129 クマさん、アンズを従業員寮に案内する
アンズたちは街の中が珍しいのか、周りをキョロキョロしながら歩いている。
初めてわたしが来たときも同様なことをしたから、人のことは言えない。
まあ、わたしの場合はゲームの世界なのか異世界なのか周りを見ていたんだけど。みんなは違うようだ。
「人が多いね」
「そうね」
「本当にこの街で働けるの?」
「わたしやっていけるかな」
「それはみんなで頑張ろうと言ったでしょう」
「街の人はみんなおしゃれだね」
「うん、でも……」
「いないわね」
なにがいないのかなと思っていると、みんなの視線がわたしに向けられる。
なんで見るかな?
「ユナちゃんみたいな格好をした人、誰もいないね」
「クマがいない」
「街では着ている人が沢山いると思ってた」
みんな頷いている。
そんなことを思っていたの!?
驚きの瞬間だ。
常識的に考えて、わたしみたいな着ぐるみを着た人が街の中を歩いているわけがない。
そもそも、この世界に着ぐるみの文化は存在しないはず。あったら、見てみたい。
でも、ミリーラの町から一度も出たことがなくて、クリモニアからの情報が入ってこない状況で、クリモニアから来たわたしを見たら、街には着ぐるみを着た人がいると思うのかな?
いや、でも、最近はクリモニアから、仕事で行っている人もいるんだからおかしいとおもうよね。
「ユナさんみたいな服って、誰も着ていないんですか」
なんとも答えづらい質問を。
「き、着ていないよ」
そう、答えるしかない。
それ以外の答えは存在しない。
着ているとしたら、わたしのお店で働いている子供たちぐらいだ。
制服であって普段着ではない。
でも、わたしの言葉がすぐに否定されることになった。
クマの着ぐるみを着た子供たちが歩いていた。
間違いなく、『くまさんの憩いの店』で働いている子供たちだ。
あれ、今の時間は…お店は?
疑問に思ってクマの制服を着た子供たちを見ていると、アンズたちがわたしの視線の先に気づく。
「あれは!?」
みんなの視線がクマの着ぐるみを着た子供たちに向く。
それと同時に子供たちもわたしに気づく。気づいた子供たちは小走りをして駆け寄ってくる。
メンバー構成は女の子が三人。
「ユナお姉ちゃん!」
「みんな、こんなところでどうしたの? お店は?」
疑問になっていることを尋ねる。
「おやすみだよ」
ああ、そうか、今日は休みか。店に行かなかったから忘れていた。
「ユナさん、この子たちは?」
「わたしの店で働いてもらっている孤児院の子供たち。でも、どうして、みんな制服を着ているの?」
「ティルミナさんが宣伝になるから、休みのときも着なさいって」
あの人は……。
「嫌だったら、着ないでいいよ。わたしがティルミナさんに言っておくから」
「大丈夫です。わたしたち、この制服大好きですから」
可愛らしい笑顔で答える。その笑顔に嘘はないみたいだ。
「それに、これを着ていると安全だって、ティルミナさんが言ってました」
「安全?」
「なんでも、クマの加護があるから絡まれることも、騙されることも無いって」
もしかして、クマの加護って、わたしのこと?
でも、経験上、こんな格好をしていれば、逆に絡まれそうなんだけど。
本当に大丈夫なのかな。今度ティルミナさんに聞いてみるかな。もし、宣伝のためでも危険があったら止めないといけないし。
「それで、みんなはどうしてここにいるの?」
「院長先生に頼まれて、食材を買いに来たんです」
「わたしたちは休みだけど、みんなは働いているから」
「みんな、偉いね」
みんなの頭を撫でてあげる。
この世界の子供を褒めたりするのが頭を撫でても平気な世界で良かった。国によっては駄目な国もあるからね。
「それじゃ、みんな気を付けて、買い物に行くんだよ」
買い物の途中の子供たちをいつまでも引き止めておくわけにはいかない。
子供たちは元気よく返事をして、立ち去っていく。
「可愛い子供たちだったね」
「孤児院って聞いた時は、我が儘な子や問題児が多くいると思っていたけど」
「素直で良い子たちでしたね」
子供たちを見てそんな感想をもらす。
「子供たちの面倒をみている院長先生が優しい人で、子供たちも慕っているから、みんな良い子たちだよ」
本当に真面目な子供たちだ。
わたしの子供の頃は親に反抗的で、ゲームやネット三昧の生活だった。
食材を買いに行く子供たちと別れた、わたしたちは改めて従業員寮に向かう。
そして、孤児院の近くにある従業員寮に向かうと、必然的に通る場所がある。
「あれ、なに?」
「クマ?」
「クマだね」
「お店かな?」
みんなが見ているのは『くまさんの憩いの店』だ。みんなが住む家は孤児院の近くにある。そのため、家に向かうには、この道を必然的に通ることになる。
大きなクマの石像、入口に置かれているクマ。屋根の上に乗っているクマ。
看板には大きな文字で『くまさんの憩いの店』と書かれている。
