167 クマさん、ぬいぐるみを作る
シェリーが眼を擦りながらキッチンにやってきた。
「ユナお姉ちゃん、フィナちゃん、おはよう」
寝起きのせいか眠そうにしているけど、顔色は良くなっている。
「ちゃんと寝られた?」
「うん、それで2人はなにをしていたの?」
「ケーキを作っていたんだよ」
「ケーキ! ケーキを作っていたんですか!?」
シェリーはケーキの言葉に反応を示し、眠そうだった顔が消える。
やっぱり、シェリーも女の子だね。
「食べる?」
「いいの!?」
でも、寝起きで食べられるのかな?
シェリーの顔を見る。嬉しそうにしている。うん、食べられそうだね。
「でも、1個だけだよ。院長先生たちが作った夕飯が食べられなくなったら困るからね」
2人を席に座らせると、前に作ったケーキをクマボックスから取りだし、3人分のケーキを用意する。
「美味しそうです」
「飲み物は紅茶でいい?」
「はい、大丈夫です」
茶葉を用意して、ララさんに教わった紅茶の淹れ方を実践する。良い香りが漂ってくる。カップに紅茶を注ぎ、二人の前に紅茶を置く。ケーキと紅茶の用意が終わり、みんなで食べ始める。
「あ~、美味しいです」
「うん、美味しいね」
フィナとシェリーは美味しそうに食べている。わたしも久しぶりのケーキだ。ケーキはたまに食べるから美味しいんだよね。
「そうだ。ユナお姉ちゃん。くまゆるちゃんとくまきゅうちゃんのぬいぐるみが完成したよ」
そういえばシェリーがわたしの家に来た理由ってぬいぐるみを届けに来たんだよね。
シェリーは預けていたアイテム袋からぬいぐるみを取り出す。
「か、かわいいです」
フィナが一番に反応してくまゆるのぬいぐるみを抱き抱える。わたしもくまきゅうのぬいぐるみを抱き寄せる。
昨日のくまゆるとくまきゅうのぬいぐるみも十分に似ていたと思っていたんだけど。確かに新たに作った方が出来が良い。
「この箇所が難しかったんですよ」
シェリーはわたしが持っているくまきゅうの顔の部分を指す。
そして、どこの箇所が苦労したとか、工夫して作ったのとか、いろいろと楽しそうに説明をしてくれる。本当に刺繍や裁縫が好きなんだね。
「そういえば、ユナお姉ちゃん。わたしになにか用だったんですか?」
「うん、ぬいぐるみをプレゼントしたい子がいてね。5日後。ううん、4日後までにぬいぐるみを作ってほしいっておもったんだけど」
わたしは目の前のぬいぐるみを見る。
もう、出来上がってしまっている。
あとは今度渡すフローラ姫や他の子たちの分になるけど、急ぎではない。
わたしが嬉しそうにくまきゅうのぬいぐるみを見ているとシェリーが何か言いたそうにしている。
「ユ、ユナお姉ちゃん。その、ぬいぐるみは待ってもらえませんか」
「…………?」
「その……孤児院でぬいぐるみを作っていたら、小さい子たちが欲しそうにしていて。その、これはユナお姉ちゃんのだからダメだよって言ったんだけど。泣いちゃって、その……あげるって約束しちゃったんです。もちろん、材料費はわたしが払います。新しいぬいぐるみも4日後までにはちゃんと作ります。だから、その……」
言い辛そうに下を向いてしまう。
自分だって子供なのに。
「子供たちにあげていいよ。材料費もわたしが払うから気にしなくていいよ」
孤児院の子には初めからプレゼントしようと思っていた。それが早くなるだけだ。5日後の出発するまでにミサにプレゼントするぬいぐるみが手に入ればなにも問題はない。
「でも、2個だけでいいの?」
幼年組の子たちだけにあげるとしても人数は多い。2個だけでは足らないはずだ。
もし、取り合いになれば、ぬいぐるみを引っ張り合った末に、くまゆるたちの手や足が千切れてしまうかもしれない。そんなことになったらくまゆるもくまきゅうのぬいぐるみも可哀想だし、作ったシェリーも可哀想だ。
「頑張って作ります!」
なんか、また寝ずに作りそうで心配なんだけど。
これはテモカさんに相談した方がいいかな。
「でも、寝ずに作るのは駄目だよ」
「……はい」
やっぱり、心配だ。
シェリーに今日はぬいぐるみ作りはしないことを約束をさせる。
そして、ぬいぐるみ作りを手伝うために明日はシェリーの働く裁縫屋で会うことになった。
「今日はしっかり休むんだよ。明日、眠そうにしていたら怒るからね」
「うん」
シェリーは返事をして帰っていく。
なんとなく怪しいが、今日はシェリーのことを信じることにする。
そして、帰ろうとするフィナの顔を見て思い出すことがあった。
「ああ、そうだ。忘れるところだった。フィナ。ティルミナさんに商業ギルドのランクを上げてもらったことを言っておいてもらえる?」
「ユナお姉ちゃん。ランクが上がったんですか!?」
