134 クマさん、黒虎を解体しようとする
アンズのお店も順調にお客様が来店している。
あっちこっちでお米や魚の販売が始まっているためか、初日ほどの騒ぎはない。その理由としてはアンズ同様にミリーラの町からやってきた人が店を開いていると聞く。
わたしとしてはクリモニアにお米と魚介類が広まるのは嬉しいことだ。
あとは店が潰れないようにアンズたちに頑張ってもらいたい。まあ、デーガさんの味を受け継いでいるアンズの料理が負けるとは思っていない。でも、人生どこに慢心や落とし穴があるかわからない。
まあ、謙虚なアンズが慢心することは考えられないので落とし穴には気を付けてもらいたい。
その辺は仲間やティルミナさんがなんとかしてくれると信じよう。
お店のことで、わたしが手伝えることは何も無いので、忘れていたことを行なうことにした。そのためにフィナには朝からクマハウスに来てもらうことになっている。
本日、フィナに頼むことは黒虎の解体だ。
黒い立派な毛皮をゲットするためにフィナに来てもらう。
忘れていたわけじゃないけど。護衛の仕事から戻ってきて、数日のんびり過ごしたら、フィナに解体をお願いしようとしたら、アンズが来て、店の準備をして、店が開店して、いろいろ忙しくなって。このときにはすっかり黒虎のことは記憶から抜け落ちていた。
そんなわけで黒虎のことを思い出したわたしはフィナに解体をしてもらうことにした。いつも思うけど10歳の女の子に魔物の解体を頼むってどうなんだろう。
何百と解体を頼んだわたしのセリフじゃないけど。
のんびりとフィナを待っていると、約束通りにクマハウスに来てくれる。
「ユナお姉ちゃん、おはよう」
「フィナ、おはよう」
元気な挨拶は嬉しくなるね。
「それで、わたしに用事ってなんですか?」
フィナに声をかけたとき、周りに人がいたので、黒虎のことは大騒ぎになると思って、口に出さなかった。そのため、フィナには用があるからクマハウスに来てほしいとしか伝えていない。
「フィナに解体をしてほしいのがあるの」
フィナを連れてクマハウスの隣に建っている倉庫に向かう。
取り出すのは黒虎。
「ユナお姉ちゃん!?」
フィナは出てきた黒虎を見て驚きの声をあげる。
やっぱり、驚くのかな。
「こないだ、黒虎を倒したんだけど。解体、お願いできる? もちろんお給金は出すからお願い」
フィナが黒虎を見ている。
「解体するのはいいけど、もしかするとできないかも」
フィナは少し悩んでそう答える。
「そうなの?」
フィナでも解体できないの?
タイガーウルフの上位魔物みたいなものだから、できると思ったんだけど。そうなると、冒険者ギルドに持っていかないと駄目かな。
フィナはナイフを取り出すと、黒虎のお腹に刺して、ナイフを動かそうとするが、動かない。
うーうーと唸っている。
フィナはナイフから手を離す。
「ユナお姉ちゃん。やっぱり、わたしじゃ無理です」
「タイガーウルフと同じじゃないの?」
「いえ、そうじゃなくて、わたしが持っている鉄のナイフじゃ、黒虎は解体できないんです。堅くてナイフが通らないんです」
つまり、フィナの解体技術云々じゃなくて、もっと切れ味がいいナイフが必要ってことか。
「切れるナイフがあればできるんだよね」
「たぶん、タイガーウルフと同じだと思うから」
「それじゃ、黒虎を解体できるナイフでも買いに行こうか」
できない理由が分かれば話は早い。
ナイフが必要なら買いに行けばいいだけだ。
「黒虎が解体できるナイフって、高くて買えないよ」
首を横に振って無理アピールをするフィナ。
「わたしが買ってあげる。いつも、解体してくれているお礼だよ」
「お礼なら、もう、沢山もらっているよ」
「いいから、いくよ」
黒虎をクマボックスに仕舞い、フィナの手を掴んで鍛冶屋に向かう。
向かった先はわたしが初めてこの街でナイフと剣を購入したお店だ。
この鍛冶屋はドワーフの夫婦が経営している。
お店の中に入ると、奥さんのネルトさんが出迎えてくれる。
「いらっしゃい。おや、フィナとクマのお嬢ちゃんじゃないかい。どうしたんだい?」
「解体用のナイフを買いに来たんだけど」
「前に買ったナイフはどうしたんだい?」
「今日はわたしのじゃなくて、フィナの新しいナイフが欲しくて来たんだけど」
「フィナのかい? でも、先日、フィナのナイフは研いだと思うんだけど」