みんな、店の前で口を開けたまま店とクマを眺めている。
「わたし、これと似た物を見たことがある」
「あら奇遇ね。わたしもよ」
「わたしもある」
全員頷いたあと、わたしを見る。
「ユナちゃんの家だよね」
はい、半分正解です。
「わたしの家じゃないけど。一応、わたしが経営しているお店」
「ユナちゃんのお店……」
「もしかして、わたしたちもここで働くの?」
心配そうにする顔と、不安そうな顔と、苦笑いする顔と、笑顔、さまざまな反応を示す。
「ここは主にパン関係の食べ物を販売しているお店だから、みんなには別の店を用意してあるよ」
「そうなの?」
「新しいお店ではお米を中心に作ってもらう予定だから」
お米も入りそうだし。
「そういえば和の国ってどうなったの?」
「先日、船が来て、交易が再開されたよ」
それは朗報だ。
お米が手に入るのは嬉しい。
「商業ギルドのギルドマスターが近いうちにお米を送ってくれるって言ってました」
なら、お店も大丈夫だね。
くまさんの憩いの店を後にして、従業員寮に向かう。
しばらく歩くと、鳥小屋、孤児院、従業員寮が見えてくる。
「あっちの建物が孤児院で、その横にある大きな壁がコケッコウの小屋。そして、あそこに建っている家がみんなが住む家だよ」
宿屋並みに大きな建物。
部屋数も多いし、風呂も付いているし、食堂もある。宿屋としても十分に使用可能だ。
従業員寮に到着すると全員は入口の前で立ち竦んでいる。
「ここに住むの?」
「大きい…」
「すごい…」
部屋数が多いから宿屋をイメージして作ったから、大きくなってしまった。
「とりあえず、説明するから中に入って」
玄関の中に入ると靴を脱ぐように言い、スリッパのような室内用の靴に履き替えてもらう。
みんな素直に従ってくれる。
「家の中、綺麗だよ」
「一階は共同スペースね。キッチンとお風呂もあるから、みんなで話し合って使ってね」
みんな、自由に部屋の中をうろつき始める。
アンズと数名はキッチンに向かう。
他は倉庫や風呂場の方へ向かう。
「わたしの宿屋よりもキレイだよ」
アンズの声がキッチンから聞こえてくる。
それはもちろん、建てたばかりだからね。
新築が汚かったら困る。
「風呂場も綺麗だよ。しかも、クマがいたよ!」
一階を調べ回っていた1人が興奮気味に叫ぶ。
その言葉に全員が風呂場に向かう。
「クマだ」
「クマね」
「クマさんだね」
クマハウスの風呂と同様にお湯が出る場所はクマの口となっている。
「でも、広い」
「うん、全員で入っても大丈夫そうだね」
「でも、風呂掃除が大変かも」
「そこは、話し合って綺麗に使ってね」
いつまでも風呂場にいても仕方ないので、二階に上がることにする。
「二階と三階は部屋になっているから、好きな部屋を選んでいいよ」
一人が近くのドアを開ける。
「ユナちゃん、もしかして一人部屋?」
部屋にはベッドは1つしか置いていない。
だから、必然的に1人部屋になる。
「そうだけど」
「いいの?」
「部屋は沢山あるからいいよ」
「まさか、1人部屋を貰えるとは思わなかったわ」
「まあ、みんなで家を借りようと考えていたからね。安いところを探したら、1人部屋は無理だよね」
「ユナちゃん、もしかして、お給金が0ってことはないよね」
不安そうな声で聞いてくる。
そういえばお給金の話をしていなかった。
その辺はティルミナさんと相談しないといけない。
「ちゃんと払いますよ。ただ、いくらになるかは、担当の人に聞かないと分からないから」
「うん、少なくても、ちゃんと貰えればいいよ」
「ここに住めるならお給金が少なくても仕方ない」
明日にでもティルミナさんにお願いしよう。
「あと、この家は女性専用にしますから、男性を連れ込まないでくださいね。男とイチャつくときは別の場所でお願いします」
年頃の女性たちだから、そういう関係になるのかもしれない。でも、家では勘弁してほしい。
それに、知らない人を家に入れたくない。
「男はしばらくはいいわ」
「わたしも」
「夫が殺されて、流石にね」
アンズ以外の全員が頷いている。
忘れていたわけじゃなかったけど、みんな夫、子供を殺されたんだよね。
必要が無かったルールだったかもしれない。
わたしももう少し、言葉を選べばよかったと後悔した。
「他に、なにか聞きたいことある? なければ今日は休んでもらうけど」
後、数時間で夕方になる。
今から街を案内するには時間がない。
それに二日の馬車の旅とはいえ、疲れているはず。
「仕事は?」
「明日、店に案内するから、そのときにするよ。他には?」
みんな顔を見合わせて、首を小さく横に振る。
「それはそうと、アンズ。食料は大丈夫? 今日の分はある?」
「うん、それは大丈夫。数日分は用意してあります」
「なら、今日は大丈夫だね。それじゃ、明日の朝来るから、準備だけしておいてね」
アンズたちと別れた後、ティルミナさんのところに寄ってから帰ることにする。