165 クマさん、商業ランクEになる
プレゼントの件はぬいぐるみに決めたけど。用意するのはそれだけでいいのかな?
どうせならケーキも作れるようになったし、誕生日ケーキでも作って行こうかな?
二段ケーキに挑戦するのもいいかもしれない。そして、色を付けた生クリームで『誕生日おめでとう』って書こうかな?
本当はチョコレートの板を作ってそこに文字を書きたいところだが、無い物ねだりをしても仕方ない。
材料はあるし、帰ったら作ろうかな。クマボックスに入れておけば大丈夫だし。そのまえにシェリーのところに行ってぬいぐるみの確認かな。
「ユナさん」
今日の予定を考えながら歩いていると、声をかけられた。
誰かと思えば商業ギルドのリアナさんだ。リアナさんは土地を購入するときにお世話になった人だ。
「リアナさん、こんにちは」
「ユナさん。もしかして、商業ギルドに来てくれるんですか?」
「行く予定は無いけど」
「あれ、昨日いらっしゃいましたっけ?」
昨日どころか、最近商業ギルドに行っていない。
だって、用がないもん。
ほとんど(全て)、お店のことはティルミナさんがやってくれているし。わたしが商業ギルドでやることなんてなにもない。
土地を購入するぐらいだ。
「もしかしてと思いますが。ティルミナさんから、なにも聞いてませんか?」
「ティルミナさんから? この数日、会っていないからなにも聞いてないけど。なにかあったの?」
「いえ、大したことではないのですが。ユナさんの商業ギルドランクが上がりましたので。先日、ティルミナさんに時間があるようでしたら、ユナさんに商業ギルドまで来てもらえないか頼んだんです」
「ギルドランク上がったんだ」
なにかをした記憶はあまりないんだけど。
お店を作って、モリンさん、アンズ、ティルミナさんに任せただけだ。まあ、その売上がわたしの商業ギルドランクに影響しているんだけど。
「普通はランクEに上がるのに一年は掛かるものなんですよ」
「そうなの?」
「新人の商人(商売)は地道に頑張って、売上を上げていくもんなんです。そして、一年ほどで軌道に乗った頃、ランクが上がります。中には売上も上がらず、辞めていく者もいますから」
冒険者ギルドと違って、ランクEに上がるのは大変なんだね。
「それで手続きをしますので、お時間があるようでしたら、今からギルドに来ませんか?」
シェリーのところに行くにしても、昨日の今日だ。早くても午後に行くのがいいかな?
ケーキ作りは明日でも良いし。
とくに急ぎの用がないので、商業ギルドに行くことにする。
「そういえば、リアナさんはどうしてここに?」
時間的にギルドで仕事をしている時間帯だ。
「仕事ですよ。本当はわたしの仕事じゃないんですが、頼まれまして。ユナさんこそ、商業ギルドに用が無いのに、あんなところを歩いていたんですか?」
「クリフに用があって、その帰りだよ」
「クリフ様ですか?」
「ちょっと、知りたいことがあったから聞きにね」
リアナさんと他愛もない話をしながら歩いていると、商業ギルドに到着する。
商業ギルドに入ると、早朝のピークを過ぎているためか人は少ない。
「それじゃ、少し待っててもらえますか。報告を済ましたら、すぐに戻ってきますので」
リアナさんは奥の部屋に行ってしまう。わたしは居場所を求めて壁際にある椅子に移動する。
他の職員でもいいんだけど、知り合いの方が良いのでリアナさんを待つことにする。
いつもなら、ミレーヌさんが受付に座っていることが多いんだけど、今日は見当たらない。真面目にギルマスの仕事をしているのかな?
