156 クマさん、ケーキ屋さんを開店する
お店の改築も内装も終わり。必要な物を買い揃え、開店に向けて準備をする。
ララさんも約束通りにお店に紅茶の淹れ方を教えに来てくれた。
教えてもらう人はエレナさんはもちろん、モリンさんカリンさん、『くまさんの憩いの店』で働く子供たち。まあ、全員になる。
そこには関係のない、ティルミナさんやフィナも参加している。
「なんでいるの?」
と尋ねれば。
「覚えて損はないからね」
「将来、役にたつかも」
と返事が返ってきた。
みんな、ララさんの紅茶の淹れ方を真面目に聞き、メモを取ったりしている。紅茶の淹れ方を覚えようとしている。
茶葉はクリフの紹介と商業ギルドのミレーヌさんのおかげで、中級ほどの葉を安く購入することができるようになった。さすが、領主様とギルドマスターと言うべきか。これは借りになるかな。
ミレーヌさんにはお店のことでも、いろいろとお世話になった。ミレーヌさんに借りがあると怖いから、ケーキ1ヶ月分で借りを無くそう。きっと、それで承諾してくれるはずだ。
その前にも体重計でも用意して、どれだけ増えたか調べるのも良いかもしれない。
クリフには貸しがあるから、返さないでいいよね。
そして、数日の特訓のかいもあって、エレナさんのケーキの腕前もあがる。これもモリンさんのおかげだ。しっかりとエレナさんのお尻を蹴っ飛ばしてくれた。
もちろん、お手伝いをしている子供たちのおかげもある。
紅茶もララさんのおかげで、美味しく淹れられるようになった。
もちろん、ララさんの実力には及ばないけど、十分に美味しくなっている。
明日は新装開店日になる。
明日に備えてエレナさんやケーキを担当する子供たちが、準備をしているとミレーヌさんがやってきた。
「間に合って良かったわ」
ミレーヌさんの手にはあるものが握られている。
あれはあれだよね。
ミレーヌさんはエレナさんに近付く。
エレナさんはそれがなにか、危険な物と感じて後退りする。
「ミレーヌさん、それってもしかして」
「エレナちゃんの制服よ」
ミレーヌさんが毛皮を広げるとクマさんの制服がある。
「わたしも着るんですか!?」
「もちろんよ。そのために作ったんだから」
エレナさんに近付くミレーヌさん。
「わたしだって着ているんですよ。エレナさん、着ないのはズルいですよ」
仲間ができて嬉しそうにするカリンさん。
「カリンさん? でも、わたし店内には」
「ケーキ作りが終わったら接客ですよ」
「ユナさん!?」
「ケーキは余程のことがない限り、追加分は作らないから、暇になるし大丈夫ですよ」
「冗談だよね」
わたしは首を横に振る。
その瞬間、エレナさんは逃げ出そうとするが、冒険者のわたしから逃げられるわけがない。
クマの足の瞬発力でエレナさんの逃げ道を先回りして捕まえる。
「ユナさ~ん」
わたしはミレーヌさんにエレナさんを引き渡す。エレナさんを受け取ったミレーヌさんは更衣室に連行する。エレナさんの顔は悲壮感がある。ここで働くってことは、その制服を着るってことだよ。
そのあとを子供たちが付いていく。
そして、数分後、恥ずかしそうにしてクマさんの制服を着たエレナさんと新人の子供たちが出てきた。
そんなに恥ずかしがることはないのに。わたしなんて制服じゃなくて着ぐるみを着て、異世界を歩いているんだよ。
こんな着ぐるみの格好で異世界を歩いているのは、わたしぐらいなもんだろう。マンガでもアニメも小説でさえも聞いたことないよ。
「ユナさん、恥ずかしいです」
「それはつまり、わたしの格好が恥ずかしい格好だと言いたいの?」
恥ずかしい格好だけど。
「違うよ。着る人によって変わるんだよ。ユナさんは可愛いからいいんですよ。でも、わたしは……」
「エレナさんも可愛いですよ」
「うっ、モリンさんは着ていないから。この制服は子供限定だと思ったのに……」
エレナさんはクマの制服を着て喜んでいる子供たちを見ている。
それに、この制服を考案したのはわたしではない。目の前にいる微笑んでいる人物だ。
「明日はちゃんと着て仕事をしてくださいね」
「ううっ」
うな垂れるエレナさん。
そして、開店当日、お客様の人数はいつも通りの人数で始まる。
モリンさんのパンが目当てでやってくるお客様が多い。そして、お客様は二階の新装開店のお店、『くまさんの憩いの店、ケーキ店』に気付く。
一応、店の入口、一階の飲食のテーブルにチラシが貼ってある。貼ってると言うより、テーブルの上に乗っているデフォルメされたクマたちがチラシを持って宣伝をしてくれていると言うのが正しい。
チラシや二階のことに気付いたお客様が二階に上がると、店員の1人が階段側で試食コーナーを構えている。二階に上がってきたお客様に一口サイズのケーキを試食してもらう。
一階でやると、モリンさんのお客様を取ってしまう可能性があるので、あくまで二階に上がってきたお客様を対象とした。
試食したお客様は試食係の女の子にいろいろと問い詰める感じで聞いてくるが、この一週間、試食をしてきた子供たちに死角はない。
どのケーキにどんな果物が入っているか、甘さがどれほどか、覚えた。その知識でお客様に説明をしていく。
もちろん、飲み物のオススメも忘れない。従来通りの果汁やミルク、そこにララさんに教わった紅茶が入る。
さらに付け合わせに塩がかかったポテトチップスのオススメも忘れない。
ケーキにポテトチップスの組み合わせ。最強の組み合わせだけど、考えただけで太りそうだ。
食べてもらってなんぼの商売だけど。食べ過ぎ注意のポスターでも作った方がいいかな?
