159 クマさん、王族とケーキを食べる
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これからもよろしくお願いします。
結局、作戦は失敗して全員が揃ってしまった。
そして、知らないうちに椅子が1つ増えて5つになっている。
アンジュさんだと思うけどいつの間にか置いてあった。行動が早い。
すでに椅子にはくまきゅうを抱いている王妃様、仕事を放り出した国王、いつもなにをしているか分からないエレローラさんが座っている。
「フローラ様もくまゆるを離して、椅子に座りませんか?」
くまゆるを返してもらうために第一アプローチを仕掛けてみる。
「や~」
フローラ様はくまゆるを抱きしめる。
くまゆるはフローラ様の腕の中で困っている。
救い出したいけど、無理やりくまゆると引き離すと泣くよね。
「フローラ様、美味しい物がありますから、食べませんか? くまゆるを抱いていると食べられませんよ」
「おいちいもの?」
「おいしいですよ。それにくまゆるも疲れてますから休ませてほしいって言ってますよ」
わたしがくまゆるに目で合図を送ると、くまゆるは疲れたように小さく鳴く。
演技力に定評があるくまゆるたちだ。過去にその演技力でノアを騙したり、ミリーラの町の宿に襲ってきた悪人を人食いクマ役で脅かしたりした。そのくまゆるの疲れた演技を見たフローラ様は悩んで静かに離してくれる。
「くまゆる、ゴメンね。また、遊ぼうね」
うん、やさしい子だね。
くまゆるは演技でなく、本当に嬉しそうに鳴く。
フローラ様と離れたくまゆるはわたしのところにやってくる。
お疲れさま。
フローラ様と遊んでくれたくまゆるの頭を労うように撫でてあげる。そして、フローラ様の気持ちが変わらないうちにくまゆるを送還しておく。
消えるくまゆるを見て、少し悲しい顔をするが、フローラ様はちゃんと椅子に座ってくれる。
今度はシェリーに頼んでくまゆるとくまきゅうのぬいぐるみでも作ってもらおうかな。フローラ様にプレゼントすれば喜んでもらえるよね。
そして、わたしはもう一匹の召喚獣のくまきゅうを見る。くまきゅうは大人しく王妃様に抱きしめられている。王妃様を見るがくまきゅうを離してくれる様子がない。
娘さんはちゃんと返してくれましたよ。ちゃんとくまきゅうを返してくださいね。わたしの無言の視線にも反応が無く、膝の上でくまきゅうを撫でている。その様子を羨ましそうに見ているフローラ様がいる。
このままだと、くまきゅう争奪戦が始まりそうなので、くまきゅうの回収は後で考えることにして、ケーキの準備をする。
クマボックスから、ショートケーキのホールケーキを出す。
「イチゴだ~」
フローラ様の視線がくまきゅうからケーキに移る。これで、争奪戦は回避できるかな。
「なんだ、これは?」
「前に食べた、ホットケーキに近いかな」
「ああ、あれか。あれは旨かったな」
お皿を人数分用意して、ケーキを切り分ける。
わたしの反対側にいるアンジュさんが紅茶の準備をしている。
「中にもイチゴが入っているのね」
「イチゴしゅき」
「美味しそうね」
全員分のケーキが行き渡り、アンジュさんの紅茶も配り終わる。フローラ様にはミルクが注がれている。
「クマさん、食べていい?」
フローラ様がフォークを握りしめて、ちゃんと待っている。
国王? 違うね。アンジュさんの教育かな。しっかりしている。
「うん、いいよ」
わたしがそう言うと、嬉しそうにフォークをケーキに刺して食べ始める。
「おいちい」
ほっぺにクリームを付けながら満面の笑みを浮かべる。その様子を見た他のみんなも食べ始める。
「本当に美味しいわね」
「ああ、でも、少し甘さがしつこいかな」
「そう? 丁度良い甘さだと思うけど」
わたしはケーキは食べずにアンジュさんが淹れてくれた紅茶を飲む。クリフのところで飲んだ紅茶と同様に美味しい紅茶だ。まあ、国王が飲む紅茶だ。この茶葉も高級品なんだろう。今さらだけど、過去に飲んだ飲み物は高級品だったんだろうね。
ケーキも好評のようで、みんな美味しそうに食べている。
特にフローラ様はくまゆると別れた悲しい顔から、無事に笑顔になっている。
王妃様はくまきゅうを抱いたまま食べている。救いだすタイミングがない。
くまきゅう、そんな眼でわたしを見ないで。助け出してあげるから。
「ユナ、おまえは食べないのか?」
紅茶しか飲んでいないわたしに国王が尋ねてくる。
「うん、試食で沢山食べたからね。それに食べ過ぎると太るし」
太るって言うよりも飽きた方が正しいかも。わたしは太らない体質だし。でも、わたしの言葉でフォークが止まる人物が1人いた。
あれ、1人?
手が止まったのはエレローラさんだけだ。
フローラ姫は口の周りをクリームで汚しながら食べてるし、国王は気にもしていない。王妃様は何もないようにケーキを口に運んでいる。
「ユナちゃん。太るの?」
エレローラさんが持つフォークが震えている。
「糖分が多いからね。まあ、普通の食べ物よりも太りやすいかな」
「お前は変なことを知っているな」
「ユナちゃん。わたしを太らす気だったの?」
いきなり、怒りだすエレローラさん。
「そんなつもりはないよ。それにケーキ1つぐらいじゃ、太らないよ。毎日食べたら、太るけど」
「本当ね。嘘じゃないわよね。信じるわよ。太ったら怒るわよ」
え~と、ウザイ?
