125 クマさん、王都に帰る
馬車に揺られて3日。明日には王都に到着する。村を出発してから何事も起きずに進んでいる。行きに出会ったゴブリンも黒虎から逃げ出してきたものだったと思う。黒虎がいなければ、ゴブリンも街道まで出てくることもない。
魔物の遭遇も無く、ゴブリンとの遭遇は運が悪かったんだろう。
なんとも平和な帰り道だ。
みんなにわたしのこともバレたので、くまゆるとくまきゅうも召喚され、シアとカトレアに抱かれている。いつも、どちらかはわたしの側にいてくれたので、少し寂しい気持ちもある。日本にいたときはこんなことは考えもしなかった。それだけ、くまゆるとくまきゅうはわたしの大切な家族になったってことかな。
まあ、その寂しさも明日で終わりだ。明日には王都に着くのだから。
馬車がのんびりと進み、マリクスが本日のお昼の休憩の指示を出す。そのタイミングで道の先に止まっている馬車を見つける。どうやら、先客のようだ。止まっている馬車も休憩をしているようだ。
「あの馬車の側にいるの、ジグルドじゃないか?」
マリクスが止まっている馬車を指をさす。
「マリクス、よく見えるね」
マリクスの言葉にティモルには見えないようだ。
荷台に乗っていた女子二人はマリクスの言葉に顔を出して前方を見る。
「本当ですわ」
「ジグルドたちがいるね」
二人には見えたらしい。
「知ってる人?」
「わたしたちと同じく実習訓練を受けているパーティーですよ」
つまり、マリクスみたいなのがいると。
これは心構えをしないといけないかな。馬車の中に隠れているのも一つの手だけど、そうもいかないよね。
マリクスは馬車を先に止まっていた馬車の横に止める。
相手もわたしたちの馬車に気づいていたのか馬車に近寄ってくる。
メンバー構成はこちらと同じ、男二人、女二人のようだ。護衛の冒険者の姿は見えない。
「誰かと思えばマリクスとティモルじゃないか」
「ジグルド、おまえもこれから王都に帰るのか?」
「ああ、少し遅れたけど、マリクスも遅れたのかい?」
「まあ、いろいろあってな」
マリクスは笑いながら誤魔化している。
シアとカトレアも相手の女子のところに挨拶に向かっている。
くまゆるとくまきゅうは説明が面倒になるので馬車と合流する前に戻している。
「おい、マリクス。あの変な格好をした女はなんだ」
わたしを見て、笑いながらマリクスに尋ねている。
あの笑顔に無性にクマパンチを打ち込みたくなる。ニタニタとわたしを見ている。
打ち込んでいいかな? いいよね? 死なない程度ならいいよね? 神は言っている殴っていいと。
わたしがそんなことを考えていると、マリクスが鞘から剣を抜き、ジグルドと呼ばれた男子学生に剣を向けていた。それはマリクスだけじゃなく。マリクスの隣でティモルも杖を向けている。
「マ、マリクス、なにをするんだ」
ジグルドはマリクスたちの行動に戸惑っている。
わたしも戸惑うよ。
なぜ、学友に剣を向けているの!?
「彼女は冒険者だ。俺たちの護衛役だ」
「護衛役? 冗談だろ。俺たちよりも年下の女の子じゃないか」
「どう思おうが自由だが、俺たちの前でユナさんを馬鹿にすることは許さない。もし、ユナさんを侮辱することを言ってみろ。俺たち全員が許さないぞ」
その言葉にティモル、少し離れた場所にいるシア、カトレアも頷く。
どうやら、わたしのために怒ってくれたらしい。
嬉しいけど、みんなどうしたの?