まあ、それはミレーヌさんみたいに何個も食べるお客様がいたら、そのときに考えることにする。
その試食係の子供から説明を受けたお客様は、すぐに二階のカウンターに向かい、ケーキを注文してくれる。
ケーキの販売状況も好調で、事前宣伝もしていないのに完売する。
とりあえず、追加で作ることはせずに、明日の準備に取りかかる。
明日はもう少し多く作らないといけないかな?
「ユナさん、疲れました~」
「頑張ってください」
「動けない~」
椅子に座ったエレナさんがテーブルの上にうつ伏せになって倒れている。
「子供たちが見ているよ」
「うっ」
エレナさんは顔を上げて、自分を見つめる子供たちに気付く。
「ほら、頑張って」
「ううっ、頑張るよ。それじゃ、みんな、明日の準備をしようか?」
エレナさんの言葉に子供たちは元気よく返事をする。
「ユナさん、若いって凄いね」
元気よく働き出す子供たちを見て、沁々と言う。
「エレナさんも、十代でしょう」
「もう、若くないよ」
「それじゃなんだい。わたしはお婆ちゃんかい」
「モリンさん!」
下の階から上がってきたモリンさんがいた。
エレナさんの年寄り発言に反応したのか、エレナさんを軽く睨んでいる。
「いえ、モリンさんは若いです! お婆ちゃんなんて、とんでもないです」
一生懸命に否定をするエレナさん。
「わたしが若いなら、あんたはもっと若いだろう」
「はい。頑張ります!」
モリンさんにそう言われたら、子供たちみたいに元気よく動くしかない。
その姿を見てモリンさんは笑みをこぼす。
「どうしたんですか?」
「いや、昔のカリンを思い出してね。よく、仕事をサボっていたからね。同じように叱ったもんだと思ってね」
「確か、前にもそんなことを言ってましたね」
「若い頃は、遊びたいからね。それを考えると、孤児院の子供たちは真面目過ぎるね」
確かに、日本なら学校に行ったり遊んでいるような年齢だ。
「院長先生は、食べられない辛さを知っているから頑張っているって言ってましたよ」
「それと、誰かさんの役に立ちたいみたいだね」
モリンさんは今度はわたしの方を見て笑みをこぼす。意味深な笑顔を残すとエレナさんのお尻を蹴りに向かった。
二日目以降は噂を呼んで少しだけ、お客様の行列ができるが、ルリーナさんとギルのおかげで、トラブルは起きずに終わる。
三日目となるとお客様の数も増えてきた。
新規のお客様も増えているけど。3日間、毎日見たことがあるお客もいる。しかも、女性だ。
食べに来てくれるのは嬉しいけど、毎日はダメだよ。
その日のお店が終わったあと、大きなポスターを貼り出すことにした。
それは食べ過ぎ注意のポスター。
見た瞬間、分かるように、食べ過ぎて太った女性をデフォルメした感じで描いて貼り出した。
とりあえず、毎日食べに来るお客様を止めたいので、ポスターにはケーキは一週間に1~2個が適量ですと書いておく。
このブクブク太った絵の効果のお陰か、毎日食べに来るお客様は減り、お店の方も落ちついてくる。それでも、忙しいのは変わらない。
「ユナさん、疲れたよ~」
「明日は休みだから休んでいいですよ」
「定休日があるのは知っていたけど、いいのかな? 宿屋は休みなんて無かったから」
「でも、お客様が居ないときぐらい、あったでしょう?」
「あるけど。一応、お客様が来ても良いように準備だけはしておくからね」
「それで一週間働いてみてどうだった? もしかして、辞めたくなった?」
「う~ん、忙しくて大変だけど。辞めたいとは思わないよ。なんか、自分が作った物を、嬉しそうに食べてくれるのを見ると嬉しいからね。まあ、それもユナさんのケーキのおかげなんですけどね。それに大変だけど、モリンさんや子供たちと仕事をするのは楽しいよ」
エレナさんは嬉しそうな顔をする。
申し訳ありませんが、しばらくの間、感想返しは控えさせてもらいます。