115 クマさん、二人と散歩する その2
アトラさんの先導で魚介類の見学をすることになった。
市場には魚介類が並んでいる。
「うわああ、グニョグニョ動いてます」
「気持ち悪い」
二人はタコを見て騒いでいる。
「でも、美味しいよ」
「そうなんですか?」
タコは刺身でも焼いても茹でても美味しい。
「ユナ姉ちゃん、あれはなに?」
「カニね。茹でると美味しいよ」
カニのダシで取ったスープも美味しいし。エビもいいね。
「みんな食べられるんですか?」
「食べられるよ。昨日、デーガさんのところで食べた料理にも入っているよ」
「そうなんですか!?」
フィナとシュリはカニを見ている。
ゆっくりと手を伸ばす2人。
「危ないから、触っちゃ駄目だよ」
カニに触ろうとしていたので注意する。ハサミに挟まれたら痛いからね。
わたしの言葉で二人は手を素早く引っ込める。
「フィナ、シュリ、こっちにおいで、ユナが倒したクラーケンの小さいのがあるから」
アトラさんに呼ばれて二人はイカを見にいく。
「これがユナお姉ちゃんが倒したイカですか?」
「これよりも、もっと大きなイカだけどね」
「くまさんよりもですか!?」
「もっと、でかいね」
「凄いです!」
「すごい」
2人がイカを見ながら褒めてくれるが、なぜか喜べない。
魚介類を一通り見たわたしたちは、次に屋台が集まっている広場に向かう。
広場に近づくと、いい匂いが漂ってくる。
魚介類がいい感じで焼けている。
「あれ、美味しそうです」
「食べたい」
二人がイカ焼きの屋台をみる。
「ふふ、良いわよ。わたしが奢ってあげる。2人はこれで好きなもの食べてきて」
アトラさんは二人にお金を差し出すが、2人は受け取ろうとしない。
「どうしたの?」
「その………」
2人はわたしを見る。
知り合ったばかりの人からお金を受け取るのに抵抗があるのだろう。
わたしはクマボックスからお金を取り出し、2人に渡してあげる。
「今日、タケノコを手伝ってくれたお礼」
「でも、わたしたち、ここに連れてきてもらって」
「せっかく、来たんだから。美味しいものを食べてきて」
フィナとシュリの2人はお互いの顔を見る。そして、通じ合ったのか、小さく頷き、わたしの方を見る。二人はクマさんパペットに咥えられたお金を受け取ってくれる。
「あ、ありがとうございます」
「ありがとう」
2人はお礼を述べてくれる。そんな2人の様子を見て、寂しそうにしている人物がいる。
「わたしのお金も受け取ってもらえるかな」
隣で寂しそうにしているアトラさんが2人に言う。
再度、2人がわたしを見るので、頷いてあげる。
2人はアトラさんにお礼を言って、お金を受け取る。2人は仲良く手を繋いで屋台に向けて走っていく。
「素直な良い子たちね」
「まあね」
わたしと違ってひねくれていないからね。
わたしとアトラさんは近くのベンチに座る。
「ユナ、町のことは聞いた?」
「デーガさんとアンズに少し聞いたよ」
「犯罪者のことは?」
わたしは首を横に振る。
「まあ、あの子たちが近くにいたら話せないわね。商業ギルドの前ギルマス及び重犯罪と認定された者は処刑されたわ」
「そうなんだ」
「公開処刑だったけど、見に来たのは少なかったわ。来たのはお爺ちゃんたちと家族や身内を殺された者たちだけ。でもこれで、家族を殺された者たちも一区切りができたから、前に進むことができると思うわ」
それで、クリモニアなのかな。
「そういえば町長は決まったの? クリフはアトラさんにやってもらいたがっていたけど」
「引き受けるわけないでしょう。本当のわたしは怠け者なんだから、そんな面倒なことは引き受けないわよ」
「それじゃ、どうなったの?」
「クロのお爺ちゃんの息子さんが、嫌々やることになったわ。一応、町の重鎮の1人の息子だから、誰も反対する者はいなかったわ」
「嫌々なんだ。町長なら、やりたい人はたくさんいると思うんだけど」
「みんな前町長のことを見ているからね。クラーケンを毎日どうにかしろと言われ続け、食料を隣の町から仕入れようとすれば盗賊が現れ、仕入れができなくなる。そのことでさらに住人から問い詰められる。そんな姿を見ているから、候補者は誰もやりたがらないのよ。だから、クロのお爺ちゃんが無理やり息子に押し付けたわけなの」
御愁傷様。
顔も知らない相手に合掌する。
「前町長は戻ってこないのかな?」
「夜逃げみたいに逃げたんだから、戻ってこられないでしょう。戻ってきても住人は許さないと思うし」
「でも、もし戻ってきたら町長はどうなるの?」
「どうにもならないわよ。この町はクリフ様の管轄領になったんだから、逃げ出した者にとやかく言う資格はないわ。それに、なにかあっても、クリフ様がどうにかしてくれるでしょうし」
アトラさん、クリフのこと信用しているね。
まあ、わたしが心配するようなことじゃないので、前町長が現れたらクリフ任せでいいだろう。
「それに、戻ってきたら、危険もあるだろうし」
「危険?」
「恨んでいる者も多くいるってことよ」
まあ、どこの世界でも見捨てられた方は恨むからね。
「それはそうとユナ。あなたたちどこに泊まっているの? デーガのところ? それともクマ?」
「クマって。デーガさんの宿は満室だったから、町の外にある、自分の家に泊まっているよ」
「やっぱり、早急に宿屋を作らないと駄目かしら。トンネルが完成すれば、人も増えるだろうし、このままだと絶対に足らなくなるわね」
「建設は始まらないの?」
木材の準備はできていたけど、建物は建っていなかった。
「そろそろ始まると思うけど、人がいないのが現状ね。あと、周辺の魔物討伐をしないと安全に建設ができないから、後回しになっているのよ」
「ブリッツに会ったけど、魔物討伐は進んでいるの?」
「冒険者たちのおかげで、この周辺では見かけなくなったわ。今は、少し遠出をしてもらっているところ。それが終われば本格的に建築が始められるわ」
個人的には暑い夏が来る前に終わって欲しいけど。
その前に夏あるのかな?