「そんなに気になるなら、食べなくても」
「こんな、美味しい物を食べるなって、虐めなの? ユナちゃんはそんなことを言うの?」
女性に太るは、やっぱり禁句だったらしい。今度、この言葉は気をつけて使うことにしよう。使うところを間違えると面倒なことになりそうだ。
でも、そんなに体重が気になるなら食べなければいいのにと思ってしまう。口に出したら、また文句を言われそうだから言わないけど。
それに引き替え、王妃様は気にせずに食べている。太ることは気にしないのかな? それ以前に王妃様は太っているようには見えないから、普段は少食なのかな。
「王妃様はいくら食べても太らないのよ」
わたしが王妃様を見ていたらエレローラさんが、そんなことを言い出す。
「どんなに、食べても飲んでも太らないから、女の敵なのよ」
王妃様に向かって女の敵って、それに太らない体質はわたしもだ。
だから、エレローラさんの言葉にはノーコメントにさせてもらうことにする。
「ユナ様、少しよろしいでしょうか」
紅茶を飲みながら、みんなの表情を見ているとアンジュさんが声をかけてきた。
「なに?」
「このケーキは料理長の分はあるのでしょうか?」
「料理長?」
「はい、実は先ほどお茶の準備をしに行ったときに料理長にお会いしまして。そのときに、ユナ様が来たことをお伝えしたところ。その、楽しみにしているご様子だったので」
言いにくそうに説明をしてくれる。
確かに、毎回新作があると、料理長に試食をしてもらっている。フローラ様が喜んでもらえたものがあればわたしがいなくても食べれるようにレシピを渡すこともある。
わたしは新しくお皿を2枚用意すると、ケーキをお皿に載せる。
「料理長に渡してあげて」
「ありがとうございます」
「あと、アンジュさんも後で食べて」
アンジュさんはフローラ様と2人っきりのときは一緒に食べてくれるが、国王がいるときは立場を考えて一緒に食べることはあまりない。
「よろしいのですか?」
「今度来るときに感想を聞かせてね」
「ありがとうございます」
嬉しそうに受け取ってくれる。
受け取ったケーキは台車の上に乗せる。
「アンジュ、ここはいいから、ゼレフに届けてやれ」
「よろしいのですか?」
「ああ、あいつがユナの料理を楽しみにしているのは知っているからな」
「かしこまりました。では、届けて参ります」
アンジュさんは頭を下げて、庭園から出ていく。
「まあ、許してやってくれ、あいつもユナの料理を楽しみにしている一人だからな」
「いいよ。いつも、料理の準備をしているはずなのに、わたしが連絡もせずに来て、ゼレフさんの邪魔をしちゃっているからね」
当時は良い顔をされなかったみたいだ。
でも、わたしがフローラ様に作ってほしいとアンジュさん経由で、試食品とレシピを渡したら、激変したそうだ。そして、『負けた』と呟いたそうだ。
別に勝負したわけでもないし、ゼレフさんみたいに王宮の晩餐会みたいな料理が作れるわけでもない。ただ、ゼレフさんが知らない料理を知っているだけだ。
それに人には得意分野や不得意分野がある。それを全てに勝とうとするのが無理がある。
だから、勝ち負けなんて、無いと伝えたことがある。
アンジュさんが庭園から出ていって、しばらくすると、フローラ様のお皿の上のケーキが無くなり、ホールケーキを見ているフローラ様に気付いた。なので、わたしは空になったフローラ様のお皿に新しくケーキを切り分けて載せてあげる。
「クマさん、ありがとう」
「さっき、ちゃんとくまゆると別れることができた、ご褒美ですよ」
隣にはくまきゅうを離してくれない人もいますからね。
「美味しいですか?」
「うん、おいちいよ」
今度は違うケーキも作って持ってきてあげようかな。
他のフルーツケーキとかチーズケーキぐらいならつくれるかな?
「ユナちゃん。わたしももう1ついいかな」
エレローラさんがお皿を静かに出す。太っても責任は持ちませんよ。
「ユナ、俺も頼む」
「わたしもお願いね」
エレローラさん、国王、王妃様の分もケーキをお皿の上に乗せてあげる。
なんか、わたしがメイドさんになっているね。
みんなの紅茶の入ったカップが空になっていたので、ララさんに教わった紅茶の淹れ方で、みんなに紅茶を淹れてあげる。まさか、こんなところで役に立つとは思わなかったね。
わたしが淹れた紅茶を飲んだ国王が口を開く。
「なんだ、おまえは紅茶も淹れることができるのか?」
「淹れ方が上手ね」
王妃様からもお褒めの言葉をもらう。
「クリフのところのメイドさんに教わったからね」
「もしかして、ララから?」
「うん、お店でケーキを出すことになったときに、紅茶も出したかったから、教わったの」
「クリモニアの街じゃ、ユナちゃんのお店があるから、いつでもケーキが食べられるのよね。わたし、クリモニアに帰ろうかしら」
「毎日、食べたら太りますよ」
「それ以前に、俺が許さんから大丈夫だ」
「みんなが、苛める」
そんな感じでケーキを楽しんでいると、庭園の奥から重めの走る足音が聴こえてくる。足音が聞こえる方に視線を向けると、このお城の料理長のゼレフさんが走ってくる姿があった。
ゼレフさんは脂肪が付いた小太りのオジサンだ。見た目はあれだが、お城の料理長を任され、王族の料理を任されるほどに信用されている人だ。
そんな人が息を切らせて走ってきた。