「マリクス、どうしたんだ。そんな変な女を庇って」
もう一人の男子が慌てたように、マリクスに尋ねる。
「どうしたもなにも、俺たちの護衛役のユナさんを馬鹿にすることは許さないだけだ」
「マリクスの言う通りだよ。ユナさんを馬鹿にするなら、その喧嘩、僕らが買うよ」
二人の会話を聞いていたシアとカトレアも頷く。
「分かった。もう、馬鹿にしないから剣を下ろしてくれ」
マリクスの言葉を本気と感じ取ったジグルドは、わたしのことを侮辱しないことを誓う。
その言葉にマリクスは剣を納める。
「でも、あの変な……可愛らしいクマの格好をした女の子が護衛役って本当なのかい?」
「ああ、本当だ。命も救われた。だから、ユナさんを馬鹿にするやつは、おまえでも許さないぞ」
「分かった。だから、そんなに怒るなよ」
ジグルドはマリクスを落ちつかせると、少し離れる。
「騒がしいようだけど、どうしたんだい」
ジグルドたちが使っている馬車から男女の冒険者が出てくる。
どこかで見た記憶がある2人だ。でも、全然覚えていない。
「ジェイドさん!」
ジグルドが冒険者に向かって名を叫ぶ。
ジェイド? 聞き覚えが無い名前だ。
名前を聞いても思い出せないってことは気のせいだったかな。
「おまえさんはいつぞやのブラッディベアー」
「あら、もしかしてクマのお嬢ちゃん? たしか、ユナちゃんだったかしら」
2人はわたしのことを知ってるみたいだ。
でも、わたしは2人のことは知らない。
だけど、冒険者ならわたしのことを知っていてもおかしくはない。自分で言うのもあれだけど、わたしの格好を見て、忘れる人がいたら見てみたい。もし、わたし以外に着ぐるみを着ている者がいたら、顔は覚えてなくても姿は絶対に忘れない。
「ジェイドさん、この変な格好をした……」
マリクスの手が剣を掴もうとする。
「可愛らしいクマの格好をした女の子を知っているんですか?」
あ、言い直した。
「ああ、クリモニアの街の冒険者だ。クリモニアの冒険者をやっていて彼女のことを知らない冒険者はいないさ」
どうやら、クリモニアの街の冒険者みたいだ。それなら、冒険者ギルドで会っていてもおかしくはない。だから、どこかで見た記憶があったんだ。すれ違って片隅に記憶が残っていたらしい。
「久しぶりだな。クマの嬢ちゃん」
わたしは首を傾げる。
久しぶりと言われても、そんなに親しげにした記憶がないんだけど。
「なんだ、覚えていないのか?」
すみません。モブキャラは覚えてません。
すれ違っただけで、人を全て覚えられる記憶術は持ち合わせていません。
「まあ、仕方ないわね。会話したのは数分だったし、わたしたちがあなたのことを一方的に知っているだけだしね」
会話?
会話をしたことがある?
全然記憶に無い。
「ほら、依頼ボードの前で会話しただろ」
「確か、ユナちゃんが冒険者ランクがDになった翌日に会ったけど。覚えていない?」
……ああ、思い出した。
「確か、わたしがランクCのボードを見ていたときに声をかけてきた4人パーティーの」
思い出したと言っても、そのぐらいだ。名前は覚えていないし。 顔も覚えていない。男女4人のパーティーと会話をしたぐらいしか覚えていない。
そのあとにタイガーウルフの依頼を受けたのを覚えているぐらいだ。
「やっと思い出したか。ちなみに俺はジェイドだ」
「わたしはメル」
「他の2人は?」
「俺たち同様に他の学生の護衛をしているよ。学生と一緒にいるってことは嬢ちゃんも護衛かい?」
「そうだけど」
「ジェイドさん、それじゃ本当に、その変な……、可愛らしいクマの格好をした女の子は冒険者なんですか?」
「いろんなことで有名な冒険者だよ」
いろんなことってどんなことかな?
思い当たる節が沢山ありすぎて分からないんだけど。
「クマの嬢ちゃんたちも休憩だろ。一緒にどうだい」
ジェイドさんの言葉で一緒に休憩を取ることになった。
馬にエサと水をあげ、自分たちの食事の用意をする。
「でも、クマの嬢ちゃんが王都で仕事をしてるとは思わなかったよ」
「わたしは、あの子の母親に頼まれたから」
シアを見る。
じゃなければ、こんな面倒な仕事は引き受けていない。
「なるほどね。この依頼は簡単で依頼料も多いから人気があるんだよ」
「そうなの?」
人が集まらないって聞いたけど。もしかしてエレローラさんに騙された?
でも、人選しているようなことを言っていたから嘘じゃないのかな?
「近くの村まで護衛するだけだからね。王都の周辺でもあるから危険な魔物もいないし」
その言葉でわたしたちのパーティーは苦笑いをする。
ここでわたしたちが黒虎と遭遇して倒したと言っても信じないだろう。
「生徒たちは危険なことはしないし、楽な仕事だよ」
と笑うジェイドさん。
わたしが4人を見ると男子2人は目を逸らし、女子2人は笑っていた。
「ジェイドさん、そのクマの格好をした女の子は本当に冒険者なんですか? わたしたちよりも年下に見えますが」
相手パーティーの女の子がわたしを見て尋ねる。
まあ、マリクスのときもそうだったけど、着ぐるみを着た女の子が冒険者だとは思わないよね。
「本当だよ。俺より強い冒険者だよ」
その言葉で驚くジグルドのパーティー。
なにを言うかなこの人。
「信じられません」
女の子はわたしを見て呟く。
うん、信じられないよね。
もし、わたしとジェイドさんが戦うことになって、賭けが存在したら、わたしに賭ける人はいないだろう。大穴過ぎる。
「だろうね。彼女を見た者はみんなそう言うね」
ジェイドさんは笑みを浮かべながら答える。
「でも、実際は見た目とは違って強く、やさしい子だよ」
「ジェイドさんはユナさんのこと、詳しいんですか?」
シアが尋ねる。
「噂程度にね」
「どんな噂ですか?」
なんか、話が変な方向に流れているんだけど。
休憩のはずだったのに。
ここは止めないと、ヤバい気がする。
「そんな噂よりも、ジェイドさんたちはどうして王都に?」
秘技、話題ずらし!