そんな疑問は横に置いておいてアトラさんと会話をしていると、仲良くフィナとシュリが戻ってくる。
「ユナお姉ちゃん、アトラさん」
「ただいま」
2人は美味しい食べ物をたべたのか、満足そうな顔をしている。
「それじゃ、わたしはギルドに戻るけど、ユナたちはこれからどうするの?」
「商業ギルドに行って、和の国がどうなっているのか、聞きに行こうと思っているぐらいかな」
「和の国ね。月に一度、来ていたけど。クラーケンのせいで来なくなったからね。船が沈んでなければいいんだけど」
「まあ、気長に待つよ」
いざとなったら、王都で聞けば情報があるかもしれないし。
アトラさんと別れて、商業ギルドに向かう。
商業ギルドに来ると、職員は忙しそうに仕事をしている。暇そうにしている職員は1人もいない。
「ユ、ユナさん!」
一人の女性職員がわたしに気付く。
その職員の声で一斉に全員がわたしの方を見る。
「ユナお姉ちゃん!?」
職員の反応にフィナたちが驚く。
フィナとシュリの頭をポンポンと手を乗せて、落ち着かせる。
「ギルドマスターはいる?」
「はい、お待ちください」
職員は奥の部屋にいるギルドマスターを呼んできてくれる。
「クマの嬢ちゃん」
疲れきっているジェレーモさんがやってくる。
「久しぶり」
「ああ、元気そうだな」
「ジェレーモさんは元気がないね」
「ギルドマスターを引き受けて後悔しているよ。忙し過ぎる。休みが無い。書類の山が減らない。やることが多い。クリモニアから来た教育係が苛める」
「人聞きの悪いことは言わないでください。ジェレーモさんが、しっかり仕事を覚えれば問題はないんです。わたしだって早くクリモニアに戻りたいんですから、早く仕事を覚えてください」
ジェレーモさんの後ろから二十代半ばのインテリ風の女性が現れる。
眼鏡があったら似合ったかも。
「ミレーヌさんのお願いだから、教えているんですよ。わたしは街に夫も子供も残して来ているんですからしっかりしてください」
「わかってます。頑張りますから」
「行動で示してください」
彼女がミレーヌさんが言っていた補佐という名の教育係かな。
「ユナさん、初めまして。わたしはクリモニアから派遣されたアナベルと申します」
「えーと、アナベルさんはわたしのことは知っているんだね」
「ユナさんのことはクリモニアで何度かお見かけしたことがあります。それにクリモニアの商業ギルドで働いている者でユナさんのことを知らない職員はいませんよ。それでユナさんはどうしてこちらに? もしかしてジェレーモさんにクレームですか?」
「どうしてだよ。俺はなにもしていないだろう」
「仕事をしてください」
2人の漫才にどこに突っ込みを入れていいか分からないのでスルーする。
「えーと、和の国についてどうなったかなと思って」
「そのことですか。先日、少し遠洋に出ていた船が和の国の船と接触することができたそうです。そのときに漁師の方が町のことを話してくれたので、交易も再開されると思いますよ」
「本当!」
嬉しい情報だ。
「ええ、ただ、いつになるかは分かりませんが」
でも、このアナベルさん優秀な人っぽいな。返答が早い。ミレーヌさんが派遣させるだけのことはある。この人が教育すればジェレーモさんも立派なギルドマスターになれるかもしれない。
「ジェレーモさんはしっかりやってますか?」
「そうですね。なにかとサボろうとしますが、一生懸命やってますよ。でも、すぐに休みをくれとうるさいですが」
「それはおまえが俺に休憩をくれないからだろう」
「ジェレーモさんが苦労して仕事をすれば、それだけ住人は幸せになります。休みなしで頑張ってください」
ブラック企業だ。
休みが無いとか、わたしなら辞めているね。
偉い人も言っていた、働いたら負けだと。
そう考えると、お爺ちゃんズが言っていたジェレーモさんの評価もわかる。
不真面目だが仕事はする。サボるが人から好かれる。頼まれれば断れないタイプだね。
「それで、ユナさんにお尋ねしたいんですが、いつクリモニアにお戻りになられますか?」
「明日か、明後日には帰るつもりだけど」
「申し訳ないんですが、報告書をミレーヌさんに渡してもらえないでしょうか?」
「報告書?」
「10日に1度、報告書を提出して、欲しいものを頼んでいるんですが。このバカ、もといジェレーモさんが処理する案件が遅れたせいで、先日の報告書に記載できなかったんです。でも、急ぎの案件なので、次の報告書と一緒にすると遅れてしまうんです」
「いいよ。渡すだけでいいんでしょう」
「ありがとうございます。すぐに持ってきますのでお願いします」
アナベルさんから書類を受け取り、商業ギルドをあとにする。
「2人とも、夕飯は食べられる?」
「うぅ、ごめんなさい。おなか空いてないです」
「わたしも」
遠くで見ていたけど屋台の食べ物、たくさん食べていたもんね。
「でも、わたしの食事には付き合ってね」
二人は小さく返事をした。
もちろん、無理やり食べさせることはしなかったよ。