154 クマさん、ケーキの試食会をする その2
ティルミナさんがシュリを連れてやってきた。
「エレナさんはこの店で働く許可をもらうために帰りましたよ」
「エレナちゃん、ここで働くの?」
「本人はそう言ってますけど。宿屋もあるから、両親の許可をもらってからとなりました」
「そうなんだ。それはそうと、ユナちゃん。昨日食べた、あれはなんなの? 凄く美味しかったけど」
「ケーキですよ」
「パンケーキとは違うのよね」
「まあ、遠い親戚です」
「遠い親戚って……。それで、今回もわたしが仕入れをして、価格を決めればいいの?」
「お願いしますね」
さすがティルミナさん。よく分かっている。
まあ、何度も同じことを頼んでいるから分かるよね。
「あんなに美味しい食べ物を食べさせられたら断れないわね」
「ユナ姉ちゃん」
シュリがわたしの横っ腹のクマの服を小さく引っ張る。
「なに?」
「食べたい」
「うん、いいよ。とりあえず、ティルミナさんも食べてください。種類もありますから、感想を教えてくれると嬉しいです」
2人分のケーキを切り分ける。
「それはそうと、ユナちゃん。どうして、ケーキが2つだったの? ゲンツがいじけていたわよ」
「……ゲンツさん?」
そんな人もいたね。
どうも、ケーキをイメージしたら女性しか頭に浮かばなかった。
「甘い食べ物だから、ゲンツさんは苦手かなと思って」
「ホントウ? とりあえず、わたしのを半分あげたけど、美味しそうに食べていたわよ」
おっさんがケーキを……。
イヤイヤ、人を見た目で判断しちゃ駄目だよ。
おっさんだってケーキぐらい食べるし。
わたしだって見た目で苦労しているんだから。
人が何を食べようと、人が何を着ようと自由だよ。
「ゲンツさんのケーキを用意しておきますから、持っていってあげてください。あと、どれが美味しかったか聞いておいてもらえますか?」
「分かったわ。ゲンツに聞いておくわ」
男性用の甘さ控えめのケーキを作るのもいいかもしれない。
そうなるとゲンツさん以外にも味見をしてくれる男の人が必要かな。
クリフに冒険者ギルドのギルマス、あとはギルにドワーフのゴルドさんぐらい? ああ、今はブリッツがいるんだっけ?
まあ、それはのちのち考えよう。
ティルミナさんとシュリに切り分けたケーキを渡してあげる。
「ウ~ン、昨日も思ったけど美味しいわ。いくつでも食べられるわ」
「うん、おいしい」
ティルミナさんとシュリにも、好評のようで良かった。二人とも美味しそうに食べている。
でも、ティルミナさんの口に運ぶフォークのスピードが速い。
「でも、食べ過ぎると太りますよ」
わたしがそう言った瞬間。
世界にヒビが入った。
ピキッ、パリ~ン、などの音が聴こえたような気がした。
聴こえた方を見るとフォークを持つ手が止まっている大人の女性陣の地獄に落ちたかのような顔がある。
反対の方を見ると子供たちは気にせずに美味しそうに食べている天使のような笑顔がある。
両極端だ。
「ユナちゃん。太るの?」
ミレーヌさんが聞いてくる。
「太りますよ。ぷくぷくと、お腹回りとか」
「冗談だよね」
笑顔を引きつかせながら尋ねる。
「冗談だと思いますか?」
「…………」
唾を飲み込むミレーヌさん。
「冗談ではないけど。食べ過ぎなければ大丈夫ですよ」
「だ、だよね」
ミレーヌさんがケーキにフォークを刺して口に運ぶ。
「でも、6個は多いと思うよ」
「ユナちゃ~ん」
ミレーヌさんの叫びが店の中に響いた。
本当に6個は食べ過ぎです。
「ユナさん。3つなら平気ですよね」
「まあ、毎日食べなければ」
安堵するカリンさん。
「シュリ。はい、あ~んして」
ティルミナさんは自分の分をシュリに食べさせようとしている。
「ティルミナさんは、まだ食べていないでしょう。味見はちゃんとしてください」
「太りたくないわ」
「そんなに簡単に太りませんよ」
「ユナちゃん。若いうちは良いけど。年をとったら油断は禁物よ」
しみじみと真面目な顔で言われた。
「でも、味見はしっかりしてくださいね」
わたしは笑顔で返す。味見をしてもらわないと困るからね。
ティルミナさんは渋々と食べ始める。
「うっ 美味しいから止まらなくなるのよ」
フォークをくわえながら、訴えるティルミナさん。
その横ではフィナとシュリが、
「お母さんは太ってないから平気だよ」
と慰めている姿がある。
ケーキは概ね好評のようだ。