「俺たちは基本王都で仕事をしているからな。それでたまにクリモニアで仕事をしたときに嬢ちゃんの噂を聞いたわけだ」
「どんな噂ですか?」
あれ? 会話が元に戻った。
「そうだな。やっぱり、クマの嬢ちゃんが冒険者ギルドに登録しに来た当日に喧嘩を売ってきたランクD、ランクEの冒険者を全員、血みどろにした事件が有名だな」
全員はしてないよ。血みどろにしたのはデボラネだけだよ。
あとはワンパンチでみんな沈んだよ。
「血みどろですか?」
わたしの方を見る学生たち。
デボラネにしたわけだから、嘘とは言えない。
でも、1人だけだよ。
「ユナさん、凄いです」
シアが喜んでいる。
「相手が弱かっただけだから」
「それから、他にどんな話があるんですか?」
まだ、続くの?
この辺で止めない?
それにシア。あんたはクリフに聞いていろいろ知っているでしょう。
「あとは、ゴブリンキングの討伐で有名になったな」
「ゴブリンキングですか!」
「ああ、討伐されたゴブリンキングの顔は凶暴で怒り狂っていたそうだ」
まあ、穴に落として一方的に攻撃したから、そりゃ怒り狂うよね。
「わたしは見たよ。たまたまギルドにいたからね。よく、あんな凶悪な魔物と戦う気がおきると思ったよ」
メルさん、あのゴブリンキングを見たんだ。
この話を聞いて、生徒たちの表情は真っ二つに分かれている。
話を信じているマリクスパーティー。
話を信じていないジグルドパーティー。
顔を見れば表情が全然ちがう。
「でも、ユナちゃんが街で有名になったのは、あの事件だよね」
「ブラックバイパーか」
「その、シアから聞きましたが、本当にユナさんがブラックバイパーを倒したんですか?」
ティモルがシアから聞いたらしいが、ブラックバイパーは信じられなかったらしい。
あのときはなんとも思わなかったけど、今思えば胡散臭い話だよね。死体が無ければ誰も信じなかったと思う。
「本当だよ。俺も実際に見たわけじゃないけど、多くの冒険者は信じている」
「それはどうしてですか?」
「それは、ブラックバイパーに襲われている村があったんだ。そこから、子供が1人、泣きながら助けを求めにクリモニアにやってきた。でも、冒険者ギルドにはブラックバイパーを倒せる冒険者がいなかった。俺たちも他の依頼を受けていて街にはいなかった。いたとしても、受けたかどうかは分からなかったがな」
「それでどうなったの?」
「そこのクマの嬢ちゃんが受けたんだよ。依頼料の交渉もせずに、村が困っているから1人でブラックバイパーを倒しに行った。それを見ていた冒険者は倒せるわけがないと馬鹿にしたそうだ。ゴブリンキングとは違う。ブラックバイパーは大きさ、攻撃力が、比較にならないほど強い。だから、その場にいた冒険者は全員、クマの嬢ちゃんは死んだと思ったそうだ」
そうだったの?
冒険者がそんなふうに思っていたなんて知らなかった。
まあ、すぐに子供を連れてギルドを飛び出したからね。
「でも、数日後、倒した証拠であるブラックバイパーの死骸を持って帰ってきた。それで、誰も疑わなかった」
「だって、倒した証拠があるんですもの」
ジェイドさんとメルさんがあのときの話をする。
聞いているだけで恥ずかしくなってくるんだけど。
「その話、本当なんですか?」
ジグルドパーティーの女の子が信じられないように言う。
まあ、普通は信じないよね。
「まあ、信じる、信じないは自由だ。でも、クリモニアの街の冒険者は皆信じているよ」
ジェイドはそう言ってわたしを見る。
「それ以来、クリモニアの街でクマの嬢ちゃんを馬鹿にする者はいなくなったし、実力も認めるようになっている」
ジェイドさんが説明してもジグルドパーティーは信じていない。作り話と思っているみたいだ。
まあ、着ぐるみの女の子がブラックバイパーを倒したと言って、何人の人間が信じるのだろうか?
わたしのことを何も知らない人が聞けば100%信じないと思う。
「あと、最近、新しい噂話があるんだが…………」
「ああ、あれね。あれはさすがに信じられないよね」
ジェイドさんの言葉にメルさんが笑い出す。
最近と言えば、クラーケンのことかな? それともトンネル?
それを話せば、今までの話が嘘確定になりますね。
胡散臭さ爆発だ。
「なんですか。その噂は」
「クラーケンを倒した噂が流れているんだが、さすがにな」
ジェイドさんはメルさんを見る。
「さすがにクラーケンはね」
2人は顔を見合わせながら笑いだす。
全員がわたしを見る。
「ソンナノ、ムリニキマッテイルデショウ」
と答えておく。
ジェイドさんのわたしの恥ずかしい昔話が終わると、休憩の時間も終わる。