117 クマさん 実習訓練に出発する
それぞれの生徒から自己紹介をされた。
長髪君はティモル。
短髪君はマリクス。
金髪ドリルはカトレア。
エレローラさんの娘のシア。
自己紹介も簡素に終わり、外にある馬車に向かうことになった。
先生とエレローラさんはここで別れることになる。
教室を出た瞬間から、実習訓練は始まっているとのことだ。
わたしが一番後ろを歩いていると、シアが歩く速度を落としてわたしの横に並ぶ。
「ユナさん、お久しぶりです」
「誕生祭以来かな?」
「お母様から、時々王都に来ていることは伺っていましたよ。なんでも美味しい食べ物を毎回持ってきているとか」
「あれはフローラ姫に持ってきたのに、毎回エレローラさんが、どこからともなくやってきて、毎回一緒に食べることになっているだけよ」
「お母様の情報網は凄いですからね」
凄いというか、謎の人だ。
世界の七不思議に入れてもいいぐらいだ。
「まさか、ユナさんに護衛担当として会えるとは思いませんでした」
「わたしは引き受けたときにシアがいることは知らされていたけど」
「お母様、知ってて黙っていたんですね」
少し頬を膨らませて怒っている。
美少女がやると可愛いね。
わたしが同じようにやっても、………考えるのはやめよう。
シアとの再会の挨拶もして、わたしたちは学園の外を出て校舎裏に向かう。
どうして、こんなところに? もしかして、学校でよくある校舎裏に呼ばれて殴られたり、恐喝されたり、お金を巻きあげられるやつ?
そう思ったけど違ったみたいだ。
馬車が一台ある。
馬小屋もある。
ここはそういう場所なのかな。
「やっぱり、俺たちが一番最後だよ」
マリクスが周りを見渡しながら言う。
「一番最後?」
「わたしたち以外にもパーティーがあって、それぞれの目的地に向かうんです。それでマリクスは他の男子と、どっちが早く戻ってくるか勝負しているんですよ」
「くだらないですわ」
カトレアが男子の行動に呆れている。
その言葉には同意する。
「なにをやっているんだ。早く行くぞ」
馬車の近くにいるマリクスがわたしたちに向かって叫ぶ。
馬車の荷台には屋根が付いている。これなら、雨が降っても濡れずにすむかな?
馬は二頭繋がれており、馬車を引くには十分なのかな。
運転席の横を通って後ろに回ろうとしたとき、マリクスが声をかけてくる。
「おまえが、なんのために俺たちについてくるか、分からないけど。俺たちの邪魔だけはするなよ」
「そうですね。邪魔をして、僕たちの評価を下げないようにしてくださいね」
男子2人が馬鹿にしたように言う。
帰りたい。シアがいなかったら間違いなく帰っている。
「2人ともユナさんに失礼ですよ。わたしたちの護衛をしてくれるんですから。ちゃんと礼儀をもって接しないと」
「こんなクマに礼儀なんていらねえよ。それに俺たちよりも年下の女に護衛されるほど、俺たちは弱くねえよ」
「それに冒険者ランクCなんて信じられません。たぶん、これも僕たちのテストの一つかもしれません」
「そうなのか? そうなると、この女を守らないといけないのか?」
「予想の一つです」
「面倒だな。シア、カトレア、おまえたちがその変な女の面倒を見ろよ。同じ女だろ」
「なにを勝手なことを………」
カトレアが文句を言おうとした瞬間、シアが言葉を遮る。
「構わないよ。わたしがユナさんのお世話をするよ」
「シアさん?」
「言ったな。言ったからにはちゃんと面倒を見ろよ。俺たちはみないからな」
男子2人は邪魔者を押し付けたことに成功したのを喜んで、笑みを浮かべて運転席に向かう。
それと同じようにシアも笑みを浮かべている。
たぶん、お互いの笑みの内容は違うんだろうな。
「それじゃ、ユナさん。わたしたちも馬車に乗りましょう」
シアに手を引っ張られてわたしたちは後ろの荷台から馬車に乗り込む。
荷台の中には村に運ぶ小麦粉の袋が積まれている。空きスペースを探してわたしたちは座る。
「クマさんの面倒をみるのは構いませんが、シアさんは良かったんですの?」
「カトレアさんもいいの? ユナさんの面倒はわたし一人でも大丈夫だよ」
え~と、本来二人の面倒を見るのがわたしの仕事なんだけど。
「いえ、小さい子の面倒を見るのは淑女のたしなみですから、構いませんわ」
「カトレアさん、ありがとう」
「気にしなくてよくてよ。それじゃ、そこのクマさん。なにかありましたら、わたしたちに言ってくださいね」
これって、カトレアに護衛として信頼されていないよね。それ以前に護衛と思っていないよね。
とりあえず、今のわたしには、
「よろしくお願いします」
としか言葉が出てこなかった。
「それにしても、もっといい馬車はなかったのかしら」
カトレアは馬車の内装を見ながら呟く。
「カトレアさん、それは仕方ないですよ。荷物を運ぶ馬車なんですから」
「分かってますわ。でも数日間、この馬車に乗ると考えると滅入りますわ」
それは彼女の言葉に同意だ。
移動なら最高級毛皮に包まれたクマで移動。寝るならクマハウスがあるけど。今回は全部、使用できない。