「もっと、切れ味がいいナイフが欲しいんだけど。ちょっと、鉄のナイフだと解体ができなくて」
鉄のナイフだと、解体できないことを伝える。
「いったい、なにを解体するんだい。まさか、ドラゴンでも解体するわけじゃないだろ?」
「黒虎を解体したいんだけど。フィナの持っている鉄のナイフだと解体できないの」
「黒虎かい。それじゃ、鉄のナイフじゃ無理だね。ミスリルぐらいは欲しいわね」
おお、ミスリル。ファンタジーのレア鉱石といえばミスリルだ。
ゲームでもミスリルの剣とかあったな。
この世界にもあったんだね。
この店、鉄の剣しか置いてなかったから、知らなかった。
「それじゃ、そのミスリルのナイフ2本貰えますか?」
一応、使う予定は無いけど自分の分も注文しておく。
多少高くても欲しい。ミスリルの剣もあれば欲しいな。
「悪いね。今はミスリルは在庫は切らしているんだよ」
やっぱり、レア素材で手に入りにくいのかな。値段が高くても欲しかったんだけど。
「それじゃ、ミスリル以外で黒虎を解体できるナイフってある? 多少値段が高くてもいいけど」
「すまないね。ミスリルもそうだけど、鉄も銅も銀、全ての鉱石が不足しているのよ。だから、黒虎を解体できるナイフは今はないのよ」
「全ての鉱石が不足しているの?」
「そうだよ。だから、うちの旦那も、しばらくは仕事もできずに寝ているよ」
確かに、奥の部屋から鉄を叩く音が聞こえない。
いつもなら、鉄を叩く音が聞こえてくるのに。
「まあ、それはわたしたち鍛冶屋だけじゃないんだけどね。ほとんどの金属を扱う店は品薄状態だよ」
そういえば、アンズの店の調理道具を買い揃えるとき、ティルミナさんが鉄や銅の商品の値段が上がっているけど、買ってもいい? と相談を受けた記憶がある。
それに対して、必要だからいいよ。と適当に返事をした記憶がある。
あれは、このことが原因だったんだね。
別に黒虎の解体はいつでもいいけど、手に入らないと言われると、手に入れたくなるのが、元ゲーマーの悪いところだ。
「でも、どうして、鉄鉱石とか不足しているの?」
ファンタジーだと、戦争をするために鉄とかを掻き集める話をたまに聞くけど。
でも、この国。どことも戦争していないよね。わたしが知らないだけかもしれないけど。
「なんでも、鉱山で問題が起きて、掘れないと聞いたよ」
「その問題って?」
「そこまでは聞いていないね。商業ギルドなら詳しい情報を知っていると思うけど」
どうしようかな。理由を知ったからと言ってミスリルのナイフが手に入るわけじゃないし。
王都の武器屋に行けば売っているかな。
クマの転移門もあるし、ちょっと行ってみようかな。
「ありがとうございます。ちょっと王都まで行ってみます」
「王都かい!? ああ、クマのお嬢ちゃんにはクマの召喚獣がいたね。ちょっとお待ち」
ネルトさんは一瞬驚くが、自分で答えを導く。ちょっと違うけど、転移門のことは話せないのでそのまま、頷いておく。
ネルトさんはわたしたちを待たせると奥の部屋に行ってしまう。すると、奥の部屋から旦那さんを叩き起こす声が聴こえてくる。
しばらく、奥の部屋が騒がしくなったと思うと静かになる。なにか、あったのかと思っていると、なにも無かったようにネルトさんが戻ってくる。
「お待たせ、これを持っておゆき」
一通の手紙を渡してくれる。
「これは?」
「王都に行くなら、王都にあるガザルという名の男が経営する鍛冶屋があるから行ってみるといいよ。この手紙を渡せば少しは融通してくれるかもしれないよ」
「ガザルですか」
「わたしらと同郷さ」
つまり、ドワーフですか。
「ただ、向こうも鉱石不足になっている可能性もあるから、期待はしないでおくれよ」
「いえ、ありがとうございます」
お礼を言って手紙を受け取る。
お店を出たわたしは、フィナの頭の上に手を置く。
「それじゃ、今から王都行こうか」
「今からですか!」
「クマの転移門があるから大丈夫だよ」
「そうだけど」
「なんか、問題でもある?」
「普通、気軽に王都なんて行けないよ」
「まあ、いいじゃない。なんなら、もう一度、王都見学でもしようか?」
クマハウスに戻り、転移門で王都に転移する。
すみません。外伝を書いて遅れました。
書籍版も発売になりました。
購入してくださった皆さん、ありがとうございます。