169 クマさん、クマハウスで一泊する
「お邪魔します~」
クマハウスに何度か入ったことがあるフィナとノアは普通の家に入る感覚で入っていく。
「この家に入るのも、王都へ行く途中で、とんでもない話を聞いたとき以来だな」
そういえばクリフも入ったことはあるんだよね。
フィナたちに続いてクリフと護衛の二人が入ってくる。
「お父様も、このお家に入ったことがあるんですか?」
「ああ、一度だけな。しかも数分だけだ」
クリフがノアに説明している後ろでは護衛の人が、どうしたら良いか分からないようで動かない。
「とりあえず、食事の準備をするからみんなは適当に座って待っていて」
「一応、食べ物は用意してきているぞ」
「みんな、疲れているでしょう。温かい物を用意するよ」
「ユナお姉ちゃん。手伝います」
「わたしも」
フィナとノアが手伝いを申し出てくれる。
手伝いが必要なほど大変じゃないけど、二人の気持ちを受け取って手伝ってもらうことにする。
「それじゃ、ユナの厚意に甘えるとしよう。おまえたちも休んでいいぞ」
「本当によろしいのでしょうか?」
護衛の二人は、部屋を不安そうに見渡しながら尋ねる。
野宿よりも安全なのに、なにが不安なんだろうね。
でも、いつまでもデッカイ図体が立っていられると邪魔もの以外の何者でもない。
「立っていられると邪魔だから、座っていて」
心の中で思っていることを口に出す。
「だそうだ」
護衛の二人は、お互いに顔を見合わせてから椅子に座る。
大人しく座ったのを見て、わたしは隣のキッチンに移動する。
「それじゃ、人数分の食器をお願いしていい?」
フィナとノアに指示を出して、わたしはモリンさんが焼いてくれたパンとアンズが作ってくれた野菜スープをクマボックスから取り出す。
うん、出来立てで美味しそうだね。クマボックスに感謝して、それぞれのお皿に分ける。
「それじゃ、運んでもらえる?」
フィナとノアは手分けをして、料理が載ったお皿を運んでいく。
そして、わたしは最後に飲み物を用意して夕食の準備を終える。
こんなもんでいいかな?
あとはお代わり分を用意してクリフたちがいる部屋に戻る。
「ユナ、感謝する」
「いいよ。さあ、お腹が空いたから早く食べよう」
全員が席に着いたところで夕飯を食べ始める。
さすがモリンさんの作るパンは美味しいね。もちろん、アンズが作ったスープも美味しい。明日はご飯が食べたいから、ご飯にしようかな。お米を食べるならお肉が食べたいけど、肉料理あったかな?
無かったら作るしかないかな。
「まさか、移動中でこんな食事が食べられるとはな」
明日の献立を考えているとクリフが口を開く。
「ユナさん、美味しいです」
美味しそうにスープを食べるノア。
「お代わりならあるから言ってね」
「はい。それじゃ、スープのお代わりをもらえますか?」
わたしはスープをノアのお皿に入れてあげる。
その様子を見ていた護衛の一人が、わたしの方を見ている。
「その、ユナ殿。パンのお代わりを頂けるでしょうか? 凄く美味しいので」
「それなら自分も」
護衛の二人が、恥ずかしそうに言ってくる。
モリンさんのパンは美味しいからね。
わたしは護衛の二人にパンを出してあげる。
「ユナお姉ちゃん。わたしもスープのお代わりいいですか?」
「うん、フィナもたくさん食べないと、わたしみたいに大きくなれないからね」
わたしがそう言った瞬間、周りの空気が変わったような気がした。静まるような。みんな口を開いていいのか、悩んでいるかのような、変な空気だ。
なにか、変なこと言った?
