168 クマさん、シーリンの街に向けて出発する
そして、出発する前日。ミサにプレゼントするぬいぐるみが完成した。プレゼントなので、最後の仕上げに赤いリボンで綺麗にラッピングする。
「これで完成だね」
「はい。ミサ様、喜んでくれるといいですね」
ノア曰く、くまさんファンクラブに加入しているなら喜んでくれるだろう。
ラッピングしたぬいぐるみは忘れないようにクマボックスに仕舞う。忘れたら、困るからね。
そして、部屋の隅で本日の作業を終えたシェリーとテモカさんが休んでいる。
「疲れました」
シェリーが椅子に寄りかかって、珍しくそんな言葉を発する。
「お疲れ様」
「みんな、欲しがり過ぎだよ」
孤児院の幼年組のほとんどの子がぬいぐるみを欲しがった。
滅多なことじゃ我儘を言わない子たちが、欲しいって言ったのだ。
そして、シェリーの話だと。よく泣く子もぬいぐるみを抱かせると泣き止んだり、寝かし付けるのも楽になったそうだ。そのことで、院長先生にお礼を言われたそうだ。ぬいぐるみが役に立っているようなのでなによりだ。
「ユナお姉ちゃん。ぬいぐるみはあといくつ作ればいいの?」
「孤児院の子供たちの分が終わったら……」
フローラ様に王妃様。それからノアも絶対に欲しがるよね。あとフィナとシュリ。予備としていくつか欲しいから。適当に計算して……。
「あと、10セットお願い」
「そんなに!?」
「予備もあるからね。まあ、そんなに急いでいないからのんびりでいいよ。テモカさんも他に仕事が入ったらそっちを優先にしてくださいね」
「ちゃんと、代金はもらっているんだ。これはれっきとした仕事だよ」
ティルミナさんが交渉をしてくれたので、心置きなく頼むことができる。
翌日の朝、約束をした時間にフィナと一緒にクリフのお屋敷にやってくる。
門の前には馬が三頭とクリフ、ノア、護衛の人が2人いた。あれ、馬車が無い?
「来たか」
「遅刻した?」
「俺たちもちょうど来たところだ」
「ユナさん、フィナ、おはようございます!」
「ノアは朝から元気だね」
「もちろんです。クマさんたちとお出掛けができるんですよ」
今から遊園地に行く子供の様に目を輝かせている。
それだけ、くまゆるたちとお出かけをするのが嬉しいってことだろう。
「それじゃ行くか」
クリフは馬に乗る。
「馬車で行かないの?」
確認のために聞いてみる。
「誰も乗らんのなら、いらんだろう」
馬が三頭。クリフ、護衛が2人。
必然的にノアが余る。
「ノアがお前さんのクマに乗るって聞かなくてな。それなら馬車は必要はないだろう。移動も早くなるし」
別に良いんだけど。雨とかどうするのかな?
まあ、雨宿りをすればいいだけだけど。
「もう1つ、聞いてもいい?」
「なんだ?」
「護衛は二人だけなの?」
前回王都に行くときはクリフの護衛は5人いたはず。
「王都と違って近いから大丈夫だろ。それにお前さんもいるんだ。本当は護衛無しで行こうとしたんだが、ロンドの奴がダメだと言うから2人だけ付けることにした」
「わたし、護衛料貰っていないよ」
「帰ってきたら、ロンドの奴に請求してくれ」
「冗談だよ。いらないよ。その代わりに今後の迷惑料として付けといて」
「始めに言っておくぞ。俺にもできることとできないことがあるからな」
「そのときは国王に頼むよ」
国王には貸しがあるからね。
「なに、怖いことを言っているんだ。でも、おまえだと本当にしそうだから恐ろしいな。とりあえず、お前さんが貸しで良いなら、借りにしておく。なにかあったら言ってくれ」
クリフに小さい貸しを付けることに成功する。
小さな貸しでも貯まれば大きな貸しになることに気づいていない。もっとも、お願いすることは今のところはないので、貯めておくだけだけど。
そして、街の外に出るとわたしはくまゆるとくまきゅうを召喚する。
一瞬、馬が驚くかなと思ったけど。馬は大人しくしてる。過去の経験で大丈夫だと分かっていても気になる瞬間だ。
「あらためて見ても凄いな」
「くまゆるちゃん! くまきゅうちゃん!」
召喚のことを知っているフィナとクリフはリアクションは小さい。
護衛の2人は召喚した瞬間、驚いた顔をしている。
そして、1人だけテンションが高い者がいる。
「ユナさん! どちらに乗せてもらえるんですか!? できれば両方とも乗りたいです!」
「前回同様、交代で乗るよ。初めはくまゆるに乗って。それで、途中で交代するから」
「分かりました!」
「あと、分かっていると思うけど。前回同様フィナと一緒だからね」
「もちろんです。フィナ! 行きますよ」
ノアはフィナの手を掴むとくまゆるのところに向かう。
「ノ、ノア様」
くまゆるは2人を乗せると立ち上がる。わたしも遅れないようにくまきゅうに乗る。
「それじゃ、出発するぞ」
護衛2人が前と後ろに分かれて、挟まれるようにクリフとわたしたちが進むことになる。
進むこと数分。分かっていたけど遅い。