商業ギルドの中を見渡すと、数人の視線がわたしに向いていることに気付いた。まだ、たまに見られるね。
クマさんフードを深く被って、リアナさんを待つことにする。
すると少し離れたところで商人2人の話し声が聞こえてくる。
「ちょっといいか?」
「なんだ?」
男性が近くにいた男性に尋ねる。
「あのクマの格好をしている子供がいるだろう」
「おまえ、指を差すな。あと、視線を向けるな」
「な、なんだよ」
「おまえ、クマの嬢ちゃんのこと知らないのか?」
声をかけられた商人は呆れたように尋ねる。
「噂だけは知っている。大きなクマの置物があるお店のオーナーがクマの格好をしていると聞いた。それがあのクマの格好をした子供かどうかを尋ねようと思ったんだが」
子供で悪かったね。
これでも15歳よ。
「おまえさん、この街は初めてか?」
「ああ、ミリーラの町に行くために2日前に、この街に来た」
「やっぱりか。おまえさんは、あのクマについてどれだけ知っているんだ」
「クマのお店を経営しているぐらいだな。昨日、ギルドでオススメの食事ができるお店を尋ねたら、そのお店を勧められたからな」
「旨かっただろう」
「ああ、あんな旨い物を食ったのは初めてだったよ。それで、経営しているのが誰かと調べたら、クマの格好をした女の子だって聞いてな」
「確かにあのクマの嬢ちゃんがお店のオーナーだ。でも、変なことは考えない方がいいぞ」
「なんでだ? 商人なら、金儲けの話があれば飛びつくだろう。あの料理法が分かれば、他の街で儲けられるぞ」
「止めとけ。商業ギルドの登録を剥奪されるぞ」
「どうしてだ?」
「後ろにはフォシュローゼ家と商業ギルドが付いているからな」
「そうなのか!?」
「ああ、だから、この街の住人はそんなことはしない。おまえさんが、どんな方法で調理法を仕入れようとしているかは分からないが、喧嘩を売るには相手が悪い」
「本当にそうなら、そうだな」
「信じるか、信じないかは自由だ。俺は同じ商人として忠告をしただけだからな」
「同じ商人の忠告だ。素直に受け取っておくよ。俺もそんな危険な橋は渡りたくないからな」
素直に頷く商人。
商人同士は仲が悪いイメージがあったけど。そうでもないのかな?
中には横の繋がりを大事にする商人の物語もあるけど。
「それが賢明だな。確かに、あの料理のレシピは魅力的だが、この街であのクマの嬢ちゃんに喧嘩を売るバカはいない」
「まあ、後ろ楯に貴族や商業ギルドがいればな」
「本当になにも知らないんだな」
首を振り呆れたように言う。
「なんだよ。その言い方」
「あのクマの嬢ちゃんはな、冒険者でもある。しかもランクCだ」
知られている。
まあ、隠していないし。調べようと思えば調べられるよね。
門兵のおじさんが一番怪しいけど。
「おまえ、俺がこの街のことを詳しくないからといって、バカにしているのか!?」
「どうして、俺がおまえさんにそんな嘘を吐かないといけないんだ。信じられないなら、他の者に聞けばいい。この街の商人なら誰でも知っていることだ」
「冗談だろ」
うん、冗談だよね。みんな知っているって。
「とにかく、忠告はしたからな」
男は去っていく。
残った男もわたしを一瞬見るが、去っていく。
そんな噂が流れているんだね。
ノアの話だとフォシュローゼ家の後ろに国王がいるんだよね。
だから、今まで平和だったんだね。
商人の話じゃないけど。もし、うちのお店の子たちに危害を加えたら、ただじゃすませないけどね。
でも、貴族の後ろ楯があるだけで違うもんだね。クリフには感謝しないといけないかな。いろいろとお世話になってるのは確かだし。でも、クリフに素直に感謝はしたくない気持ちがある。
そんなことを考えていると、リアナさんが戻ってきた。
「ユナさん。お待たせしました」
リアナさんは受付に座り、ギルドランクアップの手続きをしてくれる。
「はい、ユナさん。これで商業ランクEになりました」
「ありがとう」
お礼を言ってギルドカードを受け取る。
ちゃんとランクがEになっている。
「本当なら、これで一人前ですねって褒めるところなんですが、ユナさんにかける言葉じゃないですね」
「ランクEで一人前?」
「先程も言いましたが、新人商人のお店が一年間税を納めることって大変なんですよ」
確かにそうかもしれない。なにも無い状態から、一から商売始めて、軌道に乗るのには時間が掛かると思う。商才が無ければ、すぐに利益がでるのは稀なことだと思う。
わたしもモリンさんのパンや元の世界の知識が無ければこんなに繁盛はしなかっただろうし。
「それを商業ギルドに加入して、数ヶ月でランクEに上がるのは凄いことなんですよ」
「これも、お店で働いているみんなのおかげだけどね」
みんな真面目に働いてくれている。
今度、みんなにお礼をしないといけないね。
「まあ、ユナさんの場合は近いうちにランクDになりそうですけどね」
トンネルの通行料もある。それにケーキの売上げも増える。
商業ギルドランクは冒険者ギルドランクと違って、ランクが上がっても、今のわたしには使い道がない。
わたしはリアナさんにお礼を言って商業ギルドを出る。
クマハウスに帰る前に久しぶりに屋台が並んでいる広場を冷かしてから戻ってくると。
フィナが頬を膨らませながら、クマハウスの前に立っていた。