122 クマさん、黒虎と戦う
探知魔法を使っていたのに黒虎の存在に気付かなかった。
周辺しか見ていなかったわたしのミスだ。
くまゆるたちを召喚していればあの子たちが気付いたかもしれない。
完全にわたしの失態だ。
「なんで、あんな化け物がいるんだ」
小声でマリクスが口を開く。
その疑問に答えられる者は誰もいない。
みんな静かにゴブリンを食い殺している黒虎を見ている。
「とにかく、今は逃げるぞ」
「マリクス。動いちゃ駄目」
マリクスが体を動かそうとした瞬間、黒虎は鼻をヒクヒクさせながら、こちらの方の匂いを嗅いでいる。
見つかるのも時間の問題だ。
じっとしていれば匂いで気付かれる。
動けば音で気付かれる。
走って逃げることもできない。
「マリクス……」
ティモルとカトレアが心配そうにマリクスを見る。
やっぱり、このパーティーリーダーのマリクスに行動を委ねるんだね。
でも、この状況で経験の浅い学生に問うのは酷なことだろう。
マリクスは唾を飲み込み、みんなを見回すと口を開く。
「お、俺が囮になる。その間に、みんな逃げてくれ」
「マリクス!?」
全員がマリクスの言葉に驚く。
もちろん、わたしも驚いた。まさか、そんなことを言うとは思わなかった。
「俺が蒔いた種だ。俺がゴブリン退治なんてしようと言わなければ」
「だからと言って、マリクスが犠牲になる必要はないでしょう」
「このままじゃ、全員死ぬことになるんだぞ」
「それは……」
黒虎は周りの匂いを嗅ぎながら、木々の後ろに隠れているわたしたちのところにゆっくりと歩み寄ってくる。
「少しでも時間を稼ぐから、行ってくれ」
「全員でいけば」
「無理に決まっているだろう。それに誰かが村に報告しないといけない。全員が死んだら、誰がこのことを伝えるんだ。王都から黒虎を倒せる冒険者を呼べなくなる。黒虎のことを知らない村人も死ぬことになるんだぞ」
「そうですが」
「いいからいけ!」
ここは、ついにわたしの出番かな。
護衛としてのわたしの役目がでてきた。
わたしが口を開こうとした瞬間、それよりも先にティモルが口を開く。
「マリクス、僕も残るよ」
「ティモル……」
「女の子を死なすわけにはいかないからね。二人で囮になれば、それだけ時間を稼げるよ。どっちが先に襲われても恨みっこ無しだよ」
「ティモル、格好いいことを言ってるけど、手が震えているぞ」
ティモルの杖を持つ手が震えている。
震えているのは手だけじゃない。立っている足も震えている。
「はは、マリクスも震えているよ」
お互いに笑うが笑みはない。
でも、二人は友情を確かめ合って嬉しそうにしている。
わたしこのシリアスなシーンの中に、クマの着ぐるみの格好で入らないといけないんだよね。
とっても入りにくいんだけど。
でも、そうは言ってられない。黒虎はその間も一歩、一歩、こちらに近づいてくる。
「俺たちが飛び出したら、走り出せ。分かったな」
マリクスは女子たちに向かって言う。
「マリクス、ティモル……」
カトレアは悩み、小さく頷く。
「分かりましたわ。絶対に逃げ切ってみせますわ。シアさん、ユナさん、行きますわよ」
カトレアが震える手でわたしたちの手を握る。
「ユナさん」
シアが心配そうにわたしを見る。
「ティモル、行くぞ」
「う、うん」
2人が木の陰から出ようとした瞬間、わたしは2人の服を掴む。
「なんだ!?」
「ここはわたしの仕事だよ」
さすがに行かせるわけにはいかない。
「なにを言っているんだ」
「黒虎に気付かなかったのはわたしの責任。それに、あなたたちを護るのが、わたしの仕事」
わたしはマリクスを後ろに下がらせて、木の陰から出る。
探知魔法を使うと、黒虎の周辺に集まるかのようにウルフが集まり始めている。
黒虎から逃げたとしても、ウルフに襲われる。
わたしはくまゆるとくまきゅうを召喚する。
「4人を守ってあげて」
くまゆるとくまきゅうはクーンと鳴いて、4人のところに向かう。
「なんだ!?」
マリクス、ティモル、カトレアの3人はくまゆるとくまきゅうを見て驚く。
「くまゆるとくまきゅうだよ」
驚いている3人にシアが答える。
「でも、大きさが」
「これが、本当の大きさだよ」
「4人とも、くまゆるとくまきゅうから離れちゃ駄目よ。周りにウルフが集まってきているから」
「ユナさん」
心配そうにシアがわたしを見る。
「シア。三人をお願いね」
「はい。死なないでくださいね」
わたしは手を上げて答える。