馬の速度に合わせて走っているが遅い。最近、馬と一緒に走ることは無かったけど、馬ってこんなに遅かったんだね。くまゆるとくまきゅうが速いことを再認識した。
実際のところ、くまゆるたちって何キロ出ているのかな。メーターが付いていないから分からないけど。馬よりは速いことだけは確かだ。
「ノア! 遅くない?」
「そうですか? 確かに少し遅いと思いますが。それだけクマさんたちに長い間、乗っていられるから嬉しいですよ」
くまゆるの首に抱きつくノア。
「そうだ。クリフ」
「なんだ?」
「シーリンの街ってどんなところなの?」
シーリンの街はミサが住んでいる街の名前だ。
「クリモニアと変わらないな。ただ、シーリンの街の先にも街があったり、王都寄りにあるから、流通は盛んだな。でも、クリモニアの街もお前さんのおかげでミリーラに行く者が増え始めているから、流通が増え始めている」
方向的には王都に向かうよりも、少し西にずれたところにあるのかな。それで、王都に向かう途中でグランさんと出会ったってわけか。
わたし的にのんびり速度で移動し、馬のために何度か休憩を挟みながらシーリンの街に向かう。わたしたちの方も休憩がある度にくまゆるとくまきゅうを乗り換える。平等に扱わないといじけるからね。
そして、陽が沈みかけてた頃。先頭の護衛がクリフを見る。
「クリフ様。今日はここまでにした方がよろしいかと思います」
「そうだな。今日はここで夜営をする」
護衛の言葉を聞き、クリフが皆にそう言った。
少し早い気もするけど。ちょうど良い時間かな。馬はくまゆるたちと違って限界はあるし。1日の疲れを取らないといけない。
「お父様。ここで野宿ですか?」
街に向かう街道。
このまま進めば左の方向に密林が見える。
「ああ、あそこに見える森から獣や魔物が出てこないとは限らないからな。それに馬車じゃないおかげで、かなり進んだ。無理して進む必要もないからな」
クリフは馬から降りて馬の手綱を近くの木に結び付ける。同様に護衛の2人もクリフと同じことをする。
わたしもくまゆるとくまきゅうから降りて固まっていた体を解す。
スピード狂ではない(はずだ)けど。移動速度が遅いため若干のストレスが溜まっている。もっと、速度を上げたい気持ちに何度もなった。
そう考えると護衛の依頼はわたしにはむかないね。まあ、護衛の仕事があったとしてもつまらないから受けることはないと思うけど。
「ユナ、確認だが、家は出してくれるのか?」
「家? ああ、クマハウスね」
「一応、この2人はお前さんが家を持ち運びしていることを知っている人物で口が固い」
う~ん。クマハウスか。
柔らかいベッドで寝たい気持ちもある。
それにお風呂もある。
「せめて娘だけでもいいんだが」
「お父様、大丈夫です。くまさんと一緒に寝ますから」
どうやら、ノアは前にやった『くまさんと一緒』が気に入っているらしい。
まあ、護衛の人も魔物を1万倒したときにクマハウスを見られているんだよね。そう考えると断る理由は無いかな。
「いいよ。でも、ここじゃ、人が通るかもしれないから。あそこの木が3本立っている場所でいいかな」
ここから少し離れた位置に少し大きめの木が3本立っている場所がある。
「ああ、構わない」
クリフの了承も得たので、木が3本ある場所に移動する。そして、木の陰になるようにクマハウスを取り出す。夜になれば気付かれないはず。
そして、護衛とクリフは馬の手綱を木に結び付ける。
「ブラックバイパーが入るんだから、このぐらいは入ると思うが、出てくる瞬間を見ると驚くな」
「うぅ、わたしは野宿でも良かったのに」
ノアがクマハウスを見て残念そうに呟く。
「ノア、大丈夫だよ。くまゆるたちは護衛として召喚しておくから、一緒に寝れるよ」
「本当ですか!」
わたしは頷く。
「ユナお姉ちゃん。わたしも一緒に寝たいです」
「それじゃ、3人で寝ようか」
フィナが嬉しそうに返事をする。
わたしはくまゆるとくまきゅうを小熊化にして家に入る。
「それでは我々は外で見張りをしていますので」
馬の餌を与えていた護衛の2人がそんなことを言い出す。
護衛が仕事だとしても、私たちだけ家の中に入って、2人を外で寝かすには気が引ける。
「この子たちがいれば魔物や人が近寄ってきたら分かるから、見張りは大丈夫だよ」
わたしは足元にいる小熊化したくまゆるとくまきゅうを指す。
護衛の2人はくまゆるとくまきゅうを見てから、お互いの顔を見る。
「「…………」」
そして、最後にクリフの方を見る二人。
「ユナ、いいのか。こいつらの言う通り、外で見張りをさせるが」
「いいよ。その代わり、昼間はしっかり仕事はしてね」
移動が単調だから、明日は寝るかもしれない。
「ああ、分かっている。おまえたちもそれでいいな」
その言葉で護衛の二人は頷き、お礼を言う。
「ユナ殿、ありがとうございます」
そして、皆をクマハウスの中に案内する。
やっと、出発した。