その中、フィナが口を開く。
「う、うん。わたし、たくさん食べて、ユナお姉ちゃんみたいに大きくなるよ」
「なら、パンも食べないとね」
スープだけじゃなく、パンのお代わりもお皿に載せてあげる。
「ユ、ユナお姉ちゃん。ありがとう」
「みんな、お代わりは?」
「ああ、貰おうか」
「ではスープを」
変な空気も無くなり、全員がお代わりをする。
お腹が膨れて休んでいると。
「お腹がいっぱいになったら、眠くなってきました」
「はい」
年齢の低い二人が眠そうにしている。
「二人とも、ちゃんとお風呂に入ってから寝るんだよ」
「は~い」
「はい」
二人は眠そうに返事をする。
王都に向かうときも、ちゃんとお風呂に入っていたため、二人はすんなりとお風呂を受け止めて変に思わずにいる。でも、その会話を変と思う人物がいた。
「お風呂があるのか?」
クリフが問い掛けてくる。
「家なんだから、普通あるでしょう?」
「いや、確かにあるが、これは違うだろう」
クリフは同意を求めるために周りを見る。
「お父様、家にはお風呂があるものですよ」
ノアが父親の言葉に反論する。それに対してフィナも頷いている。
でも、反対側にいる護衛の二人は微妙な顔をしている。
「それにお風呂に入らないと1日の疲れが取れないでしょう」
「そうだが……」
「順番だけど、三人は最後だからね」
「俺たちも入るのか!?」
「あたりまえでしょう。1日馬に乗って汗をかいているのに、そんな状態で布団に入られたら困るよ」
誰がシーツを洗ったり、布団を干したりしていると思っているのよ。
「フトン……」
「ここは街道の道外れの何もない場所だよな」
「なのに、美味しい食事にお風呂に布団」
クリフが布団って言葉に反応して、護衛の二人がなにかボソボソと呟いている。
「それじゃ、食器を洗っている間に二人ともお風呂に入っておいで」
「え~、ユナさんも一緒に入りましょうよ」
「でも、片付けがあるし」
さすがに汚れた食器をこのままにして、お風呂には入れない。
「ユナ殿、食器の片付けなら我々にさせてもらえないでしょうか。なにもしていないのはさすがに……」
護衛の二人が食器の片付けを申し出てくれる。
まあ、わたしは助かるし、二人がそれで気が済むならいいんだけど。
お言葉に甘えて、フィナとノアと一緒にお風呂に入ることにする。
「ああ、そうだ。冷蔵庫に入っている飲み物は自由に飲んでいいからね」
部屋に残る三人に伝えてフィナとノアを連れて風呂場に向かう。その後ろからくまゆるたちがついてくる。
風呂場の入口まで来ると、くまゆるとくまきゅうに見張りを頼む。
「来ないと思うけど、誰かが来たら捕まえてね」
くまゆるとくまきゅうは小さく鳴いて返事をしてくれる。
「くまゆるちゃんたちは入らないんですか?」
「入らないよ。くまゆるたちには見張りをしてもらうからね」
あの三人が覗きに来るとは思わないけど、念のために見張りを置いておく。
「残念です」
「ほら、いいから入るよ」
ノアとフィナを連れて脱衣場に入る。
着ぐるみを脱いでお風呂に入る。
やっぱり、日本人としては湯船のお風呂に入らないと1日が終わらない。
騒ぐ二人のせいでのんびりと入浴はできなかったけど。お風呂に入ってさっぱりすることはできた。
お風呂から上がったわたしたちはクリフのところに向かう。
「お風呂が空いたから入っていいよ」
「なんだ。その格好は」
格好?
ああ、着替えて白クマだね。
「寝るからね」
「お前、寝るときもクマなのか?」
「そうだよ」
「ユナさん。白クマ姿も可愛いです」
「ノアの寝間着も可愛いよ。もちろん、フィナもね」
「ありがとうございます」
そんな褒め合うわたしたちをクリフは呆れ顔で見ている。
「なんだろう。俺たち移動中だよな。ここ、街道だよな?」
「お父様。なにを言っているんですか。ボケたのですか?」
「ボケてないわ。ただ、常識とはなんだろう、と思っただけだ」
まるで、わたしたちが常識がないみたいに言ってくる。
「ああ、そうだ。クリフ、お風呂に入る前に部屋割り決めてもらっていい?」
「風呂があるんだから、部屋もあるよな」
なにを当たり前のことを。
「2階に3部屋あるよ。手前の部屋がわたしの部屋だけど、フィナとノアと一緒に使うから。クリフたちは残りの部屋を使って」
「良いのか?」
「クリフが一人で使ってもいいし、護衛の人と使ってもいいよ。そっちで勝手に決めて」
「分かった。感謝する」
「クリフ様、我々はここでも」
護衛の2人は食事をした居間を指す。
「こんなところで寝られると邪魔だよ。部屋があるんだから、そっちで寝て」
わたしの一言で黙る護衛二人。
「それじゃ、わたしたち寝るから、お風呂に入ったらライトは消しておいてね」
「ああ、分かった。それじゃ、有りがたく借りさせてもらう」
クリフは返事をしてお風呂場に向かう。
わたしは部屋に向かう。その後ろをくまゆるとくまきゅうを抱いているフィナとノアが付いてくる。
わたしの部屋のベッドは他の部屋のベッドと違って大きい。小熊化したとはいえ、それなりに大きさがあるくまゆるたちと一緒に寝るためだ。でも、五人で寝るのは狭いかもしれない。
「ユナお姉ちゃん。五人で寝るには狭くありませんか?」
「大丈夫だよ」
わたしはベッドの近くにあるテーブルと椅子をクマボックスに仕舞い、部屋にあるベッドと同じベッドをクマボックスから取り出す。
ベッドをくっつければ二倍の大きさになる。
「これで大丈夫でしょう」
「広いです!」
くまきゅうを抱いたまま、ベッドに倒れこむノア。そして、同じようにくまゆるを抱いてベッドに倒れるフィナ。
「ほら、明日も早いんだから寝るよ」
「は~い。くまきゅうちゃん、一緒に寝ようね」
ノアはくまきゅうを抱きしめる。
フィナはくまゆるを連れて布団に潜り込む。
二人とも寝相は大丈夫だよね。まあ、フィナたち子供に強く抱き締められても、くまゆるたちなら何ともないと思うけど。
「それじゃ、ライトは消すからね」
「はい。ユナお姉ちゃん、おやすみなさい」
「ユナさん。おやすみなさい」
「二人とも、おやすみ」
ライトを消してしばらくすると隣からはすぐに寝息が聴こえてきた。
わたしも寝ることにする。