「シア、なにを言っているんだ。無理に決まっているだろう」
「マリクス。ここはユナさんに任せてあげてください」
「そんなことできるわけないだろう!」
わたしを止めようとするマリクスをシアが止めてくれる。
「大丈夫です。ユナさんなら倒してくれます」
3人のことはシアに任せて、わたしは1人、黒虎と対峙する。
黒虎はわたしを見ると歩みを止めて、様子を窺うようにわたしの周りをゆっくりと歩き出す。
大きい。前に倒したタイガーウルフよりもふたまわりは大きい。
様子を窺っていた黒虎はわたしを獲物と認識したのか、吠えた瞬間、跳ねるようにジャンプして一気に距離を縮めてくる。鋭い牙が襲い掛かってくる。
わたしは右に大きくステップをしてかわす。
速い。
過去に戦ったタイガーウルフよりも速く、力強さがある。
でも、わたしもあのときより強くなっている。
倒すだけなら、なにも問題はない。炎のクマを撃ち込めば終わる。
問題は炎のクマを使えば確実に黒い立派な毛皮が燃えちゃうことだ。
あの毛皮、家の敷物に絶対に欲しい。
できれば無傷で欲しい。フィナなら、綺麗に解体をしてくれるはずだ。
剣を使えば毛皮に穴があくし、風魔法でも同様だ。氷魔法で脳天に撃ち込んでも、穴があくし。やっぱり、水魔法で窒息死かな?
黒虎の攻撃をかわしながら、どうやって倒すかを考える。
試しに土魔法で動きを封じようとするが、動きが速くて捉えることができない。地面から出てくる攻撃を全て躱される。
なら、これならどう。
黒虎の動くタイミングに合わせて、風魔法で地面から風を巻き上げる。黒虎も地面から何かを感じて大きくジャンプして躱そうとするが、風魔法が黒虎を上空に吹き飛ばす。
紐無しバンジーだ。
黒虎はクルクルと回転しながら舞い上がっていく。
百メートルから落ちれば無傷ではすまないはず。
黒虎は上空で体勢を整えると猫のように綺麗に着地をする。
マジですか。
あの高さから落ちて無傷とか、骨折ぐらいしようよ。
黒虎は着地と同時にわたしに向けて駆ける。すぐに土の壁を作り、進路を塞ぐ。黒虎は壁を避け、回り込んでくる。そこにタイミングを合わせて、眉間にクマパンチを与える。
黒虎は後方に吹き飛び、地面を滑るように転がり、木にぶつかって止まる。そして、なにごとも無かったように立ち上がる。
命中する瞬間、致命傷にならないように躱されたね。
思ったよりも強い。
う~ん、綺麗な状態で討伐するの難しいかな。
動きが速いからゴーレムで押さえ込むこともできないし。
さっきの紐無しバンジーで怪我でもしてくれたら、楽に倒せたのに。
side マリクス
クマの女がバカなことを言い始めた。
わたしが戦うと。
目の前にいる黒虎が見えないのか。
あの凶暴な姿を。おまえみたいな女が戦って勝てる魔物じゃないぞ。
俺が止めるために手を伸ばすが、クマの女に届かず、木の陰から出てしまう。
クマの女は黒虎と戦う前に二匹の熊を護衛として置いていった。
でかい。シアが言うにはあの子熊だそうだ。
これが本当の姿らしい。
黒虎ほどではないが、この熊も大きい。
召喚獣、話だけは聞いたことがあるが、見るのは初めてだ。
近くにウルフが集まり始めているから動くなと言われた。
あの女はなんなんだ。
シアはなにかを知っているようだったが。
あのクマが黒虎を倒してくれると。そんな言葉は信じられるわけがなかった。
すぐに、死ぬことになると思っていた。でも、黒虎と対峙したクマの女は互角の戦いをしている。
その戦いは信じられない光景だった。
「ユナさん、凄いですわ」
「シア、おまえ知っていたのか?」
あのクマについて知っていそうなシアに尋ねる。
「ユナさんの実力ですか? 実際に戦いましたから知ってましたよ」
「戦ったのか?」
「ちょっと前に、ユナさんの実力が信じられなくて、試合することになりました。試合内容は手加減されたユナさんにボロボロに負けましたけど」
「シアさんがボロボロに」
カトレアが信じられないように見る。
俺も信じられない。シアの実力は知っている。学園の女子の中ではトップクラスの実力がある。それがボロボロに負けるとかありえない。
「嘘だろ」
「お母様やお父様の話を聞いたら、もっとそう思うよ」
「エレローラ様とクリフ様の話?」
「調べれば分かるから教えるけど。ユナさんは一人で、ゴブリン100匹の討伐、ゴブリンキングの討伐、タイガーウルフの討伐、ブラックバイパーの討伐、さらにザモン盗賊団を壊滅させたって話だよ。それ以外にもお父様とお母様はなにか隠しているようだったけど」