「今日、上げてもらったよ。これも、モリンさんやティルミナさん、孤児院のみんなが頑張ってくれたおかげだよ」
孤児院の子供たちがコケッコウの面倒を見てくれるおかげで卵が手に入っている。その卵のおかげでプリンやケーキなどが作れるようになった。
もちろん、モリンさんが作るパンも大人気だし。アンズが作る料理も大繁盛している。
そして、なによりもそれらを全て管理しているティルミナさん。卵をお店、商業ギルドなどに配分の管理。材料の仕入れから価格の調整。それから売上の管理までしている。
経営を管理しているのはティルミナさんと言っても過言ではない。そう考えると、もしティルミナさんに辞められたら大変なことになりそうだ。
「フィナ。ティルミナさんに辞めないでって、言っておいて」
わたしは真面目な顔でフィナにお願いをする。
「えっと、よくわからないけど。伝えればいいの?」
いきなり、意味不明なことを言われたフィナは、首を傾げながら帰っていった。
翌日、わたしとフィナはシェリーが働く裁縫屋に向かう。お店に到着すると、お店の準備をしているナールさんとテモカさんがいる。
「おはようございます。シェリーは来てますか?」
「朝早く来て、奥でぬいぐるみを作っているよ」
そのことを聞くとちゃんと寝たか心配になってくる。わたしはテモカさんに許可をもらって、シェリーがいる奥の部屋に向かう。奥の部屋に入ると、シェリーがぬいぐるみを作っている姿がある。
「シェリー、おはよう。ちゃんと寝た?」
「はい、寝ました。でも、早く目が覚めちゃったので、テモカさんたちが朝食を食べているときに、お邪魔しちゃいました」
笑って誤魔化そうとするが、シェリーの目の下にはクマはない。ちゃんと寝たみたいだね。
「子供たちは喧嘩にならなかった?」
「なりそうでした」
そう言って笑うシェリー。
「でも、みんなの分も作るって説明したら、聞き分けてくれました」
「みんな、いいこだね」
「はい!」
本当の妹や弟が褒められたかのようにシェリーは嬉しそうにする。
「それじゃ、シェリー。わたしたちに手伝えることってある? 雑用ならなんでもするよ」
「はい。お手伝いします」
「シェリーみたいに早くはできないけど。わたしとフィナでシェリー1人分とは言わないけど、半人分ぐらいは頑張るよ」
「それじゃ、僕も仲間にいれてくれるかい。僕1人ならシェリーの半分の役に立つと思うよ」
「テモカさん!?」
わたしが入ったときに開けたままにしていたドアのところにテモカさんが立っていた。
「テモカさん、仕事は?」
「大丈夫だよ。それほど繁盛しているお店じゃないからね」
それは自慢気に言うことじゃないと思うよ。
テモカさんには孤児院の子たち分のぬいぐるみ作りに時間がかかるようだったら、お願いするつもりだった。材料費を払うとはいえ、無償で手伝ってもらうわけにはいかない。
「テモカさん、それならちゃんと代金は払うよ」
「いらないよ。楽しそうだから混ぜてもらうだけだからね」
そう言ってテモカさんはシェリーのところに行って、くまゆるとくまきゅうのぬいぐるみの作り方の説明を受ける。
この人、絶対に人生を損して生きるタイプだ。
だからと言ってテモカさんの厚意に甘えるわけにはいかない。でも、わたしにはぬいぐるみの相場が分からない。
困ったときはティルミナさんを召喚するしかない。
フィナに耳打ちをして、ティルミナさんを呼んできてもらうことにする。フィナはお店から出ていき、わたしはぬいぐるみの手伝いをするためにシェリーのところに向かう。
すでに、シェリーとテモカさんはぬいぐるみ作りの準備をしている。
えっと、わたしはどうしたらいいのかな?
「ユナお姉ちゃんはシッポと耳をお願いしてもいいですか?」
わたしが困っているとシェリーが指示を出してくれる。シッポぐらいなら作れるかな?
そして、シェリーの指示に従いながら、遅いながらもシッポと耳を複数作っていると、フィナがティルミナさんを連れて戻ってきた。
「ユナちゃん。朝は忙しいんだけど」
ティルミナさんが怒っている。
まあ、朝の忙しい時間帯に呼び出されれば普通は怒るよね。
「ごめんなさい。どうしてもティルミナさんにしか、お願いができなくて」
「フィナから聞いたわ。今度はぬいぐるみね」
呆れたような顔をするが笑っている。
「それじゃ、わたしはナールさんと話し合ってくるから。ユナちゃんは気にしないでいいよ」
「ティルミナさん、ありがとうございます」
「ああ、それから、わたしは辞めたりしないから大丈夫よ」
ティルミナさんは笑顔でそう言うと、部屋から出ていってしまった。
一瞬なんのことかと思えば、昨日フィナに変な言伝てを頼んだのを思い出した。
本当にティルミナさんには感謝しないと駄目だね。
次回、やっと出発します。