わたしの太るって発言以外、問題は起きていない。
ケーキが太ると言っても食べ過ぎなければ大丈夫だ。なんでも食べ過ぎれば太るものだ。まあ、ケーキは輪をかけて太るけど。そう考えると、低カロリーケーキが必要になってくるかな? その辺も甘さ控えめのケーキと一緒で後回しだね。
全員がある程度食べ終わったころ、モリンさんが席を立つ。
「それじゃ、とりあえず、作ってみたいから、作り方を教えてもらえるかい?」
モリンさんはすでに作る気満々だ。
参加するメンバーはモリンさん、カリンさんの2人。
子供たちとティルミナさんは見学することになった。
さすがと言うべきかモリンさんは手慣れた手つきで指示通りにケーキを作っていく。
そして、目の前にイチゴのホールケーキができあがる。
その結果。
「これは無理だね。時間が無いね。パンを作る時間を考えると作る時間が足らない」
「子供たちを増やしても無理ですよね」
「できるかもしれないけど、やっぱり指示を出すことを考えると……」
手伝いをしたカリンさんも同様の意見のようだ。
これはエレナさんの助っ人が本当に必要になってくるかも。
とりあえず、完成したケーキを全員で試食することにする。
「うん、美味しいね」
さすがモリンさん。味も問題はない。
「ユナちゃんの指示のおかげだよ。それに作れるよりも、作り方を考えたユナちゃんの方が凄いことは職人のわたしが一番分かっているよ」
すみません。わたしが考えたわけじゃないんです。異世界の食べ物です。と心の中で謝っておく。
「でも、お店に出すのは保留ですね」
「残念だけどね」
わたしの言葉にモリンさんは頷く。
「本当にお店で出さないの!?」
わたしたちの反応を見てミレーヌさんが叫ぶ。
「現状だと、人が足りないし、時間もないからね」
「なんなら、商業ギルドから人を貸し出すけど」
「ミレーヌさんを信用していないわけじゃないんですけど。知らない人は……」
情報が漏れるとかでなく。やっぱり、知り合いじゃないと落ち着かないものがある。
「本当にエレナさんが手伝ってくれれば、任せるんだけど」
「宿屋があるからね」
わたしは無理だと思っている。
一人娘? だし、婿を取って宿を後を継ぐと思っている。
「とりあえず、いつでも販売できるように材料の価格は調べておくわね」
とティルミナさんは言ってくれる。
そんなとき、エレナさんがお店に駆け込んできた。
「エレナさん、そんなに慌ててどうしたんですか?」
息を切らしているんだけど。本当に喧嘩別れとかしていないよね。
エレナさんはわたしを見つけると抱きついてくる。
「ユナさん、みんな酷いんですよ」
お腹に顔を埋めないでください。
「なにがあったか、知らないけど離れてもらえますか」
無理やりエレナさんを引き離す。
「それでなにが酷いの?」
「おっちょこちょいだから、迷惑をかけるからって言うんですよ」
「それじゃ、ダメってことになったの?」
「ううん、それは説得したから大丈夫です。ただ、ユナさんに迷惑をかけていないか、見に来るって言ってました」
授業参観みたいなものかな。
でも、今回は企業参観っていうのかな。子供がしっかり仕事をしているか様子を見に来る。
この場合、先生役であるわたしも見られるのかな?
まあ、授業参観なら、先生のことを見ることもあるけど。今回はエレナさんの仕事の様子を見に来るってことだから、わたしは関係ないよね。
それに来たとしても、モリンさんに任せればいいし。
学校で言えばわたしは校長。モリンさんが先生になる。
「モリンさん、もしエレナさんの両親が来たら任せていいですか?」
わたしは店長であるモリンさんに尋ねる。
「邪魔さえしなければ構わないよ」
モリンさんから許可をもらう。
「ユナさん、モリンさん、ありがとうございます」
エレナさんは頭を下げる。
とりあえず、エレナさんが迷惑をかけない様子を両親に見せれば大丈夫なようだ。
翌日、宿屋も忙しいはずなのにエレナさんの両親が頭を下げにきた。
「ご迷惑をかけましたら、いつでも追い出して構いませんから」
「もし、仕事をサボるようでしたら、お尻を蹴っ飛ばしてくださって構いませんので」
ご両親から、こんなことを言われるエレナさんって、普段って酷いの?
宿屋に泊まっていたときは、たまにカウンターで休憩をしているところをみたけど。食事の時間帯のときはちゃんと働いていた。
エレナさんのご両親は、たまに様子を見に来ますと言葉を残して帰っていった。