「冗談だよな…………」
「目の前で戦っている姿を見て嘘だと思うの?」
目の前では高度の魔法を使った戦いが繰り広げられている。
ゴブリン100匹、ゴブリンキング、タイガーウルフ、ブラックバイパー、ザモン盗賊団。
どれも、ふざけた話だ。どうやったら1人で倒せるんだ。
でも、目の前で黒虎と戦っているクマの女の子の姿を見れば嘘ではないと思う。
クマの戦いを見る。
黒虎と立ち回っている。動きは速く、放つ魔法はどれも強力だ。
なんなんだ。人にあんな速い動きができるのか。あんなに速く魔法が発動ができるのか。あんなに強力な魔法が何発も撃てるのか。
これらのクマの女の戦いを見ればシアの言葉に嘘がないことは分かる。
ただ、あるのは信じたくない気持ちだけだ。
「でも、シアさん。どうして、ユナさんが強いってことを教えてくれませんでしたの?」
「とくに理由はないけど。言っても信じてもらえないと思ったし。言ってもみんな信じなかったでしょう」
「…………」
確かに信じなかったと思う。
あんな、変な格好をしたクマが強いとは思わない。
自分よりも小さい女の子が強いとは思わない。
冒険者ランクCと言われても信じなかった。
年下の学生ぐらいにしか思わなかった。
なにかの試験かと思った。
だから、シアに守るように言った。
実際は逆だった。俺たちが護られていた。
目の前ではクマの格好をした女の子が俺たちを護るために、黒虎との戦いを繰り広げている。
「それに、お母様がユナさんを連れてきたからには理由があると思ったし」
「理由ですの?」
「これはわたしの想像だけど。ユナさんが護衛役として参加すれば、見た目のせいで誰も護衛役とは思わない。お母様のことだから、その状況でみんながユナさんをどう扱うかを、楽しんでいたと思う」
エレローラ様ならありえそうだ。
俺はクマが護衛役とは思わなかった。だから、シアに危険がないように護衛をするように指示を出した。
「もっとも、お母様も黒虎と遭遇するとは思っていなかったと思うけど」
誰が想像するんだ。こんな魔物が現れることを。
そして、誰が信じるんだ。俺よりも小さな女の子が黒虎と互角に戦っていることを。
きっと、このことを他人に話しても、信じる者は誰1人としていないはずだ。
俺だって実際に見なければ、笑って馬鹿にする。
ありえないと。
side ユナ
やっぱり、少しぐらいの毛皮の傷は仕方ないかな。綺麗な状態の黒い毛皮が欲しかったんだけど。
動きが速く、魔法の察知能力も高い。
二度目のバンジーができないぐらいに反応が速い。
二度目が効かないってどこの星座の聖○士よ。あんた虎でしょう。
仕方ない。あとは、ちょっと恐いけど。あの方法を使うしかない。
黒虎がゆっくりとわたしの周りを回り、様子を窺い始める。わたしの攻撃もそうだけど、黒虎の攻撃はどれもわたしに致命的なダメージを与えていない。
そのイラつきからなのか、先ほどから「ギュルルル」と唸り声を上げて、牙が剥き出しになるほど怒っている。
クマチートが無かったら恐いね。
黒虎はわたしの後ろに回りこんだ瞬間、飛びかかってくる。後ろを振り向かなかったのは単調な攻撃をさそうため。わたしが後ろを振り向くと、大きな口がわたしを噛み砕こうとしている。
わたしは左手の白クマを突き出す。黒虎は白クマの手袋に噛み付く。
黒虎は勝ったと思っただろう。それはわたしも同様だ。
この戦い、わたしの勝ちだ。
白クマの手袋が噛まれているが痛みはない。
さすがチートアイテムだ。
さらに、黒虎は牙に力を込める。
わたしは白クマの手袋に魔力を集める。くわえられた白クマの手袋から炎が湧きだし、黒虎の口の中に炎を解き放った。黒虎の口の中、喉、脳を焼き尽くす。
肉を切らせて骨を断つ。今回はわたしが無傷だから、肉を切らせずに骨を断つってとこかな。
黒虎の噛む口は緩み、巨躯の体は地面に崩れ落ちた。
ブラックタイガーについて、
皆さんはブラックタイガーと聞くと。
エビ>>>>黒いトラ
になるんでしょうか?
この度は皆様にイラストの件でお騒がせしました。
PASH!編集部BLOGでイラスト変更の告知が出ました。
詳しいことはPASH!編集部BLOGを見て頂けると幸いです。
あと、申し訳ありませんが、落ち着くまで感想の返信は控えさせてもらいます。
ご了承ください。