「ユナさん、クマさんは使わないんですか?」
小声で聞いてくる。
「エレローラさんに禁止されたよ」
「そうなんですか?」
「まあ、あの子たちを出すと馬が驚くから駄目なんだって」
まあ、馬によるかもしれないけど。誕生祭のときに会った、グランさんの馬車の馬や、ギルドマスターの馬は大丈夫だったから平気だと思うけど。
「それは残念です。ノアに散々自慢されたから、わたしもクマさんたちと旅ができると思ったんですが」
「それにあの子たちがいると魔物が近寄ってこないから、訓練にならないと思うし」
「確かにそうですね。今回は諦めるしかないですね」
「なにを諦めるんですの?」
「カトレアさん、聞いていたの?」
「いえ、最後のシアさんの残念そうな顔で『諦めるしかないわね』の言葉が聴こえてきただけですわ」
「別にたいしたことじゃないから、気にしないで」
「そうですか? なにかあったら言ってくださいね」
「カトレアさん、ありがとうね」
「気になさらずに、結構ですよ」
カトレアは自前のアイテム袋からクッションを取り出して、セッティングして座る。
準備万端だな。
「ユナさん、わたしのでよかったらクッションを使ってください」
シアは自分のクッションを取り出す。見た感じ、1つしか持っていない。もしかして、自分のクッションを貸してくれようとしているのかな。
「大丈夫だよ。持っているから」
クマボックスから、クッションを取り出す。クッションにはクマさんの絵柄が刺繍されている。
孤児院の子供の1人が感謝の気持ちでプレゼントしてくれたのだ。
大事な物だから、クマボックスに仕舞っておいたのが役に立った。 心の中で作ってくれた孤児院の子に感謝をしながら、クッションをセッティングする。
「それじゃ、出発するぞ」
運転席に座っているマリクスが馬車の中に向かって叫ぶ。
「いつでもいいですわよ」
「いいよ」
二人の返事で馬車が動き出す。
馬車は王都の中を進み、王都の外に出る。
「それじゃ、しばらく俺たちが運転するから、昼で交代だからな」
馬車は目的の村に向かって出発する。
「ユナさん、ノアは元気にしてますか?」
「元気にしているよ。隙をみては屋敷を抜け出して、お店に来ているからね」
「先日、お父様から聞きましたよ。ユナさんがお店を作って繁盛しているって。ノアが羨ましいです」
「あら、クマさんはお店を経営をしているの? 冒険者ではないのですか?」
「冒険者だよ。わたしはお金を出しているだけで、経営しているのは別の人だよ」
「あら、お金持ちなんですね」
「まあ、お金だけはあるからね」
「お父様がとても美味しいって言ってました。早くクリモニアに帰りたい」
シアが街のことを思い出しているのかそんなことを言い出す。
「長期休暇まで我慢ですね」
「早く休みにならないかな~」
「シアさん、そのときはわたくしも連れていってくださいね」
シアとカトレアは仲がいいみたいだ。
カトレアはわたしがランクCの冒険者だと言うことは信じてないっぽいけど、性格は良い子みたい。これなら、数日間の旅もどうにかなるかな。
わたしがそんなことを考えている間も馬車は何事もなく進んでいく。
たまに探知魔法で周囲を確認するが平和なものだ。
言うことがあるとすれば、馬車は揺れすぎ。クッションが無かったら、お尻が痛くなったかもしれない。クマの服のおかげで大丈夫だったかもしれないけど、ここはクッションを作ってくれた孤児院の子に感謝しておく。お礼に王都でおみやげを買って帰るのもいいかもしれない。
時間も進み、昼食と馬を休ませるために休憩を取る。食事は各々のアイテム袋からパンなどの簡単な食べ物を出して食べている。
なんとも寂しい食事だ。
わたしのクマボックスには温かい料理が沢山入っている。
でも、さすがに湯気がたちのぼった料理を出す訳にはいかないので、モリンさんが作ってくれた、サンドイッチを食べることにする。
玉子サンド、チーズサンド、野菜サンド、ポテトサラダサンド、肉サンド、いろいろある。
さすがモリンさん、美味しそうです。
「ユナさん、美味しそうですね」
シアがサンドイッチを覗き込んでくる。
「食べる?」
「いいのですか?」
「いいよ。たくさんあるから。そっちのカトレアだっけ、あなたも食べる?」
カトレアも物欲しそうに見ていたので聞いてみる。
「よろしいのですか?」
「いいよ」
2人にサンドイッチを差し出す。
「美味しい」
「うちの料理人が作るよりも美味しいですわ」
「優秀なパン職人が作っているからね」
わたしが褒められているようで嬉しいね。
3人でサンドイッチを食べていると、少し離れた場所でこちらを見ているマリクスがいる。わたしが見ると視線を外される。
休憩も終わり、運転は女子に代わる。さすがにわたしは男子と一緒に荷台に居られるほど神経は太くないので、シアたちと一緒に運転席に向かう。
馬車は目的の村に向けて、進んでいく。
まだ、王都周辺だから、魔物に出会うこともなく、1日目の夜を迎えた。