
「ミサを悲しませたくないからね」
「助かる。ここにクリモニアの料理人の紹介状がある。これを……」
「受け取っておくけど。たぶん、必要はないかも。わたしの知り合いに料理人がいるから」
手紙を受け取りながら答える。
「誰だ?」
「内緒。でも、一流だと思うから大丈夫じゃないかな。ただ、了承してくれるか分からないから、ダメだったらこの紹介状を使わせてもらうよ。それじゃ、今から出発するね」
「今から行くのか?」
「早い方がいいからね。ノアたちには適当に言っておいてくれる?」
「わかった。伝えておく」
「あと、屋敷の中に居れば安全だと思うけどわたしが戻るまで三人をよろしくね」
「誰かしら付けておくから、安心してくれ」
「それじゃ、着替えるから出ていってもらえる? あと、適当に出ていくから気にしないで」
「ああ、わかった。それじゃ、よろしく頼む」
クリフはわたしの言葉を疑うこともなく、部屋から出ていく。
「ユナお姉ちゃん、行くの?」
フィナがくまゆるを抱き締めながら寂しそうに聞いてくる。
「うん? 行かないよ」
「えっ?」
フィナが驚いたようにわたしを見る。
「だって、クマ門があるし、今から行っても夜だし。それなら、早朝から行っても変わらないし」
クリフに今から行くと言ったのは今夜からくまゆるたちで移動したと思わせるためだ。
実際はクマの転移門を使えばすぐに移動ができる。
「う、うん。そうだけど。いいのかな?」
首を傾げるフィナ。
「いいんだよ。もう、遅いから寝よう。ほら、ライト消すよ」
フィナをベッドに押し込んで、わたしもベッドに倒れ込む。
「そうだ。くまゆる、くまきゅう、明日は早く起こしてね」
わたしがお願いすると小さく鳴いて返事をしてくれる。
さて、どうやって、明日はゼレフさんにお願いしようかな?
まあ、エレローラさんにも国王にも貸しがあるし、なんとかなるかな。
細かいことは向こうに行ってから考えることにする。横にいるくまきゅうを抱きしめながら眠りについた。